超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) -   作:倉公

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第二章 来訪の異神
アヴニールの残影


 ゲイムギョウ界にある四つの国のひとつ、『重厚なる黒の大地』ラステイション。 

 重工業が盛んな国家である。

 その国色が示す通り、都市の街並みにも工場が多く並ぶ。

 その有象無象たる工業地帯の中に、その工場はあった。

 名を、『パッセ』という。

 ネプテューヌ一行がエンシェントドラゴン退治に尽力していた同日の夜。

 今宵の舞台は、その小さな町工場に隣接された、小さな大衆食堂である。 

 

 

 硝子の洋盃。

 手にしたそれは、さながら掌の中の透明なる宇宙。

 そしてその空間を湛える、さらに透き通った無色の液体。

 

 澄み渡りながらも、同時に泥濁しざらめいたそれは、

 さながら宇宙に満ちた依的児<エーテル>か。

 

 現に、それを握る手を少し揺すれば、阿諛追従する形で内部の液体は小波を立てる。

 であれば、店内にあるカウンター席に陣取りその洋盃を手にしているその男こそ、この小さな宇宙の主であると表するに相応しいだろう。

 その宇宙の主――ガナッシュは、コップの中で無数の気泡を立て静謐を保つその液体……酒を無感動に一瞥し、一気に飲み下した。

 

「ごふっ…………ふぅ」

 

 喉奥を疾走する度数の強さに一瞬咽かけるも、辛うじて堪えた。

 が、直後に脳漿を刺激する痺れのような感覚に見舞われる。

 

 それは甘美な眩暈であり、意識が遊離しかける。

 己が己で無くなるような、奇妙な感覚。

 しかしそれは何よりも心地好く、酒を呑む上での愉悦であった。

 

 こつり。

 と、槌を振り下ろす勢いでテーブルにグラスを打ち付けるや。

 

「すみません、もう一杯」

 

 一息つく間もなく、店員へと追加の注文をする。

 カウンターの奥で作業をしていた店員――シアンは、訝しげに尋ねた。

 

「ずいぶんと良い飲みっぷりだけど、大丈夫か?」

「ええ、もちろん。お勘定の心配は無用ですよ?」

「そういう事じゃないって。酔い潰れるなよってことだ」

 

 

 オウガ・スレイヤー。

 先ほどガナッシュが一息に喉奥まで収めた酒の名である。

 この酒は極めて度数が高い。

 その名の由来は己の内に巣食う鬼を屠るとも、飲み下した鬼本人を殺すとも、呑んだ者に鬼をも超克する力を授けるとも言われている。

 曰く、オウガ・スレイヤー。

 しかし今宵、ガナッシュがこの酒に求めたのは悪鬼殺しの神通力ではなく、激烈な度数のアルコールという側面だけであった。

 

 

 閑話休題、シアンの大丈夫かという質問は酒代の心配ではない。

 

 今宵、この店に訪れている唯一の客――ガナッシュが、ラステイションの統治者たる女神ブラックハートこと、シアンの友人たるノワールの部下である事は無論のこと承知している。

 とはいえこの零細食堂たる店はシアンの母が、工場の仕事の片手間に切り盛りしているのだから、言うまでも無く金勘定に関しては厳正ではあるが。 

 シアンの問いが、酒を一気飲みした客――ガナッシュ自身の体調を案じたものであると、当の本人は漸う気づき、言った。

 

「どうかお気になさらず。仕事で少々ありましてね……非常に飲みたい気分なんですよ」

 

 憂さを晴らす――といえば聞こえはいいが、所詮は一時的な誤魔化しでしかない。

 侭ならぬ浮世の世知辛さから来る苦悩を、微苦くも甘美な美禄を飲み下して緩和する。

 

 酒を呑む愉しみとは、概してそのようなところにある。

 古来より酒を呑む人種のそれは変わらない。

 

 とどのつまりは、現実からの逃避。

 即ち酒とは、夢をみるための道具である……と愚考する人間は少なからずあり、ガナッシュもまたその一人であった。

 

 心の奥底へ溜まった鬱憤や不安を、激烈な酒を呑み逃避することで紛らわす。

 ガナッシュは生来酒を多飲する性質ではないが、ノワールの下へ帰順する前にはそんな日々を送ったことがある。 

 決してたどり着けぬ夢想への一時的な逃走……

 

