超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) -   作:倉公

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第四章 救済の奇蹟
潰走した女神たち


 『パープルハート』との戦闘を中断する形で潰走した女神ら一行は、辛うじてプラネテューヌ都市への帰還に成功した。

 あわや敗北寸前まで追い詰められた状況でかの大敵から逃げおおせた事は、十二分な戦果といえるだろう。

 

 だが。

 

 それも些か誤謬である

 ネプテューヌ達がからがらに逃げ落ちた、プラネテューヌ教会会議室で。

 一人の女神の命が、潰えようとしていたのだから。

 

 その命は、風前の灯であった。

 リーンボックスの女神グリーンハート――ベール。

 部屋の隅に置かれたソファに、彼女はその長身を横たえていた。 

 力なく横臥する姿は、調度品に過ぎぬ長椅子を病床に変えている。

 

「不覚、ですわね……先ほどの戦闘で、思わぬ深手を負ってしまいました……」

 

 紡がれる、かぼそい言葉。

 優美なる麗貌が、悩ましげに苦悶を形作る。

 その傷ましさは、吹き抜ける風にうち震える一輪の花に似て。

 ならば寄り添う形でその姿を見下ろす、アイエフの瞳に浮かぶ雫は。

 さながら、花弁を濡らす雨粒か。

 事実、少女の瞳から零れ落ちた涙は、眼下のベールのかんばせを霑る。

 

「ベール様……! しっかりしてください!」

「あいちゃん……久しぶりにお会いできたのに、こんな無様な姿をお見せするなんて……」

 

 ベールは痛ましくも打ち笑む。

 それは己の惨状を自嘲するものか、はたまたアイエフの苦衷の幾らかを和らげんとした心遣いからか。

 平素のベールの気品ある振る舞いを知るだけに、その弱りきった姿を見るだに辛い。

 

「困りましたわね……まだまだ積んでいるゲームも、発売を心待ちにしている新作も、大量にありますのに」

 

 これではもう、自分を呼ぶゲーム達をプレイしてやることが出来ない。

 悲嘆に暮れるベールを、アイエフは懸命に呼び掛ける。

 

「そんな……嫌、嫌です! お気を確かに……! もう、どうにもならないんですか……?」

「いいえ……一つだけ、わたくしが助かる方法がありますわ……そしてそれは、あいちゃんにしかお願いできませんの」

「私にしか……? お任せください、ベール様の為だったら、私はなんだって」

 

 アイエフは、瞳を滲ませる涙を払う。

 最愛の女神を救う方法があるというのなら、今の自分がするべきは無様に泣き濡れる事ではないのだから。

 その替わりとして瞳に浮かべるのは、決然たる想い。

 ベールの語るアイエフにしか為せぬ事を行うためならば、どのような覚悟さえ完了してみせるとばかりに。

 だからこそ。  

 次の瞬間に聞かされた言葉は、完成したばかりのアイエフの決意を即座に揺るがすものであった。

 

「そう、ですか。それでは、どうかわたくしにあいちゃんを……抱きしめさせて、くださいな」

「え」

 

 時計の秒針が一周した。

 ……かと思われる程度の時間、アイエフはぽかんと呆けてしまう。

 目尻に浮かべた涙の粒はそのままに、戸惑いながら尋ねる。

 

「え、えーと……それはどういう……」

「言葉どおりの意味ですわ。それとも、ダメ……ですの?」

「いや、ダメというか、その……」

「先ほど、なんでもしてくださると仰ったでしょう?」

 

 その通りである。

 あるのだがしかし、己が抱いた真摯なる決意と明らかな相違があるのもまた事実。

 それに対して、果てしない惑いを覚えるのだ。

 そして何よりも。

 

「うずうず……」

 

