Another Days-case of Shizuku- 作:瑠和
「もうこんなものですかね」
先輩と作ったビラを配り終え、私たちは一息をつく。
「そうだな。あとは放課後にでも………」
いったん引き上げ、放課後に続きをやろうと思っていたその時、正門の方から声が聞こえてくる。
「ほら、果林ちゃん、急がないと!!」
「エ、エマ、ちょっと待って」
「………こんな時間に」
先輩は驚いていたが、私はその二人のことをよく知っている。エマさんと果林さんだ。
まだ同好会と繋がりのない二人だが、早めに取り込み、さっさと一度同好会を解散させないといけない。私は二人にわざわざビラを渡しに行った。
「あの、スクールアイドル同好会です、よろしくお願いします!」
「え?スクールアイドル?」
エマさんが反応する。当然だ。エマさんはスクールアイドルをやるために日本に来ているのだから。
「はい、私、国際交流学科一年の桜坂しずくって言います!もしご興味があられたら放課後正門まで!」
「エマ………スクールアイドルって…」
「うん……あ、でもそれより早く教室いかないと!えっと、しずく……ちゃん?ありがとう!放課後、また会えたらね!」
そういって二人は去って行ってしまった。
「しずく、いまのって……」
「え?ええ、なんだか受け取ってくれる気がしたので………。さぁ、先輩。私たちも遅刻しないように教室に行きましょう」
少し不自然かもしれないが、すでにこの世界の流れは変わり始めている。こちらでできる動きは全てしておかないといつイレギュラーが起きてもおかしくなかった。
―放課後―
再びイレギュラーが起きた。
放課後までの間に私は兼部の疲れからか眠気に襲われ、休み時間に少し仮眠した。その間に意識が切り替わって表の私が出てきてしまったのだ。
幸いそれまでの行動は記憶にとどめていたらしく、疑問は持っていなかったが、せっかく進めてきた計画がここで崩されては堪らない。
しかし、動けないのであれば仕方ない。私は生還することにした。
放課後になり、先輩と表の私は正門で待っていた。しばらく待っていると、校舎から今朝見た二人が寄ってくるのが見えた。
「あ、しずくちゃん!」
「あ、こんにちは!来てくれたんですね!」
「うん。私、国際交流学科三年のエマ・ヴェルデ!スクールアイドルやりたくて今年、スイスから留学してきました!よろしくね!えっと、そっちの男の子は……」
「普通科二年の天王寺瑠和です。よろしくお願いしますね、エマさん。そちらの先輩もスクールアイドル志望なんですか?」
瑠和先輩はエマさんの後ろにいる妙に色っぽい先輩の存在が気にしていた。
「私?私はエマの付き添い。ライフデザイン学科三年の朝香果林。この後モデルの仕事があるからもう行かなきゃなんだけど………ねぇ、しずくちゃんって言ったかしら?」
果林さんは自己紹介をして、私の前に立ち、顔をじろじろと眺める。私は少し困りながらも改めて自己紹介をした。
「はい。桜坂しずくです」
「…………うん、やっぱり。一か月くらい前……だったかしら?私が仕事場所に向かうの迷ってた時案内してくれたわよね?あの時は助かったわ。ありがとう」
「…………え?」
私はは困惑した表情をする。
「ほら、お台場のアクアシティで私が迷ってて、そしたら声かけてくれたじゃない。覚えてない?」
「…………えっと……」
表の私の困惑も当然だ。だってそれは裏の私が瑠和先輩と果林さんを出会わせないようにわざわざお台場まで行った話。裏の私の意識が出ていた以上、表の私が知るよしはない。
「ご、ごめんなさい。私あんまり覚えてなくて………」
「そう?でも、確かにあなただったわよ?そのおっきなリボン。かわいいなって思ったから」
「そう…………ですか」
「ともかく、今日はこの間のお礼を言いたかったの。じゃあ、私はこれで。エマ、がんばってね」
「うん、ありがとう。果林ちゃん」
