Miss.グリフィンドール   作:リン@ハーメルン

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よくある私TUEEEです。


賢者の石
第一話 邂逅


 私は主人公だ。物心ついた時、そう信じてやまなかった。

 男女の性差など私という超人には無意味で、同年代のマグルや魔法族の子供はおろか、大人とも張り合える膂力を肉体に宿している。先祖に人外の血が混じっているなどと噂されたこともあるが、残念ながら私の血統は由緒正しきグリフィンドールの直系であった。

 皮肉なことに、家系図には名家の姓がズラリと網羅されている。エセ純血主義者様は悔しくて憤死してしまうかもしれない。かの高名なゴドリック・グリフィンドールが赤毛ゴリラではないのであれば、だが。

 さらに魔法族が魔法族たる所以、魔法力も尋常ならざるものだった。

 産声を上げた瞬間に魔法力が発現し、齢三歳にして彷徨っていたはぐれ吸魂鬼(ディメンター)守護霊(パトローナス)で追い払ってみせた。まともな手段では不生不死を滅ぼせないのが悔やまれる……が、我が一族の家宝が竜の牙城にあるのだから仕方ない。

 魔女としての力量も、その家柄も。恵まれた出生ならば、私は「主人公」に相応しく在らねばならないと、思い上がりも甚だしい使命感と全能感に酔ってしまったのだ。

 理由は多々ある。幼少期ゆえの純粋さと傲慢さもそうだが、一番の要因は当時の英国魔法界が暗雲に包まれていたからだろう。無論、環境へと転嫁する気は微塵もないが。

 先述の彷徨(うろつ)いていた吸魂鬼のように、当時は闇の魔法使いや闇の生物がそこら中を我が物顔で闊歩していた。

 これまた残念ながら私の天才性は突然変異、偶発的なものらしく両親から引き継がれたものではない。だから両親が『不死鳥の騎士団』なる組織で命を擲ってしまった事実も、私の自己陶酔に拍車をかけてしまった。

 

 仇討ちとは何と甘美なものか。『死の飛翔』などという頭イタイタな渾名を吹聴してるトカゲマンを打ち負かせばどれだけ痛快か。俗物よりも下卑めいた思考はまさしく()()()で、一生涯拭いきれない痴愚な本性であった。思い出すだけで身を投げ出したくなる。

 両親の訃報を齎してくれたのは今世紀最も偉大な魔法使い様だった。私の両親と同じくグリフィンドール出身のご年配は、沈痛な相好で謝罪と後見人になる旨を私に伝えた。しかし()()()()()()、そうじゃなかったんだ。

 私の英雄像において悲劇は幕間でしかなくて、アルバス・ダンブルドアの罪悪感は英雄を奮い立たせるためのスパイスでしかなくて、この世界は私のための舞台でしかない。だから死を悼んで踵を返すなど、主人公である私がしてはならない! ……と、当時の私は本気で思っていたのだから笑えないし救いようもない。

 世界は都合よく出来ていなかった。まだ年端もいかない私が魔法戦士になれるはずもなければ、身内に不幸があった私を騎士団と関わりを持たせるわけにもいかない。どれだけ嘱望し、才能をひけらかそうとも、ついぞ3歳の小娘はヴォルデモートと対峙することなく世界に平和が訪れることとなった。

 闇の帝王を打ち負かしたのは生まれて間もない赤子だった。その名はハリー・ポッター、その両親も『不死鳥の騎士団』に所属していて、どちらも命を落としている。私こそが予言の子ならばと嘆かずにはいられない。それが不謹慎だと分かっていても、偽りなき本性だから当時の私がイカレているのは自明だった。

 そんな自身の傲慢さと向き合うきっかけとなったのは、あまりに愚かしい一つの疑念(がんぼう)からである。

 

───ヴォルデモートは、まだ生きているのではないか。

 

 それが恐怖や不安から来る疑念であればどれだけマシだろうか。英雄譚の出鼻を挫かれた私は不徳にすぎる願望を自覚して、漸く自らの愚かしさに直面することができたのである。

