Miss.グリフィンドール   作:リン@ハーメルン

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曇らせが流行るなら拗らせも流行るべき


第二話 資質

「私はクリスティーン。クリスティーン・グリフィンドールだ。クリスと呼んでくれて構わないよ」

 

 光沢を帯びたストロベリーブロンドが風で靡く。靴のつま先から頭の天辺まで、クリスティーンの所作にはどこまでも気品が宿っていた。

 彼女のお辞儀に対してハリーは気後れしてしまう。ワイルドな恰好をしたハグリッドや、見窄らしいお下がりの服を着た自分なんかとは生きている世界が違うのかもしれない。深い蘇芳色のケープコートは見るからに高そうだし、胸元付近には家紋のようなマークが施されている。きっとバーノンが売りつけている最新の穴掘りドリルを買うより高くつくに違いなかった。

 

「う、うん。よろしくお願いします」

「そんなに畏まらなくていい。私も君も、同じホグワーツで学ぶ生徒同士だからね」

「わかったよ。よろしくね、クリス」

「こちらこそハリー」

 

 改めてハリーとクリスは握手を交わした。もうクリスが揶揄ってくることはなかった。

 ほっと安心したかのようにハグリッドがため息を漏らし、言葉を紡ぐ。

 

「それにしてもクリス。お前さん、何しにこんな場所まで来たんだ? グリンゴッツの小鬼どもから出禁をくらっちょると聞いとったが」

「私もジェットコースターを楽しみたかったのさ。ああ、そこの小鬼くんお疲れ様。そう睨まないでおくれ、照れるじゃないか。君たち遊園地(グリンゴッツ)の邪魔をする気はないよ。……教科書を買いに来たんだよ。ほら、幼気なクリスちゃんは今年で3年生だろう?」

「お前さんが幼気なら一年坊は赤子同然だな」

 

 クリスティーンがわざとらしく意外そうな表情を浮かべた。その反応に慣れているのか、ハグリッドは特に気にせず言葉を続けた。

 

「うーむ教科書か。よし、ハリーのと一緒に俺が買いに行ってやる。代わりにハリーの採寸と杖選びを付き添ってくれねえか? ちょいと元気薬を引っかけてえと思っとったところだ。ハリーに付き合ってもらうのは悪いしな」

 

 ハグリッドの提案にハリーは瞠目した。今度は赤らむのではなく青ざめてしまう。

 なにがどういう因果で初対面の女性と入学準備をしなければならないのだろう。自覚する以上にハリーは人見知りであった。

 

「ちょっと待ってよハグリッド。僕、その……」

「な~に。ハリー、心配しなさんな。クリスは赤ん坊のお前さんを知っとるんだ。騎士団にいたころ───」

 

 騎士団? 何かのイベントだろうか。

 ハリーが疑問符を浮かべていると、自信に満ち溢れていたクリスティーンの相好が引き締まった。

 

「んんっ! ハグリッド、どうやらその懐の石を粉々に砕いた方がいいかもしれないね」

「す、すまねぇ! ……あー、つまりだなハリー。お前さんの両親、ジェームズとリリーについてクリスからも教えてもらうとええ。ホグワーツに入学したばかりの頃は慣れねえだろうし、クリスも授業が増えて忙しくなる。それに寮も……とにかく、今のうちに聞きたいことがあったら聞いておいた方がええぞ。損はねえからな」

 

 どうしてもハグリッドは一度別れたいようだ。ハリーは渋々と頷くも、妙にソワソワし始めたハグリッドが気になる様子だった。

 二人の様子を見てクリスティーンは呆れたように肩を竦めた。

 

(大根役者に朴訥少年。我が家名の寮生でも指折りの不器用だぞ。サプライズでプレゼントをするにしても、ハリーじゃなければ気付かれてるだろうに)

 

 少なくとも、レイブンクローやハッフルパフではない。ハリーの怯え、そこはかとない執着、両親譲りの芯の強さはグリフィンドールかスリザリンのはず。そしてハリーの両親は言わずもがな。クリスティーンはハリーの所属するであろう寮を確信した。

 

