日本のトレセン学園に突如としてやってきた2人のウマ娘。1人はとあるチームのサブトレとして。もう一人は外部コーチとして中央に所属することになった。まぁ、その2人のウマ娘がレジェンド級であったため、学園はその話題一色になった時期があった。
これは、その話題も落ち着き始めた頃──。
「よーし!それじゃあ早速トレーニングを始めるぞー!」
「「「は、はい!」」」
練習場。ここにいるのはまだトレーナーがついていないウマ娘達。そんな彼女達の教官を務めるのは……トレセン学園に外部コーチとして赴任してきた、セクレタリアトである。あくまで臨時、だが。
セクレタリアト。アメリカの2代目ビッグ・レッド。彼女とアンカデキメルゼのみが可能にする走り、全てにおいて合理的、あらゆる条件下でも万全な状態で走ることを可能にする走り……等速ストライドはあまりにも有名だ。
「それでは、今回のトレーニングにはセクレタリアトさんがつくことになります。みなさん気兼ねなく意見を聞いてみてください」
そうは言うが、ウマ娘達はガチガチに緊張している。気持ちは分からなくもない。あのセクレタリアトが自分達の目の前にいるのだから。だが、彼女達は覚悟を決めたような表情を浮かべる。
(これは千載一遇のチャンス!)
(あ、あのセクレタリアトさんに教えてもらえるんだもん!が、頑張らないと……!)
(よ、よーし……頑張るぞー……)
セクレタリアトに教えてもらえるなんて機会は一生に一度あるかないかだ。このチャンスを逃すまいと彼女達は覚悟を決める。そしてトレーニングが始まった。
「ふ~む……」
トレーニングの光景を、セクレタリアトは興味深そうに見ている。そんなセクレタリアトに、教官が近づいて話しかけてきた……やはり緊張しているのか、恐る恐るといった様子で。
「ど、どうでしょうか?中央の子達は」
「そうだなぁ……」
セクレタリアトは淡々と告げる。
「うん、まぁまぁいいんじゃないか?」
「あ、アハハ……」
「つっても、こうやってトレーニング見てるだけだからなぁ。それで全部が分かったら苦労はねぇよ」
「そ、そりゃそうですよね」
教官は苦笑い気味に返事をする。トレーニングが一通り終わった後、教官がウマ娘達を集めた。
「よーし!とりあえずお前ら……これから俺とレースをするぞ!」
「「「……へ?」」」
ウマ娘達は素っ頓狂な声を上げる。教官も疑問に満ちた表情でセクレタリアトを見ていた。
「ぶっちゃけるとだな、ただただトレーニングをするよりも俺と併走でもした方が何倍も強くなれる!俺が保証してやる!」
何の根拠もない言葉。訝しみながらもウマ娘達はスタートラインに着いた。芝の1000m。セクレタリアトとの併走が始まる。
「んじゃ、スターターは頼むぜ教官さんよ」
「あ、は、はい。それでは、よーい……ドンッ!」
セクレタリアトを含めた6人のウマ娘が一斉にスタートを切る……と思われたが。セクレタリアトは出遅れた。
(((やっぱりスタート苦手なんだ、セクレタリアトさん)))
だが、出遅れこそしたものの……。
「オラオラァ!ちんたら走ってると置いてくぞぉ!」
「は、はっや……!」
「も、もう!?」
セクレタリアトは爆発的な加速で一気に差を詰めていく。あっという間に他のウマ娘達を置き去りにして、先頭に躍り出たかと思うとそのまま駆け抜けていった。タイムは。
「58秒か……う~ん、ちょい落ちてるな。まぁまだ身体があったまってねぇしこんなもんだろ」
その言葉に、ウマ娘達は絶望する。
「う、嘘でしょ……まだ、万全じゃない状態でこれ?」
「ハァ……やっぱり凄いなぁ……」
「次元が違うよ……」
口々に諦めの言葉を口にする。その様子をセクレタリアトは、注意深く観察していた。
「……うっし!次のヤツらこい!まずは全員俺と併走だ!」
それから次々と併走をしていく。ウマ娘達は……セクレタリアトの実力を体感して、高すぎる壁を見て絶望していた。
「へ、平均57秒台……速い時は56秒もマークしてる……」