 主人公になりたいがために闇の帝王の生存を願うなど、真っ当な人間の思考ではない。現実として多くの人が亡くなっているし、私自身も両親を失っている。だのに私の英雄願望は尽きることが無くて、一種のコンプレックスのようになってしまった。

 偉大なる創始者の血を継いでいるからか。両親の死に報いなければならないからか。

 思い描く主人公像と乖離した望みに諫められて、私は途端に無気力となってしまう。やんごとなき家柄も、比類なき天賦の才も、事ここに至ってなんら価値を感じられなくなってしまったのだ。

 赤子に嫉妬するほど狭量ではないし、己の惨めさへと羞恥心さえ覚えた。なるべくしてなる……などと意志薄弱な妄言を口にしたくはないが、ハリー・ポッターの出生はまさしく()()()だったのだ。筆舌しがたい敗北感が私を苛んだのは言うまでもないだろう。

 私は最初で最後の涙を流した。おんおんと淑女らしからぬ痴態をベッドの中に隠して泣き喚いた。ちなみに屋敷しもべ妖精たちは、雨ではなく槍でも降ってくるのではと戦々恐々としていた。失礼すぎやしないだろうか。

 ともかく、自分が主人公だなんて妄想に憑りつかれていた過去を黒歴史とした私は、その時から慎ましく生きていくことを胸に誓ったのである。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「────で、結末は知っての通りだ。ハリー・ポッターによって闇の帝王は倒され、英国魔法界に平和が訪れましたとさ。そして哀れで惨めで世間知らずな少女は身の程をわきまえた。めでたしめでたし」

「ぐすっ、ぐすっ。レイジーは感動いたしました! ご当主様、奥方様。お嬢様はなんと逞しくなられたことか……」

「……今の話に逞しい要素は一つもないと思うけどね。というか両親に合わせる顔なんてないだろうに」

「苦節20年。レイジーは……レイジーは……うぅ……」

「感受性が強すぎやしないかい。いい加減泣き止んでおくれ。ほらハンカチ……じゃなくて紙タオル」

 

 ううむ。側付きの屋敷しもべ妖精は優秀なのだがいかんせん独特なセンスすぎる。レイジー、君の甲高い慟哭は寝起きだけにしてほしいものだが。

 忠誠心は有り難いがハウスエルフの扱いは繊細で気が抜けない。以前、気にも留めず私が差し出したハンカチに対して、命で詫びようとしたレイジーは鋼メンタルの私でもドキリとしたものだ。

 

「お嬢様、私ごときに気遣いなどいけません! ご先祖様が嘆き悲しんでおられます!」

「そうかい? 高祖殿は君たちを喜んで招き入れたと聞いたけど」

「おっしゃる通りです! 偉大なるゴドリック様! 路頭に迷っていた我々を受け入れてくださった! それに引き換え恩知らずな小鬼(ゴブリン)は────」

「ストップストップ。その話は今日で2度目、今週で9度目さ。うん、少なくとも累計で100回は聞いた気がするよ」

 

 あと使い終わった紙タオルを返そうとするな。さっさと捨てに行ってくれ。

 屋敷しもべ妖精の感性を理解することは未来永劫なさそうだ。彼ら彼女らが価値を示し続けてくれる限り理解する必要すらないかもしれないけれど。

 奇人変人ばかりの魔法族さえ、屋敷しもべ妖精とのラブロマンスなど聞いたこともない。しもべ妖精たちが望む主従関係をこちらが提供していれば自ずと共存は可能だった。レイジーも私もメスだがね。

 

「あー……そろそろ時間だ。君のご高説はまたの機会に」

「行ってらっしゃいませ!」

「夕食のステーキはレアで焼いておいてくれたまえ。『漏れ鍋』」

 

 暖炉に入り、乱雑に掴み取った煙突飛行粉(フルーパウダー)を足元に叩きつける。たちまち緑色の炎が燃え上がり私を包み込んだ。

 視界一杯に広がった炎が収まると、私の家とは打って変わって喧騒に包まれたパブの店内が繰り出された。妙に人が多くて落ち着かない。テーブル席は殆ど埋まっているし、見るに堪えない飲んだくれが呂律の回らない状態で乾杯の音頭を取っている。実に魔法族らしくて涙が出そうだ。もちろん浮かれている馬鹿共を見ての笑い泣きだが。

