Another Days-case of Shizuku- 作:瑠和
「おはようございます」
「…おはよう」
朝、瑠和としずくは待ち合わせをして学校へ向かう。
ここ最近始まった生活だ。朝練を免除されたしずくは余裕をもって登校し、瑠和と夢の大橋で待ち合わせをしていた。
二人、手を繋いで歩く姿を少し後ろから天王寺璃奈は見ていた。
「…」
共依存。二人の関係を呼ぶのであればそれが一番適切な言葉だろう。
だが、それが正しいかどうかなんていうのは、弱冠16歳の少女にはわからない。だが、あまり正しい方向ではないのはわかっているつもりだった。
ー昼休みー
「やっほ、りなりー」
「愛さん」
昼休みに中庭で一人昼食を取っていた璃奈のところに宮下愛がやってきた。特に待ち合わせてたわけでもなく、偶然会っただけだ。
「どうしたの暗い顔して」
愛は気さくに話しかけながら璃奈の隣に座った。
璃奈は少しだけ愛に打ち明けるかを悩んだ後に口を開く。
「………愛さんは………お兄ちゃんのこと、どう思う?」
「るなりん?えー?………別に…どうも思わないけど………なんかあったん?」
「…………」
璃奈は少しだけ愛が苦手だった。自分とは正反対の明るい性格で、成績優秀スポーツ万能、誰からも好かれる、誰とでも仲良くなれる。
「よかったら、力になるよ。愛さんに聞かせてくれない?」
「……」
そうやって誰とでも仲良くしてくれる。自分にはできないことを平然とやってのける宮下愛が、ほんの少しだけ苦手。
だけど、そんなことよりも兄を思う璃奈の心が勝った。
「私………お兄ちゃんのことが心配」
「心配?なんで?」
「…」
それはあまり詳しくいえない。瑠和としずくの関係を口外していいものかわからなかったからだ。
「とにかく心配。なんというか……お兄ちゃんにもっと勇気を持ってほしい。具体的にそれが何なのかはわからないけど……」
璃奈の瞳には今朝の光景が浮かび上がる。
あのままじゃダメなことはなんとなくわかる。なんというか、しずくから離れるのを恐れているようなあの空気。あれをどうにかしたかった。
「………ねぇ、りなりーはなんでスクールアイドルやりたいって思ったの?」
「え?」
しずくにスクールアイドルの話を持ち出され、興味を持った。兄がやっているなら、自分も始めることで一緒にやることてまた昔のような関係に戻れるかもと。
そして、しずくのおかげで前の関係に戻ることはできた。だけど、それを達成してしまってからはただ始めてできた友達と兄との架け橋としてスクールアイドルを続けていただけだった。
「………私は、もう、目標がなくなって、ただなんとなくスクールアイドルを続けてただけ…だから」
「ふーん…じゃあさ、歌で伝えたらどうかな!?」
「歌で?」
「愛さんはシズクのライブ見て………愛さんもやってみたいって思ったステージの上のしずくは本当にキラキラしてて、それから、せっつーの屋上ライブを見て、わくわくした。ああ、愛さんはスクールアイドルやってみたいんだって、この楽しい気持ちをみんなと一緒に楽しみたい。そう思ったから、スクールアイドル初めてみたんだ」
「…」
「りなりーの気持ち、スクールアイドルだからこそ伝える方法ってあると思うよ。自分の気持ちを表現するのがスクールアイドルなんだから」
「自分の気持ち………」
「歌詞とか、言葉で無理に伝えなくても、姿勢で伝えるってこともできると思うけどな……りなりーはどうしたい?」
璃奈は少し考えぐっと手を握って決意を固めた。そして愛の方を見てまっすぐな瞳で答えた。
「………私は伝えたい。お兄ちゃんに、私の気持ち」
「よっし!じゃあそうと決まればさっそく場所と曲の準備だね!」
「うん!」
―校舎裏―
校舎裏では、璃奈と愛たちのいる中庭とは違い、暗く、湿度で満たされたような空気の中で瑠和はしずくの膝枕でくつろいでいた。
「…………ねぇ瑠和さん。心地いいですか?幸せですか?」
「うん」
「………私以上に求めるものはありますか?ありませんよね?」
「うん」
「私も一緒です……」
しずくは瑠和の頭を抱きかかえながら満足そうな笑みを浮かべる。
「ねぇ、また私に曲をください。私にぴったりで…………瑠和先輩が私のためだけに描く曲を」
「うん………」
その様子を、たまたますやぴに来ていた彼方は物陰から見てしまった。
「………これはぁ……ちょっとまずいかもねぇ」
―同好会部室―
放課後、さっそく璃奈はライブを行うことを同好会に伝えた。
「で?いつやるの?」
