Miss.グリフィンドール   作:リン@ハーメルン

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黒幕っぽいことしてるけど味方サイド。


第三話 仮面

「───プロテゴ・ディアボリカ」

 

 三叉の燭台に青い炎が灯った。見る者を魅了する背徳的な明かりが広がっていき、室内には静謐が充溢する。

 暗がりの中、唯一灯されたこの炎によってどれだけの亡骸が積み上げられたことだろう。リディアはエメラルドグリーンの三白眼をパチクリと数回瞬かせて、術者の得意げな表情をぼうっと見つめていた。

 コツコツと乾いた靴音が空虚に吸われていく。音の主は金珀の双眸を細め、妖艶に微笑みながら言った。

 

「一世を風靡した詐欺師は、今や過去の亡霊となり果てた。彼を革命家と呼ぶ者もいれば、打倒した誰かを英雄と呼ぶ者もいる。ではこの炎を拝した者たちは、騙された被害者なのかな? それとも理想に殉じた狂信者だろうか」

「ああああっあの、なんでわざわざ闇の魔術を使うんです? イ、インセンディオでもいいんじゃ……」

「闇の魔術も使いようだとか詭弁を言うつもりはないよ。使わないに越したことはないし、規制した先人たちも馬鹿じゃない。厭世家気取りが世の中の気風に逆らい、闇の魔術を正しく利用すれば───なんて吹かす阿呆もいるが、ではこのように灯りとして利用するのが正しいのかい? 或いは術の効果を利用して、真贋を見分けることが()()()本懐とでも言いたいのかな。そこのところ、専門家として君はどう思う?」

「せせ、専門家じゃないですよぅ……」

 

 オドオドと居心地悪そうに身を震わせながらリディアは否定する。

 しかしクリスティーンは微笑みを張り付けたまま、リディアの揺らぐ三白眼から目を離さなかった。どこか威圧的で、学友へと向けるにはあまりに冷徹すぎる黄金の瞳が、キラキラと吸い込まれるような輝きを放つ。

 

「おや、君ほど闇の魔術に詳しい生徒はいないと思うのだがね。イルヴァーモーニーを断った才媛殿には、()()ダームストラングからも熱烈なオファーがあったと聞いているが。元死喰い人の校長直々に」

「イ、イルヴァーモーニーはその……陽キャばっかりなんですよぅ。そそっそれにダームストラングはおっかないというか」

「……ウィンピー、もっとマシな言い訳を考えたまえよ。ダームストラングがおっかない? サラザール・スリザリンの書斎で寝泊まりするような輩が良く言えたものだ」

「そそそっそれはクリスもじゃないですかぁ……」

「私は良いに決まってるだろう。なにせホグワーツは私のモノなのだから」

「お、横暴ですよぅ」

 

 それがジョークではなく嘘偽りなき本心であることを、リディアは思い知らされた。

 クリスティーン・グリフィンドールは、創始者の直系としてホグワーツ城を自らの所有物だと喧伝していた。創始者たちの思想はどうあれ、現存する唯一の直系である自分が学び舎として貸し出してやっているという認識だった。

 それはクリスティーン自身が毒を吐いている小鬼たちの感性や、魔法族の純血至上主義者と何ら変わりはしない。自認した上でなおスタンスを崩さないのだから、ある意味では主義者以上に傲慢だった。

 

「ででで、でもですよ? や、闇の魔術はやっぱり駄目です。つつっ使うには共通して……あ、悪意が必要なんです。ふ、普通の呪文にも物騒な魔法はありますけど、『例のあの人』もグリンデルバルドも、腐ったハーポなんかもろくでもない魔法使いですし……」

「なら、その闇の魔法使いたちに対抗するためなら? 正当防衛だとしたら?」

「クク、クラウチ氏のようにですか? うーん、仕方ないと思います。わわわわ、私なら()()()使いますよぅ。しゅ、手段の一つとして最善なら……」

「なんだ、つまらないね」

 

 視線を交わすこと数秒、クリスティーンは嘆息しつつ瞼を閉ざした。そして燭台で揺らめく青い炎へと熱さを厭わず手をかざす。クリスティーンの手が取り払われると、冷たく灯っていた青い炎は何ら変哲のない暖色の灯りへと変貌していた。

 

「手段として使わざるをえない、か。そんな君に頼みたいことがある。この品物について、ぜひとも見解を聞かせてほしい」

 

