Miss.グリフィンドール   作:リン@ハーメルン

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第五話 組み分けとその裏で

 大広間の天蓋に星空が映し出されている。その美しさ、解放感へと新入生たちは一様にして魅入られていた。

 まるで生まれたばかりの小鹿のようだ。星空を見上げながらも、新入生たちの殆どは在校生の視線に晒されプルプルと委縮してしまっている。派閥を形成する自称純血の新入生たちでさえも虚勢であるのが明白だった。唯一、可愛らしい顔立ちを仏頂面にして不貞腐れるダフネだけは、開き直ったかのように泰然としていた。

 ダフネの味わった羞恥に比べれば組み分けなんかで気後れするはずもない。現にこの私を据わった目で睨みつけているし、対面にいるリディアにも私を止めなかったことに対して怒りが向けられていた。*1

 

「う、ううぅ。なななな、何をやらかしたんです? す、すごく睨まれてますよぅ」

「うーむ、恨まれる筋合いはないのだけれど……」

「そ、そう言う時って絶対に貴女が原因です。ととと、というか何故スリザリンのテーブルに?」

「なに、3年生になっても友達一人作れない誰かさんが可哀そうだと思ってね」

「じ、自分だっていないじゃないですかぁ。そそ、それよりもダフネにへ、変なことを吹き込まないでくださいよぅ……」

「意外だねウィンピー。なけなしの良心がついに芽生えたのかな? 私も骨を折った甲斐があったよ。てっきりダフネもアストリアも、君は『血』の研究対象としてしか見ていないと思っていたが」

「……な、なんのことやら」

 

 一瞬の間を置いてから、リディアは再び手元の本へと視線を落とした。

 意味深な物言いは権謀術数を巡らす闇の魔法使いのようであったが、その本の表題が『至高のドラゴンエッグを追って・上巻』でなければどれだけミステリアスだったか。ゆで玉子ジャンキーは格好つけまでもポンコツだった。

 テーブルに散乱している本の数々も、流石に公の場で禁書レベルの本を野ざらしにはしていない。どれも弄び甲斐の無い無難なチョイスばかり。

 

「『近代魔法史』、『数霊術理論』、『上級魔法理論』、『古代魔術論』……『毒きのこ百科』に『至高のドラゴンエッグを追って・上巻』? 君の悪食は今更だが、私のホグワーツにドラゴンの卵を持ち込んでたりしていないだろうね」

「そそっそんなことしませんよぅ……ハ、ハグリッドやケトルバーン先生じゃないんですから。わ、私を何だと思ってるんです?」

「そのハグリッドよりも目を離せない死喰い人の卵*2かな」

「フ、フン。いいですよぅ、なな、何を言ってもそうやって揶揄うんですから」

「いや……これは君と同じスリザリン生たちの受け売りなんだが」

「えっ!?」

 

 リディアが素のポンコツな部分を隠しきれずに頓狂な驚き声をあげた。

 私とリディアの他に、このテーブルには誰もいない。この女がスリザリンの中でも特に闇の魔術に傾倒しているからという、至極真っ当な理由からである。本人には今の今まで自覚がなかったようだが……本当に()()がスリザリンの血を引いているのか疑わしくなってきた。

 というか、2年もホグワーツで過ごしてきてリディアは自分の風評を耳にしてこなかったのだろうか。新世代の死喰い人だとか、闇の帝王の再来だとか、ロックハートの隠れファンだとか、実はブラック家の隠し子だとか。一部はこの私でさえ耐えがたい屈辱的な醜聞が混じっていたが、今の反応から察するにリディアの世俗への疎さは年々ひどくなる一方だった。まあ、この女らしいと言えばそれまでだが。

 

「君ね、少しくらいは周りに関心を向けるべきだよ」

「……他人のこと言えないくせに」

「孤高と孤独を履き違えていやしないかい? この私からすれば君も、君が愚昧だと断じている生徒たちも大して変わらないがね」

 

 私の突き放すような言葉へ、リディアが眉間にしわを寄せて露骨に顔を歪ませた。

 臆病者の仮面を剥がそうとする私の挑発を卑怯とは言わせないし、リディア自身が私の言葉で感情を揺さぶられたのを認めやしないだろう。プライドが高く激情家で、本人は隠しているつもりだが同じ創始者の末裔たる私へと劣等感を抱くリディアは、歯を食いしばって反論を飲み込んだ。