「本当に現役を退いてるのかな……?」
「しかも芝もダートもタイムが変わらないって……やっぱり凄いよ。あたしらじゃかないっこないって」
併走が終わった後、セクレタリアトはウマ娘達に集合をかけた。
「さて、まず一通り俺と併走をしてもらったわけだが……正直に言え。俺に勝とうって気持ちで挑んできたヤツはいるか?」
……誰も手を上げない。おそらく、彼女達の心は1つだろう。セクレタリアトに、2代目ビッグ・レッドに……勝てるわけないと。そう思っているだろう。
セクレタリアトが深い溜息を吐く。
「それが、お前達の一番よくないところだ」
ウマ娘達は揃って顔を俯かせる。
「確かに勝てねぇだろうな。俺に勝とうって気持ちなんざ、普通は湧かねぇだろうよ。だがな……」
セクレタリアトは、彼女達に喝を入れるように声を上げる。
「始めっから負けるつもりで挑んでたら、勝てる勝負も勝てねぇぞ!」
「「「ッ!」」」
「確かに経験値も違えば踏んできた場数もちげぇ!だが、
セクレタリアトは演説をするように、ウマ娘達の心を奮い立たせるように告げる。
「お前達に足りねぇのは絶対に勝つっていう気概だ!気持ちで負けてたら、格上になんざ一生かかっても勝てねぇ!技術が足りねぇ、才能が足りねぇ!それで気持ちまで負けてたら……本格的に終わりだろうが!」
「「「……」」」
「技術や場数は最悪後で何とでもなる!だから……まずは他のヤツらに、気持ちだけは絶対に負けねぇって気概を持て!誰が相手だろうが、どんな相手だろうが!一泡吹かせてやろう、絶対に勝ってやるって気概を持て!それがお前らに必要なことだ!分かったか!?」
「「「は、ハイッ!」」」
「良い返事だ!それじゃあ併走で見つけたお前達の問題点を洗い出していくぞ!呼ばれたヤツから前に出てこい!」
(((あ、ちゃんとそれも見てたんだ)))
セクレタリアト外部コーチ。トレーナーがついているウマ娘もついていないウマ娘にも、勿論チームに入っているウマ娘にも大人気である。
「よっしゃあ!今日も併走するぞ我が弟子!」
「おっしゃあ!今日こそ勝ってやりますよ師匠!」
「俺に勝とうなんざ100年早いぜ我が弟子!」
そんなセクレタリアトのお気に入りは、やはり愛弟子のアンカデキメルゼである。
「そ、それじゃあ。自己紹介をお願いできますでしょうか?」
東条ハナは委縮しながら言う。自己紹介を促されたウマ娘は、ただ淡々と告げた。
「そう委縮しないでちょうだいMs.東条。トレーナーとしてはあなたが先輩なのだから」
(無理に決まってるでしょう!?)
「それでは、自己紹介を。ワタシはニジンスキー。知っている子も多いかしら?イギリスの3冠ウマ娘よ。ただ、トレーナーとしてはまだまだなり立てのひよっこ。今日はリギルで勉強させてもらうわ。よろしく頼むわね」
リギルのウマ娘もまた委縮している。それは当然だろう。相手はイギリスで名を馳せた快速ウマ娘……そして、イギリス最後のクラシック3冠ウマ娘なのだから。
「あ、あの!少し良いかしら!?ニジンスキーさん!」
誰もが委縮している中、1人手を上げた。そのウマ娘は。
「あなたは……マルゼンスキーね。どうかしたのかしら?」
マルゼンスキー。リギルのウマ娘で、スーパーカーの異名を持つウマ娘だ。8戦8勝、2着につけた着差は61バ身ととんでもない成績を誇っている。マルゼンスキーは興奮気味にニジンスキーに質問した。
「あ、あたしと……併走してください!」
「「「……」」」
リギルのメンバーは、別の意味で驚いた。いつも併走をお願いされる側のマルゼンスキーが、こうして併走のお願いをしているのだから。それも、幼子のようにとても輝いた表情で。
ニジンスキーは少し思案した後、東条ハナの方を見る。
「良いかしら?Ms.東条」
「……良いわ。むしろ、こちらとしてもあなたの走りを見てみたいもの」
「そう。なら……」
瞬間、ニジンスキーの圧が増す。リギルのメンバーは、身体を震わせていた。
(おいおい……!これが現役を退いたウマ娘の出す圧かい……!)
