鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで── (旧題名 ダンジョンマスターもの)   作:想いの力のその先へ

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好ましい者

 ごう、とジャネットが弾丸のように飛び出す。硬質化した爪を突き出し、切り裂こうとする。

 足を下げ、半身にすることで避ける万純。そのまま刀の柄に手を掛け抜刀。肘を、間接をふたたび狙う。しかし――。

 

 ――ギキィ。

 

「硬い……!」

 

 先ほどは絶てた筈の肘に刃が通らない。放出している魔力、それが防御膜の役割を果たしていた。

 にぃ、と笑ったジャネット。その顔を見て、万純は己が乗せられたことを悟った。

 

「甘い、ですわね! そうそう何度も――!」

 

 ぶぉん、と風を切る音が聞こえる。腕をなぎ払った音だ。咄嗟に万純は鞘を盾とする。

 バキぃ、という音。鞘が粉砕される。そのまま腕は万純へ吸い込まれ――。

 

「……くっ、ふふ――」

 

 楽しそうに笑うジャネット。

 吹き飛ぶ万純。手応えが――ない。インパクトの瞬間、後ろへ飛ぶことで少しでもダメージを軽減した。

 どさ、と地面に落ちごろごろ転がる。そして即座に立ち上がった。

 服こそ土で汚れているが目立つダメージは……否。よくよく見ると、口からつぅ、と赤いスジが垂れている。

 

「……けほ」

 

 咳とともに血を吐き出す。多少はダメージが通っていたようだ。それに刀の鞘も破壊されてしまった。もはや抜刀術も使えない。あきらかに万純の劣勢だった。

 だが、彼女は勝負を諦めていない。ちゃき、と柄を顔の横に、刃を相手へ向けて構える。霞の構えだ。

 ふたりが相対する。ジャネットは万純の得体の知れない構えを警戒している。

 そのままお見合いとなるふたり。互いが互いを警戒している。下手な手を打てばカウンターをもらう。それを警戒しているのだ。

 

 しかし、このままお見合いを続けていても埒が明かない。虎口に入らずんば虎児を得ず。先に動いたのは万純であった。

 

「……ふっ!」

 

 たたたっ、と軽快に歩を進め、刀を己が裏に隠しながら懐を目指す。

 それは言い換えれば己の身体、弱点を敵に晒す無謀な行為。あえてそんな行動をした万純を見て、ジャネットは頭の中で行動予測を組み立てる。

 

 ――下から切り上げる? それとも、なぎ払い。いえ、上からの打ち下ろし?

 

 しかし、予想とは裏腹に、万純の一手は完全に想定外のところからとんできた。

 

 ざり、と足を踏みしめる。その時点でジャネットは打ち下ろしと判断した。無意識に上方を警戒し――。

 

 ――顎に衝撃を受ける。

 

「ぐ、ふっ……?!」

 

 驚き、目を白黒させる。衝撃の原因を見るといつの間にか万純の足が上がっている。スカートが捲れ上がり、デルタゾーンが眼前に惜しげもなく曝されている。そこでようやくジャネットは、己が蹴られたのを悟った。

 

 ――はしたない。そう声を出そうとして、足から力が抜ける。意識が一瞬、白く染まる。

 

「ぁ……?」

 

 景色が目まぐるしく変わる。地面が近づいてくる。否、己が倒れている。そのことに気付いた。しかし、なぜ。なぜ、地面に倒れている?

 意味が分からず混乱する。

 

 それも仕方ない。彼女は知らないことだから。

 いくら彼女が化物。吸血姫とはいえ、身体の造形は人のものとほぼ変わらない。そして、変わらないということは人の身体を参考にして応用がきく、ということ。

 そう考えた万純は賭けに出た。いくら化物とはいえジャネットも頭に脳があるのなら、揺らすことで脳震盪を狙えるのではないか、と。

 そして賭けに勝った。あの化物、吸血姫は地面に伏せている。あとは首を絶つだけで済むだろう。

 刀を上段に構える。あとは渾身の力を持って首筋へ叩き込む。そうすれば――。

 

 ――どんっ。

 

「か、ふっ……?!」

 

 鳩尾に衝撃、口から空気が吐き出される。たたらを踏んで後ろへ下がった。なぜ、誰が……。ここにはあの化物しかいない筈なのに、と混乱する万純。

 事実、今もここには万純とジャネット。ふたりしかいない。そこで万純は自身の鳩尾を打ったものを見て絶句する。

 

 ――服の一部が変化して、拳状のものになっている。それで己が鳩尾を殴られたのだ。

 

「け、ほっ。ごほっ! はっ、は――」

 

 なんとか息を整えようとする。が、その間にがくがく、と足を震わせながらもジャネットも立ち上がった。千載一遇のチャンスを逃してしまった。そのことに歯噛みする。

 しかし、ジャネットの顔色はまだ悪い。本調子には戻っていない。ここで攻め立てることが出来れば――。

 

「あなた、名は?」

 

 突然の問いかけ。そのことに驚く万純。

 無視しても良い、良いが――。

 

「――万純。荒木万純だよ」

 

 なんとなく、本当になんとなく無視したくなかった万純は名乗りを上げた。それにぴくり、と反応するジャネット。

 

「そう、ですの……。覚えておきましょう、では――」

 

 どぱん、と地面を、そして空気を貫く音。爪が眼前に迫り――。

 

「しまっ――」

 

 目の前に敵の姿。なんとか回避しようと動く万純。しかし、腕は迫り――顔の横を通り抜けた。

 

「……えっ? ――ん、ぅ…………!」

 

 後頭部に柔らかい感触。目の前に化物の顔。唇に柔らかく、暖かいものが触れる。

 ……少し遅れて、唇を奪われたことに気付く。心地よい、と思ってしまった。

 少しして、心地よい感覚が離れる。

 

「ちゅ、ぅ……。……また、機会があれば会いましょう、マスミ」

 

 最後に万純の唇を舐め、顔を離すジャネット。それを万純は呆然と見つめる。

 そのまま彼女は服の一部を翼へ変え、飛び去っていく。足止め、という目的は完全に達成されていた。

 呆然と見送る万純。無意識に唇へ指を触れさせる。

 

「……はじめて、だったのに――」

 

 かすかに涙声な独り言がこぼれていた。

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