鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで── (旧題名 ダンジョンマスターもの)   作:想いの力のその先へ

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セラの懸念

 あの方、わたくしたちの好い人――ゴブリン、の方が良かったかしら? ともかく、ルードさまの主君であるダンジョンマスターさんから諸部族連合への外交の任を言い渡された時、なぜなのか、と少し悩みましたが……。

 

「……? どうかしたのですか?」

 

 わたくしがじぃ、と見つめていたのを不思議に感じたのでしょう。こてん、と小首をかしげるジャネットさま。彼女を見て否が応にも理解できました。

 とはいえ、言語化するには少し難しいですね……。

 それでも、あえて言葉にするならどうにも彼女、感情が表に出すぎる。そして、野心的すぎる。これに尽きます。

 己の感情を悟られるなんて外交官として二流。本質的に外交とは、いかに自国、こちらへ有利な条件を引き出すかという武器を用いぬ戦争なのです。

 

 やはり彼女は本質的に武官、それも前線指揮官なのでしょう。そう言った意味では、確かに彼女にカリスマ性――ルードさまとは別の意味で――を感じます。

 彼が部下とともに釜の飯を食い、ともに歩む『人たらし』な指揮官だとしたら、彼女。ジャネットさまはひたすら自らの力、武威を見せることで皆を引っ張る。いわゆる『猛将』と呼ばれる括りなのだと思います。……まぁ、門外漢のわたくしの考えは的はずれかもしれませんが……。

 

 でも、ダンジョンマスターさんもその程度のこと、理解できてない、などというのはないでしょう。つまり、何らかの思惑がある、ということになります。そのリスクを承知してまで彼女を使う、重要な理由が。

 わたくしとしても、それは間違いなく把握しておくべきこと。うまく使えば交渉が有利になることは確かでしょう。

 この際です、はっきりさせてみましょうか。

 

「いえ、あの用心深いマスターさんがリーゼロッテ殿下を介さずに他国と交渉しよう、なんて珍しいと思いまして」

「あぁ、確かに。主さまは臆病と謗られかねないくらいに慎重なところがありますわね」

 

 わたくしの言葉に得心したのでしょう。ジャネットさんはしきりに頷いています。

 

「そんなマスターさんが当事国ではないとはいえ、ひとつの国家へ交渉に赴けとおっしゃる。しかも、わたくしが要ではなく、その役には新参の筈であるジャネットさま、あなたです。……いったい何者なんです、あなたは?」

「……ふぅん」

 

 唐突に、しかし必然だったのでしょう。彼女の冷たい、射抜くような視線がわたくしを貫きました。

 

「……っ」

 

 ……なんて冷徹な。知らず知らずのうち、彼女を甘くみていたことを痛感します。しばらくわたくしたちの間に張り詰めた空気が漂います。ですが……。

 

「……ま、いいでしょう。主さまがあなたを付けた以上、()()を知ることも想定内でしょうし――」

 

 ……そうして語られた内容は、想定外。どころか、荒唐無稽とも呼べる内容でした。

 

「まさか、あなたがリィナさんたちの話していた鮮血のダンジョンマスター…………?!」

「そんな、えっと……。伝承みたいな感じになってますの?」

「……って、本人が知りませんの?」

 

 本人が知らなかったことに、がくり、と力が抜けてしまいました。

 ……それはともかくとして。

 

「それならマスターさんがジャネットさまに頼むのも道理ですわね」

 

 そう、道理です。なぜなら、諸部族連合という国家において、鮮血のダンジョンマスターという二つ名はそれだけの価値、というより信仰があります。

 そもそも、かの地がかつてダンジョンだったというのは、ある程度の事情通であれば知っている話。それに連合の方でも郷土資料館などの観光施設でパンフレットに掲載、配布しています。中には当時を知る人物にインタビューなんて、人より永く生きるエルフらしい記事まであります。

 つまり、早い話。諸部族連合は国家ぐるみでジャネットさま、鮮血のダンジョンマスターを喧伝していた訳です。

 そんな時に当の本人が帰還したらどうなるか。

 お祭り騒ぎ、は生ぬるいですわね。それこそ諸部族連合の長に祭り上げられるくらいはあり得るかもしれません。

 ……それはそれで、外交的な見地で問題な気もします。逆に派遣しない方がいいのかも……?

 ですが、わたくし自身も知己を持つとはいえ、そちらだけでは弱いのも事実。痛し痒しですわね。

 

 それはともかく、一応存念は確認しておくべき、ですか。わたくしは、今し方考え付いた懸念について問いかけました。

 

「ジャネットさま、もし、もしもですが。諸部族連合の皆さまにマスターとして復帰を請われたらどうされるのです?」

 

 わたくしの問いが不躾かつ想定外だったのか、キョトンとされたあと、苦笑いを浮かべられました。そして――。

 

「復帰、ですか……。それはもちろん断りますわ。いまのあたくしは敗軍の将、恥の上塗りなんて出来ませんから」

「恥の上塗り、ですか……?」

「えぇ、だってそうでしょう? 主さまに命じられて行くにしても、表向きにはアルデン公国の使者ですのよ。もっとも、実際にはダンジョンの後ろ楯を得るためですが」

 

 そう言うと、ジャネットさまは苦虫を噛み潰したような顔になりました。

 

「事実はどうであれ、表向きはあの小娘。あれの子孫に顎で使われ赴くのです。しかも、盟友だったルーシー、でしたか。その子孫を引き連れて」

「……あら、知っておられたので?」

 

 まさか把握しておられるとは思っていなかったので驚きました。少なくとも、当時の口伝では鮮血のダンジョンマスターはかつての我が御家。セント・クレア子爵家を重要視していなかった、と伝えられていました。ですが、そうでもなかったのでしょうか……?

 わたくしの反応が面白くなかったのか、ジトっとした目で見つめてきます。そのような目で見つめられても困るのですが……。

 しばらく見つめていたジャネットさまですが、はぁ、とため息をつかれると続きを話し出しました。

 

「確かに、当時のあたくしは直接戦力以外を軽視していたのは事実です。……もっとあなたたち、それに後方撹乱してきた者たちを警戒していれば、あそこまでの無様をさらすこともなかったでしょう」

 

 当時のことは口伝で、しかも詳しくは伝えられていないので、そこまで知らないのですが、やはり苦い思い出というのがあるのでしょう。そうでもなければ、このような言い回し、しないでしょうし、ね。

 まぁ、なんにせよ。わたくしの懸念が杞憂だと分かったのは朗報です。王国の潜在的な敵対意識を持つジャネットさまが帝国と手を取り王国に、そしてその壁である公国に攻め込んでくる、なんていう最悪のシナリオだけは回避できそうですから。

 あとはうまく交渉を、ダンジョンの、ひいてはマスターさんやルードさまの利益になるよう引き出せるよう立ち回るだけ。

 そのために尽力するとしましょう。ジャネットさまの立場、力もうまく利用して、ね。

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