「わかったよハグリッド。でもちゃんと戻ってきてね?」

「ああ。学用品と教科書、それにちょいと酔いを醒ましたらちゃんと戻る」

「……この前のアッシュワインダーの卵に加えて貸し二つだな」

「え?」

「わかっちょるわかっちょる。ハリー、気にせんでええ。個人的な貸し借りの話だ。じゃあハリーを任せたぞクリス」

「任されたよハグリッド。教科書は選択科目全部さ。支払いは済んでるから私の名前を使っておくれ」

「そりゃいい。分かりやすくて助かるな」

 

 グリンゴッツでのトロッコ酔いが抜けきらないまま、ハグリッドがダイアゴン横丁の喧騒へと消えていく。一回りも二回りも大きい図体が人混みへと完全に飲み込まれるまで、ハリーとクリスティーンはハグリッドの背中を見送った。

 

「あれだね。今度からハグリッドにグリンゴッツでのお使いは頼まない方がいい。本人もトロッコも持たないだろうに」

「ちょっと怖かったよ。重すぎて事故るんじゃないかって。マグル? のニュースでも時々見るし」

「くくっ……ハハハハ! 確かに! また一緒に乗るなら座席(シート)を二人、いや三人分は予約しておくべきだ。ハリー、君もようやく魔法界に慣れてきたみたいでなによりだよ」

「……えっと、ホントに重さで事故なんて起こらないよね?」

「すまないすまない。ハグリッドが数百人乗ってもグリンゴッツのトロッコは壊れないさ。巷ではホグワーツの次に安全な場所だとか言われてるくらいだからね。まあ、()()ホグワーツと比べるなど烏滸がましいにも程があるけれど……」

 

 ハリーの産毛が逆立って、ブルりと小さく身震いする。尻すぼみだったが、どことなくクリスティーンの声色が不穏に聞こえた。

 

「小鬼のことは今度にしよう。まずは制服、その次は杖を見に行こうか」

 

 ハリーは黙って頷き、クリスティーンに並んでダイアゴン横丁の往来へと足を踏み入れた。

 入学シーズン真っただ中、ハリーと同じように初めての魔法界に目を輝かせる子供もいれば、気取った様子で鼻を鳴らす小綺麗な身なりをした家族もいる。ハリーは無知だが馬鹿じゃない。まるで田舎からやってきたお上りさん(マグル)に対して、冷めた眼差しをする集団がいることに気づき始めていた。

 その巨体故にハグリッドも目立っていたが、クリスティーンも同じくらい衆目を集めている。それもそうだろう。クリスティーンの身なりの上等さと言ったら、ダドリーのお下がりを着た自分が隣にいることに罪悪感すら覚えてしまうほどだ。ハリーはトボトボと顔を伏せて、誰とも目が合わないようにするだけで精一杯であった。

 対照的にクリスティーンは満ち満ちた自信を顔に浮かべ、まるで衆目をスポットライトとでも思っているかのように胸を張りながら、モーゼのごとく人の波を割って通りの中心を進んでいってしまう。これでは晒し者と変わらない。いっそのこと無理をしてでもハグリッドに付いていけば良かったとハリーは後悔した。

 羞恥心に悶えているハリーを横目に、何食わぬ顔でクリスティーンが口を開く。

 

「フフ、そのうち嫌でも慣れるさ。何せ君は、()()ハリー・ポッターだからね」

「慣れたくないよ。なんなら目立ちたくない」

「残念だが()()は私だけではなく君も原因だ。ほら見たまえ、憎々し気にこちらを見てるあの連中。自称純血の魔法族にしては品がないだろう?」

「わざわざ真ん中を通る必要なんて……」

「ああ、そっちか。気にしすぎる必要はないよ。ホグワーツに行けば今より注目を浴びてしまうのは明らかさ。それに───」

「それに?」

「真ん中を歩くのは私のポリシーなんだ。道とは譲るのではなく譲らせてこそだろう」

 

 クリスティーンは飄然とそう抜かした。ダーズリー家のような陰湿さはないが、クリスティーン・グリフィンドールという魔女が今まで出会った誰よりも───豪快なハグリッドや興奮しっぱなしなディーダラス・ディグル、それに吃音のクィリナス・クィレルなんかより、よっぽど奇人変人の類だとハリーは心の中で項垂れた。