 得体の知れない笑みを張り付けたまま、クリスティーンが取り出したのは鷲をモチーフにした髪飾りだった。中心にはめ込まれた楕円形の宝石が、蠟燭の光を孕んで怪しく揺らめいている。リディアは思わず見惚れてしまった。その品物にはホグワーツ城と同等の神秘が秘められていた。そして、その神秘を台無しにするほどの闇の呪いも。

 

「何度見ても素晴らしい。この私の次くらいには魔法史上最も知性的な魔女が作ったのだろうね」

「どっどど、どこでこれを?」

「────おや、これが何であるかではなく()()()()()()()()が気になるのかい?」

 

 クリスティーンの表情が能面のように色を失った。再び視線が交錯し、地下聖堂の静寂は剣呑さを増していく。黄金と深緑、両者の瞳孔は蛇のごとく縦に伸びた。

 その共通する身体的特徴の発露こそ、彼女らがお互いを油断ならない相手であると心の奥底で断じている証だった。臆病の仮面を被っていたリディアも嫌悪の色を隠さず、髪飾りを挟んでクリスティーンを睨んでいた。

 睨み合いを打ち切ったのはクリスティーンだった。髪飾りを持ち、はめ込まれた宝石を一息に抜き取ってみせる。瞬間、髪飾りから悍ましい闇の魔力が溢れだした。

 

「……惜しいな」

 

 皮肉ではない。クリスティーンは本心から、捨てきれない憧憬をポツリと呟いた。

 リディアは思う───この女はどこまでも不愉快だ。出自に恵まれ、才に愛され、光も闇も彼女の前では霞んでしまう。しかも自分と同じルーツを持ちながら、クリスティーンの眼中にはハリー・ポッターしか映っていない。それがまるで、彼女へと劣等感を抱く自分自身と重なって見えた。

 

 ───悪霊の火よ

 

 リディアが杖を振る。地下聖堂を飲み込まんとする悍ましい闇の魔力へと、瞋恚の炎が巻き付いた。炎は巨大な蛇を模し、その毒牙を髪飾りへと突き立てる。帝王の怨念は言葉にならない悲鳴を上げて、巻き付く炎の大蛇によって焼き尽くされてしまった。

 カラン、と金属の音が地下聖堂にこだまする。床に転がる髪飾りは見るも無残に焼け焦げていた。クリスティーンは煤を払いながら拾い上げる。その顔には、普段のように鼻持ちならない自信過剰な笑みが戻っていた。

 

「お見事。私が校長ならミス・スリザリンに50点だ」

「……もういいでしょう? 失礼します」

「待ちたまえよリディア・ゴーント」

 

 バカバカしい吃音をする気にもならない。据わった三白眼で髪飾りを一瞥だけして、リディアは地下聖堂から出ようとした。その背中へとクリスティーンは待ったをかける。

 

「ハリー・ポッターだけじゃない。私もダンブルドアも常に、君を見ているぞ」

 

 1年目のクリスマスイヴ。吹き抜ける冷たい風音だけが、地下聖堂に響き渡る。

 リディアは背を向けたまま言った。

 

「……そうですか」

 

 なんて、忌々(いとお)しい。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「柊と不死鳥の羽根、28センチ、良質でしなやか」

 

 オリバンダーの差し出した杖をハリーが振るう。金色の火花がチカチカと弾けて舞い上がり、店内に美しい光景が広がった。

 辺り一帯に淀みのない魔法力が横溢する。まさしくこの瞬間、ハリーは杖に選ばれた。

 ハリーは杖との相性を確信しながら、なぜか不思議そうにしているオリバンダーへと恐る恐る尋ねる。それもそうだ、手渡したのはオリバンダー本人なのだから。

 オリバンダー曰く、自分が売った杖を全て覚えているとのこと。ハリーのそれと同じ芯材を用いた兄弟杖を過去に売ったし、その兄弟杖の持ち主こそがヴォルデモートであると説明する。

 予見も捨てたもんじゃなかった。闇の帝王との因縁が杖選びにまで及ぶなんて……才能にうぬぼれていた過去の私自身が見たらどうなることやら。恥ずかしすぎて想像したくもない。

 

「『名前を言ってはいけないあの人』も、ある意味では偉大なことをしたわけじゃ……恐ろしいことじゃったが、偉大には違いない」

 