 魔法の何たるかを心得ぬ白痴な輩とは違う───そんな明け透けな差別意識が深緑の瞳に宿っていた。寮を問わず、その矛先は同じスリザリン生にも向けられている。表面上は驚いてみせたものの、実のところリディアは自らの評判など気にしてはいないのかもしれない。

 

「───アボット・ハンナ!」

 

 ミネルバの一声で、大広間のざわつきが鳴りを潜めた。

 どんちゃん騒ぎをしていたグリフィンドールのテーブルも、組み分けが始まればお行儀よく席について組み分け帽子の判決を見守っていた。

 既に卒業してしまった問題児筆頭である七変化のピンク頭がそうだったように、現代の問題児筆頭であるウィーズリーの双子も、組み分けの儀式でその陽気さを発揮することは無い。スリザリンやレイブンクローといった排他的な寮の生徒たちも固唾を呑んで組み分けを見つめている。

 私も大広間の壇上に視線をやった。さきほど質問に答えてあげたアボット家の女の子が頬を赤らめながら、組み分け帽子を頭に載せられるところだった。

 

「ハッフルパフ!」

 

 組み分け帽子が高らかに叫ぶと、大広間に歓声と拍手が響き渡った。

 ハッフルパフは勿論、グリフィドールやレイブンクローから盛大に祝福の野次が飛んでいる。控えめながら、スリザリンからもまばらに拍手が送られていた。

 私だってアボット嬢に拍手を送るし、スリザリン贔屓のスネイプさえも建前だがむっつりとした表情で似合わない拍手をしている。この場で拍手をしない輩は、非常識なホグワーツの中でもとびきりの社会不適合者だ。例えば、私の向かい側で本に目を落としている誰かさんとかね。

 

「グレンジャー・ハーマイオニー!」

「────グリフィンドール!」

 

 大方、レイブンクローと迷っていたのだろう。数分の熟考の末、ハーマイオニーはグリフィンドールに組み分けされた。

 グリフィンドールのテーブルから歓喜の声が爆発した。在校生からすればいつものことだが、話し相手がいなくなったネビルはビクビクと歓声に脅えている。トロール云々の時と大して変わっていないじゃないか。

 相変わらずリディアが興味なさげにページを捲る。いつのまにか手にしている本が『毒きのこ百科』に変わっていた。

 

「グリーングラス・ダフネ!」

 

 ミネルバの声と同時に、ページを捲ろうとしたリディアの手が一瞬だけ止まった。

 

「ほら、いいのかい? 君の可愛い妹分の晴れ舞台じゃないか」

「……別に」

 

 意固地なやつ……あの小生意気な妹分の強情さもリディアとよく似ている。

 グリフィンドールとスリザリンの性質は紙一重だ。

 かつて断金の交わりを結び、その後に思想の対立から永訣したサラザール・スリザリンとゴドリック・グリフィンドール。二人の創始者の確執は現代にまで残っている。

 だから、組み分け帽子の歌はユーモアとアイロニーを多分に含んだものだった。ホグワーツを去ったサラザールに対して、ゴドリックが作り出した組み分け帽子がスリザリンでは「まことの友を得る」など、実にイギリスらしい尖鋭的なジョークじゃないか。

 

「スリザリン!」

 

 マルフォイ家の鼻垂れ小僧は帽子が触れる前に組み分けされたが、ダフネは帽子を頭にのせられて数瞬の間を置いてから組み分けがなされた。今まで通り拍手が大広間に響きこそすれど、グリーングラスという姓にイマイチ気乗りしない生徒たちがチラホラいた。

 それも仕方のないことだ。スキャンダルこそないが純血主義で知られる一族で、死喰い人に協力していた嫌疑が今もなおかけられている。

 近年のスリザリンが、グリフィンドールだけでなくレイブンクローとハッフルパフからも距離を置かれているのは、闇の帝王の影響が強い。

 実際のところ、闇の魔法使いを輩出した実績についてはハッフルパフ以外、誤差のようなものだが……ヴォルデモートが残した爪痕は完治しておらず、スリザリンの中でも禁忌に触れている生徒はごく僅か。

