超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) - 作:倉公
そして、プラネテューヌの都市に朝が訪れる。
西の空に明けの明星が輝き、昇る太陽が夜の世界の終わりを告げる。
空気は清らかに澄み渡り、沙耶かなるそよ風さえも高らかに響き渡りそうなほどに透き通っている。
しかし。
そんな侵しがたい早朝の静けさは、突然に破られることとなる。
プラネテューヌの女神、ネプテューヌの仕業である。
「おっはよーございます、プラネテューヌのみなさん!
世界中でモンスターが大暴れしたり、この前も空から謎の女神がやって来たりと、
不安な日々をお過ごしだと思います。
その異次元の女神は、このプラネテューヌを目指して今もやってきています。
なんか、わたしたち女神を倒したいみたいです。
けど、だいじょーっぶ!
これからわたしが、ちょっとやっつけて来るからね!
だから、信じて欲しいな!
わたしが、絶対に勝つってね!」
都市の中央部にある広場に急遽設置された演説台の上から、ネプテューヌは声高らかに言い渡した。
壇上に備えられたマイクは、ネプテューヌの甲高くバイタリティ溢れる声を何十倍にも高めた。
まさしく街中に響き渡ったその声明。
時間帯が時間帯だけに、まだ街中に人通りは少なく、まばらである。
当初はネプテューヌの演説に耳を傾ける者などほぼいないだろうと思われたが、しかし。
いつの間にか、ネプテューヌを取り囲むように、少なからぬの住人達が集まってきていた。
都市の中央部に穿たれたように存在する、この広場を埋め尽くすほどの住人達が。
「いいぞー、女神さまー!」
「きゃーパープルハートさまー」
「ロリっ子……じゃなかった、パープルハート様、お気をつけて!」
「ねぷちゃん! コロッケ用意しておくから お昼ごはんまでには帰ってきなさいね?」
老いも若きも男も女も、果ては教会職員や総菜屋の店主まで、とりどりの声援を送るのだった。
「みんなー、ありがとー!」
国民達の声を受けて壇上よりネプテューヌが手を振れば、周囲に集った人間達は挙って鬨の声を上げる。
プラネテューヌの街中に、万雷に響いたそれは、あたかも凱歌であるかのように。
相変わらず暢気で、ポジティブな国民達だと思いながら、ネプテューヌの傍らを浮遊するイストワールはその光景を眺めていた。
一年前もパープルハートの死を騙るマジェコンヌの虚言に弄されながらも、次の瞬間にはパープルハートの存命を信じた国民達である。
結果として、それが女神の力を失ったネプテューヌに新しい力を授ける事となったのだが。
「さすが、ネプテューヌさんが治める国の住人の方々だけはありますね」
子は親によく似るとは古来よりよく言うが、大らかな国民性も能天気なネプテューヌと似合いといえば似合いである。
「でしょー? これもやっぱりー、わたしの人徳ならぬ女神徳、カリスマってやつだねー」
誇らしげにどん!と胸を叩くネプテューヌに、イストワールはふはあと溜息を禁じえなかった。
プラネテューヌを統治するネプテューヌの詔(みことのり)を、直々に伝える為に設けたこの場。
イストワールの進言により行ったこの玉音演説は、何も不安に暮れる国民らの慰安だけが目的では無い。
魔王ユニミテスへの恐怖を、即座にパープルハートへの信仰へと転じた際に生じたシェアエナジーの共鳴。大いなる力をネプテューヌに注いだその奇跡の再現を企図したものである。
無論のこと一年前の戦いにより、既にネプテューヌとプラネテューヌ国民の信愛は確固たるそれとして結びついている。
すでに国民らは自らの意思で、ネプテューヌをまこと仰ぐべき女神として認め、求めたがゆえに。
だからこそ、その信仰の再認識――女神パープルハートは何者にも負けぬという想像の力を抱かせる。
これより異次元のゲイムギョウ界の女神に対抗する、ネプテューヌへ施す強化策として。
「カリスマ、ですか……まあそれはいいんですが、ネプテューヌさん。具体的な勝算はあるんですか?」
