鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで── (旧題名 ダンジョンマスターもの)   作:想いの力のその先へ

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荒木万純は勇者である

 ざざ、と草木が揺れる音。どん、と空気が破裂する音が辺りに響き渡る。それとともに、ぎゃりぎゃり、と鉄が擦れる音も聞こえてきた。

 

 その音を響かせているのはふたりの女性。ひとりは高校の学生服を身にまとい、無銘の刀を振るっている少女、荒木万純。もうひとりは銀糸の髪をたなびかせ、露出度の高いドレスを着こなしているジャネット・デイ・シュルツ。

 ふたりによる舞踏、否、武闘によるもの。

 しかし、よくよく見ると少しおかしな光景だった。鉄が擦れる音が響いているにもかかわらず、鉄そのものを持っているのは刀を振るっている万純のみ。ジャネットは素手、徒手空拳だった。

 

 だが、こといまの光景。その演者のひとり。ジャネットからするとおかしいことはない。

 彼女は吸血鬼にして吸血姫。その身は人ではなく化物。己が指を、爪を刃へ変質させることなど雑作もなかった。

 

「疾ィ――!」

「破ァァアァ――!」

 

 双方が裂帛の、気炎のこもった叫びとともに刃を振るう。その度にギィン、と甲高い音を響かせ、火花が散る。

 万純が攻撃すればジャネットが防ぎ、反撃に転じれば相手が華麗に避ける。互いに決定打を欠く立ち合い。傍目にはそう見える。しかし――。

 

「くっ……!」

「さぁさ、この程度じゃないでしょう?!」

 

 万純が滝のような汗を流して顔をしかめているのに対し、ジャネットはもっと、もっと可能性を、成長を見せてくれ。とばかりに顔を輝かせている。

 それは生命としての絶対的な格差。只人と吸血姫という残酷なまでの力の差。むしろ、この場では万純の方が良く健闘している、と讃えられる立場だろう。

 なにせ、万純の攻撃はろくに効かないのに対し、ジャネットの方は一発一発が必殺の一撃。一度でも直撃を受けてしまえば、万純の命はロウソクの炎のようにはかなく消えてしまうだろう。だが――。

 

「あ、ぁぁぁあぁあ――――!」

 

 雄叫びをあげる。刀を我武者羅に振るう。

 自棄になったか、と嘆息したジャネット。せめてもの情け、と爪で武器を、刀を破壊しようとして――。

 

 ――ぞくり。

 

 背中に寒気が走った。直後――。

 

「ここ、だぁ――――!」

 

 納刀。だん、と力強く足を踏み込む。鯉口を切る。そして抜刀、狙うは相手の首、ただひとつ――!

 それは居合、もしくは抜刀術と呼ばれる技法。

 一撃必殺の意をもって放たれた銀閃。その一撃は狙い違わずジャネットの首を吸い込まれ――。

 

 

 

 殺った、と確信した万純。技の入りから完璧で相手は回避どころか、反応すらままならなかった筈。だと、いうのに――。

 

「あぶない、あぶない。油断大敵ですわね」

「なんで……?!」

 

 生きている。確かにそこで立って喋っている。万純は半狂乱になりそうな頭をなんとか理性で抑え込んで考える。

 技の入りは完璧だった。相手も反応できていなかった。しかし、ふと気付く。手応えは――なかった。

 

「どういうこと……?!」

「こういうこと、ですわよ」

 

 背後からジャネットの声が聞こえた。心臓の鼓動が跳ねあがる。即座に離脱。だが……。

 

「ふふっ、その程度で逃げれると思いまして?」

 

 再び背後から響く声。くぐもった悲鳴を上げそうになる。しかし堪えて背後へ振り返る。そこには確かにジャネットの姿。なぜ……?

 頭が混乱しそうになる万純。そんな彼女を見て、ジャネットは種明かしする。

 

「あたくしは吸血鬼にして吸血姫。この程度、雑作もないことですわ」

 

 そう言いながら、身体の一部を霧化させる。そう、彼女は身体を気体。霧に変化させることが出来た。それにより万純の斬擊を回避、背後へ高速移動していた。

 そこで初めて万純は目の前の女性。ジャネットが本物の化物。彼女が知る怪人たちと同類であることを理解した。

 そして、理解した彼女は――。

 

「本気で、往く――」

 

 先ほどよりも鋭い視線を向ける。身体から剣気が奔る。

 彼女にとって怪人とは本来、身も心も怪物となった化物。それゆえ、人間と寸分違わぬ見た目をしたジャネットを敵だと認識できなかった。しかし、ここからは違う。

 彼女は頭で、そして心で理解した。目の前にいる女性は間違いなく化物だ、と。ならば、なにを躊躇する必要がある。化物を倒すのは、いつだって人間(ヒロイン)なのだから。

 

 

 

 

 ふたたび刀を鞘へ納めた万純。またあの一撃(抜刀術)か、と考えたジャネットは不適に笑う。

 一度破れた技をまた使う。それ、すなわち打つ手がないということ。後は時間を稼ぐだけで目的は達成される。

 それは彼我の力量差を鑑みての余裕。……しかし、同時に油断、慢心でもあった。

 

「――――あぁぁぁぁっっっ!!」

 

 轟音、地面が爆発する。万純の踏み込みに地面が耐えられなかったのだ。

 ごう、と風を切る音とともにジャネットへ迫る。先ほどの焼き回しだ。だが――。

 

「なっ……――」

 

 ジャネットの視界に()()()()光が奔る。それはすべて万純の剣閃。

 

 ――血飛沫が舞う。続けて鋭い痛みが奔る。

 

 呆然、と痛みが奔った場所を見る。肘から先が、ない。絶ち斬られた――!

 

「ぎ、ぁ――」

 

 自覚とともに激痛になる。ジャネットの思考は、あり得ない。その言葉で埋め尽くされる。

 霧化が間に合わなかった、あり得ない。只人にこの身を傷つけられた、あり得ない。自身が血を流している、あり得ない。

 ありえない、アリエナイ、あり得ない!

 この身は最高の吸血姫。たとえドラゴン、竜種が相手でも互角以上の相手が出来る。その自身が、只人相手に手傷を負い、ここまで心乱されている。あり得て良い筈がない!

 

 それは自負。自身が最強であることの。そして、かつての敗北を糧に、さらなる研鑽を積んでより可憐に、強大になったということへの。

 

 ……だが、ジャネットは理解して()()()()()。その自負、自尊心こそが、かつて自身が敗れた理由であり、今回もまた同じ理由で手傷を負わされた、ということを。

 

 そも、彼女は忘れている。荒木万純は勇者である。それすなわち、ジャネットが警戒していた稀人(まれびと)そのもの。

 しかも、万純は元の世界でも稀有なギフテッド持ち。それが勇者の力で強化されている。

 もし、万純が勇者の力を得ていなければ、ここまでの戦果を上げることもなく、最悪、ジャネットに討たれていただろう。しかし、そうはならなかった。

 

 ジャネットの油断、万純の勇者の力によるバフ。それらが噛み合った結果、今がある。

 そう、荒木万純は勇者である。化物を討ち滅ぼす勇者(ヒロイン)なのだ。

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