 現代のスリザリン生の殆どは温室育ちである。だからこそ、リディアのように危うい道を邁進する生徒はスリザリン内でも爪弾き者だった。

 つまりリディアの面倒を見てやっている私は聖人君子に他ならない。劣等感を抱くくらいなら、慈悲深く寛大なこの私に泣いて感謝すべきだろうに。

 

「おかえりダフネ。君の不安が杞憂だったようで何よりだ」

「ふん!」

 

 優雅さを維持しつつも、ツカツカと忙しない足音をわざとらしく立てながら、ダフネが私たちのいるテーブルへとやってきた。

 せっかく私が労いの言葉をかけてやったのに、ダフネは鼻を鳴らしてツーンと顔を背ける。念願のスリザリンに組み分けされたというのに過去を引きずるなんてまだまだお子様だ。リディアの隣にちょこんと腰を下ろしたが、対面にいる私と一切視線を合わせようとしない。

 この器用さに関しては、不器用極まりないリディアとは似ても似つかなかった。

 

「じ、自業自得ですよぅ……」

「貴女も同罪です。今後、我が家からの仕送りは全て私が管理します」

「ファッ!?」

 

 コントかな? 私を無視しつつも、ダフネの怒りは大広間にやってきた時からずっとリディアにも向けられている。

 もらい事故を予期していなかったのか、リディアは年頃の少女とは思えない驚愕の声を上げた。妹分との見飽きたキャットファイトにささやかな合掌を捧げておこう。リディア本人はダフネを都合のいい傀儡とでも思っているかもしれないが、あれはあれで道具を大事にする性質(たち)だ。ダフネが身近にいるなら迂闊な真似をしないだろう。

 私はスリザリンのテーブルを発って、いまだにガヤガヤと組み分けで盛り上がるグリフィドールのテーブルへと向かった。

 

「やあハーマイオニー。希望通りグリフィンドールに入れたみたいだね」

「ええ! 最初、レイブンクローを勧められた時は焦ったわ。案外融通が利くのね、組み分け帽子って」

「いやいや。()()は我がホグワーツでも偏屈で頑固なほうだよ。もっと自分を誇りたまえ、君はなるべくしてグリフィンドールに組み分けされたのさ」

 

 ストレートな賞賛に慣れていないのか、ハーマイオニーが恥ずかしそうに頬を赤らめて小さくうなずいた。スリザリンのテーブルでキャットファイトを繰り広げるグリーングラス嬢も、このくらい純真で初心ならもっと可愛げがあったのだがね。

 私がハーマイオニーの対面に座ると、横合いから胡乱気な顔でこちらを見つめる青年が口を挟んできた。全校生徒が嫌というほど見慣れた赤毛の、グリフィンドールにしては珍しい頭でっかちなパーシー・ウィーズリー監督生様だ。

 

「クリスティーン、君のテーブルはここじゃない。自分の寮に戻りたまえ、今ここで減点してもいいんだぞ」

「お固いのは無しだよパーシー……いや、愛しの愛しのパース殿? ミス・クリアウォーターとのお熱い仲は、いまだ冷めやらぬようで安心したよ*3。恋のキューピットも楽じゃないね、惚気話には流石の私も辟易してたんだ」

「ま、待つんだ……! こんな所でその話は────」

 

 小声ではあったがパーシーは慌てて発言を撤回し、近くに悪童の双子がいないかキョロキョロと挙動不審になる。フレッドもジョージも、会話が聞こえないくらいには離れたテーブルにいた。

 パーシーが安堵のため息を漏らして私が居座ることを見逃すが……残念ながら、彼の熱愛はとっくのとうに双子の知るところである。不憫だな。悟られないよう憐れんでおこう。

 

「ポッター……ポッター・ハリー!」

 

 ついに今年の主役、ハリー・ポッターの名が呼ばれた。

 今までの新入生たちを祝福していた野次が途端に止む。シーンと静まり返った大広間はいつぶりだろう、私の組み分け以来か。

 生徒だけではなく、教員たちもハリーの組み分けを殊更に注目していた。

 ダンブルドアは僅かに身を乗り出し、スネイプは表情こそ読めないが眉間にしわを寄せ────リディアよりも()()()()()()()クィレルは、その両目に危うい光を灯していた。