「来週の日曜日。そこが丁度ステージが開いてたから」
「本当に急じゃん!」
「いい?お兄ちゃん」
璃奈は恐る恐る瑠和に尋ねてみた。瑠和はみんなのカップにお茶を注ぎながら窓の外を眺める。
「………いいんじゃないか?まだ本格的にライブ、やってなかったし」
「………ありがとう」
「楽しみにしてるよ」
まるで他人事。
兄妹であるのが嘘のような態度だった。言葉にこそ刺はなく、やさしい物言いだがそこに璃奈に向けられている関心がない。
営業スマイルと同じ空気だった。
それからライブの曲をどうするかなどの話し合いが行われてからその日は解散となる。しかし、瑠和としずくが帰ってから、彼方はメンバー全員連絡を取った。
少ししてから天王寺兄妹としずくを除いた全員が部室に戻ってきた。
「どしたん?急に……三人抜きで話したいって」
「実はちょっと、気になるところ見ちゃってねぇ…」
「気になるところ?」
彼方は今日の昼休みに観た光景の話をした。具体的にはわからないが、明らかに異常な空間と関係。放っておけば瑠和もしずくも取り返しのつかないことになりそうな空気のこと。
「でもそれってあくまで彼方の想像でしょう?」
「そうだけど………実際見てもらえばみんなも感じると思うんだ………でも、彼方ちゃんどうすればいいかわからなくて……」
と、相談はされたものの、同好会メンバーにそれをどうすればよいか、的確なアドバイスができるわけではない。少しの沈黙の後に愛が前に出た。
「………大丈夫。大丈夫だよカナちゃん。だってりなりーはるなりんのためにライブやるんだもん!」
「……愛ちゃん」
「だから、みんなもりなりー信じて!とにかく今はライブの成功させることを考えよう!」
「そうだね………璃奈ちゃんが彼方さんの言ってたこと知らないわけないと思うし。璃奈ちゃんのライブを全力で応援しよう!」
愛の提案に侑も乗っかった。璃奈のライブさえうまくいけばすべてうまくいくというわけではないかもしれないが璃奈も無計画にライブをやるといったわけではないのも共有できたということで再度解散となった。
共有はできたが、本当にこれだけでいいのだろうか?そんなどこか引っかかる悩みと共に彼方は帰路へ着く。
今日彼方は東雲のスーパーでバイトがあるので駅に向かって歩いていると、校門前にしずくが立っているのが見えた。
「……………しずくちゃん?」
彼方は足を止め、目を凝らす。間違いなくしずくだ。
「彼方さん、こんな時間まで、何しているんですか?」
「………えーっと……しずくちゃんこそ。早く帰らないと、お家遠いんだから」
「ご心配なく。今日は璃奈さんのお家でお泊りさせていただくことになりましたから」
「………」
しずくは少しずつ彼方の方へ歩いてきた。
「……私たち抜きで……同好会のみんなを集めて何を話していたんですか?」
気づかれている。彼方は察した。彼方は自然と詰められた距離を離そうと後ろへ下がっていってしまう。だが、すぐ後ろに吹き抜けになっている部分の手すりにぶつかり、それ以上下がれなくなった。
彼方がそのことに気づいた瞬間、しずくは一気に距離を詰めて彼方の目の前まで迫った。
「っ!!」
さらに左右に逃げられないように両手を彼方の背後にある手すりを掴んで彼方を完全に鹵獲する。
「彼方さん、彼方さんは瑠和さんのこと、どうお考えですか?」
「………え?」
「好きですか?瑠和さんのこと」
「えっと………彼方ちゃんは別に……そこまで」
「じゃあ、なんでそんなに瑠和さんのことを気にかけるんですか?」
迫ってくるしずくの眼は、恋に悩む少女の眼ではない。敵を威嚇する獣の眼だった。
「だって、二人のことが心配で……」
「私と瑠和さんは心配ありません。そんなことより、妹さんとの関係でも心配したほうがよろしいのではないですか?」
「遥ちゃんの………?まさか!遥ちゃんになにかしたの!?」
今のしずくはいったい何をしでかすかわからない危険性を孕んでいた。そこで遥の名前を出されれば彼方は当然焦る。
「いいえ?私は何もしていませんよ?私は、直接手は出しませんから………選ぶのはいつだって………皆さんなんです」
「それってどういう意味………?」
「そのままの意味です。選ぶのは、皆さんなんですよ」
しずくはくすくすと笑いながら帰っていった。そう言われて彼方は急に不安になり、慌てて遥に電話を掛ける。
「もしもし遥ちゃん!?」
『お姉ちゃんどうしたの!?』
「あの…………えっと、何か変わったこととかなかった?」
