超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) - 作:倉公
余震。
史書イストワールは、世界中で発生する一連のモンスターの暴走化現象をそのように仮定した。
先代の女神の化身であるイストワールは、ゲイムギョウ界中で発生したあらゆる事象を観測し記録する役目を持つ。
そんな彼女が『仮定した』と不明瞭な結論付けをしなければならなかった理由は明快である。
即ち、このような事象は過去に例が無いという事。
その事実が、今現在もゲイムギョウ界を脅かす現象の怪奇性を物語っていた。
しかし、真に戦慄すべきはそこから先にある。
それがただの怪奇であるならば、ただ不安がっていればいいだけでよかったからだ。
どのような物にも必ず原因と結果、因果関係が存在する。
突如として始まったモンスターらの兇変。その発生理由も何も、解明されていない。
つまりこれは、何らかの原因によって起こった末の結果なのではないか、ということ。
だが、そうであるなら更なる憂慮に悩まねばならない。
真の戦慄とはまさにこれを指す。
狂獣と化した魔物らを結果たらしめる『原因』。
それがまだ、その片鱗さえ見せていないのだから。
「ふむん。なるほど、だから余震ね」
「はい」
通信画面の向こう側で得心するノワールに、イストワールは答えた。
そして、更につけ加える。
「そういう意味では、前震であるとも言えますね」
「要するに『前触れ』、って事ね」
「もうしわけございません、このていどの推測を立てることしかできなくて」
「あなたが気に病むことじゃないわ。私達だって困惑しているもの、こんな怪現象生まれて初めてよ」
生まれて初めて、ノワールが発したその言葉は、人間のそれより幾らも重みが増す。
女神として数百年の時を生きてきたのだ。
そんな彼女が解らないならば、それは他の女神らも同様にならないだろう。
「ただ……」
「ただ?」
「強いて言うなら、汚染現象に似ているわね」
「ああ、言われてみれば確かに」
似ていますね、とイストワールは頷いた。
一般にバグ汚染、と呼ばれる現象。
ゲイムギョウ界に蔓延るモンスターは、稀に凶暴化する現象を見せる。
それを果たした個体は、汚染前とは比較にならぬほどの戦闘能力を獲得する。
周囲のモンスターにも感染率を上げて拡がってゆくそれは、彼らと対峙する者にとって脅威でもあり避け得ぬ事象でもあった。
「もちろん、今起こってる怪現象の方が性質が悪いけれど」
「まったくです」
凶暴化した上で知性を無くし、人間らの予想や常識を凌駕する狂獣達。
今も世界中で起こっているその現象に認識を改め、ノワールとイストワールは両者共に身震いを禁じえない。
「まさに異常よね、天災や超常現象と呼ぶに相応しいわ」
通信画面の向こうのノワールは己の言葉に頷いていた。
世界を惑わす怪現象。
人々を嘲る様にその暴威を振るう様は、まさに天災である。
「そういえば、先ほどの『前触れ』の話なのですが」
「どうしたの?」
「実は数日前から、プラネテューヌ上空に膨大なエネルギーの反応を感知しました」
「……膨大なエネルギー。もしかして、何かが来るかもしれない、ってこと?」
「はい。モンスターたちが見せている異常、それが原因なのかもしれないのです」
「モンスター達は、そのなにがしかに中てられて凶暴化していると言いたいのね」
「そのとおりです」
あるいは凶暴化は、獣達の『怯え』なのかもしれない、とイストワールは小さな胸で思う。
怪現象はまったく理由が無いものではなく、恐怖に駆られて我を忘れた末の暴走なのだとしたら。
「いずれにせよ、それは数日後の会議の折にみなさんで話し合いましょう」
「そうね」
通信画面の向こうのノワールは頷き、一言二言イストワールと会話を続けた後に通信を終了した。
数日後に、ここプラネテューヌにて催す四女神の会議。
いまだ衰えぬどころかその被害をいや増す一連の怪現象に、イストワールの進言のもと遂に行われる。
国難どころか世界を脅かす界難を、各国が足並みを揃えなければ乗り切れるものでは無いだろうから。
「世界は、どうなってしまうのでしょうか」
窓の外を見つめながら、一人ごちる。