 私は人目を避けるように店主のいるカウンター席へと足早に向かった。

 

「やあトム。今日()ファイアウイスキーを頼むよ」

「こんな時間に勘弁してくだされ。まだしょっ引かれたくはないのだが」

「その風体で言われてもね」

「これは手厳しい」

 

 老けたな。店主のトムは年を跨ぐたびに歯の本数が少なくなっている。猫背がこれ以上悪化するとカウンターに立てなくなるのではないだろうか。入れ歯くらいはプレゼントしてもいいかもしれない。

 

「見ての通りここ数十年で一番の盛況だ。吞みたいのなら日を改めてもらえると助かるのですがな」

「私がそんなことを気にする性質(タチ)だと思うかい?」

「いえ全く。寧ろ嬉々としてダル絡みをしてくるでしょうに」

「よくわかっているじゃないか。……で、この盛況ぶりは一体どうしたんだい? 朝っぱらから酔い潰れている奴もチラホラいるみたいだが」

 

 するとトムは訝し気に眉を潜めた。

 

「おや、てっきり貴女も噂につられて来店したクチだと思っていましたが」

「噂だって? ファッジがついに自分に勲章でも授与したとか?」

「ハリー・ポッターです。つい先ほどハグリッドと一緒にダイアゴン横丁へ学用品を揃えに行きましたよ」

「……そうか、今年だったのか。」

 

 完全に失念していた。殊更に隔意があるわけではないが、無意識に考えないようにしていたのかもしれない。私にとってハリー・ポッターは自身の過去を想起させられる腫物だった。どうしても表情を取り繕えなくて渋面をしてしまう。

 

「少し嫉妬してしまうね。私の時だってあんなにも店内がごった返していたのに、もう乗り換え先を見つけたのか。漏れ鍋の客層は不埒者ばかりだ。こんな常連ばかりなら店主なんてとんだ薄情者かもしれない。私は悲しいな」

「相変わらず口が回りますな。皮肉屋も板についたようでなにより。ああ、そういえば先ほどまでディーダラス・ディグルと……クィリナス・クィレル教授もおられましたな」

「クィレル教授はどうでもいいがね。ディーダラス殿は……言わずとも結構、ハリー・ポッターに舞い上がっていただろう? あの方は熱烈なポッター教徒だったからね。フフン、まあいいさ。私も裏手を使わせてもらうよ。ハリー・ポッターはともかく、私が長居してはこの店も倒壊しかねない」

 

 私の諧謔にトムは肩を竦めるだけで、カウンターの奥へ引っ込んでしまった。周囲からの視線も段々と増えてきて少々煩わしくなってくる。体面は余裕を装ってみるものの、不躾にジロジロ見られるのは正直不快である。……まあ、昔の私なら恥ずかしげもなく堂々としていたかもしれないが。

 スルリと人込みで狭苦しくなってきた店内を抜けて、裏手にあるレンガの壁の決まった個所を杖でコツコツと突く。杖をしまう頃にはレンガの壁が生き物のように蠢いて、ダイアゴン横丁への道が開かれた。

 店主を揶揄うだけのつもりで来店したが、ハリー・ポッターについて聞けたのは思いがけない僥倖だった。煙突飛行でダイアゴン横丁へと直接移動しなくて正解である。私自身、意識しないようにしてはいたものの、自身の主人公志望を粉々に打ち砕いてくれた彼には興味があった。

 

(ふむ……間に合ったようだ)

 

 ポイント・ミー(方角を示せ)。懐から取り出した魔法の方位磁針(コンパス)は、カタカタと震えながら方角を指し示している。どうやら偉大な英雄殿はまだダイアゴン横丁をふらついているみたいだ。

 たしか、闇の帝王を倒してからはマグルの下で暮らしていると聞く。我が後見人殿にどんな思惑があるのか少し気になるところだが……大方、それがハリー・ポッターを死喰い人(デス・イーター)どもから守るために必要だったのだろうな。それが当人にとって最善かはともかく、愛の信奉者(アコライト)である校長殿はマグルの親戚とやらの善性を信じることに決めたのだろう。