 ハリーが固唾を呑んだ。そして彼らしくもなく、リリーに似た瞳は若干の嫌悪が込もっていた。

 私はそっと自身の杖を撫で付ける。運命的な、あまりに運命的な瞬間に立ち会えたことの喜びが、燻っていた羨望や嫉妬といった感情を塗り潰してくれた。

 沈んだ面持ちのハリーに、私は励ましの言葉を掛ける。気休めに過ぎないのは承知の上だ。ハリーが紡ぐ物語において、私は傍観者に過ぎない。それらしい言葉選びで無責任に私の考える主人公像を押し付けた。

 

「深く考えすぎないことだよハリー。杖は確かに持ち主を選ぶが、どんな魔法使いになるかは君次第なのだから」

 

 ヴォルデモートと兄弟杖ということが余程のショックだったのだろう。代金を払いながら、ハリーは曖昧に頷くだけだった。

 放心するハリーをよそに、オリバンダーは私の杖を見つけるや瞳に好奇の色を宿し、その後すぐにいたたまれないような表情をする。その人間らしさをハリーに見せてあげれば少しは心象が良くなっていたのだがね……レイブンクロー出身はこれだからいけない。

 

「懐かしいですな。ミス・グリフィンドールが来店されたのが、つい昨日のことのようです。拝見する限り……中々に、その杖は苦労なさってるようで」

「過保護が過ぎるよオリバンダー殿。この私に選ばれたのだから喜んで跪くべきなのさ。私と共に在れば、どんな杖でも最強になるだろうからね」

「ううむ、杖作りとしては受け入れがたいですな」

 

 オリバンダーの顰蹙を買うが事実は事実だ。杖自体が正常に動作するなら、どんな魔法使いにも負けるつもりは微塵もなかった。

 この私が唯一得ることのできないものは、自分が主人公になるという天運だけ。それ以外の栄誉を牛耳ることが可能でも、等価値だから無理に執着することもない。

 非常に不本意そうな顔をしながら、オリバンダーが私の杖を求めて手を差し出してきた。ええい、口と行動がチグハグだぞ。リディアやクィレルとは異なるベクトルで、オリバンダー老もまた魔法族の例に洩れず変人だった。私は仕方なく自分の杖をオリバンダーに渡す。

 

「すまないね。君の時間を無駄にしてしまって」

「ううん気にしないで。ダーズリー家で放置されるのに比べれば天国だよ」

 

 君との距離感が縮まったのは嬉しいが、中々に辛辣だねハリー。あれか、ジェームズの血がそうさせるのか。抑圧されて育ったのは関係なくハリーのコレは素に近い。グリフィンドールの子孫として誇らしく思うよ。君も数年経たずに魔法族こと変人オールスターの仲間入りをしてくれそうだ。

 ハリーは棚に積み上げられた杖の箱を鑑賞し始めた。しばらくは退屈させてしまうこともないだろう。私は改めて杖を検分するオリバンダーに向き直った。

 

「アカシア、芯はドラゴンの心臓の琴線。31センチ。決して揺るがず頑強。2年前に貴女様に売った時はイキイキとしておりましたが……大分やつれているようですな」

「死なない程度には手入れをしているさ。私が()()()()()()時は気概があったのだがね。やはり私ほどの魔女に合わせられる杖は見つからなかったよ」

「おかしなことを仰る。杖が貴女を選んだのじゃ」

「だからと言って、持ち主にも選ぶ自由くらいはあるだろう?」

「こればかりは杖作りとして譲れないところでしてな。やはり相容れぬところがあるようじゃの……お返しします」

 

 名残惜しそうにオリバンダーが私へと杖を返す。苦渋に満ちた顔には後悔が滲んでいた。おかしなことだ、杖が選ぶのだと豪語していたのは自分だろうに。なぜ今になって、私へこの杖を売ってしまったと後悔しているのだろうか。

 杖本位の考えも行き過ぎれば矛盾が生じてしまう。杖作りとしての本懐と信条の対立も、オリバンダー老がヴォルデモートへと杖を売った時から始まっているじゃないか。今現在も、オリバンダーがヴォルデモートへ杖を売ったことに後ろめたい感情を少しも抱いていないのは、ハリーとの会話で明らかだ。本人が気づいているかは知る由もないが。私という魔女は奴なんかより、自分の杖を大事にする感性の持ち主だと思うがね。