果林さんは私に礼を言うとそのままモデルの撮影のに行ってしまった。それから三人で公園へ向かった。
表の私は公園についたあとも、自分の記憶がない行動を誰かに指摘されたことを気にしていた。
最初は先輩との出会いのことだが、それは小学生の頃のことだからしょうがないと思っていたらしい。だが、たった一月前の話を覚えていないというのはさすがに異常だとでも思ったのだろう。
そんな中で、私は考え呼び掛けてみた
「……キヅイテ」
「いぁ!!!」
「しずく!?」
「しずくさん!?」
「大丈夫か?どうかしたのか?」
「え………いえ……」
表の私は冷や汗をかきながらあたりを見回す。
「ご、ごめんなさい……今日はちょっと具合が悪くて…失礼します!」
「しずく!?」
表の私は恐怖を感じていたが、それとは裏腹に裏の私は、高揚していた。
確実に裏の私の意識が表の私の意識に侵食してきているからだ。
じきに表の私は裏の私に気づくだろう。その時、表の私がどう思うかわからないが、うまくいけばこの世界の体は裏の私のものになる。
そうすれば…。
◆◆◆◆◆◆
翌日、再び裏の人格が主人格になっていた。
「さてと…確か今日あたりでしたよね」
しずくは放課後に、急ぎ足で校舎裏まで向かう。そこには、一人の少女が無表情でガラスに向かっていた。そこにいるのは璃奈だった。
しずくは以前までいた世界で璃奈と愛の出会いを聞いていた。そして繰り返す世界の中で、璃奈と愛の出会う日を知ったのだ。
(愛先輩には申し訳ありませんが…出会いが違えど愛先輩は入部する。ここで璃奈さんと仲良しになり、瑠和さんとの距離を一気に詰めさせてもらいます)
「何してるんですか?」
背後から声をかけた。
璃奈が振り向くとしずくは笑顔を見せた。しかし、急に声をかけられたため驚いているみたいだった。
「…」
「あれ?それってジョイポリスの割引券ですか?」
仕方なくしずくは会話のきっかけをつくる。しずくがジョイポリスの割引券に興味を抱いたことから、璃奈は少し考えてそれをしずくに差し出した。
「…お友達と行ってください」
一瞬、笑みが溢れそうになったのをしずくは必死で堪えた。しずくは内心(うまくいった)とほくそ笑んでいた。
「………じゃあ、一緒に行きましょう」
しずくは笑った。意外な誘いに璃奈は表情筋が思わず緩む。
「………いいの?」
「ええ。行きましょう。こういうのは一緒の方が楽しいですよ」
「……」
しずくはそのまま璃奈と一緒に遊んだ。まさか愛の真似事をするだけでここまでうまく行くとは思っていなかった。
相手を仕留めるにはまず外堀から埋める。璃奈と仲良くなれば璃奈の友達として瑠和に接近できる。
だから璃奈に接近した。利用できるものはすべて利用する。それまでにしずくは瑠和を溺愛していた。
ー夜ー
「あ、瑠和先輩こんばんは」
さすがに昔あったことがあるしずくが璃奈の友達になったということに瑠和も違和感を覚え、連絡をしてきた。しかし、しずくは焦らず対応する。
『しずくちゃん………今日、俺の妹と遊んだって本当か?』
「え?ああ、璃奈さんのことですか?今日、たまたま出会って仲良くなったんですよ。素敵な妹さんがいるなら紹介してくださってもよかったのに」
瑠和の声にはどこか恐れというか、訝しんでいるような雰囲気があった。だが、しずくのいつもと変わらぬ声色に、少し考えてから返す。
『………………いや、ありがとうな。妹は…璃奈は昔から友達ができなくて………無表情でもちゃんと喜怒哀楽を感じてるから。どうか気を悪くしないで付き合ってくれたらうれしい』
「………はい!心配なさらないでも璃奈さんと私はもうお友達ですから!」
『そっか………ありがとな』
電話が切れる。しずくはスマホを置いてにやりと笑う。
「…………………友達、ですよ。あなたを手に入れるまでは」