 抵抗は無意味だとハリーが悟ってからは、クリスティーンの奇行はますます酷くなっていく。

 通りの反対側からやってくる青白い顔をしたプラチナブロンドの少年を見つけるや否や、ニヤリと悪どい笑みを張り付けて緩慢に歩きながら(その少年は全速力で逃げ(おお)せたが)執拗に追いかけたり、今度は青白い少年の父親らしき長髪の男と出会えば、「息子さんの入学を祝いたいのだが」などと嘯いて、無視を徹底するその男が店の中へ入るまで声を掛け続けたり。

 ハリーは少し距離を置いてクリスティーンの奇行を見守ることしかできなかった。でなければハリー自身がクリスティーンの付き添いから逃げ出していたかもしれない。

 

「まったく、人の善意を素直に受け取らないとはマルフォイ家にはガッカリだよ。いいかいハリー、君は有名人なんだからふんぞり返って偉そうにするくらいが丁度良い。魔法族はメンツが第一なのさ」

「ああ、うん。メンツね……()()()()はあの人たちも十分に大切にしてたと思うけど」

 

 メンツ(それ)だけ? 一体どう意味かな? ……と、尋ねるのは無粋であった。

 

「心外だねハリー。私はあの気取った親子に礼を尽くしてやっただけじゃないか。見ての通り、マグル出身の新入生で溢れたダイアゴン横丁にご足労いただくなんて……いやはや、名家様の寛大な御心にはこの私も脱帽さ」

 

 クリスティーンが抜け抜けと心にもない言葉を吹かした。

 魔法族とそうでないもの、つまりマグル出身の魔法使いに対して嫌悪を剥き出しにする人たち。クリスティーンがしつこく追いかけた親子は()()()()()だった。彼らがクリスティーンに追いかけられる直前、ハリーを視界に入れた途端に嘲笑を浮かべたのを覚えている。

 ハリーは薄々とクリスティーンの意図を察した。魔法界は煌びやかな側面だけではない。あのダーズリー家よりマシかもしれないだなんて、甘い考えだったとハリーは痛烈に自覚する。それでも、ハグリッドと一緒にダイアゴン横丁へ足を踏み入れた感動が色褪せることはなかったが。

 

「ハグリッドが言ってたんだ。僕のパパもママも、ホグワーツで学んでいたんだって。でもペチュニア伯母さんはマグルだし、僕のママも……きっと僕、イジメられるよ」

 

 ハリーは情けないと思いつつ、弱音を吐露した。魔法族であることを重視する風潮へとハリーは忌避感を抱き始めていた。

 ハグリッドが言うにはハリーの両親は二人とも首席だったらしい。名前を言ってはいけない『例のあの人』にも勇敢に立ち向かった。それがどうして、一人息子である自分はダーズリー家で惨めな生活を送っているのだろう。ハグリッドを始めとした魔法界の人々はハリーを英雄のごとく崇めてくれるけれど、彼ら彼女らの期待は窮屈なだけだった。魔法も何一つ知らない。生き残った理由も覚えてない。魔法界はマグルの常識が通用しないし、精々ダーズリー家で小賢しく生きていくための処世術しか知らなかった。

 ハリーの表情が諦観に彩られる。まさかここまで卑屈になっていたとは……クリスティーンは珍しく目を見張った。()()()()から生まれたにしては繊細に過ぎる。北海の監獄にぶち込まれている名付け親が()()()だったのなら卒倒して斃れかねないと、クリスティーンは内心で苦笑した。

 

「そんなことはないよ。君はまだ自分の偉大さが分からないだろうけれど、あの嫌味な連中ですら君を白昼堂々イジメることなんて出来やしないさ」

「そうかな? でも僕、いつもダドリーに嫌がらせをされてるし、それを止めることも出来ないんだよ。パパやママのことは覚えてないけど、きっと生きていたらガッカリしてるかも」

「……私は私自身に依る経験でしか話さないが、絶対にありえないと断言しよう。まだ何も知らないのは他の新入生も同じさ。君の無知に関しても、君自身が想像する以上に『ハリー・ポッター』の名前は偉大なんだ。悲観するには早すぎるし、もっとこう……ああ、失敗したな。君にはホグワーツの素晴らしさを最初に教えるべきだった」

 

 クリスティーンが額に手を当てて嘆く。その仕草の一つ一つが上品で、潔癖なペチュニア伯母さんさえも難癖をつけることはできないとハリーは思った。

 気づけば、ハリーとクリスティーンは『マダム・マルキンの洋装店』の店先にたどり着いていた。窓から中の様子を窺うと、客はそれほど入っていないようだった。ハリーはダイアゴン横丁を行き交う人々の視線から漸く逃れられると思い、心が軽くなった気がした。