先ほどの通信の主題でもあった、怪奇現象。
その猛威は今も、プラネテューヌの都市部を襲撃している。
今も窓の外の景色の中で、ネプテューヌ達が事に当たっているはずだ。
折りしも、遥か頭上に広がった空模様は曇天。
黒々と横溢する灰色の雲は、今にも泣き出しそうである。
この空の彼方から何がやってくるのか。
とても、検討がつかない。
プラネテューヌの都市部の一角は、今や修羅の巷と化していた。
突如として近隣よりモンスターの軍勢が都市へ侵入、大暴れの限りを尽くしていたのである。
その大半は総動員された教会の兵士らの尽力もあり撃退に成功したと先ほどアイエフから報告があった。
しかし少数精鋭で戦っていた者達――ネプテューヌ、マジェコンヌ、アイエフの三者は、今もって少々苦戦していた。
「させないよー!」
大声を上げながらのネプテューヌの斬撃。
背後から無防備にそれを受ける形となったスライヌは、なすすべなく息絶えた。
「大丈夫? ケガはない?」
撃破したスライヌの向こう側へいた存在……蹲っていた幼女へと声をかける。
ぴょいんぴょいんと飛び跳ねて襲ってくるスライヌに怯え、襲われるのを待つだけだと思っていたであろう彼女。
しかしその未来が訪れなかった事に惑い、自分を助けてくれた者を見るやその幼顔をぱっと輝かせる。
「あ……ぱーぷるはーと様!」
「危なかったね、間に合って良かったよ」
「あの、ありがとうございます」
向き合えば、少女然として小柄なネプテューヌより更に頭二つぶんほども小さいその幼子は、元気良くぺこりと頭を下げた。
恐らくは逃げ遅れたのであろう彼女に、先ほどまでの怯えは影ほども伺えない。
「お礼なんていいよ。それより早く逃げて、モンスターはわたし達がやっつけるからさ」
はい、と小さく頷いた幼子は即座に逃げ出した。
しかし5メートルほど走ったところでぴたりと足を止め、向き直り言った。
「あの、ぱーぷるはーと様、負けないでくださいっ」
「うん、大丈夫だよ!」
ぱーぷるはーと様の満面の笑顔での返答に安堵して、こんどこそ幼子はその場を後にする。
その小さな背中がさらに小さくなっていくのを見守った後。
ネプテューヌは、さてと、と背後へ向く。
そこでは、マジェコンヌとアイエフがスライヌの群と格闘している。
「はあ……」
その光景を見つめ、思わず溜息が漏れる。
それさえ億劫な、非常に体力を使うような動作だと錯覚しながら、女神は再びの叫び声を上げた。
「もうつーかーれたー!」
手に携えた刀剣が重い。
それは決して大仰な表現では無い。
一週間前、バーチャフォレストに住み着いたエンシェントドラゴンを退治して以来、プラネテューヌの女神に身体のみならず心も休むいとまは無かった。
バーチャフォレストのみならず、プラネテューヌ国内中で発生するモンスターによる被害。
休息など与えまいと、ネプテューヌを嘲るようにそれは頻発した。
悲鳴を上げる全身の筋肉に謝罪さえしたい気分であった。
そして、今や自分の体重より重いとさえ思える刀の――だからといってその振り下ろす威力が増す訳では無かったが――一閃を受けスライヌが消滅する。
「弱音を吐いてるんじゃないわよ、『ぱーぷるはーと様』。こっちまでやる気が削がれるじゃない!」
マジェコンヌと背合わせに戦っていたアイエフが皮肉と揶揄をかき混ぜた怒号を飛ばし。
「さすがに、数が多いな」
アイエフに背を預けるマジェコンヌは、怒り声を上げてカロリーを浪費する、などという愚を犯さない。
というよりは、できないと言った方が正しいのだろうが。
ネプテューヌがそうであるように、彼女らの体力も底を突きかけていた。
連日、昼夜を問わずに行われてきた戦闘、戦闘、戦闘、そして戦闘。
それでもクエストが終わりこの街へ帰ってくれば心休める事はできた。
ここは大丈夫だと、不可侵領域であるのだと。
この都市こそプラネテューヌ国民の心の拠り所であると強く認識していた矢先に、今日の惨状である。
近頃のモンスターは人間の精神を学習したのかと、疑いたくなる。
とはいえ、目の前のスライヌの軍勢が徐々に徐々にその数を減らしているのもまた事実。
他地区では兵士達による鎮静化に成功していたため、彼女らにそれができぬ道理も無かった。
「無限リポップはんたーい!」