 手元に戻った杖をヒュンと軽く振る。指揮棒のように小さな動きで空を切り、杖先を天に掲げて呪文を唱えた。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 杖の先から白い霞が噴出した。幻想的で、神秘的で、いかにも魔法らしい魔法の一つがこの守護霊の呪文だ。店内を物色していたハリーも、すっかり私の呪文に目を奪われていた。

 モヤモヤとした実体のない光が、段々と形を象っていく。二対の翼に備わった雄大な皮膜を見せつけ、店内を縦横無尽に飛翔する。古今東西、その姿に多くの魔法族が恐怖し魅了されてきた。そう、私の守護霊はドラゴンである。

 狭苦しい店内故にミニチュアサイズで威厳もへったくれもないだろう。人によっては空飛ぶトカゲと変わらないかもしれない。けれどホグワーツの所有者たる私にはピッタリの守護霊だった。

 年相応に目を輝かせるハリーの周りをクルリと一周し、真上へと飛び立っていく。天井に衝突して守護霊が霧散すると、店内にはキラキラと魔法の残滓が舞い降りてきた。杖の調子は悪くない。また1年くらいは問題なく扱えるはずだ。

 

「すごい、すごいよクリス! 今のも魔法なんだね! ああもう、言葉にならないよ!」

「やっと喜んでくれたね。今のでダメだったら流石の私もお手上げだったさ」

 

 フフン、そうだろう。隠れてコソコソと使ってるみたいだが、折られたハグリッドの杖が守護霊を出せるはずもない。やっとハリーからの好感度がハグリッドを超えたことに私は安堵した。

 今の魔法はなに? 守護霊の呪文だよ。ハリーの質問に答えていると、誰かが店の外から窓を叩いた。正体はプレゼントの準備を終えたハグリッドだった。私とハリーの教科書や学用品の他に、見慣れないフクロウを鳥籠に収めていた。ハグリッドの審美眼は魔法族以上にぶっ飛んでいるが、やはり生物に関しては見る目がある。籠の中で眠っている真っ白なフクロウは、ホグワーツで飼われているどんなフクロウよりも賢そうだった。

 

「ハグリッド、やっと戻ってきた!」

「ちょ、ハリー。全く……」

 

 私はハリーの後を追って店を出た。私の守護霊への関心など、ハグリッドに対する親愛には遠く及ばないのか。もう敗北感を通り越して清々してきたぞ。我が後見人殿が『それも愛じゃよ』と脳裏に囁いてきそうじゃないか。

 だがまあ、ハリーの興奮は当然のことだった。どうやらダイアゴン横丁へ訪れたばかりの時から、ハリーは店頭で見かけたこのフクロウが気になっていたらしい。それを知っていたハグリッドはフクロウをサプライズで贈ることを画策し、偶然居合わせた私を利用したというのが顛末だ。……ほほう、羅列してみるとハグリッドにしては粋な計らいだね。てっきりアクロマンチュラの飼育本を渡すと思っていたよ。

 

「ありがとうハグリッド。ケーキも貰ったのに、フクロウまで」

「ダーズリーんとこのガキんちょが盗み食いしちまったからな。入学祝兼誕生日プレゼントってことにしてくれや。フクロウがあれば俺はもちろん、友人にも手紙を送れる。愚痴りたくなったらいつでも手紙を寄こしてくれ。ほれクリス、教科書はちゃーんと全部持ってきた」

 

 ハグリッドから手渡された教科書の一式を確認する。占い学、古代ルーン文字学、数占い学、マグル学、魔法生物飼育学……抜けはない。

 

「ああ、確かに受け取ったよ」

 

 拡大呪文を掛けた幅広のポケットに教科書を仕舞う。ハリー、驚いているところ悪いが、君の隣にいるデカブツはもっとひどいぞ。衣服のポケットにどんな恐ろしい生き物がいるのか、この私ですら想像できないからね……流石に今は何も入れてないはずだ。多分。きっと。自信は全くないが。

 

「さて、ハグリッド。ハリーの必要なものはすべて揃えたのかい?」

「終わったさ。この後は……あー、腹立たしいがダーズリーの下に帰さにゃならん。新学期が始まる一か月後までの辛抱だ」

「やっぱり、そうなんだね。うん分かってたけど……」

「すまねえなハリー」

 