「心配性だなあ、いーすんは」
「心配の一つだってします、というか心配しかないですよ。ほんの数日前、あの女神さまにコテンパンにやられたばっかりじゃないですか」
「あの時は本調子じゃなかったの! こんどはだいじょーぶだって。それに」
「それに?」
「わたしには見えてるよ! 主人公たる、わたしの勝利のイメージがねっ!」
「いや、ですから具体的な…………はあ。まあ、いいでしょう。どうかお気をつけて」
黙って信じていろとばかりに自信満々な女神の様子に、イストワールはそれ以上の言葉を重ねる事は出来なかった。
匙を投げた訳では無い。
もとより、全てを託すネプテューヌの勝利を疑ってはいないのだから。
持ち前の明朗さと宇宙開闢<ビッグバン>すら起こしそうな溢れるバイタリティで、幾度も幾度も降り注ぐ逆境を跳ね除けてきたのだ。
壁を乗り越えるどころか破壊さえするような、破天荒な女神の勝利を黙して信じる。
今までのように、此度も、また。
そしてそう考えるのは、イストワールだけでは無い。
「ごめんなさい、ネプテューヌ。結局、あなたに全てを任せる形になってしまって」
「決着は、お任せしますわ。戦う事はできませんが、その代わりに」
「わたし達も、祈るから。あなたの国民達と、一緒に」
壇上に上がったノワール、ベール、ブランが、それぞれの激励を述べる。
ノワール達が『パープルハート』に戦いを挑み敗れたのは、つい昨日のこと。
その際に負った損傷は激しく、今しばらくの療養を必要とする為に参戦は不可能であった。
だからこそ、せめて一人戦いに赴くネプテューヌの勝利を信じる。
この世界を守護する女神として。
そしてその想いを託すのは、三女神だけに留まらない。
かつて共に旅をし、戦った最初の仲間にしてかけがえなき友人達……コンパとアイエフである。
「しっかりね、ネプ子」
「がんばるですよ、ねぷねぷ!」
女神らと同じく演説台に登ったコンパとアイエフの応援に、ネプテューヌは破顔した。
「ありがと、こんぱ、あいちゃん! やっぱり最後は、わたしが決めないとね」
この場に、悲痛さも悲壮さも欠片も存在しない。
みな誰もが、当たり前に信じているのだ。
ネプテューヌの勝利とその帰還を。
信愛する国民達と、絆で結ばれた仲間達に見守られながら、この朝に勝利を誓うネプテューヌ。
そしてその誓いを違えぬ為に、現実のものとして勝ち取る為に――ネプテューヌは、その身を光に包み、その姿を変える。
プラネテューヌの守護女神、パープルハートへと。
「それじゃ、そろそろ行ってくるわね。みんな、また後で」
凛とした声でこの場の全ての者の耳朶を打ち、ほどなくしてネプテューヌは飛翔した。
青く煌めく、眩しい空へと。
天に飾られた太陽は、気づけば柔らかなそれから燃え立つばかりに輝き始めている。
そして今はまだその姿は見えないが、その陽光の彼方から再び異次元の女神が迫っているという。
彼女と、最後の決着を着ける為に。
折りしもマジェコンヌは、つい先ほどまで世話になっていた病院を後にした際に、その姿を見つけることとなる。
変身し、翼を広げ大空へ向けて羽ばたくネプテューヌを。
昨夜彼女が言っていた通り、ただ一人で最後の戦いへ赴く事を思い至った。
治療を終えたばかりの自分もまた、ノワール達と同じくネプテューヌと肩を並べて戦う事はできないが……ノワール達とまた同じく、せめてその勝利を祈り信じようと、その胸の内に息づく信仰を強めるのだった。
そも、『信仰』とは何か。
国を守護し、統治する女神を敬い、礼賛し、跪拝する。
言葉で表せば端的な行為はその実、決して容易なことでは無い。
己以外の何者かを信じ仰ぐとは、即ちその存在に対して己の全てを捧ぐことである。
ゆえにこそ、人々の意思が織り成すシェアエナジーは、このゲイムギョウ界において絶対にして確固たる力として顕現される。
そして女神は、人間の信仰を受け、その総体を己の力とする。
その女神の神威に触れ、捧げる信仰を更に強くめ、その純度を増す人間たち。
