鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで── (旧題名 ダンジョンマスターもの)   作:想いの力のその先へ

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セラ・セント・クレア

 かつて開拓村と呼ばれ、現在は表向き王国の軍隊から逃げてきた避難民や城塞都市エィルの代官だった貴族、エルザ・クラン――実際にはダンジョンマスターの荒木秀吉の協力――の手によって発展した町、ルディア。

 その町に建設された小さな教会。聖神教の教会の中で1人の麗しき女神官がゆったりとくつろいでいた。

 ……それだけなら、1つの絵になるような光景だろう。しかし、同時にそこには本来あり得ざる光景までもがひろがっていた。

 女神官の周り、彼女を取り囲むようにモンスター。緑色の小人、ゴブリンがたむろしていた。

 

 本来、神官とゴブリン、モンスターは水と油。決して交わることのない存在。しかし、女神官は自身を取り囲むモンスター、ゴブリンに対して慈愛の笑みを浮かべている。

 彼女を取り囲んでいたゴブリンの一体。それが耳障りな鳴き声を発しながら口を開く。

 

「ギ、ギィ――。カァ、サマ……」

「どうしたのです、ロイ?」

 

 自身がロイ、と呼んだ個体を優しく抱き締めながら問いかける神官。ゴブリンの顔は大ぶりで形の良い胸へと押し付けられていて、ふよん。と形を変えている。

 神官に抱き締められたのを、くすぐったそうに身じろぎするゴブリン、ロイ。そこには確かに、人とモンスターでありながら家族としての情があった。

 

 

 

 

 

 

「カァ、サマ。ハズ、カシ――」

 

 わたくしに抱き締められ、恥ずかしがっている愛し子。旦那さま。ルディアの暫定軍事最高司令官であるルードさまの子胤によって生まれた兄弟の長子、ロイ。この子を愛しく抱き締めながらわたくしは自身が数奇な生を歩んでいることに、あきれるとともにどこかワクワクしていました。

 

「……聖神教、か」

 

 わたくしの呟きが聞こえたのでしょう。ロイが首をかしげています。それにあわせ胸もとが擦られ、えもいわれぬ感覚が走りました。

 

「……んっ。――もう、仕方ない子」

 

 かつて伝えられた言葉。アンネローゼ語録で言うなればラッキースケベ、でしょうか。我が子ながらロイは、それが多い気がします。

 この子ももしかしたら将来、ルードさまのように多くの女性を虜にするのかもしれません。……それとも、ただ単に親の欲目、というものでしょうか。

 

 それはともかくとして、かつて末席とはいえ貴族に名を連ねたセント・クレア家。没落したとはいえ、その子孫であるわたくしがモンスターの子を孕み、産み落として愛情を注ぐ。

 それだけでも十分数奇ですが、それ以上に聖神教。かつて棄教した宗教へ再び入信する。なんてことになるのもまた、数奇でしょう。

 もっとも、そちらは御家の事情を多分に含んでいましたが……。

 

 そもそもセント・クレア子爵家。かの家は没落する前、王国の侯爵たるエルミナ侯爵家の配下でありましたが同時に聖神教の神官を輩出する家系でもありました。

 その中でも特に有名なのがルーシー・セント・クレア。アンネローゼ・フォン・ハミルトン公爵令嬢と同じ時代に生まれた令嬢です。

 なにせ彼女は一時期、アンネローゼ嬢の側近の1人として側へ侍っていた、という記録があります。だからこそ、わたくしもある意味楽にアンネローゼ嬢の子孫であるアルデン公王家に接触できていたわけです。

 

 それに、かの方は当時。いまだランドティア――当時はカルディア――王国の中でしか信仰されていなかった聖神教を国外に、それこそ諸部族連合や帝国まで広め一大宗教へと押し上げた伝道師、宣教師という偉業も成し遂げられました。

 ……まぁ、その結果。彼女の影響力の高さを危惧した他の貴族たちの奸計に嵌まり、セント・クレア家没落の遠因となっていきましたが……。

 

 そして王国で御家取り潰しが決まったあと、表向きは国王夫妻自ら国外追放を宣言――実際のところは、秘密裏にアルデン公王家に保護を依頼――されました。

 それも仕方なかったのかもしれません。当時の王妃、クロエ・カルディア王妃はもともとアンネローゼ・フォン・ハミルトン公爵令嬢の異母妹とはいえ、対外的には没落から再興を許されたクラン伯爵家の令嬢。表立ってハミルトン公爵家が支援できない以上、後ろ楯のない彼女はどうしても影響力が低くならざるを得ません。

 そして国王陛下もまた王位を継承したばかりで地盤が緩く、強権を発動させようものなら国が割れる可能性が高かった。結果としてセント・クレア家を切り捨てる選択肢しかありませんでした。