 人好きのするハグリッドの申し訳なさそうな顔に文句を言える人間は少ない。ただまあ、今のハリーにはペットのフクロウがいる。ダーズリー家で孤独に過ごしていた時よりは幾分かマシなはずだ。

 

「じゃあ私もここでお別れだ。だがその前に……」

 

 皹の入った眼鏡は使いづらいだろう。プレゼントを贈ってもダーズリーとやらに奪われるのは癪だし、対策を施したらダンブルドアから何か言われそうだからね。これくらいはお節介を焼かせてほしい。

 杖を振ってハリーの眼鏡を新品同然に修繕する。それだけじゃない。防サビ、撥水、曇り止め、自動ピント調節、調光、トロールに踏まれてもびくともしない耐久性。こんなところか。

 くすんでいたハリーの眼鏡が瞬時に輝きを取り戻す。むしろ最適化されて新品以上の体験を齎してくれるだろう。眼鏡をつけたり外したりしながら、ハリーは今日一番のびっくりフェイスを見せてくれた。

 

「すごい、すごいよ! 新品みたいにピカピカだ。しかもピントだって……もう割らないよう大切にするね」

「いい、いい。私から君への誕生日プレゼントさ。粗雑に扱っても傷一つつかないはずだ。なにせこの私が術をかけたのだから」

「わお、サングラスにもなるんだ。ねえハグリッド、どうかな?」

「かっちょいいじゃねえか。いつぞやのシリ……いんやなんでもねえ。ささっ、帰る前に腹ごしらえをしよう。クリス、お前さんは?」

「君ねえ……まあ予定は特に───」

 

 迂闊なハグリッドに呆れつつ、問題がない旨を伝えようとした時だった。

 胸ポケットにしまっていた魔法のコンパスが唐突に震え始める。誤作動はありえない。この私が自ら手掛けたマジックアイテムなのだから。

 蓋を開くと、針の先は夜の闇横丁を指し示していた……これは言えないな。

 

「───悪いねハリー、ハグリッド。予約が埋まってしまったみたいだ」

 

 するとハリーは目に見えて落ち込んでしまった。おいおい、そんな顔をされては君にホイホイと付いて行きたくなってしまうじゃないか。

 

「そんなら仕方ねえ。ハリー、たらふく食わせてやるからそう気落ちするな」

「うん……じゃあ、またね」

「ああ、また会おうハリー。忙しくなるとは言ったが、ホグワーツで見かけたら気にせず声を掛けておくれ」

 

 後ろ髪をひかれる思いだ。けれど魔法のコンパスは行きたい場所ではなく()()()()場所へと導くもの。私が施した仕掛けは絶対であり、たとえハリー・ポッターを目の前にしても従わないわけにはいかなかった。

 騒がしい大通りの真ん中を歩く。道を譲らない不敬な連中は無言で押しのけるのだが……最近の魔法使いは根性のない輩ばかりなのか、私を認識して道をあけてくれる。その礼儀正しさは褒めてやってもいいが、私は悲しいよ。私闘は魔法使いの華だろうに。

 嘆いたとて虚しいのは夜の闇横丁も同じ。陰険で、不潔で、ドス黒い欲望が渦巻くスラム街は今日も変わらず賑わっていた。けれど誰一人として私に怪しいセールスどころか、目を合わせようともしない。

 光あれば闇もある。そうやって分かったようなことを言う者もいるが、闇の帝王が権勢をふるった時代から、夜の闇横丁の客足がシーズンで変わることなんてない。毎日が特売セールなのである……代価は人それぞれだが。入学シーズンで賑わうようになれば英国魔法界も終わりだろうね。

 

「ミス・グリフィンドール? どうしてここに?」

「困ったね。まさか新入生である君が、この私にそれを聞くのかい?」

 

 コンパスをしまい、聞き覚えのある声に愕然とする。夜の闇横丁を屯する連中に比べれば、その声の主はあまりにちんちくりんだった。

 なんと、アンバーの目を瞬かせる黒髪の少女が怪しげな本を抱えているではないか。さすがの私も面を食らったぞ。その年で堂々と夜の闇横丁に入り浸る非行少女がいるなんて。未来ある若者はどうしてそう破滅的なのだろうか。*1

