Another Days-case of Shizuku- 作:瑠和
それから、Another Daysシリーズは他作品を読まなくても楽しめるスタンスですが、これに関しては、Another Days-case of Setsuna-を読んでいただいた方がいいかもしれません。(一話短編読み切り)
Another Days-case of Setsuna-↓
(https://syosetu.org/novel/312814/)
大きな体育館に大勢の生徒が集まり、校長や理事長が挨拶をする。入学式というのは小学生や中学生の頃は期待や不安で胸が高鳴るものだが、何回も繰り返せば「慣れ」が生じてくる。しかもこんなに大きな学校の入学式ともなれば、自分は「大勢の中の一人」でしかない。
小中学生の頃のような「主役」であるという意識は自然と薄れていく。
いろいろと長い話が終わり、自身の教室に案内される。1年生だけでもかなりの人数だ。担任の話が終わり、今日はもう帰るだけとなった。
母が待つ駐車場に向かう途中、物陰から子猫が飛び出してきた。
「みゃ!」
「え………?」
飛び出してきた猫は私の頭にかすったかと思うと私の目の前に着地し、振り返る。その子の口は、私がしているリボンをくわえられている。そして、そのまま逃げていった。
「えぇぇぇぇぇーーーー!!!」
慌てて猫を追いかける。しかし、慌てすぎたために走っていった先の曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「おっと!」
ぶつかった反動で後ろに倒れそうになったが、それをぶつかった人が支えてくれる。
「大……………丈……夫?」
「すいません、猫が……私のリボン……を?」
私を支えてくれた人は、私の顔を見て驚いていた。
「………お前…………しずく?」
「え?」
私の顔を見て、私の名前を言った。そうだ。私の名前は桜坂しずく。しかし、残念ながら私の目の前にいる人に私は見覚えはない。ネクタイの色を見たところ先輩のようだが、こんな離れたところに年上の知り合いはいなかった。
「しずくだよな?」
「え、ええ。私は確かに桜坂しずくですけど………えっと……どちら様、でしたっけ?」
失礼を承知で聴いてみる。下手にあてずっぽうをするよりもこっちの方がいい。
「俺だよ、瑠和だ………天王寺瑠和だよ」
名前を聞いてもなお思い出せない。
「えっと…………」
「覚えてないか?ほら、何年か前!一緒にあそこの浜辺で遊んだ………」
「ご、ごめんなさい!猫、追わなきゃなので!」
私はすぐに猫が走っていった方に向かっていった。半分本当で半分嘘だ。新手のナンパだったのだろうか?そんなことを考えていると猫が見つかった。しかし、猫は私のリボンで遊んでいて唾液でベトベトだった。
隙を見てさっと回収するが、唾液と土で汚れてもうつけられたものではない。
「………ツイてないなぁ」
しずくはがっくり肩を落とす。入学早々変なナンパは受けるわ、猫にリボンを汚されるわ、散々だ。
―桜坂家―
「ねぇ、お母さん」
「なぁに?」
「私ってお台場の海に行ったことあった?」
家に帰ってからも、あの先輩のことが気になった。あのときはいろいろ動揺してて瑠和の言葉に耳を貸さなかった。しかし、今考えてみると引っかかるところが多くある。
入学したばかりなのに自身の名前を知っていたこと、妙に具体的な話をしたこと。
「あるじゃない。まだ小学生の中学年くらいの時だけど。覚えてない?」
「そう………だったっけ」
「あの時、しずくったら迷子になったのよ?もう忘れちゃった?」
「迷子………」
聞けば聞くほど思い出せないし変な話だ。自分で言うのもあれだが雫はしっかり者だと思っている。小学校中学年で迷子になるというのもおかしな話だし、仮にそうでもそんな経験を忘れているというのも妙だ。
「私は………」
ポケットから石を取り出し、机に突っ伏しながら石に夕日を当てて眺める。そうやって今朝から手元にあった石を眺めてる間にしずくは眠ってしまった。
◆
「ありのまま抱きしめたなら、まぶしい、あの空へと……飛び立つよ!♪」
唄ったのは自身のすべて。ありのままの大好き。本当の私。唄い切ったときの爽快感は何にも代えられない感覚だった。喝采の声と絶賛の拍手がすべて、私に向けられている。
なんてすばらしい感覚だろう。これまでの自分では作りだせなかったであろう景色。その景色を作ってくれた人物が、観客席の中にいた。
「◆◆先輩………」
◆
「はっ…………?」
頬をなめられる感触で目を覚ます。目の前には愛犬のオフィーリア。夕暮れ時だった空はいつの間にか星空に代わっている。
「………オフィーリア、起こしてくれたんだ。ありがとう」
「わふ」
「………またあの夢…」