 それはかつて、夢見る白の大地ルウィーに憧れ、その守護女神ホワイトハートを信仰していた己に、果たして相応しいのか反しているのか。

 その二元論で語るのならば、それは当たり前のように否、だろう。

 

 それは、かつて抱いた自分自身の憧憬を陵辱しているに他ならないから。 

 子供から老人までが心豊かに暮らす、かの雪原の国。

 幻想的であり牧歌的であるその国家を、浅はかにも酒に逃げる己の姿と、同列に語ること自体が冒涜なのだ。

 と、自虐気味に愚考したところで。

 

「シアンの言うとおりだ。そのあたりにしておけ」

 

 がらりと店の引き戸を開けて、今宵の二人目の客が来店した。

 

「ピッチが速すぎる。良くない酒の飲み方だ。隣は……空いているようだな。座らせてもらおうぞ」

 

 実に手馴れた様子で、その来客たる熟年の男性――サンジュはガナッシュの隣の席へと腰掛ける。そして同じく慣れたように店員へと注文をす

る。

 

「シアン。私も、彼と同じ物をもらおう。今だけは客にしてくれ」

「ああ。それは別にいいけど、あんまり呑み過ぎるなよ? 明日も仕事があるんだからな」

「分かっているさ。一杯だけだ。それくらいは許してくれるだろう? シアン社長」

「社長はやめろよ。今は、客なんだろ」

「そうだな、ああ。そうだとも」

 

 この食堂は主にシアンの母が切り盛りするものではあるが、その娘であるシアンも及ぶ限りその業務を手伝っている。この食堂の利益もまた、彼女らの家の家計簿に増減を齎す重要な収入源である為に。

 

 ガナッシュは酔い痺れる脳を僅かに動かし、隣の男を見やる。

 煤などを被り汚れ、縒れて草臥れた作業服。

 焦げ茶色な油に塗れた、肉刺だらけの手は痛ましげでもある。

 考察するまでも無く、一仕事終えたのだろう。

 この食堂の隣に建つ、シアンが社長を務める工場の一作業員として。

 嗚呼これがかつての自分の上司の姿かと思えば、全身に酔いの回ったガナッシュは何とはなしにふん、と鼻で一笑してしまった。

 

 そんな先客の不遜を知ってか知らずか、サンジュは前置きを省いて語りかける。

 

「何やら、行き詰っているようだな」

「……ええ。煮詰まっているところですよ」

「煮詰まる? それは本来、物事が完遂する一歩手間の状態を差す言葉だ」

「……」

「今の様子のお前が使うにしては、適切ではない言葉だな」

「…………おっしゃる通りで」

「だが見たところ、今のお前はその両方のようだとも見える」

 

 サンジュのその発言に、ガナッシュの眼鏡の奥の双瞳は僅かに瞠目する。

 確かにその通り、無職だった自分が女神ノワールの直属の補佐官に就けたのはまさしく僥倖であった。

 

 

「ええ。今の立場には満足していますから」

「なかなかに活躍しているようだな。お前が提唱した警備機械が各国に配備されているのは聞いている」

「しかしどれもが役に立っていないそうでしてね。凶暴化したモンスター相手にはまるで歯が立っていないそうでして」

 

 ヘビータンク・Ⅱ。

 かつてガナッシュらが所属していた企業の、第四重機倉庫に配置させていた自動戦車の改良型である。

 その企業がかつて開発、量産した兵器の大多数が現在では解体され影も形も残ってはいない。

 しかし謎の怪現象に翻弄される世界の支えにならんと、その戦車は過去より蘇らされた。

 ラステイション国内のみに留まらず、各国にも提供し凶暴化したモンスターの撃滅や国境等の警備。

 それが姿無く惰眠を貪っていた、機械仕掛けの蜘蛛に与えられ望まれた役目であった。

 加えて単なる再生機では無く、改良型<マークⅡ>。

 新たなる姿で戦場に立つその戦車は、さぞや勇壮に戦果を飾るのだろう、と。

 多くの者らの期待を一身に背負ったその巨体は、しかし残念ながらその期待の全てを裏切ることとなる。

 

 ヘビータンクの起用と再設計。

 女神ノワールにその提唱をした張本人は、今宵ここで無様に管を巻いている。

 愈々もって混迷を極める世界の窮地を前に、近日女神同士による会談が行われるという。

 女神が動く。

 それは自体の深刻さが如何ほどであるかを、雄弁に物語っていた。

 