 

組み分け困難者(ハットストール)だわ。スリザリンはあり得ないと思うけれど……グリフィンドールとハッフルパフかしら」

 

 組み分け帽子を被ってから5分以上が経ってもハリーの寮は決まらない。

 ハーマイオニーはくぐもった声音で呟いた。

 

「どうだろうね。私はグリフィンドールとスリザリンに賭けようかな」

「あら、レイブンクローは仲間外れ?」

「ハリーが山積みの本とお友達になれるとは思えないからね。魔法界には生きている本が沢山あるから、君がお友達に困ることはなさそうだが……組み分け帽子はしつこかったろう? また機会があれば被ってみるといい。しつこくレイブンクローを勧めてくるだろうさ」

「レイブンクローならより偉大になれると言われたけど……って、なによそれ。失礼しちゃうわね」

 

 ハーマイオニーが諧謔にむくれる。けれど本人も自覚があるのか、本とお友達云々のジョークを素直に受け入れていた。

 彼女が知っているかは定かではないが、魔法界の本はファンシーでメルヘンなものばかりではない。『怪物的な怪物の本』がホグワーツの教科書として認定されていると知った時、果たして彼女はどんな反応をしてくれるだろうか。

 本の虫であるアホのリディアなんか、本に振り回された挙句に『服従の呪文』を掛けようとしていた。読書家を悩ませるあの本を前にして、ハーマイオニーが「お友達」になれたのなら私も素直に負けを認めようじゃないか。

 

「……変なこと考えてない?」

「さあね」

 

 瞼半分に疑いの目を向けてくるハーマイオニーを無視して、私はハリーの組み分けを見守った。

 目をつむりながらブツブツと呟くハリーと、声は遮断されているが口を動かして諭そうとする組み分け帽子。全校生徒と教師陣が固唾をのんで見守る中、ついにその瞬間が訪れる。

 

「グリフィンドール!」

「やった! ポッターを取ったぞ!」

 

 爆発的な歓声がグリフィンドールから上がり、赤毛の双子は居てもたってもいられなくなったのか、恐る恐るやってくるハリーをテーブルまでエスコートし始めた。

 流石は闇の帝王を打ち破った英雄だ。スリザリンとは対極のグリフィンドールに組み分けされては、まるでスリザリンが悪者扱いじゃないか。面白くなさそうな顔をしているのは四寮の中でスリザリンだけ。ハリー本人はヴォルデモートと同じスリザリンに偏見があるようだが、スリザリンの生徒にもハリー・ポッターという存在を好意的に見る者は少なくない。

 まあ、純血主義の筆頭たるマルフォイ家をはじめとして()()()の連中は苦々しい表情をしているが……相変わらず、リディアだけはつまらなそうに本のページをめくっている。

 アレは論外だな。私のように多少なりとも常識的な感性を持っているなどと、期待するだけ無駄だろう。*4

 

「おいクリス! 言ったとおりだったろ?」

「そうそう。偉大なポッター様は俺たちのところに来るってね」

「フレッド、ジョージ。君たちね、私もグリフィンドールに賭けてたんだ。3人そろって同じ寮に賭けては勝負にならないじゃないか……やあハリー。君のご両親と同じくグリフィンドールへの入寮おめでとう」

「ありがとうクリス。あれ? でもどうしてここに……?」

「まあまあ、まずは席に着きたまえ。その質問は無粋だよ。私のホグワーツなのだから、私がどこにいても何らおかしなことではない。違うかな?」

「う、うーん……」

「聞き流しなさいハリー。クリスのジョークにいちいち反応してたらキリがないわ」

 

 ハーマイオニーが辛辣に言う。

 私が肩を竦めるのを見て、ハリーは困ったように苦笑いを浮かべるしかできないでいた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 久方ぶりだ。慌ただしいとまでは言わないが、自らの不機嫌を衒うような足音を響かせて螺旋階段を上ってくる彼女に、アルバス・ダンブルドアは懐かしさを覚えていた。