しずくは、幼いころから同じ夢を見ている。いままで隠していた自分をさらけ出し、とてつもない爽快感を得る夢。だが、しずくはそんなことをできる性格ではない。
「なんなんだろう………」
いろいろと気になることはあるがもうこの夢にも慣れた。今ではあまりなにも感じていなかったのだが、ふと気になることを思い出す。
夢の中で自分が見つめる視線の先にいる人物。その人物が、今日あった先輩に似ている気がした。
「………」
―翌日―
入学二日目。今日は簡単な学校の説明や身体検査など。放課後になってからは部活動体験の時間になる。しずくは兼ねてから入ろうと考えていた演劇部の部室を目指す。
その道中、ふと目をやると誰かがお手製のステージを作ってその上に立っているのが見えた。随分奇抜な格好をしている。演劇部の何かかと思いしずくは足を止めた。
「………?」
ステージに出てきたのは一人の少女。派手な衣装を身にまとっている。
「あれは……」
「走り出した思いは強くするよ……♪」
「歌………?」
気づけば、しずくはその歌声に魅了されていた。そのステージの上の少女の「叫び」に惹かれたのだ。台本に書いてある通りのセリフに合った気持ちを演じるのではなく、ただ、自分の思うがままの気持ちを叫んだようなそんな「叫び」に。
「…………これって……」
「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会(仮)!優木せつ菜でした!一年生の皆さん!入部お待ちしております!!」
ステージの少女が叫んでステージから走り去っていった。そして少しすると何やら文字の書いてあるTシャツを着た少年がステージを片付けに来た。
その少年にしずくは見覚えがあった。
「あ、昨日の…」
「ん?あ、しずく!」
ステージの片づけをしていたのは瑠和だった。そしてTシャツには「入部希望は私まで!」とでかでかと書かれている。
「………なんですか?そのシャツ」
「ああ………さっき歌ってたやついるだろ?あいつに手伝わされてんだ」
「………さっきの方って」
「ああ、スクールアイドルってやつだ。知ってるかい?」
その名前はなんとなく聞いたことがある。普通にテレビで唄うアイドルとは違って部活としてやってるらしい。
「ええ………あの、少しだけよろしいですか?」
「ん………ああ」
ステージを片付け終わった瑠和はしずくと校内の食堂兼カフェまで来た。向かい合って座った二人は少し各々が注文した飲み物を見ていたが、沈黙に耐えきれなかったしずくが口を開く。
「あの………昨日はすいません」
「いや、謝るべきなのふつう俺だし……気にしないで」
「それで、改めて以前あったときのお話を伺いたく!」
「って言うと?」
妙なことを聞かれ、瑠和は眉をひそめる。
「わたし……その時の記憶がないんです……母は、前ここに……お台場に遊びに行ったことはあるって言ってたんですけど…思い出せなくて」
「そうだったのか……ごめんな。俺も一方的過ぎたよ………前すぎるもんな」
瑠和としても結構昔の記憶という印象はあり、少し申し訳なく思っていたらしい。
「いえ、忘れてる私がいけないのですから……それで、その、前に会ったときは…」
「つってもなぁ大したことはなかったけど……」
―数年前―
数年前、瑠和はとある事情でお台場海浜公園で遊んでいた。妹の璃奈と両親はいない。近々その街に引っ越すので両親と妹はマンションの下見、瑠和は飽きて出てきてしまったのだ。
「ねぇ、君」
消波ブロックの間で座座虫と戯れていると、そこに同い年くらいの少女が現れた。
「一人?」
「……うん」
「じゃあ、一緒に遊ぼう!?私、桜坂しずく!鎌倉から来たの!」
「………天王寺瑠和」
そのまましばらく瑠和としずくは遊んだ。別に特別なことなど何もなかった。たまたま出会った女の子と男の子が遊んだ。それだけのことだったが、瑠和は不思議とその少女のことを覚えていた。
―現在―
「うん、鬼ごっことか、砂のお城作ったりとか………それくらいしかしてないな」
「………」
しずくは今瑠和に話された話を聞いて少し腑に落ちないところがあった。母曰く迷子になっていたらしいのに、なぜたまたまあった少年と遊ぶ余裕があるのか?というところだ。
しかも、少し日が暮れてきたあたりで解散して親の元へ帰っていったという。とても「迷子」と呼べる状態ではない。
「それにしても、よく私だってわかりましたね?会ったのなんてもうかなり前なのでは…」
「ああ、なんかな………そういえばしずく…ちゃん、少し前にお台場にきてなかったか?」
「え?」
「今年の頭くらい……2月の半ばだったっけな?しずくちゃんっぽい人見かけたんだ。大きいリボン付けた……そんな時は遠くから見ただけだからしずくちゃんとは思わなかったけど」
「……」
今年の2月半ばにお台場に来た記憶はない。
「他人の空似だと思いますけど……」
「そうかなぁ……」