 

「とりあえず、制服の採寸をしよう。望もうと望むまいと、魔法力を制御するためにはホグワーツに入学しなければならないからね。お下がりではなく、君だけのための制服さ」

 

 クリスティーンは励ますようにウインクし、店のドアを開け放った。ハリーは慌てて後を追い店の中へと入る。ドアが閉まるのと同時に、ヒシヒシと感じる背中への視線が途切れた。

 窓から様子を探っていた時と変わらず、店内は閑散としていた。数人の店員と、二人の少女だけ。少女のうち、片方はハリーよりも少し年上でもう一人は同年代に見えた。

 店内には異性しかいない。ハリーは極力、彼女らに関わらないよう店の隅っこで店員を待つことにした……しようとした。

 しかしそうは問屋が卸さない。なにしろクリスティーン・グリフィンドールという存在は、あのダイアゴン横丁のど真ん中を我が物顔で進む傑物なのだ。クリスティーンが譲歩などするはずもなく、今回の主役であるハリーを差し置いて、採寸が終わったばかりの少女たちへと歩み寄っていくではないか。

 ハリーは微動だにしなかった。というか動けるはずもなかった。なぜなら、目にもとまらぬ速さでクリスティーンが行動を起こしてしまったから。

 

「これはこれは。親愛なる我が友よ、出不精な君とこんな場所で───」

 

 芝居がかった口調でクリスティーンが語り掛けた瞬間のこと。

 採寸をしていた小柄な黒髪の少女が驚いたように目を丸くする。そして採寸を見守っていた年上らしきアッシュブロンドの少女は、クリスティーンの小芝居が終わる前に、脱兎のごとく店のドアへと駆け出していた。

 いきなりの出来事にハリーも理解が追い付かなかった。だがクリスティーンだけはこの後の展開を予想していたのか、一切の無駄が無い身のこなしで逃げ出した少女の背後へ回り込むと───なんと少女の腕に締め技を決めているではないか。

 魔法使いとは何だったのだろうか。ニヤニヤと腕を締め上げるクリスティーン、淑女のプライドもへったくれもなく悲鳴を上げるアッシュブロンドの少女。上級生二人の痴態を呆れたように半眼で見据える黒髪の少女。

 ハグリッド、今こそ不器用な君が恋しいよ。この時ばかりは不安を忘却の彼方へ置いていき、ハリーは渾沌とした状況で一人黄昏れていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「これはこれは。我が親愛なる友よ、出不精な君とこんな場所で───」

 

 言いかけた刹那、私は逃げ出そうとする人影の背後に回り、腕を締め上げた。

 

「ひいいぃぃ!?」

「人の顔を見るなり逃げだすなんて相変わらず失敬だね、君は。えぇ?」

「ギ、ギブです! かか、勘弁してくださいよぅ……。ううぅ、こうなるから逃げたくなるんじゃないですかぁ……」

 

 目元に深い隈を帯びた相好が、すぐさま苦痛に染まる。焦点の合わない三白眼を思いっきり瞑り、痛みに悶える姿はハグリッド以上に嗜虐心をそそられてしまうな。

 それにしても情けない。ナイーブ過ぎて落ち込んでいるハリーよりも情けない。情けなさの累乗でこちらまで申し訳なくなってくる。我らがホグワーツの誇るスリザリン生が、ここまで臆病では純血至上主義者すら悲しみのあまり泣き崩れてしまうだろう。つまるところ滅茶苦茶情けない。ついた渾名がウィンピー(よわむし)……ミス・ウィンピーの情けなさに、内気なハリーさえも頬を引き攣らせているじゃないか。

 

「順番が逆だね。ああ、ハリー。人をレシフォールドのごとく扱う方が失礼だと思わないかい? マグル風に言えば────」

「……ゴースト? それともゾンビかな?」

 

 おお、調子が戻ってきたじゃないかハリー。流石はジェームズ・ポッターの一人息子、ノリの良さは親譲りで安心したよ。

 