(現役と言われても納得するデース……!)
(ハハハ。機会があれば、私も走ってみたいものだな。だが、今は律しないといけない……この後に控えている生徒会の仕事のためにも……うぅ、胃が痛い……お仕事終わらない……辛い……)
「それじゃ、やりましょうか……Ms.マルゼン。ワタシは、やるからには本気でやるわよ?」
「ッ!……えぇ!望むところよ!あたしの本気を……見せてあげるわ!」
「距離は……そうね、1600でいいかしら?」
「構わないわ。フフ……久しぶりに、フルスロットルで行くわよ!」
「別にフルスロットルで行くのは構わないけど……下手な走りを見せようもんなら、後ろから焼いてあげるわ」
2人はウォーミングアップをしながらコースへと向かう。程なくしてウォーミングアップを終えた2人は、スタートラインに着いた。
「それじゃ。よ~い……スタートッ!」
その言葉とともに、マルゼンスキーとニジンスキーは走り出す。マルゼンスキーが前を、ニジンスキーが後ろにつける形だ。
ニジンスキーはマルゼンスキーのピッタリ2バ身の位置をキープしている。それが意図的なものなのかは分からない。ただ、マルゼンスキーは高揚していた。
「フフ……!本当に滾るわね!あたし、久しぶりにゾクゾクしてるわ……!」
「……そう」
「ニジンスキーさんは、そうでもないのかしら?」
「……いいえ」
まだ半分も過ぎていない。瞬間、ニジンスキーの圧が……さらに増幅したのである。
「滾っているわ……年甲斐もなくね!」
「ック!う、フフ、まだお若いんだから!」
ニジンスキーの圧にマルゼンスキーは飲まれそうになった。だが、何とか耐える。
「あら、誉め言葉かしら?ならお礼に……ワタシの情熱の炎であなたを焼いてあげる!」
「ッ!いいえ!あたしがその炎からも逃げ切ってみせるわ!スーパーカーを……舐めないでちょうだい!」
逃げるマルゼンスキーと追うニジンスキー。一進一退の攻防を繰り広げているように見える。しかし、その差は……徐々に縮まっていた。
「ま、マルゼンさんが追いつかれる!?」
グラスワンダーは驚きの声を上げる。その圧倒的な速さで数多のウマ娘を置き去りにしてきた怪物が、追いつかれようとしているのだ。
それは東条トレーナーも同様である。
「序盤からマルゼンスキーの速さに追いついていたのもそうだが……何よりも!まだ余力を残していたのか!?」
なんとか逃げようと奮闘するマルゼンスキーだが……残り100mというところでついに捕まった。
「クゥ……!まだ、抜かせ……!」
「ゲームエンドよスーパーカー。楽しいレースだったわ」
そのままニジンスキーはマルゼンスキーを追い抜いてゴールした。差にして半バ身。ニジンスキーが勝利を収める。
2人は息を整えて、互いにお辞儀をする。
「……ありがとう、ございます。ニジンスキーさん。あたしのワガママを聞いてくれて」
「良いのよMs.マルゼン。中々に熱い勝負だったわ……それで?あなたは満足したかしら?」
「……ふふ」
マルゼンスキーは微笑む。そして、ニジンスキーの問いに答えた。
「まだまだ満足し足りないわ!だって勝ててないもの!でも、本当にチョベリグなレースだったわ!また今度、併走をお願いしても良い!?」
ニジンスキーは目を丸める。その後、不敵な笑みで答えた。
「えぇ。ワタシと併走したかったらアルナイルまでくることね。いつでも挑戦、受けて立つわ」
2人は握手を交わし、ニジンスキーは去っていく……と、思いきや。すぐに戻ってきた。
「そう言えばここに来たのは、トレーナーの仕事を学ぶためだったわね。うっかりしていたわ」
その言葉に、リギルのメンバーは全員ズッコケた。当のニジンスキーはキョトンとした表情をしていたが。
イギリス最後のクラシック3冠ウマ娘ニジンスキー。現在日本のトレセン学園でサブトレとして働いている彼女は、今日もトレーナーについて学んでいる。
次で短編は最後ですね。本編に戻るぞー。