 感情の起伏が激しいようで、彼女はその実、いつもつるんでいるスリザリンの末裔以上に淡白な性質(タチ)なのだ。ヴォルデモートが姿を消し、感情を掌握できる年頃になってからは殆ど本心を晒すことはなかったけれど、今この時だけは確かにクリスティーン・グリフィンドールの怒気が伝わってくる。

 ズカズカと遠慮なく校長室へと入り込み、その机の上に腰を下ろすという品のない行いをするのもクリスティーンの怒りを如実に表していた。

 

「アルバス、ついに貴方もボケが来たのかな? あれだけ嫌っていた闇の魔法使いを、よりにもよって防衛術の教師にするなんてね。スネイプの自制も長く続かないはずだ、きっと近いうちにクィレル教授は行方不明になっているかもしれない。付け焼き刃の新米ターバンより、あのムッツリ男のほうが闇への造詣が深いからね」

「落ち着くのじゃクリス。どうやらわしと君とでは、セブルスの人格に対する見解が異なるようじゃな」

「私も貴方も、とことん見下げ果てた負け犬という共通認識だとばかり思っていたが。奴の過去が清廉潔白になるわけでもなかろうに。だがクィレルに関してはもっと論外だ。今すぐウィゼンガモットに突き出したまえよ、主席魔法戦士殿」

 

 生徒たちが寮の談話室に戻った頃、校長室でクリスティーンが滅多に見せない苛立ちを露わにダンブルドアへと詰問していた。

 クリスティーンの慇懃無礼な態度は小さい時から変わらず、けれどダンブルドアに対してだけは嫌味な仮面を被ることなく本音をぶつけてくる。もっとも、その本音が年相応に可愛らしかったことは過去に一度としてなく、今回も一介の生徒に過ぎない身でありながら不遜な物言いだった。

 

「……正気かい? 一度、腐りかけの頭を癒者(ヒーラー)に診てもらうべきだね。認知症の耄碌爺に校長が務まるとは思えない」

「ひどいのう。子育てがこうも難しいとは。親の愛というのは偉大なものじゃな……わしでは代わりなど到底務まらん」

 

 ダンブルドアが肩を竦めながら苦笑した。だが決して、クリスティーンの進言を聞き入れるつもりはないようだった。

 疑わしいと言わんばかりに横目でダンブルドアを見据えながら、クリスティーンは髪をクルクルと指に巻いては離すのを繰り返す。苛立ちを隠そうともしない。

 普段は嫌味を言いながら意地悪くニヤニヤするはずなのに、クリスティーンは嫌悪を浮かべたまま言葉を続けた。

 

「誰も貴方に親代わりなど期待していないがね。当事者たるこの私も当然……世間話はよそう。クィレルを即刻放り出すんだ。アレはもう終わりさ、血も魂も穢れ切っているじゃないか」

「お見通しかの。しかしクィリナスを見放したとて、事態が好転するわけでもあるまい。ハリーには未だリリーの護りが残っておる。他の生徒たちにも手を出させんよ。ワシの杖に誓おう」

「……意味不明だ。面倒ごとが増えるだけだろうに。貴方の伝手で適当な防衛術の教師を呼び寄せればいい。なんなら国外からでも……チッ、トカゲ男のせいか」

「想像の通りじゃな。未だ、かつての傷跡は完全に癒えておらなんだ。世界に浸透した恐怖は『回帰薬』でも拭いきれぬ。かれこれ10余年、我が国の魔法界の治安は些か疑問視されておってな。不甲斐ないことじゃが」

 

 ダンブルドアが溜息を吐いた。また一つ老けたな……と、クリスティーンは内心で吐き捨てた。

 

「それは貴方と魔法省の仕事さ、私の関与するところじゃない。この際だ……ミスター・プリンス殿に念願のDADAの席をプレゼントしては如何かな? 愛の忠誠心にささやかな報酬があってもいい頃合いだと思うけれどね」