 

(愛、愛ね……。あの見てくれで愛されてきたのなら、そのマグルの親戚とやらは魔法族より変人かもしれないな)

 

 ほつれた衣服はサイズが合わずブカブカ。髪はパサついて、必要不可欠な眼鏡は傷だらけ。キラキラとした目でダイアゴン横丁を見回す姿は、表面だけ見れば微笑ましい。けれどその瞳の奥には不安が渦巻いていた。自己肯定感がとても低いのだと察せられる。その少年こそ、掌中のコンパスが導いた人物に他ならない。

 ハリー・ポッターだ。コンパスの針が示さなくても私には一目で分かってしまう。自我が芽生えたばかりの時に見たポッター夫妻の面影が、その少年には色濃く残っていたから。

 ハリー・ポッターはハグリッドとともにグリンゴッツから出てきたばかりだった。我が一族を目の敵にしている小鬼どもだが、守りだけは()()()()に一丁前である。ハグリッドの様子からして、既に例のアレ(けんじゃのいし)を回収し終えたのだろう。

 意図せずとも目立つ凸凹コンビへと私は声をかけた。

 

「やあハグリッド、奇遇だね。今日も夜の闇(ノクターン)横丁をブラブラするのかい?」

 

 すぐさまビクン! とハグリッドの巨体が震える。我らが森番の純粋さには嗜虐心を駆られてしまうな。なんともまあ、その巨体で情けない。顔色も悪い。グリンゴッツのジェットコースターはお気に召さなかったようだ。

 

「クリスか? お前さん、もうちっと場所を弁えてくれ」

「フフフ。なに、お互い後ろ暗いことはしていないだろう? あそこはあそこで珍しいブツも見つかるからね……おや? そちらの少年は?」

「わかっちょる癖に仰々しいな全く。ハリー、そう身構えるこたあない。コイツはホグワーツの生徒だ。お前さんの二つ上で今年から3年生になる」

 

 身構えるというより初心だな。ハグリッドに思春期の少年の繊細さを理解するだなんて芸当が出来るとは微塵も思ってはいないがね。

 

「は、初めまして。ハリー・ポッターです」

「おや、君があのハリー・ポッターとは。かの英雄殿に出会えて光栄の至りだよ」

 

 頬を赤らめながら恥ずかし気に差し出されたハリーの手を、私は強引に掴み取った。

 ハリーの紅潮がますますひどくなった。私の髪よりも赤みがかっていて庇護欲さえ湧いてくる。年頃の初心なティーンは揶揄い甲斐があって退屈しないな。ハンドシェイクを繰り返す度にどんどんと熟れて赤らんでいく姿は痛快ですらあった。

 わが後見人殿はユーモアこそ解すが如何せん偏屈な部分も多い。やはり私はこうでなくては……と改めて自覚できた。

 

「あまりハリーをイジメんでくれ。お前さんのように捻くれてなくて安心しとったところだ」

「失礼だねハグリッド。私ほどハリーを待ち焦がれた者なんていないだろうに」

「赤ん坊のころからお前さんを見とったが、初めて聞いたぞ」

「そりゃあ今初めて言ったからさ。……ああ、すまないねハリー。私の自己紹介がまだだった」

 

 そろそろ爆発するんじゃないかってくらい首元まで赤くなったハリーとの握手をほどく。

 さあ一世一代の見せ所だ。この英国魔法界どころか世界で最も優雅に、気高く、ミステリアスに───私は一切の淀みのない流麗なお辞儀を披露した。

 

「私はクリスティーン。クリスティーン・グリフィンドールだ。クリスと呼んでくれて構わないよ」

 

 感涙に咽び泣きたまえ。そこの髭男が目を剥いたように、私のお辞儀は恐らく今生において最初で最後となるだろう。それくらいには君に敬意を払っているのだから。




○クリスティーン・グリフィドール
性別:女性
学年:3年生
身長:約162cm(現時点)
髪:赤がかったブロンドのロング
瞳の色:金色
守護霊:???
杖:???
所属寮:???

ミドルネームはアズカバンの囚人くらいで判明します。たぶん。
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