 心なしか、いや明らかに、横たわるベールは心待ちにしていた。

 その瞳には期待が篭っている。

 華奢なアイエフの身体を抱きしめるその瞬間を、今や遅しとばかりに。

 その様相は、先ほどまでの力尽きようとしていたベールの姿とはほど遠い。

 両腕を伸ばす姿は、獲物を喰らわんとする蜘蛛か。

 

 

「ベ……ベール様、私を、抱いて、くださいっ」

 

 ままよと、勢いにまかせてアイエフは言い切って。

 ベールは、受諾した。 

 

「その言葉、お待ち申し上げておりました」

「あっ……」

 

 やおら伸ばした両腕で、女神はアイエフの細身を抱きしめた。

 そのさまは、まさしく獲物を捕らえた蜘蛛のごとく……事実、その通りであった。

 なぜならば。

 ベールの腕に抱きすくめられたアイエフの姿は、さながら蜘蛛の巣に囚われたひとひらの蝶。

 張り巡らされた糸はじぶんの羽を張付け、身じろぎひとつ許さない。

 無力なままに、捕食される瞬間を待つより無い、牢獄<ゲットー>の虜囚。

 

「こうしてあいちゃんを抱きしめるのも、久しぶりですわね」

「あ、あのっ、ベール様っ、これ以上は……」

「あら。これ以上は、なんですの?」

「い、今は仕事中で」

「他国の女神の慰問も、立派なお仕事ですわよ」

「いや、そんなの諜報員の仕事じゃ……」

 

 その言葉を契機としてか、ベールはその両腕に籠める力を緩めた。

 アイエフを見つめる藍色の双眸に哀愁を浮かべ、恐る恐るといった様子で尋ねる。 

 

「もしかして、お嫌ですの?」

 

 悲痛なその声は、ベールの様子が一変した事を雄弁に告げていた。

 あたかも、大切なものが指の隙間から零れていったような……そんな寂寞ささえ感じさせる。

 並ならぬものを感じ、アイエフはその言葉を否定した。

 

「いえ、決してそんなワケじゃ……」

「……いいんです、わかっておりますから。あいちゃんの心にはもう、わたくしは住んでいないのですね」

「ベ、ベール様?」

「あの戦いが終わった、一年前……あいちゃんは、リーンボックスへ来ていただけるとばかり想っておりましたのに。わたくしがどれだけ傷ついたか……」

 

 砕け散った硝子の破片を、素足で一歩また一歩と踏みしめていく……そんな様子で、ベールは語る。

 一糸纏わぬ足に、星屑ほどの数の硝子片が突き刺さり血が滲む、痛ましさに似て。

 真実、今のベールにとって一語一句を紡ぐことはこの上なく苦痛なのだろう。

 

「それはっ……申し訳、ありません」

 

 ベールは変わらず、その端麗なる美貌に哀しみの翳りを湛えている。

 敬慕してやまぬ女神の様相に、アイエフもまた従うように陳謝の表情を浮かべるのだった。

  

「私だって、ベール様のもとへ行きたかった……でも私はどうしても、ネプ子を待っていたくて……」

 

 一年前。

 崩壊するとばかりに激震する天界の中で、「必ずマジェコンヌを救って一緒に帰るわ」とネプテューヌは誓い、一人残った。

 その言葉を信じ、彼女に先んじて天界より脱出した自分達であったが。

 時の流れと共に、旅の仲間達は一人また一人と、プラネテューヌより去っていった。

 そんな彼女らとは異なり、アイエフはコンパと共に待ち続けたのである。

 ネプテューヌが帰還する、その日を信じて。

 元来寄る辺なき旅人であったアイエフであったが、プラネテューヌに駐留するにあたり諜報員という職務を得た。

 だからといえ、憧憬するベールへの思いが色褪せた訳では無い。

 

「けれど、私はいつだってベール様を忘れた事なんて……」

 

 会えぬ時が日を追うごとに増すたび、再びまみえる日を一日千秋の思いで募らせていったほどである。

 

 

「わかっております、冗談ですわ」

 