「マグルはそんなものを怖がっているのか。コイツはコミュニケーションが苦手でね。私がいつも矯正してやってるんだが……物覚えが良くないんだよ」

「ぎゃ、虐待です! いいいい、イジメです! たたっ、助けてくださいダフネ!」

「その性根が気に食わないね」

「ひいいぃぃぃ!?」

 

 悲鳴が最高潮になったところで私は腕を解放した。

 ウィンピーはたたらを踏み、体勢を整えるとすぐに小柄な少女の背後へと隠れてしまう。やれやれ、この女の臆病さは筋金入りだ。3年生になっても一向に改善される気配が無いじゃないか。

 私と、巻き込まれた少女は揃って溜め息を吐いた。以前出会った時からヒエラルキーは変化していないらしい。もはや少女とウィンピーのどちらが年上なのか分からなくなってしまいそうだ。

 

「リディア、いい加減に私の後ろへ隠れるのを止めてくれませんか?」

「だだだ、だってぇ……」

「嘆かわしいね。君を養育するグリーングラス卿*1も不憫でならないよ。そんな調子じゃいつまでたってもウィーズリーの悪戯コンビに───」

「ミス・グリフィンドール、貴女『も』ですっ! 毎日毎日、貴女がちょっかいを掛けるたびに、哀れで惨めで情けなくて読んでいる私たちさえ恥ずかしくなる泣き言の手紙を寄こされるんですから自重してください! アストリアに悪影響です」

「ダ、ダフネェ……ひっひひ、酷いですよぅ」

 

 ふんす、と憤りを吐き出すダフネ。その後ろでは、妹分にこき下ろされる当人が涙目になっていた。ハリー、困惑する気持ちは分かる。しかし()()()()が魔法界にはわんさかいる。なんなら奇人変人としてのランクは低い方だ。

 ダフネの琥珀色をした瞳が、思いがけない状況にたじろぐハリーを射抜いた。濡羽色の艶やかなダフネの髪がふわりと揺れ動いた気がした。

 

「その額の傷……まさか、貴方がハリー・ポッター?」

「え? うん、そうだけど」

「……なるほど。由緒正しきグリフィンドール様はお手が早いようで。少年の純情を弄ぶなんて趣味の悪い───」

 

 呆れと嫌味を多分に込めて、ダフネが言葉を続けようとしたとき。

 

「───そう、アナタが『生き残った男の子』……」

 

 消え入りそうな声で、リディアがポツリと独り言を零した。

 

「リディア?」

「……いいい、いえ何でもないですよぅ。邪魔してごめんなさいぃ……」

 

 ダフネが疑問を呈したのも束の間、リディアはすぐさま身を縮こませてしまった。

 ……ちなみに思わせぶりなリディアだが、特に何も考えていない。見てみるといい、今年から新入生としてホグワーツにこれから通う妹分の後ろで震える姿を。格式高いスリザリンが聞いて呆れる。我らが()()()()も、その貧しくなった頭頂部を撫で付けて嘆き悲しんでいることだろう。

 

「まったく君たちは……自己紹介もせずジロジロと不躾に見るのが魔法界の流儀なのかい? 仮にも純血の看板を掲げているのだから、品位を下げるような真似をすべきではないと思うがね」

 

 うむ、我ながらグリフィンドールの家名に恥じない正論だ。ダフネの愛らしい顰めっ面を拝めるとは今日も良い一日になりそうで嬉しく思うよ。その後ろでは世界が滅びたとでも言わんばかりに顔面を蒼白にしたリディアがいる。

 ダフネがコホンと小さく息を整え、背筋をピンと張る。その後ろでビクン! とリディアは震えていた。

 

「ダフネ・グリーングラスです。貴方と同じ新入生で……ほら、いつまで隠れてるんですか」

「ででで、でも心の準備がぁ……」

「いいから!」

「ひいぃぃぃ!? わわっ、分かりましたよぅ……」

 

 オドオドと視線を右往左往させ、ダフネによって前へとリディアが突き出される。

 まるで保護者だな、なんて口にしたらひっきりなしに否定の言葉がダフネから出てくるかもしれない。それはそれで愉快だが……楽しんでいる間にリディアが泡を吹いて倒れかねない。

 場を引っ搔き回したい衝動を何とか堪えて、私は成り行きを見守ることにした。

 

「はっはは、初めまして」

「あっ、はい。初めまして」

「きょ、今日はお日柄もよく……」

「えっと、確かに晴れだけど」

「そそそそっ、その───ひうっ!?」

 