しずくはそう呟いてから机に開かれたノートを書き進める。ノートには、様々な世界を見てきたうえで予想できる今後の事態を考える。
「この後、同好会が発足されて一度解散する………その間にできることは………」
―翌日―
「ふ~」
翌日の昼休み。仲良くなったしずくと璃奈は一緒にお昼ご飯を食べていた。食事中しずくは肩のあたりを掴みながら小さなため息をつく。
「どうかしたの?」
「いえ………スクールアイドルと演劇部の兼部や、長い登下校のせいか疲れているみたいで………」
「おうち、遠いの?」
「ええ、鎌倉から通っているので1時間以上はかかりますね。演劇部でたまに朝練習もあるんですけど、ちょっとさすがに疲れてしまって」
「そうなんだ………」
璃奈は少し考える。せっかく一人ぼっちだった自分を助けてくれた初めての友人だ。なにか助けになれることはないかと。
「私の家、大体お兄ちゃんと二人きりだし、家もそこそこ広いから………もしよかったら………朝練習の日だけでも、家泊まる?」
意外な言葉にしずくは目を丸くする。それは、裏のしずくが想定していた璃奈の皆藤よりも、ずっと魅力的なものだったからだ。せいぜい同情を買ってもっと接近できるきっかけにできればと思っただけだったのだ。
「……いいんですか?」
「うん、お兄ちゃんがなんて言うかわからないけど………」
璃奈は普段の兄の姿を思い浮かべ、友人を泊めたいといった場合をシュミレーションしてみた。
「………多分、大丈夫」
「大丈夫なんだ……」
少なくとも兄はそこまで頭が固いわけではない。しずくという友達ができたといった時も喜んでくれたのだ。拒んだりはしないだろうと思った。
「いいんだ………じゃあ…………さっそく今日、泊まってもいい?なんて」
しずくは手帳をペラペラめくり、明日に朝練があるのを確認するとダメもとで璃奈に頼んでみた。璃奈は少し考え、瑠和に連絡してみる。すると一分も待たずに返事が返ってきた。
「いいって」
「いいんだ……」
―放課後―
璃奈の家にと泊まることになり、しずくと璃奈は一緒に帰ったしかしその途中、急な雨に打たれた。
しずくはこの日、激しめの雨が降ることは知っており、折り畳み傘はもっていた。しかし、しずくはふと璃奈の身体を見て考える。
(このまま濡れて帰れば、瑠和さんのお洋服を貸していただけるのでは?)
璃奈はかなり身体が小さく、凹凸も少ない。自慢じゃないがしずくは年相応に胸も身長もあるし、おしりも大きい。璃奈の服を着ることは難しく、瑠和の服を貸してもらえる可能性にかけた。
そして、家に着き、シャワーを借りたまではいいが、やはりしずくの服がない問題が発生する。
「とりあえず、私の着てみる?」
「うん………ありがとう」
試しに璃奈のパジャマを着てみるが、やはりいろいろとぴちぴちだ。
「………うーん、破いちゃうかもしれないし、いったん脱ぐね」
パジャマを脱いでタオルを巻こうとしたとき、璃奈の部屋の扉が開かれる。
「璃奈、しずくはいないのか?」
夕飯の買い出しに行っていた瑠和が帰ってきたのだ。一瞬、しずくは邪な考えが浮かんだが、あくまで瑠和にとってのしずくは清楚な女の子であることを考えてすぐに悲鳴を上げて近くにあったスマホを瑠和に投げた。
「ごあ!!」
スマホが鼻に命中した瑠和はそのまま廊下に倒れた。
「お兄ちゃん大丈夫!?しずくちゃんはタオル!」
珍しく璃奈は焦りが目に見えるくらいに慌て、瑠和を救助するために部屋の外へでた。
その姿を見て、やはり璃奈にとって瑠和は大切な存在であることを確認しながら、しずくは、一人高揚していた。
「……………」
許されるならその場で自慰にでも浸りたいくらいに。
事故とはいえ、瑠和に肌を見られたことが、「見てもらえた」ことがこの上なくうれしかったのだ。
◆
「ごめんなさい!」
「いや、俺も普段通りと思ってノックしなかったのが悪かった」
瑠和は鼻血を拭きながら謝罪する。
「でも、どうしよう。制服は明日にならないと乾きそうにないし……」