「所詮、人間程度にできるのは限られているということですかね

「そうだな」

「まったく嫌気が差しますよ。自分の無力さに」

 

 口を吐き捨て、グラス内に駐留していた酒をぐいと飲み干す。

 ごふっ、とやはり咽かける彼がふと隣を見れば、同じくサンジュもグラスに口をつけていたところだった。

 無様にも咽るなどということもなく、サンジュはグラスの中身を半分ほども呷った。

 そして一呼吸置いたのち。

 

「所詮、我々は神ならざる身。やがては老いさらばえて死に逝く脆い命だ」

 

 語りかける熟年の男の瞳は、静かに続ける。

 

「悠久の時を生きる彼女らとは違う」

「まあ、普通の人間ですからね。私達は」

 

 そんなことは1+1の解は何かという算術を解くよりも明快だろう、そもそも何を言い出しているのだと思いながら、相槌を打つ。

 

「だが、そうでなくてはならん。女神達――あの方々とは違い、地に足をつけ歩むより他ない生き物だ。無様であろうとなんだろうと、な」

 

 

 かつて対峙したネプテューヌさんとかいう女神はそこらの御転婆娘にしか見えなかったがな、と心の内で密かに想起しながら、ぽつりと零す。

 

「いっそ人間も機械のようになれば楽なんでしょうけどね。そうなれば何も苦悩することなどもない」

「そうなりたいのか」

「まさか」

「だろうな」

 

 そんな事は分かり切っていた。

 如何ほど優秀な電化製品でも秀逸な兵器でも、所詮は機械。

 人の手あってこそのもの。

 かつてこの国内において最もそれに深く携わっていた彼ら二人には、痛ましいほどに理解が深かった。

 

「進めよ、ガナッシュ。自分が選んだ自らの道をな」

 

 今宵サンジュが注文したただ一杯の酒は、いつの間にか消え失せていた。

 

「罪の意識があるなら猶更だ」

「そしてそれはあなたも同じ……と。そう仰りたいのですね」

「その通りだとも。この国と工場で、生きる、一人の技師。私は、そうしたものでかまわない」

「私と同じく、このラステイションの為に、ですね」

「そうだとも」

 

 当然だとサンジュは首肯した。

 彼の返答通り、それは真実であった。

 故にこそ、一年前の折に四英雄の遺産のひとつ「マウスロープの双式巨銃」の改修……もとい、その伝説の武器の加護を継承した剣の鍛造に助成したのだ。

 それは今でも、彼にとって誇りである。

 

「ご金言……感謝しますよ、社長」

 

 先ほどサンジュより言われた言葉。

 そんなものは、もとよりガナッシュとて分かっていた。

 諭され開眼した訳でも無い。

 ただ今の自分は誰かにそれを言ってもらいたかっただけであり。

 偶さか幸運なことに、それがかつての上司の口から聞けた。

 それだけの事である。 

 

「気にするな。一度は同じ釜の飯を食った誼だろう」

 

 そして、互いに小さく笑みあった彼ら二人は。

 共にそのまま手にしていた、もはや中身の無くなったグラスを寄せ合う。

 その中身は、空洞ではあるが、虚無を意味する訳ではない。

 即ちこのグラスは、何を以っても注ぎ込める、どうとでもなれる、という事。

 あたかも今の自分達を象徴しているのだと言わんばかりに。

 それは、ささやかなる人間礼賛。

 

 かちり、と。

 

 ぶつけたグラスは、互いへの祝福であるかのように。

 しめやかな音が、ひそやかに店内に鳴り響かせた。

 

 

 かつてラステイションを占有していた企業があった。

 ラステイションの守護女神ブラックハートの長期不在を好機とばかりに、実質教会及び国家を牛耳りこの重厚なる黒の大地を我が物顔で闊歩していた。

 その企業の社長と重役という肩書きを務めていた男達の姿が、ここにある。

 その名自体が過去のものである以上、その首魁と幹部であった彼らは、両者共に昔日の栄光の残骸である。

 かつて、女神らがその企業の野望を阻止する為の会議場にも使ったこの店で。

 彼ら二人は今宵、互いの未来<アヴニール>に幸あらんことを誓い合うのであった。

 

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