 柔和に笑みながら、ベールはいらえた。

 その顔に、先ほどまでの悲哀は一切伺えない。

 言葉通り、冗談であったのだろう。

 

「確かに残念だったのは本当ですが、他ならぬあいちゃんがお決めになったことですもの。わたくしにできるのは、その道を応援することだけです」

「ベール様……ありがとうございます」

 

「けれど、待ち焦がれていたのもまた事実。久しぶりのあいちゃんを、堪能しませんと」

「あっ」

 

 そして再び、アイエフの身体を包むベールの腕に力が篭る。

 抗いがたいその拘束に、身を任せるよりなく。

 肉体は昂ぶり、ベールのあまやかなる香りが鼻腔をつく。

 高揚する歓喜と共に、己の肉体もまた熱を帯びてゆく。

 

「そんな、強く抱きしめすぎですっ……」

 

 ごくりと、溢れるつばを飲み込んだ。

 どろりとしたそれが喉を滑り、滴り落ちていくのを感じながら、ベールの温もりを享受する。

 

 

「嗚呼……癒されますわ。生き返りますわ」

 

 身魂が高揚するのを感じながら、ベールもまた全身で歓喜した。

 服越しに伝わるアイエフの肉体の感触を貪ってゆく。

 腕の中で、子猫のような息づかいを見せる少女の体を。

 

 ぎゅー。

 と、一入の力で抱擁する。

 そしてついに。

 最愛の女神ベールの豊満な胸の中で――アイエフは昇天した。

 

「ベールさまぁ、あっ……は、はうぅ~~~~」

 

 ヘブン状態である。

 

 

 

「っっだああああ、テメエらァ、さっきから何してやがるンだっ!」

 

 何者の侵犯も許さぬ、ベールとアイエフの二人だけの花園に、ブランの咆哮が迸った。

 黙って聞いていたが、もはや我慢ができない。

 そんな様子――事実、その通りであったのだろうが――で。

 

 

「あら、見て分かりませんの?」

「分かりたくもねェよっ。相変わらず、ピンクい空気出しやがって」

「し、しあわせぇ~~~・・・」

「テメエもエロい声だしてんじゃねえ!!」

 

 もはや身も心も蕩けているアイエフにも、叱咤を飛ばす。

 たとえそれが、本人の耳には届いていなかったとして。

 

「騒々しいですわね。せっかく一年ぶりにあいちゃんを抱きしめて、体力の回復をしておりますのに」

「んなもん見せられちゃ、こっちの体力が回復しねーんだよッ」

「まあ、嫉妬ですの? 何を言おうと、あいちゃんは絶対にお貸ししませんわよ」

「いらねえよ!」

 

 

 確かにベールとブランの織り成す乙女空間は、この場にそぐわぬものであった。

 そんな不埒を叱責するブランの行為自体は賛同したいところではあったが。

 ノワールにすれば、かしましく騒ぎ立てるという点において、ブランもまた同類であった。

 もはや相手にするまい、こちらはこちらで話を進めよう――と、喧しいあちら側から極力意識を除外して、ノワールはイストワールとの会話を続ける。 

 

「つまり、あの女神は普通に戦ってもダメ……ってこと?」

「はい、簡単に言うとそういうことになります」

 

 宙に浮かぶ史書イストワールは、こくりと頷き自論を述べる。

 

「みなさんが戦った異次元の女神さまが元いた世界……そこには、世界でたった一つの国が存在するというお話でしたね」

「ええ。世界唯一国プラネテューヌからやってきた、パープルハート……はぁ、考えるたびに頭が痛くなるわね……」

 

「世界を統一する国で信仰される女神さま……それは言い換えれば、ゲイムギョウ界のほぼ全ての信仰を一身に受けているのではないでしょうか」

 

 あるいは、ほぼではなく完全に、と付け加えながらイストワールは言葉を続ける。

 

「だとすれば、彼女を倒す事は不可能です」

 