『かわったこと?うーん何もないけど………』
電話の向こうの遥はいつも通りだ。彼方はほっと胸をなでおろしかける。しかしその安堵は遥の次の言葉によって打ち砕かれる。
『あ、そうそう!さっきお姉ちゃんの学校のスクールアイドルの人に会ったんだよ!』
「…………それって……誰?」
『ああ、えっと…確か桜坂しずくさん。私のこと知っててくれたんだぁ~』
「なに!…しずくちゃんとなに話したの!?」
『え!?えっと………別に、お姉ちゃんの学校の様子とか、どんな練習してるかとか……それくらいだけど』
急に声の大きくなった姉に驚きながらも遥は話した内容を思い出して伝えた。大した内容を話していないらしく、遥にも変化はなかったため、とりあえず彼方は安心する。
「じゃあ、彼方ちゃん今日も遅くなるから」
『うん………気を付けてね』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
璃奈のライブは順調に進んでいったように見えていた。璃奈は見た目に比べ結構根性がある。練習にも弱音一つ吐くことなく続けていった。苦手なことも克服しようとした。
その甲斐あって璃奈の伸びしろはかなり高かった。
しかし、ライブを翌々日に控えた練習中、璃奈は突然帰ってしまった。
「璃奈さん……どうしたんでしょう」
メンバーは集まり、今後どうするかを考える。
「………瑠和先輩、お兄さんなんですよね?様子みてきてくださいみてきてくださいよ」
「お、俺か?俺は…」
かすみに言われ、瑠和は少し煮え切らない反応を示した。今日だって帰れば璃奈と会うし同じ食卓を囲むのにだ。
「ねぇ、瑠和く」
「瑠和先輩。一緒に行きましょう」
侑が瑠和に声をかけようとしたときしずくは瑠和の手を掴んで言った。
「あ…ああ。そうだな。俺が…璃奈の様子…見てくるよ」
瑠和はそう言ってしずくと一緒に瑠和の家に向かっていった。残ったメンバーは少しの沈黙の後に二人がいないときにしかできない話を始める。
「……ねぇみんな、どう思う?」
「どうって………璃奈ちゃんのこと?」
「ううん……瑠和君のこと。………なんか見てられなくて」
「見てられないっていうのは……どういうところ?」
「うまく言葉にはできないんですけど……なんだろう…何事にも自信がなさそうっていうか……自分で判断できてないような……」
―天王寺家―
瑠和としずくは天王寺家にたどり着く。璃奈の部屋を訪れると、そこには一つの大きな段ボールが置いてあった。
「璃奈………?」
「ここだよ」
段ボールの中から声がした。
「璃奈………どうしたんだいったい…どっか痛いのか?」
「…ごめんなさい。そういうのじゃない」
「じゃあ…なんで」
「………私は、みんなと心を繋げたかった…だけど……いまの私じゃ…っ!こんな私じゃ!」
嗚咽がかった璃奈の声を聞き、瑠和としずくは顔を見合わせる。事情は分からないが、璃奈はどうやらなにか自分に落ち度を感じたようだった。
瑠和は必死に考え、璃奈の潜んでいる段ボールの前にしゃがんだ。
「璃奈………璃奈はずっと練習頑張ってきたじゃないか!きっとみんな璃奈のこと応援してくれる!!」
「………」
「兄ちゃんも傍にいるから大丈夫だ!」
璃奈はその言葉を聞いた瞬間、ハッとした。
違う。
璃奈が歌おうと、ステージに立とうと思ったのは、瑠和を心配してだ。
瑠和に、心配してもらうためではない。
ましてや、そばにいてほしいからでもない。
伝えたいことがあったからのはずだ。
兄に勇気をもってもらいたかったからのはずだ。
そんな自分が今、ステージに立つ前から兄に気遣わせてしまっている。
「………ダメ…」
「え………?」
「お兄ちゃんが近くにいたらダメ……」
「俺………が?なんだ!?兄ちゃん、なんかしたか!?俺が…」
「そうじゃないけど…っ!それじゃ……ダメ!!」
璃奈は段ボールの中で顔を覆っていた。そして大粒の涙を流していた。兄に対する申し訳なさ、自分の情けなさ、協力してくれた仲間への贖罪の気持ち。それらがすべて押し寄せ、涙となってあふれ出てきたのだ。
「ごめんなさい…………ごめんなさいっ!ごめんなさい………」
どれだけの気持ちで、どれだけ涙を流して泣いているかは段ボール越しでも伝わるくらい、璃奈は嗚咽していた。
その声を聞きながら、瑠和は段ボールの前でうつむいていた。
ちらりと璃奈の部屋のPCのディスプレイを見た。ディスプレイに映った自分の顔を見て、瑠和は目を丸くする。
「…………」
(なんだこいつは?)