 

 ……もっとも、この貴族派の暴走。これが後に多くの貴族派粛清への要因へと繋がり、同時に国名がカルディアからランドティアへ変わる原因の1つとなるのですから、世の中分からないものです。

 

 

 

 少し話が逸れましたね。そんなわたくしの生家ですが、アンネローゼ嬢に保護されて以降生業としたのが神官としての外交役。そして、()()()()()を使って、(ねや)での諜報。もちろん、両方を同じ人間がするのは問題でしたから諜報役と外交官は別の人間の仕事でした。

 しかし、アンネローゼ嬢も悪辣なことです。男が肌をあわせた女に口が軽くなるのを理解していたとしても、あえてその方法を使わせるとは……。

 しかもその方法を提案したのは彼女自身で、過去にはハミルトン公爵家の臣下だったブラッドフォード家にも指導していた、というんですから。

 

 まぁ、ここで少なくともわたくしは、その諜報をする必要はないようですが。でなければ、旦那さま。ルードさまに娶られることもなかったでしょうし。

 

「カァサマ。カオ、アカイ」

「……あら?」

 

 いつの間にか、わたくしを見上げていたロイが指摘してきました。旦那さまとの閨を想像して、身体が火照っているようです。

 ……以前の旦那さまの可愛らしいお姿も良かったですが、今の旦那さまの逞しい二の腕に抱かれ、ガツガツ求められるのも素晴らしいものです。

 とくにこの頃、だんだん求められる回数も増えてきて、日によってはファラさんと二人で相手することもあります。

 旦那さまに愛されているときのファラさんはたいそう愛らしくて、羨ましくもありますが、それでも間近で見続けたい。なんて思うこともよくあります。

 ……まぁ、それはあちらも同じようで。この間など――。

 

 ――ルードに抱かれてる時のセラさんって、本当可愛いよねぇ。時々私も混ざりたくなるもん。

 

 なんて、にやにやした顔で言われてしまいました。……まったく、あの時は顔から火がでるんじゃないか、と思ったくらい暑くなりましたよ。

 

「アッ、トォサマ……」

 

 ぎぃ、と教会の扉が開きました。そこにいたのはロイが言ったように旦那さま。どうしたのでしょうか? 求められるにしても、さすがに日が高いのですが……。もちろん、それはそれで嬉しいのですけど。

 

「おっ、セラさん。いやしたね。ロイもちょうど良かった」

「どうかなされましたか?」

 

 どうやらお誘いではないご様子。残念です。

 

「実はリーゼロッテさんたちの軍が出立するようで、マスターから援護するよう、あっしらにも指示が届きましたんで……」

「そう、ですか……」

 

 ついに王国と戦端が切られる、ということでしょう。その援護のため、旦那さまもご同行される、と。

 ……正直、不安でいっぱいです。

 

 レクス・ランドティア王子は、王国にレクス王子あり。と評されるほどの傑物。リーゼロッテ姫殿下とは別の意味で厄介な手合いです。

 それにわずかな噂話しか流れてきていませんが、異界から召喚された勇者。評判では姫騎士に勝るとも劣らない、と言われています。

 こちらにも本場の姫騎士。それに氷塵もいますから互角、と思いたいですが……。

 そんな不安が顔にでていたのでしょう。旦那さまはわたくしに颯爽と近づくと――。

 

「そんな不安になりなさんな。ちゃんと生きて帰ってきますとも。そして――」

「――――ん、ぅ」

 

 旦那さまはわたくしを抱き寄せると、強引に接吻を……。それに抱き寄せられたときにわたくしの胸が、その……。旦那さまの逞しい胸板に当たってぐにゃり、と押し潰されます。

 あぁ、旦那さまの逞しい身体と芳香な臭い。それに唇や口内をかけめぐる甘い感覚に腰砕けになってしまいそう。

 そのまま旦那さまに身を任せます。そうしばらくすると満足したのか、旦那さまはわたくしの唇を解放成されました。

 旦那さまとわたくしの唇を繋ぐように銀色の橋がかかりました。が、すぐにプツリ、と切れてしまいます。

 

「この続きは帰ってきてから。いいね、セラさん」

「……は、ぃ」

 

 雄の顔をした旦那さまから告げられます。あぁ、間違いなく帰ってきたら夜通し、どころか一昼夜ファラさんと一緒に求められ続けるのでしょう。

 ……きっと、今のわたくしは聖職者がするべきではない、欲望が駄々漏れな卑猥なものになっていることでしょう。ですが、それでもその事に対して、多幸感を得ている己がいます。

 そして、そのあとにロイたちの弟、妹を授かるのは間違いありません。

 そんな後々のことを想像して、わたくしは、ずくんっ、と下腹部がうずくのを感じました。

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