「勘弁してくれんかね、セブルスにはまだ役目があるのでな*5。それに、魔法薬学の教師はもっと見つからん」

「あのふざけた呪いのことか。その気になれば解くことができるくせに」

「しかし再び呪いが生じるじゃろうて。生徒たちが信じる限り、或いは術者が生き残っている限り真の意味で消えはしない。厄介なトムの置き土産じゃな」

「後任探しはそちらの職務でしかないし、一人の生徒としてはウィーズリーの双子の方がよほど厄介さ。ミネルバも間違いなく私と同意見に違いないね。時たま胃薬を処方する私の身にもなっておくれよ」

「ううむ……もう少しこの老骨も労わってほしいのじゃが」

「まさか。薬要らずでピンピンしているじゃないか」

「ほっほっほ」

 

 狸爺め。そこらの天才秀才より強大な魔法力を保ったまま、よく大法螺を吹けるものだ───クリスティーンは勿論、今度は不死鳥のフォークスまでもが一緒になって呆れたようにダンブルドアを見つめていた。

 

「……いいだろう。貴方がそこまで言うのなら私も我慢しよう。だがホグワーツの名声に瑕疵が刻まれるようなことがあれば、私自ら手を下そう。邪魔はさせない」

「ほっほっほ。ならワシは杖のみならずこのレモンキャンディーにも賭けようかの。賢者の石も、ハリーも、無事に年を越せるとな」

「全く……自身が校長を務めているのに結構な物言いじゃないか。まあ我が城の治安も、英国魔法界が危険視される一因なのは認めざるを得ないがね」

 

 やれやれ、とクリスティーンが首を振りながら校長室を後にしようとした時。

 

「リディアとは、どうじゃ。上手くやれておるかの。彼女には少々……君は刺激的過ぎる」

「リディアと? 本当に耄碌したんじゃないだろうね。たかがスリザリンの一末裔に、どうして入れ込む必要があるんだい。トム・リドルを重ねるのは結構だが、それを私にまで押し付けないでおくれよ」

「じゃが現に、君は良く見てくれておる」

「見てるんじゃない、よく()()()しまうだけだと何度も……それに一線などとうに超えてるだろうさ。サラザール・スリザリンの書斎に入るには『磔の呪文』が必要だった。()()()()()()()()()()()知らないが、貴方の言った通りにね。……まあ、予見をしても今すぐ何かが起こるわけでもなかった。焦ることはないと思うよ」

 

 それじゃ、と軽く言い残してクリスティーンは校長室を後にした。

 フォークスはずっとダンブルドアを見つめている。その胸中にある不安を見透かすように、黒曜石のような純黒の瞳を向けたままだ。

 

「ままならないものじゃな……ステラ、リリーよ」

 

 二人の偉大な魔女はもういない。ダンブルドア以上に古代魔術への造詣が深い二人は、既に黄泉の国へと旅立ってしまった。

 遺されたのは予言の子であるハリーと、それを覆しかねないクリスティーンである。

 片方は、ハリーに残る愛の護りのためにマグル世界で暮らさざるを得なかった。だがもう片方は、身寄りがないところをダンブルドア自身が後見人となった。

 そこに無償の愛だけが存在していたわけではない。神秘部の無言者かつ一人の学者として古代魔術をリリーと共に研究していたステラという存在が、打算の中には含まれていた。

 善く導くことが出来たのなら、今度こそトムを救えるやもしれぬと一縷の望みをかけて。

 

「すまぬのうフォークス。もう少し、この老いぼれに協力してくれんかの」

 

 結局は、クリスティーンの強大な自我の前に、ダンブルドアの目算は崩れ去ってしまったわけだが……運命とは実に奇怪であり、その存在こそがリディア・ゴーントという少女だった。

 クリスティーン自身はたかが一人の生徒だと喧伝して、興味がない風を装っている。

 しかしダンブルドアを含め、ステラという彼女の母親を知る者には分かってしまう。そっくりなのだ。クリスティーンは間違いなく、リディアを通してステラという母親の姿を幻視している。もっとも、生前、仲が良かったとは到底言えやしないが……。

 

「ではの、この手紙をニコラスに」

 

 ダンブルドアの渡した手紙を嘴で咥えて、フォークスは校長室を飛び立っていった。

*1
とばっちりである

*2
タマゴだけに

*3
水だけに

*4
特大ブーメラン

*5
防衛術の教師は2年以上続かないという迷信がある

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