「ん~。父さんと母さんの服勝手に使うのもちょっとあれだし………しずくがよかったなんだけど、俺の寝間着貸そうか?ちょっとオーバーサイズだし。今日俺は学校のジャージで寝るからさ」
しずくは心の中でガッツポーズをした。完全に運が自分に流れてきている。しずくはそう感じた。
「はい、ありがとうございます」
しずくは瑠和から寝間着を借り、着替える。瑠和がオーバーサイズだと言った通り、しずくの璃奈よりも大きな色々は問題なく入った。
袖を通した瞬間から、瑠和の匂いが鼻孔を突き抜ける。
「……どうかしたか?」
「ああ、いえ………瑠和先輩のにおいがするなぁって」
「そりゃそうだろ……あ、いやだったか?」
「いえ、これで大丈夫です。ありがとうございます」
間違えても瑠和の両親の寝間着なんて持ってこられても困る。「これ」が絶対にいいのだ。
とりあえずしずくはその格好で一晩を過ごすこととなり、夕食にすることとなった。夕食を済ませてからは眠るだけとなり、瑠和は先に自身の部屋に行った。
しずくと璃奈は璃奈の部屋でしばらく話をしていた。
しばらく話していたが、雨に降られたうえに疲労が蓄積されていたしずくは眠気に負け、一瞬意識を失った。その一瞬が、しずくの意識を裏と表で入れ替えしまった。
「しずくちゃん?」
「…………あ…璃奈さん?」
表のしずくも裏のしずくの記憶は持っているものの、なぜそんな行動をとったかまではわかっていない。表のしずくはなぜここにいるかを必死で思い出す。
(たしか………瑠和先輩のおうちに世話になる………んだっけ?なんか記憶があやふや………眠いからかな?)
「大丈夫?」
「うん………えっと、なんの話だっけ?」
「お兄ちゃんとしずくちゃんの出会いの時の話」
「あ…………うん、そう。瑠和さんは小さいときに会ってるって言ったんだけど…」
「じゃあ、お兄ちゃんと会ったのは数年ぶりなんだ」
「うん。私にその記憶はないんだけど………璃奈さんは何かしらない?」
「私……多分その頃お兄ちゃんと暮らしてないから…」
聞いてはいけない案件だったかと思い、しずくは申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい」
「気にしないで…………そういえば、最近お兄ちゃんの帰りが遅いんだけど………しずくちゃんはなにか知ってる?」
「聞いてない?今瑠和先輩はスクールアイドル同好会にいるんだよ?」
「スクール………アイドル…?」
聞きなれない単語に、璃奈は首をかしげる。
「うん」
「初めて聞いた。お兄ちゃんがアイドルやってるの?」
「ううん、瑠和さんはあくまでサポート。マネージャーっていえばわかりやすいかな?」
「そうだったんだ……………どうしてお兄ちゃんはその同好会に?」
「さぁ………理由はわからないけど、ともかく楽しそうだったよ」
「そうなんだ………しずくちゃんも………アイドル……やりたいの?」
「私?うん。私は………」
ふと、なぜ自分がスクールアイドルを始めたのかを考えた。いや、はっきりしてはいる。ただ、璃奈に説明するために自分の中で整理しようとしただけだ。
(昔から演劇が好きだった私が、あの日せつ菜さんのライブを見て、自分を表す表現方法の一つとしてスクールアイドルをやってみようと……)
この思考を、裏のしずくは見ていた。
そうじゃない。そうじゃない。昔はそうだったかも知れないが、今は違う。裏のしずくにとって、スクールアイドルも、同好会も、瑠和と繋がるためのハブでしかないのだ。
「チガウデショ?」
表のしずくの耳元で声がした。とっさに振り替えるが、そこには誰もいなかった。
「どうしたの?」
急に振り返ったしずくを見て、璃奈が訪ねる。
「………ううん、何でもない。あ、私ね実は演劇が好きで…………」
璃奈としずくが楽しそうに話している中で、夜は更けていった。
続く