 女神の力の源とは、現世に生きる人々の信仰の力――シェアエナジーである。

 その多寡により、女神の力の総体が決定づけられるその理は、四女神に例外無く共通する。

 ゆえに。

 別の次元から飛来して来た女神……パープルハートにもまた、その概念は同じく適用されるのではないだろうか。

  

「向こうの世界から、無限のシェアエナジーの供給を受けていると考えられます」

 

 『向こう側』の次元を満たす、シェアの奔流。

 それは、次元を超越して臍の緒に繋がれた胎児のごとく『パープルハート』に流れているのではないだろうか。

 

 シェアエナジーを一身に受けると思われる、異次元の女神。

 かつてそれを奪い合い、他女神よりも多くのそれを競っていた自分たちに置き換えれば、よりその存在への理解が深まる。

 単純な話である。

 もし自分が、自分達が同じ存在であったとしたなら? 

 論ずるまでも無い。

 それは即ち最強の存在である、ということに他ならないのだから。

 

 そこまで思い至り、ノワールは身震いした。

 

「そんなのと戦ってたなんて……道理で、私たちが束になっても勝てない筈よ」

 

 自分達は果敢に戦いを挑んだが、その結果は敗退を喫するに終わった。

 だが、そんな未知の大敵から全員無事に逃げおおせたのは十分な戦果であったのかもしれない。

 なぜか敵が、自分を殺めようとした刹那にそのとどめを躊躇った……ように見えたなど、不可解な点もあったが。

 

 

「私達に、打つ手は無いのかしら」

「いいえ」

 

 そんなことはない、とイストワールはかぶりを振る。

 

「倒す必要はありません。女神さまたちを倒そうとする彼女を、なんとかして鎮めることができればいいんです」

 

 『パープルハート』を包み護る、シェアエナジーの強固なる外装。

 彼女を消耗させてこの世界における存在強度を弱めれば、或いは追い返すことも可能となるかもしれない……と、イストワールは付け加えた。

 

 ならば、ベールが隙を作り、ブランが致命打を与えて、自分が追撃しようとした先の戦闘は、存外敵を良い線まで追い詰めていたのかもしれない、とノワールは考える。

 だがその結果は、敗退に終わった訳だが。

 

「けど、私達が束になっても勝てなかった……それに、しばらくは動けそうに無いわ……」

 

 ものの見事に返り討ちとなり、戦いを挑んだ三人の女神は負傷してしまった。

 己の不甲斐なさに苦い思いをするノワールであったが、その苦衷を和らげるように声を張る者がいた。

 ネプテューヌである。

 

「だいじょーぶ!。こんどこそわたしの出番、って事だねー。やっぱり真打は最後に登場しないとね」

「……まるで私達が数打ちみたいな言い方をするわね」

 

 自分達が前座であるかのような物言いを看過するほど、ノワールはお人好しではない。

 

「大体、あなただって同じようなものでしょ」

 

 自分達が『パープルハート』と交戦したのは数時間前だが、ネプテューヌが敗北したのはほんの数日前である。

 体力が消耗してからの敗戦であった事に加え、怪我を押して自分達の救援に駆けつけてくれたのである。

 これでネプテューヌが療養に努めていてくれたなら幾分違っただろうが、それこそノワールらの調子と大差はあるまい。

 

「まったく無茶をしたものです。あれほど、安静にしていてくださいと言っておきましたのに……ともかく、異次元の女神さまは 明日の朝にはやってくるでしょう」

「まさに、暁の決戦ってやつだね」

「ネプテューヌさん一人にお任せしてしまうのは非常に心苦しいですが、どうかお願いします」

「だいじょーぶ、主人公オブ主人公にまかせなさーい!」

 

 どんと、胸を叩くプラネテューヌの姿に、イストワールは不安を禁じえない。

 

 

「ですが、悪い知らせばかりでもありません。先ほど、病院でマジェコンヌが目を覚ましたそうです」

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