超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) -   作:倉公

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彼女が少女に捧げる信仰

 窓の向こうの景色は折りしも暮れなずみ、今にも夜の帳が下りようとしていた。

 影の落ちる街並みは、夜空に輝く星群の光に似て灯りが映える。

 

 立ち並ぶビル群の光源や、道に添えられた無数の街燈たちが、麗美たるプラネテューヌの夜景を演出する。

 そしてこの病室と病院もまた、そんな夜の世界を演出する一部である。

 

 その風景を、綺麗だなと思いながら、ベッドの上から半身を起こしてマジェコンヌは眺めていた。

 数日前にネプテューヌと共に戦い、傷を負ったマジェコンヌが運ばれたのがこの病院である。

 

 今しがた目覚めたマジェコンヌに、『手当ては無事に終了したです。後遺症はもちろん、傷跡だって残ってないです』……と、主治医と共に治療に携わってくれたコンパは言っていた。

『あしたの朝には、退院できるです』とも。

 

 その言葉どおり、剣にて貫かれた腹部には傷痕はおろか、痛みさえも存在しない。

 まさに完治。

 

 三日前、ネプテューヌを庇い負傷した時は失命さえも覚悟したものだが……完全なる杞憂だったようである。 

 自分が意識を失っている間に手術と治療の全てが終わり、後は患者の意識の快復を待つだけで……それも果たされた今となっては、これ以上この病院に留まる理由は無い。

 日常生活への復帰も即可能となれば、コンパの言う通り明日の朝には退院しよう――と考えたところで。

 

 突如。 

 

 廊下を蹴り、ばたばたっと慌しく走る足音が聞こえて来る。

 と思いきや、それに負けぬ騒々しい声が、病室の静謐さを破壊した。

 その破壊者の名はネプテューヌである。

 

 

「マジェっち~~~~~~!」

 

 

 大声を上げ入室するやいなや、リノリウムの床を蹴り跳躍。

 ネプテューヌは白い弾丸と化する。

 その標的は自分……とマジェコンヌ悟ったと同時に、少女サイズの弾丸は的を狙い打った。

 ベッドの上のマジェコンヌを目がけて飛んだネプテューヌは、着弾と同時に両腕を伸ばして抱きついた。

 

「ごふっ」

 

 堪らず咽いだのはマジェコンヌである。

 治癒したばかりの腹部に走る衝撃は、痛みこそ無いものの鈍い重みを伴うものだったから。

 呼吸を整えつつ、飛び掛ってきた女神を睨みつけた。

 

「ネプテ……ューヌ……どういう、つもりだ」

「いやあ、ゴメンゴメン。一人で退屈してたんじゃないかと思ってさ」

「それはまあそうだが……だからといって、治療を終えたばかりの人間に突撃するバカがあるか」

「マジェっちが助かったのが嬉しくって、ついね」

 

 

 抱きついた体勢のまま、こちらを見上げるネプテューヌの無邪気な笑みに中てられて、マジェコンヌの怒気も雲散霧消していく。

 その消えゆく怒りの残滓とばかりに、マジェコンヌは端正なその顔に苦笑を浮かべた。

 

 

「まったくお前という奴は。傷口が開いたらどうする気だ」

「すっかり治ったって、さっきコンパから聞いたからさ」

「まあ、その通りだが……誰のせいでこうなったと思っている」

 

 

 言葉とは裏腹に、その声音に難詰する響きは無い。

 マジェコンヌが医療機関の厄介となり、ひいては負傷した理由は論ずるまでも無い。

 殺害されかけたネプテューヌを助ける為に、その身を挺して庇い負傷した……その事に、誰に非がある訳では無かったのだから。

 それは、マジェコンヌもネプテューヌも互いに理解する所であったが。

 

 

「いやあ、あの時マジェっちがあんな無茶するなんて思わなくて」

「仕方が無いだろう。お前が、殺されかけていたとあってはな」

 

 フンと鳴らしながら、マジェコンヌは話題を移した。

 マジェコンヌが治療を余儀なくされた原因。この度の事件の、そもそもの発端へと。

 

「ところで、『あの敵』はどうなったんだ」

「絶賛苦戦中だよ。さっきノワール達も戦ってくれたんだけどね。なんか明日の朝にはプラネテューヌにまたやってくるって、いーすんが言ってた」

「そうか」

「というワケで、わたしだけで戦うことになっちゃったんだよね」

「そうか」

「でも、この前みたいにはいかないよ。今度こそやっつけちゃうもんねー!」

「そうか」

「なんたってわたしは……って、さっきからなんなの? その生返事は。わたしが勝つって、信じてないでしょ?」

 

 むー、と頬を膨らませるネプテューヌを見下ろしながら、マジェコンヌは首を横に振った。

 

「いいや」

 

 

 そして、彼女の唇は紡ぐ。

 胸の内に秘した、ささやかなる信奉を。

 