そう嘆いたところで、ネプテューヌははたと思った。
いつかどこかで、今と同じ台詞を叫んだような気がして。
そしてそれを思い出すのに幾らも時間を要さなかった。
「ねえ、あいちゃん。今の状況なにかデジャヴると思ったら、昔マジェっちが使ってた、あのディスクを思い出さない?」
「……ああ、エネミーディスクね。今となっちゃ、そんなものまで懐かしいわね」
無論のこと口のみでなく手も動かしつつ、暫し昔話に花を咲かせた。
かつてマジェコンヌが使役していたエネミーディスク。
現在から数えて四年前、モンスターは人々が住まう下界に突如として出現したという。
それを齎したのが暗躍していたマジェコンヌであり、その忌まわしきディスクはネプテューヌらの旅に幾度として立ち塞がった。
先のネプテューヌの発言は、ラステイションにてアブニールの姦計に陥った際の台詞であったか。
「こんな思いで、戦って、いたのか、お前達は……我ながら罪深いことをしたものだ」
息を切らしながらも、着実に獣達を倒してゆくマジェコンヌがぽつりと懺悔する。
相手の立場になり、はじめて分かることもある。
主に相手の心情や感情、苦労などである。
物事はえてしてそういうものだが、このような形で身を以って知るとは流石に想像しなかったが。
そして、十数分後ほどであろうか。
ついに。
肉体に鞭を打ち戦い続けていたネプテューヌらの努力は、実を結ぶ。
「や、やっと終わったぁ……」
吐き出す様なネプテューヌの言葉が、三人の功績を端的に表現した。
身体が鉛のように重い。
立っているのもやっとの足と手足を、地面に投げ出したい気分ではあったがさすがに自重する。そして、さきほどまで暴れていたスライヌの大群にふと思いを馳せた。
「もしかして、この異常事態もなんかヘンテコなディスクが絡んでる……とかだったりして」
「それは無いでしょ。イストワールも言ってたじゃない、全ての原因はアレかもしれないって」
いらえたアイエフが指を差すのは、遥かなる大空。
広がっているその一点に、それはある。
絵画に穿たれた穴のような……次元を刳り貫いたような、そんな特異な空間。
あまりにも不自然であり、一目見て異様であると分かるそれは、つい二日ほど前に唐突にプラネテューヌ上空に出現した。
イストワール曰く、あの穴から膨大なエネルギー反応を感知したという。あるいはそれこそが、モンスターの狂態の原因やもしれない、とも。
穴の奥は光さえ飲み込まんと黒く、まさに特異点であるといえよう。
「ほんとうに何なのかしらね、あれ」
「なんでよりによって、わたしの国の真上にあんなのが発生しちゃうかなー」
はた迷惑極まりないと、ため息混じりに続ける。
「まあ、水瓶が空に出現して、そこから水とモンスターが無限に降ってくるよりはマシだけどさぁ……さ、疲れたし帰ってこんぱのプリンでも食べ――ん?」
帰宅できる喜びに沸くネプテューヌの言葉は、しかし最後まで紡がれない。
アイエフは瞬間に言葉を失う。
マジェコンヌの瞳がはちきれんばかりに瞠目した。
彼女ら三人を注視させたものは、見上げた空。
正確には、折りしも話題に上っていた空に穿たれた特異点。
その存在そのものが異常でありがながら、なお己を怪異たらしめんと。
玉響に雷鳴の如き光を放ったのだ。
その輝きが、決して聖なる性質では無い事は、三者にも理解できた。
刹那に発生したそれは、プラネテューヌ全土を覆い尽くし、全ての人間や生物の鼓膜を劈かんと轟き渡ったが為である。
さながら邪光、裁きの光か。
「うう~……びっくりしたぁ」
その異変は一瞬で終わった……否。
異常事態は続行している。
正確には、『正常な状態に戻った』と表現するべきか。
なぜなら見上げる空には、天の怪異たる謎の黒点が突如として消え失せている。
それが起こる前と同じく、端から何も無かったのだと語るばかりに。
あるべき姿への回帰。
拡がる無窮の空には、異変など影も形も無い。
ただひとつ。
異変の去った空に佇む、その謎の人影を除いては。
それは少女の姿であり。
己こそがこの空の、世界の支配者であると驕らんばかりに、存在していた。
そして、その者は。
あるかあらぬかの音で、誰にともなく呟いた。
「ようやく……辿り着いた」