鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで── (旧題名 ダンジョンマスターもの) 作:想いの力のその先へ
秀吉とリーゼロッテがダンジョンで歓談している頃、エィルに残ったアレク。アレクサンドラ・ルシオン帝国皇女――対外的には第4皇子とされている――は、エィル都市庁舎で宛がわれた部屋において悶々と色々なことに頭を悩ませていた。
「うぅん……。リズ
アレクの頭に浮かぶのは、チラリ、と見えた勇者。荒木万純の顔。彼女の顔を見た時、アレクはなぜか確信があった。彼女とダンジョンマスター、秀吉は何らかの関係がある。
本来、理性、そして知性による思考を至高とする軍師、アレクにあるまじき直感。虫の知らせ、とでも言うべき感覚。
恋敵、とは違う筈。しかし、心中に残る確かな凝り。それがいったい何なのか、それが分からずもどかしい。
彼女はそれに気づけない。
恐らく、いまのアレクを見た知り合いは彼女を
なにせ、いまの彼女はリスが頬に食べ物を貯めるようにぷくぅ、と膨らませていた。帝国の皇子、稀代の頭脳を持つ軍師としてではなく年相応の女の子としての顔を見せていたのだから。
惜しむらくは、この部屋に彼女以外の人間が……、否――。
――主。
突然聞こえてきた、老獪さを感じさせる声。
それが聞こえたことで、ぴくり、と身体を震わせたアレク。しかし、すぐに平静さを取り戻すとどこにいるとも知れない人物へ語りかける。
「もう、びっくりさせないでよ」
「ふぁ、ふぁ、ふぁ。これは申し訳ありませぬ」
ホッ、と安堵したかのようなアレクの声。それに応えるように老獪な声も聞こえてきた。
本来なら、そのようなことをあり得ない。なぜなら、先ほどまでこの部屋にはアレクひとりしかいなかった。だが、いつの間にか、彼女の死角となる位置に跪く老人の姿があった。
いつの間に、部屋へ侵入を果たしたのか。それ以上になぜアレクは老人へ親しげに話しかけているのか。それは――。
「お爺。ここに直接来た、ということは報告があるんだよね?」
「はっ、姫さま」
彼女がお爺、と親しみを込めて呼ぶ老人。彼こそ、アレクが抱える私兵。その指揮官である三人衆の一人であった。
彼の肯定に気を良くしたアレクは、にこり、と可愛らしく微笑むと報告を促す。
「それで、お爺? 報告というのはやっぱりあの件?」
「えぇ、その通り。……どうやら、セラ嬢たちは諸部族連合へと向かっているようですぞ」
「ふぅん……?」
老人の報告、それはセラたちの現状だった。しかし、そのこともリーゼロッテが尋ねに行った筈。それなのに、なぜそうする必要があったのか。
「やっぱり、ヒデヨシくんも独自に動いてる、ってことかな?」
確かにアレクは秀吉、ダンジョンマスターへ恋心を抱いている。だが、だからといって彼女は秀吉を盲信しているわけではない。あくまで彼女は帝国の人間である。そして貴き血が流れている以上、優先すべきは帝国の国益。それをおざなりにして恋にうつつを抜かすつもりなどなかった。
「はっ、そのようで。……それと、同行者がおるようですぞ」
「同行者……? 誰?」
老人の報告でアレクの顔が険しくなる。少なくともセラは何度か諸部族連合へ訪れている。また、付近ではモンスター討伐や警らの兵士が動いていることから治安も問題ない。
つまり、本来セラに同行者。おそらく護衛だと考えられるが必要ない筈なのだ。しかし、現実にセラに同行者がついている。
ならば、その同行者の役割とは? そこが不明瞭だ。そして、そこが分からない以上、帝国が不利益を被る可能性は十分ある。
それらは十分警戒しておくべきだった。
もっとも、老人はそちらの方も既に確認済みだったようで、アレクへ補足情報として渡してきた。
「そちらの方も抜かりなく。外套で姿が割れないようにしていたようですが、どうやら正体は以前、姫さまたちの後詰めとして現れたジャネットなる吸血姫のようですの」
「……ジャネット。あの色白の?」
「えぇ、その通り。ただ、そのジャネットなる吸血姫にこちらの尾行も看破されている模様と、報告を受けておりますのぅ」
「……それって大丈夫なの?」
飄々と告げる老人の報告に冷や汗を流すアレク。なにせ、セラたちを尾行させている者も老人と同じく三人衆のひとり。それぞれが頭領というべき手練れだ。まかり間違ってもちょっとしたことで失って良い人材ではなかった。
それゆえ心配しているアレクだったが、当の老人はまるで意に介さぬ様子で飄々と、むしろ楽観的に見えた。
なぜ、そこまで老人が楽観視しているか、それは――。
「なぁに、どうやら見逃されているのは間違いありませんなぁ……。それに、あちらとしては、我らを泳がせ誰が背後にいるのか、それを知りたいのでしょう」
「……それはそれでマズくない?」
先ほどとは別の意味で冷や汗をかくアレク。心なしか、顔も引きつっている。それも仕方ない、老人から、狙いはアレク自身だ、と宣告されたに等しい。それで気にするな、というのが無理だった。
青くなっているアレクを見て、老人はおかしそうに、呵々と笑う。別にアレクの事を主として不足、等と考えているわけではない。ただ、そうただ単に、ジャネットはアレクに危害を加えない。それを確信しているだけだ。
「なに、問題ありますまい。我らとあの吸血姫には、ちょっとした因縁がありましての。それに、場合によっては諸部族連合におわす方へ、執り成しを得れば丸く収まりましょう」
「どういうこと?」
「時に姫さま、姫さまは我らの興りを知っておられますかな?」
唐突な老人の質問。アレクは不思議に思いながらも自らが知る事柄を答える。
「元々はアルデン公国建国の母、アンネローゼ・アルデンがハミルトン公爵家に寄らない、独自の間諜を欲して組織された、と聞いてるけど……」
「その通りにございます。そして、あの吸血姫。ジャネットと諸部族連合におわす方はその時から関係がありまして――」
「ちょっと待って、そんなに古い関係なの?」
老人からもたらされたまさかの情報に驚くアレク。しかし、なにか思い当たることがあったのか、そのことについて問いかける。
「そういえば、なにか……。特殊な記号みたいなのを書いてたよね? それが関係あったりする?」
「いえ、そちらは関係ありませぬ。まぁ、あれも我らの
「名前なんだぁ……。たしか、お爺は
「えぇ、その通り。我らがアンネローゼさまに贈られた、我らだけの名にて――」
……もし、彼の名をダンジョンマスター、秀吉が聞いたのなら驚くのは間違いない。
彼の授けられし名は