 

「私はお前を信じているさ。誰にも負けないと、絶対に勝つのだと。ああ、つまり……『信仰』している。お前はあのとき私を倒し、救ってくれたんだ」

 

 かつて、四女神を弑逆しようと姦計を巡らせた。

 魔王ユニミテスなる異形神を創造し、あまつさえ四大陸を諸共に滅亡させようとした過去がある。

 

 マジェコンヌが犯したその大罪は到底許されるものでは無い。

 

 四女神と、集った数多の勇者達がその大逆者を討とうとしたのは当然のことであっただろう。

 だが天界での死闘の最中、眼下の少女が抱いたのは打倒の意思ではなく救済の願いだったのだ。

 かつての姿を取り戻した当初、困惑を覚えこそすれど喜びなど抱けようも無かった。

 

 欲望に溺れる魔人に堕ちた罪が赦されるなど、望外の幸福に他ならぬから。 

 

 

「だからこそ……私はいま、生きている」

 

 

 故に己は、ネプテューヌに救われた、あの日の万感を決して忘れはしない……と、マジェコンヌは考える。

 異形に堕ちた己の身を、遍く降り注ぐ光のごとく手を差し伸べ、助け出してくれた女神ネプテューヌ。

 だからこそ、この胸にプラネテューヌ国民の矜持がある限り、無限の信仰を捧げると誓いを立てたのだから。

 

 

「だが。あの敵が持っていた黒い剣……あれには気をつけろ」

「それって、この前も言ってたよね。たしかにあんなにおっきいので刺されたり斬られたりされるのは嫌だけど、なんで?」

「ああ、それはあの時――」

 

 

 

 マジェコンヌは回想しながら語りだす。

 

 あの時――数日前にプラネテューヌに降臨した、謎の女神と対峙した時……絶大な力を持つ敵に対抗するため、咄嗟に能力模倣の力を行使した時のことである。

 敵の情報をスキャンした瞬間、この身に宿した敵の力と共に、膨大なるデータの奔流が脳裏へと流れ込んだ。

 

 それは恐らくは、読取った敵女神の持つ記憶。

 深遠にして超大なるそれは、マジェコンヌの脳を震撼させた。

 

 

 

「…………ともあれ、行ってくるがいい」

 

 ほどなくして、思う所を語り終えたマジェコンヌはその言葉を激励へと変じた。

 明日の朝には再襲来するという敵女神と対峙するという、ネプテューヌへ向けて。

 

「勝って来い。お前は無敵の主人公オブ主人公、なのだろう?」

 

 かつてネプテューヌ自信が口にしていた言葉を聞かせる。

 今は誰よりも、それを信じるマジェコンヌであるが為に。

 そしてネプテューヌは、一言も口にせず、マジェコンヌの言葉に静かに耳を傾けている……と思いきや。

 

 

「…………ねぷぅ……ねぷぅ……」

 

 

 気持ち良さそうに、寝ていた。

 

 

「…………………………………………って、オイ」

 

 

 いつから眠っていたのかは気づかなかったが、思わずつっこみをいれずにはいられない。

 ネプテューヌを信仰している――などという胸の内を晒したにも関わらず、当の本人は抱きついた体勢のまま寝息を立てているのだから。

 

 しかし、それも無理からぬこと。 

 モンスターの異常現象の対応に連日追われ、心身共に疲労困憊していた所に別次元の女神の襲撃を受けたのだ。しかも明日の朝――現在は夜である為、もはや数時間程度しか猶予は無い――には最後の決戦に赴くのだという。

 体力など、幾ら回復してもむしろ足りないくらいだろう。

 故にマジェコンヌは、苦笑して現状を受け入れる。

 

「まったく、お前という奴は。これでは眠れんではないか……だがまあ、しかし」

 

 飛び込んでマジェコンヌの腹部を抱きしめた体勢のまま、すやすや眠るネプテューヌ。

 図らずも、少女に抱きしめられる体勢になってしまっている。

 

 そんな彼女の小さな身体を、マジェコンヌは見下ろして……その頭にぽんと右手を当て、撫ぜて、微笑と共に呟いた。

 

 

 

「女神の抱擁、悪くはなかろう」

 

 

 清涼的にして理知的な美女と、天真にして明朗なる少女。

 睦ましげに触れ合う二者は、さながら母子像にも似ていた。

 

 

 そしてマジェコンヌは知る由もない。

 十分ほど前にネプテューヌが勢いよく開け放った、病室のドア。

 所在無げに開いたままその影から、恨めしげに、羨ましげに、自分達を見つめている者がいた事を。

 

 

「マジェコンヌさんばっかり、ずるいですぅ~……わたしも久しぶりに、ねぷねぷとゆっくりお喋りがしたいですぅ……」

 

 

……と、当病院に勤務するコンパが、ささやかな嫉妬の炎を弄んでいたことを。

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