 肩に手刀が一閃……私でなければ見逃していたぞダフネ。ハリーの死角となるリディアの背後から、その右肩に目掛けてダフネが苛立ちの手刀をお見舞いしていた。

 早く終わらせなければと意を決して、リディアは一息に自己紹介を繰り出した。

 

「わっ、私はリディア・()()()()ですっ。以後お見知りおきを……ななな、なんでもありませんごめんなさいぃ……!」

 

 その言葉を皮切りに、リディアは「ひいぃぃぃ!?」と悲鳴を発しながら洋装店から飛び出してしまった。

 ダフネと私は呆れて何も言えず、ハリーはものすごい勢いで傍らを通りすぎたリディアにポカンとするばかりだった。気持ちは分かる。アレは私の学年の中でもとびきりの変人だからな。クィレル教授と同じか、それ以上の()()に違いない。

 次はダフネがやれやれと頭を振る番だった。慣れているのか、リディアの行く末を心配していないようだった。逞しい子に育ってくれてグリーングラス卿も私も鼻が高いね。本人は心から嫌そうにするだろうが。

 

「はあ……気にしないでくださいポッター。いつものことですから」

「……クリス、僕ちょっとだけ自信がついたよ。ちょっとだけね」

「何よりだよハリー」

 

 うむうむ。流石は未来のグリフィンドール生だ。その無自覚に棘のある言い方はまさしくグリフィンドール的で、創始者たる赤髪ゴリラも地獄でニッコリ*2微笑んでいることだろう。魔法だけでなく、マグル相手に剣技でもマウントを取ってくる鬼畜ゴリラの寮生に相応しい資質だ。

 投げやりなハリーの反応に、ダフネは微妙そうな表情を浮かべながらも否定できなかった。

 

「あれが崇高なるスリザリンの子孫とは認めたくないものです。そこのところ、ミス・グリフィンドールはどうお考えで?」

「さあね。そういう君も甲斐甲斐しく世話をしているじゃないか。満更でもないんだろう?」

「仕方ないでしょう? ペットの手綱を握るのが主人の役目ですから」

「ペットって……」

 

 ドン引きするハリーを尻目に、リディアに続いてダフネも店を後にした。

 タイミングよくマダム・マルキンが巻き尺を持って現れる。ハリーはなんとも言えない表情のまま、促されて踏み台の上に立つ。恰幅の良いマダム・マルキンがニコニコと朗らかに微笑んでいるのに、採寸を受けるハリーは緊張でガチガチだった。心なしか、魔法の巻き尺も普段よりピンと張っているように見えた。

 採寸が始まってから数分後、マダム・マルキンの「終わりましたよ」という声でハリーはすぐさまピョンと飛び降りた。

 

「あらクリスティーン。こちらのお坊ちゃんは貴女のご親戚?」

「家系図を遡ればそうかもしれないが……ハグリッドの付き添いを交代しただけさ。この子が私の親戚なら、我が家の名声はますます高まるんだがね」

 

 私の答えを冗談とでも思ったのか、マダム・マルキンはクスクスと苦笑するだけだった。聞き耳を立てていた店員たちも本気にしておらず、いつもの冗談かと店の奥へと戻っていってしまう。幸運だったねハリー、井戸端会議が大好きなご婦人方にバレていなくて。もみくちゃにされるのは御免だ、新入生の時に経験していた私に感謝したまえよ。

 洋装店を出て、少し人波が減ったダイアゴン横丁の真ん中を歩く。ハリーもついに折れたのか、距離を置かずに私の隣を歩くようになった。

 

「ねえクリス、さっきの人は大丈夫なの? それにあの黒髪の子、『崇高なスリザリン』とか『由緒正しきグリフィンドール』とか言ってたけど」

「リディアの奇行は放っておくといい。今頃ダフネに尻をひっ叩かれているだろうしね」

 

 ハリーは微妙そうな面持ちになった。男の(さが)か、女同士のあれこれには関わりたくないと表情が告げていた。

 

「スリザリンとグリフィンドールはホグワーツの創始者でね。この二人を含む四人の創始者の名前が、それぞれの寮に使われているんだ。スリザリン、グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ……君の想像通り、創始者の一人であるゴドリック・グリフィンドールは私のご先祖様さ。君の両親も二人してグリフィンドールに組み分けされている」