 その正体は名門グリーングラス家のご令嬢ことダフネだった。純血至上主義の英才教育に全英が泣いた。英国魔法界の未来は明るい。明るすぎて眩暈がしそうだ。

 ダフネはするっと人混みを抜け、私の下まで来ると声を潜めて言う。

 

「貴女、さっきまでポッターと居たじゃないですか。今度は何を企んでるんです?」

「人聞きの悪い。ハグリッドの代わりに面倒を見ていただけさ」

「信じる人間がどれだけいると」

「私を信じる者は私だけでいい。そんなことより、リディアはどうしたんだい?」

「ついさっき、ほんの数分前に煙突飛行で帰りましたよ。教科書を揃えたら、それはもうスニジェットよりも早く」

「……一足遅かったか」

 

 コンパスの震えが既に収まっていたわけだ。機会を逃してしまったことに私は内心で舌打ちをし、隙をついてダフネから本をとりあげる。書籍名は『死に至る呪い、血の桎梏』……おお、懐かしき我が著書ではないか。著者の「C.G.」とやらはさぞかし恐ろしい闇の魔法使いかもしれない。いやはやこんな本が出回ってるとは物騒な世の中だ。

 

「ちょっと!」

「おかしいね、魔法省によって発禁となったはずだが……どの程度ふっかけられたんだい?」

「大した額ではありません……100ガリオンです」

 

 プイ、と目を背けるダフネ。この際、金額のことは置いておこう。解せないのはその動機だ。

 

「なぜだい? 君にはこんなもの、()()必要ないはずだ」

「あります。とにかく返してください」

「ああ、100ガリオンだったね。ほら」

「そんな端金いりません!」

「なら理由を教えてほしいものだね。でなければ、私とリディアがわざわざ()()()()()()()()意味がないじゃないか」

 

 ダフネが言葉に窮した。うーむ、錯乱の呪文にでもかかったのかと思ったが読みは外れたみたいだ。ダフネ自身には何も呪文が掛けられておらず正気であると、開心術でそれとなく読み取れた。

 

「だって『血の呪い』は症状を抑えることしかできない! けれどこの本には、抑止どころか支配する術が書かれています! いずれは、完全に消し去る方法も」

「それは初耳だね。リディアから聞いたのかい?」

「え、ええ。あれでもスリザリンの末裔らしいですから。この手の知識に関してはそれなりに信用しています」

 

 戸惑いながらダフネは肯定した。婉曲なやり方だ。ミス・スリザリン殿は臆病と狡猾の区別がつかないほど愚かじゃないと思っていたが……まあいい。今しばらく泳がせてみよう。

 

「ミス・グリーングラス。君に種明かしをしなきゃならない」

「なんですミス・グリフィンドール。種明かしとは」

「この本の著者は私さ。君に探すよう仕向けたのはリディアかもしれないが、君の手に渡るよう仕組んだのは私なんだ。ボージンアンドバークスでのショッピングは楽しめたかな?」

「……は?」

 

 ───悪霊の火。

 

 かけられた保護呪文ごと、私の魔法によって本が灰と化していく。100ガリオンは数秒もせず焼き尽くされてしまった。ダフネは茫然と見つめ続けることしかできないでいる。

 

「な、にを言って」

「君を利用するような形になって、私も胸が痛いよ。許しておくれ。しかし私も君も、そしてミス・スリザリン殿も脇役なんだ。予言は覆らない。だから今は眠っていたまえ……オブリビエイト」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「……ミス・グリフィンドール? 貴女のような人がこんな場所にどんなご用件で?」

「やあミス・グリーングラス。君こそガリオン金貨を小袋に詰めてお買い物かな? か弱い女の子同士、おしゃべりでもしようじゃないか。ぜひ同行させてほしい」

「か弱い女子? 巨人やトロールも裸足で逃げ出すでしょうに。それに買い物はもう……終わって……」

「うん? これからボージンアンドバークスへ行くのだろう? さきほど、マダム・マルキンの洋装店でそう言っていたじゃないか」

「えっと、そうでしたね。……私、何を買うか言ってました?」

「いや何も。そういえば、先日は『輝きの手』が入荷していたような」

「趣味が悪いですね。あんなものを欲しがるのはドラコくらいでしょうに。アストリアはどうしてあんなお坊ちゃんを……」

「……君も大概、口が悪いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────クヒッ』

*1
特大ブーメラン




激重クソでか感情相関図
リディア→クリスティーン→ハリー
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