鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで── (旧題名 ダンジョンマスターもの) 作:想いの力のその先へ
一方、その頃――。
ジャネットとセラは当初の予定どおり北方、諸部族連合への外交のため、旅立っていた。ファラに関して、アランに後のことを頼み、彼女もまた快諾したためだ。そこで、正座で反省を促されていたルードが印象的だったが……。
それも仕方ないだろう。なにせ、ファラが体調を崩した原因はルードが夜のお勤めに励みすぎたせいなのだから。
その時の光景を思い出したセラは苦笑いになった。
「どうしましたの、セラさん。急に笑い出して……」
「いえ、出発前のあの人を思い出して――」
「あぁ……」
同じく、光景を見たジャネットは曖昧な表情になる。ルード、ゴブリンが理知的、というのも珍しかったが、何より女の尻に敷かれているというのが想像の欄外だった。
そもそも、人間とモンスターが友好的、ということ自体が珍しいまであった。
……ここでおかしい、と思うかもしれない。かつて公国に訪れていたエルフ。リィナ、ルゥ姉妹がゴブリン相手に友好的な態度をとっていた。その事をかんがみれば、そう珍しいことではないのではないか? と、考えるだろう。
しかし、ここに思考の落とし穴がある。
……そも、諸部族連合。かの地はジャネットが支配していたダンジョンを基盤としている。そこにいるエルフを
答えは、否。……現代でこそ、亜人。エルフやドワーフは人と同じ種と考えられているが、確認された当初。彼らもまたモンスターの区分であった。
なぜなら、一番最初。有史におけるモンスターと呼ばれる存在は人間以外の生命体。その中でも人に仇なす存在、かつある程度知性を持つ個体。というのが定義であった。そして、本来ドワーフ、ならびにエルフは魔界在来種。すなわち、魔王の配下と考えても問題ない。
その内の一部、それが人間界に居着き、人とともに歩み、子孫を繁栄させた。それが
そこへ至るまで種族間の対立など色々なことがあった。それを乗り越えたことでいまがある。もっとも、完全に融和した、というわけでもない。それも当然だ。エルフは特にそうだが、ドワーフも人間に比べれば長命種。永い個体であれば、その寿命は五百年を超える。
……そして、ジャネットが現諸部族連合の立地に居を構えたのも五百年前。つまり、かつて人間と殺しあった当事者がいまだ存命している。そんな彼らが人間相手に友好的になるわけがなかった。
それでも、少しずつ世代交代が起こり、現在は敵対もしないが友好的でもない。いわゆる中立的な立場となっている。
事実、先ほど話したエルフの姉妹。リィナは214才、ルゥは198才の比較的新しい世代だった。
「しかし、あの地はいま、どうなってあるのかしら……?」
「やはり、気になられますか?」
「それは当然でしょう?」
セラの問いかけに肩をすくめることで答えるジャネット。彼女にとってはかつて治めていた領地でもあるのだから、当然といえば当然の話だった。
「あたくしは何とか……」
ぎりぃ、とジャネットは歯軋りした。結果として這う這うの身体で逃げ出すことになったことは、間違いなく屈辱だった。それが見下していた定命の者、人間が原因だというのならなおさらだ。たとえ、それが
いくら言い訳をしたところで、彼女が見下していた存在から地に這いつくばされた事実は変わらない。しかも、そのために彼女の部下、側近たちがその身を犠牲にして落ち延びさせた。すなわち、自身が重用していた者たちを肉壁にして逃げ延びたという事実は、彼女のプライドをズタズタに引き裂くには十分すぎるものだった。
「……まったく、主さまも鬼畜なこと」
軽い調子で吐き捨てる。彼女にとって今回の指示は生き恥を晒せ、と命じられたに等しい。これが秀吉、
もっとも、秀吉自身はそのような意図はない。ただ単に使えるから使う、その程度の認識でしかなかった。
もちろん、ジャネットもその程度のこと理解している。ただ単に納得していないだけだ。
「こんなこと、考えても益なんてないんですけど……」
ただ、同時にかつての地。ジャネットが支配していた地を気にしていたことも確かだ。……正確に言うなら、どれだけ生き残りがいるのか、ということになるが。
いわば、あの地はジャネットにとって忠臣がいまだ生き残っているかもしれない場所でもある。可能であればその者たちを連れ帰ることで己の派閥を形成、強化することも可能だろう。それがなれば、あのゴブリン。ルードはもとより、ダンジョンコアであるナオすら追い落とし、自身が秀吉――ダンジョンマスターの最側近として君臨することすら可能だ。
……まぁ、仮にそんなことをすればそのダンジョンマスターに頭を抑えられる。何らかの首輪を付けられる可能性は十分ある。そうなれば権力の強化、などといっている場合ではなくなってしまう。彼女にとってもそんな未来はお呼びではない。
「儘ならないものですわね……」
ほぅ、とため息をついた。いっそのこと、秀吉が好色家であれば話は早かった。己の色香で籠絡すれば良かっただけの話だったのだから。
もっとも、本当にダンジョンマスターがそんな愚物であれば、ジャネットは即座に殺して立場を成り代わったであろうから、あり得ない仮定でもあった。
「まぁ、いまは申し渡された役目をこなすことにしましょう」
ジャネットからすると、本来乗り気ではない役目。しかし、やらなければならないものであるのは理解している。そして、同時に――。
「あなたのことも、頼りにさせてもらいますわよ?」
「……ふふ、わたくしにどこまでのことが出来るやら?」
飄々とした態度のセラ。彼女がダンジョンの外交面のトップ、ならびに――本人にそのつもりがなくとも――ルード閥の重鎮である以上、彼女に手柄が集まるのは断じて避けなければいけない。
それとともに、彼女と
たとえ、いま恥を晒したとしてもいずれ取り戻せば良いのだ。自身の、ジャネット・デイ・シュルツの栄光を。