「じゃあ、ゴーントって人は……スリザリンの子孫だからスリザリンに?」

「リディアはアメリカから越してきたようだ*3から血統の帰属意識は無い()()()。ご先祖や両親が組み分けされたからと言って、必ずしもその寮に組み分けされるわけではないんだよ。リディアがスリザリンなのは、その資質が本人に備わっているからに過ぎない」

「資質……? なら、4つの寮にはどんな特徴があるの?」

 

 この時、初めてハリーの意思が感じられた。

 不安の裏返しなのか、はたまた抑圧された反動なのか。何かを成し遂げたい野心、認められたい承認欲求、自分も知らない秘められた才能への渇望……期待通りで私の口角が上がってしまう。

 愉快で愉快で堪らないよ、アルバス・ダンブルドア。この純朴な少年の魂に()()()()()()()()()のは一目で理解したが、それがミスリードだったとは恐れ入る。アルバス、貴方がハリーと対面する瞬間が私の愉しみの一つになったよ。

 ハリーのスリザリン的な資質は、憑りついているカスみたいな魂の残滓によるものなんかじゃない。出自が、育った環境が、才能が。混じりけのないハリー本人の資質だった。

 そしてスリザリン的なその資質こそ、グリフィンドール足りうる証左であり、この世界においてハリー・ポッターが主人公なのだと裏付けていた。

 

「グリフィンドールは勇猛果敢。スリザリンは狡猾さと野心に溢れ上昇志向。レイブンクローは叡智を貴び、ハッフルパフは寛容で公正。いずれの寮も偉大な魔法使いや魔女を輩出してきた。寮に貴賤はないし、どこであっても組み分けされたことを誇れるだろうさ」

「なら、僕はホグワーツに入学できないよ。だって僕には勇気もないし、勉強も普通、ダーズリー家を許せるほど寛容にはなれそうにない。ずる賢さは……ちょっぴり自信あるけど」

「フフ、何も美点だけが全てじゃないさ。グリフィンドールは目立ちたがり屋、スリザリンは排他的で全ての寮から距離を置かれているし、寛容と言えば聞こえはいいもののハッフルパフは貧乏くじを引いてばかり……一人だけ、貧乏くじを押し付けてくる問題児*4()()がね。レイブンクローは頭でっかちで個人主義、協調性など皆無な輩も少なくはないし、私を見習ってほしいものだよ」

「それは……ううん、なんでもない」

 

 ハリーが何か言いたげにし、そのまま言葉を飲み込む。ふむ、そう遠慮することはないのだが、まだ心の距離があるみたいだ。性別に関してはどうしようもないし、ハグリッドにあれだけ懐いていたのが若干妬ましく思えてきたぞ。

 まあいいさ。きっと恥ずかしがっているだけなのだろう。そう結論付けて、私とハリーは最後の目的地へと辿り着いた。

 

「さあ、ここが君の杖を選ぶ場所だ。私も、私や君のご両親もここで杖を選び、杖に選ばれている」

「杖に選ばれる? そんなことあるわけ……そっか、魔法界だもんね」

「おっと、急に達観しないでおくれハリー。この私が保証しよう、君はこのオリバンダーの店で生涯忘れられない体験をするとね」

 

 斜に構えることはない。私も君も、闇の帝王やグリンデルバルド、ダンブルドアやマーリンに創始者たちでさえも。艱難辛苦を共にする杖は決して欠かすことのできない存在なんだ。

 たとえ君が、自らの悲運を呪っていたとしても。君は今日、この店で運命の一端に触れることとなる。私ではなく君が主人公であることを、杖によって証明されるはずなんだ。

 私の予見は絶対であり、決して外れることはない。だから示してくれたまえ。未練を捨てきれない私に、君こそが主人公であるという残酷な現実を。

*1
ホグワーツの理事の1人

*2
ナチュラルに地獄行き

*3
イゾルト・セイアに近しい系譜と『されている』

*4
七変化の何某




オリキャラはリディアだけです。

◯リディア・ゴーント(愛称wimpy/ウィンピー)
性別:女性
学年:3年生
身長:約154cm(現時点)
髪:アッシュブロンド
瞳の色:緑色
守護霊:???
杖:???
所属寮:スリザリン















技能:蛇語、弱視(非全盲)

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