何とも不思議なこともあるものだとしずくは思う。舞台の上のようなドラマチックな人生に憧れたことなどごまんとある。しかし案外人生というのは淡々としているもので、刺激的な経験などそうそうない。
だが、今目の前にいる人物との出会い、というより再開はかなりドラマチックで刺激的だった。しかも、大きな何かが待っている気がした。
「ああ、そうだ。しずくちゃん。これ、配るように言われてるから。よかったら」
「…………」
瑠和はスクールアイドルのチラシをしずくに渡した。そのチラシからは何か、大きな未来を感じるような気がした。それに、さっきのステージを見て感じたあの高揚ににた何か。
「あの!さっきの方、ステージで歌ってた………あの方、なんていうんですか!?」
「え?ああ、あいつは中g………優木せつ菜だよ」
「……優木…せつ菜。私も、その同好会!入ってもいいですか!?」
「え………」
―翌日―
「おお!さっそく新入部員ですか!」
瑠和はさっそくしずくを連れて現虹ヶ咲スクールアイドル同好会の部長である優木せつ菜に会わせに来た。
道中話された経緯によると、瑠和はたまたま優木せつ菜の見られたくない場面を見てしまったらしい。それを見られたことによりせつ菜はスクールアイドル続行が難しくなるレベルだったらしく、瑠和は責任を取ろうと手伝っていると聞かされた。
「ああ。桜坂しずく。幼馴染みたいなもんだ」
「幼馴染ではないと思いますが………演劇部と兼部という形になりますが、よろしくお願いします!」
「はい!スクールアイドル同好会部長!優木せつ菜です!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますね!………で、なんでこんな公園で?」
入部を希望し、部長に紹介するといわれて連れてこられたのは虹ヶ咲学園から離れた場所にある公園だった。
「えっと………」
「まぁ、まだ部員が揃ってないからな。ライブの練習する場所も欲しいからこういうとこになった」
「そうですか……」
「じゃーとりあえずほい」
瑠和は画用紙を渡す。
「?」
「スクールアイドル活動は本格的に5人になってからだ。だから、今はこの味気ないチラシ、何とかするのが俺らの仕事だ」
「………はい!」
せつ菜はスクールアイドルとして次のライブに向けた練習。しずくは瑠和とともに公園の片隅で作業を始めた。それぞれ案を出し合ってチラシの効果を高められないかディスカッションする。
「ここ、こうしたらどうでしょうか?」
「ああ、確かにこっちの方が…」
「……」
それを遠くから眺めていたせつ菜。何か、胸にもやもやする気持ちを抱えながら練習を続け、少ししてから休憩に入る。乱れる息を整え、汗をぬぐっていると、頬に冷たいものを押し付けられた。
「ひゃっ!」
驚いて振り返ると、そこにはジュースを持って笑っているしずくが立っていた。
「しずくさん…」
「お疲れ様です。これどうぞ」
そういってしずくはせつ菜の頬に押し付けたジュースを渡す。
「あ、ありがとうございます」
二人は手すりに寄りかかる。
「…瑠和さんから聞いたんですが、何か、見られたくないものを見られたんですか?」
「え?ええ………私としてはとても重要なものです。ですが………自分が黙ってればいいだけと、瑠和さんがおっしゃってくださったので……協力していただく形に……」
ただ事情を説明しただけだが、せつ菜の顔が若干赤くなっているのはきっと、夕焼けのせいだけではないことをしずくはなんとなく察した。
「へぇ………あ……でも瑠和さんは…………いえ、何でもないです」
ふと何かを思い出したような態度をとったしずくだったが、すぐに何でもないと言った。
「どうかなさいました?」
「いえ……何でも」
「あの、瑠和さんに関することなら教えてください!結構私も無理を言っていますので……もし不満など漏らされていたら…」
「そんな、せつ菜さんのことではないですよ。ただ……噂で聞いただけですが、瑠和さんは結構、責任感が強くて誰にでも優しいって話ですよ」
「え?」
せつ菜は妙に含みのある言い方をしたしずくの言葉を気にする。
「それってどういう…」
「いえ、私の勘違いならいいんですが、もし今私が予想しているせつ菜さんの気持ちに間違いがなければ………変に期待はしない方がいいっていうだけの話です……」
「………言ってる意味が…わかりません」
「…………それならいいです。ただの私の勘違いなので。すいません、変なことを言ってしまって。私、せつ菜さんの、迷いのない大好きのステージを見てスクールアイドルやってみたいなって思ったんです。だから、練習頑張ってくださいね」
しずくはそう言い残してその場を後にした。残されたせつ菜は迷いを、さっき感じたもやもやを振り払うように練習を始めた。
しずくはそれを木の陰から見つめ、ほんの一瞬、怪しい笑みを零した。
続く