人間と女神の間にあるシェアの流れが一方では無い以上、互いを引き揚げる相互関係が成立する。
言うなれば女神とそれに連なる人間――つまり、このゲイムギョウ界に存在する国とその守護女神、その信徒たる国民達――は、群体であり軍勢である。
信愛を媒体に、無限の力を授け合う絆の総軍<レギオン>。
ネプテューヌ風に表現するなら、絆百倍の最強パーティ……といった処か。
そして彼女――マジェコンヌもまた、そんな人間達の一人である。
己が唯一神と崇め奉る、パープルハート――ネプテューヌの爪牙としてあり続けること。
それこそが、今の自分が持つ最大の矜持であるがゆえに。
マジェコンヌは知っている。
一見すれば女神としての神聖さなど無縁な、やかましい御転婆娘たるネプテューヌ。
だがその心魂の根底にあるのは、他者への配慮や慈愛であり、信じ愛する者たちの為ならば自分自身さえ容易く犠牲にする。
そんなネプテューヌだからこそ先の戦いにおいて多くの仲間達が彼女の元に集い、かつて魔道に堕ちた自分を倒してくれたのだから。
だからこそ、今はネプテューヌをただ一筋に信じるのだ。
シェアエナジーとは、このゲイムギョウ界に住まう全ての人間達の総体。
人の心は移ろいやすく、極めて流動的である。
留めれば散る風のごとく、溜めれば溢れる水のごとく。
故にこそ、その人の意思や願いを集い束ねたシェアの力は、このゲイムギョウ界に於いて絶対なるものとなるのだ。
要となるのはその絶対数であり、一人の人間風情が捧げられるものなど、たかが知れている。
だが、だからこそ。
捧げるのだ。
ネプテューヌを信仰する、他のプラネテューヌ国民らと同じく――否、彼ら彼女らに負けぬほど、強い祈りの力を。
命が燃えるまで、強く、強く、強く。
――私も祈ろう。誰よりも強く、お前を信じさせてくれ
――この祈りが、願いが、お前の力となるのなら。
――捧げ尽くそう、私の魂が枯れ落ちるまで。
生きとし生けるもの達、誰しもが持つ魂<アニマ>。
その欠片まで捧げ尽くす信徒でありたい。
この身が老いさらばえ、朽ち果てる最期の刹那まで、ネプテューヌに信仰を捧げる者でいたいから。
瞳を閉ざし、闇に塞がれた視界の代わりに思い浮かべる。
女神ネプテューヌの力を、その勝利する姿を。
冀わくば、 我が救済者に祝福を……と。
いと高き救いの奇蹟をこの身にくれた、あの彼女に捧げると誓ったのだから。
それが。
それこそが。
「女神<あの子>に捧ぐ、私の報恩だ」
瞳に蓋したまま、誰にとも無く呟いた。
強いて言うなら、他ならぬ自分自身へと告げたというべきか。
ネプテューヌこそ、己が全てを捧げ尽くす女神に相応しきと認めるゆえ、迷いは無い――その思いを、再認識する為にも。
かつて世界を破滅に導こうとした己が、厚顔無恥にもそれを行うこと。
その愚かしさは、マジェコンヌ自身が痛いまでに熟知している。
だからこの信仰は、決して清らなるものでは無い。
刑罰に過ぎない。
かつて犯した罪過の償いに殉じる、一人の贖罪の女(マルガレーテ・グレートヒェン)。
今の自分は、そうしたものでかまわない。
ネプテューヌに唯一無二の信仰を捧げられる今の自分が置かれた立場こそ、無期なる終身の刑に他ならぬから。
本人の弁通り、ネプテューヌこそ至大至高の主人公オブ主人公。
ネプテューヌ本人にとっても、マジェコンヌ自身にとっても。
ならば自分は、そんな無敵の主人公を信じ続けるものでありたい、自惚れたい。
そう、マジェコンヌは考える。
「だから、お前の勝利を――」
再び、想いを唇が紡ぎ音とする。続く言葉は、再び胸裏で語りながら。
――見せろ。全ての女神を亡ぼすなどという、そのふざけた渇望を叩き返してやれ。
眼を開けたその瞬間、もはやその深い緑色の瞳に、羽ばたくネプテューヌの姿は映っていなかった。
今頃は、目指し飛んだ異次元の女神と戦っているのだろうか。
――来るがいい、邪神輩パープルハート。
――貴様は負ける。
――私達が祈りを託した、私達の女神<ネプテューヌ>が、必ずや貴様を倒すのだから。