瑠和はそう思ったのちにすぐに立ち上がり、ふらふらと部屋を出ていった。
「先輩?」
しずくのことも気に掛ける様子がなく瑠和は居間へ歩いて行ってしまう。部屋に残ったしずくは咽び泣く声が聞こえてくる段ボールを見つめる。
「………」
さっきまで璃奈を心配している表情をしていたが、今はまったく違う。どこか冷めた瞳で、まるで見下すように段ボールを見ていた。
(さて………あとは侑先輩にでも……)
スマホを取り出し、うまくいかなかった旨を伝えようとしたとき、今から何か金属音がしたことに気づく。何の音だろうかと思いながらも連絡をしようと再度スマホを弄ろうとする。
だが、瞬間的に何かに気づいたしずくは血相を変えて廊下に飛び出した。
居間にたどり着くとすぐに台所に視線を移す。そこには、自らの首にフルーツナイフを突き立て、自害試みようとしていた瑠和がいた。
「先輩!!!!!!」
しずくは瑠和にとびかかり、押し倒した。そして怪我も恐れずナイフを握りこむ。
「ぐっ!!はぁ!!!がぁぁぁぁぁぁ!!!!」
言葉にならない叫びをあげながら、瑠和はしずくの拘束を振り解こうとする。ナイフを自身に向けて力づくで刺そうとするが、しずくが全力でナイフを握っているため、中々動かない。
しずくも歯を食いしばりながらナイフを握り、瑠和の身体を床に押さえつける。
「ぐぅぅぅ!!!あぁぁぁぁぁぁ!!!」
少しして、瑠和の抵抗が終わった。しずくがナイフを握る手からは血が滴り落ちていた。力が抜けた瑠和の手からナイフを外す。瑠和がまだ何をしでかすかわからず、油断できなかったのでしずくはナイフを握り続けていた。
「…………何で……止めるんだよ。なんで……俺なんか」
「俺なんか………なんて言わないでください。先輩…」
「…だって!俺は…!!」
しずくは瑠和をやさしく抱き締めた。その温かさに我慢していた涙がこぼれる。
「俺は!!璃奈を!!!……………救えない……。璃奈をあんなにしたのは俺なのに………」
「………瑠和先輩の責任じゃありません。大丈夫です。困ったときはみんなで…ですから。私がみんなに話します。瑠和先輩は何も心配しないでください。私たちで、きっと璃奈さんを救って見せますから」
「でも!兄ちゃんとして俺は……」
「瑠和先輩は家族のことが大好きなんですね………。瑠和先輩は必死に璃奈さんに向き合おうとしたじゃないですか。それだけで、十分すぎるくらい頑張ったんです。だから、あとは私たちに任せて、ステージを待っててください」
「………」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、同好会の激昂もあり、璃奈は何とかステージに立つことができた。璃奈のステージは立派だった。
璃奈のステージを、瑠和は観客の一人として見ていた。
そしてその隣には手に包帯を巻いたしずくがいた。恋人つなぎで二人で立ち、瑠和はどこかうつろな目でステージを見つめていた。
(……………ごめんな)
続く