超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) -   作:倉公

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第三章 神々の刃鳴
双紫、相見える


 異変は、去った。

 しかしそれは、平穏の訪れを意味する訳では無い。

 異変の後に現れたのは、新たなる怪奇……否、真の戦慄に他ならない。

 然もありなん。

 

 暮れなずむ大禍時が終わりを告げ、物の怪が跳梁跋扈する夜の世界が、今より始まるのだから。

 そしてその夜は、至上至大の恐怖劇を演出するのだから。

 そして悲劇の担い手、遥けき異次元の彼方より来訪した女神――パープルハート――は、悠然と己が出現したばかりの大空のさなかで佇んでいる。

 

 

 

 その身に鎧うは、黔(かぐろ)き戦闘衣。

 優しき黄昏を無慈悲に塗り潰すかのような、夜色の黒を基調としている。

 

 至る所に張り巡らされた白とも灰ともつかぬ線は、さながら全身を駆け巡る血の道<フォトンブラッド>か。

 そして各部位に凝らされた紫色の意匠が、それを纏う女神の名を厳然と物語る。

 

 裁きの雷鳴の如く拡げられた両翼は、穢れなき初雪に血潮を滴らせた如き薄桃の色で飾られて。

 その鎧の銘、プロセッサユニット「ネプテューヌ」。

 

 白磁にも似た女神のかんばせが湛えるのは、悲嘆か悲愴か。

 青々とした水面を宝石に変じた様な瞳から、滔々たる涙(なんだ)を滴らせている――と見紛うほどに、憂いを湛えている。

 

 そしてその双眸は、遠方を無感動に一瞥し、想う。

 やはり、時空の依的児<エーテル>を超えて自分が目指し飛翔したのはこの世界で間違いはないようだ、と。

 

 この世界中から、自らと同じ女神の波動を四つ感じる。

 そしてその感じる性質が自分と些か異なっているとも。

 それはこの世界の女神と自分では降誕の出自や来歴が異なるのかもしれない。

 

 それこそが、異常。

 

 己とは存在のあり方を違える女神など、許容などできようものか。

 この身に触れる四つの鼓動が、彼方に見える大陸に偏在しているのは、それぞれが彼女らの治める大陸なのだろうか。

 複数の女神が存在し統治される世界……想像するだに怖気を震う。

 

 そして、その四つの力の一つ。 

 それを今現在、最も身近に感じていた。

 

 あの時、次元の壁を超えてその存在をこの身に知らされた、女神の鼓動。

 その一つが己の近く、極めて近くにいるのだ。

 

 そう、それこそ、地面を這う虫のように、今も見下ろす足元へと。 

 

 この胸に漣を立てるものはなんだ、どれだ、と。

 嘗め尽くすように地表を走査する。

 眼下に広がる都市の光景の、極めて小さな一角にそれを探し、ついに。

 

「あれだ……」

 

 唇から零れたのはひとこと、幽玄な呟き声。罅のような音となって、大気へ解けた。

 

 みつけた。

 みつけた。

 みつけた。

 みつけた。

 みつけた。

 みつけた。

 見つけた。

 

 自分が地上を見下ろすように、その者もこちらを見上げていた。

 まっしろな服を着た、矮躯でいかにも少女然としたその娘。

 紛れも無い、この世界の女神。

 

 いざや、討ち倒してくれようと。

 武器を手に、パープルハートは地上を、女神を目指して落下した。

 

 

 

 

 

 数瞬、地上を見下ろしていたソレは。

 空気を裁断しながら、失墜するように真っ直ぐに飛来した。

 

「ね、ねぷぅ!? な、なんか来たあああああ!?」

 

 たまらずに素っ頓狂な驚き声を上げたのはネプテューヌである。

 そうしたかったのはアイエフとマジェコンヌも山々ではあったが、両者とも目の前の現象に呆気に取られるので精一杯であった。

 

 矢庭に出現したその存在は何者か。

 どこから来た、誰であるのか。

 また、その目的は?

 

 それらの考察や推測を一切許さず、一秒ごとに弾丸の様にこちらとの彼我距離を零へ零へと近づける、ソレ。

 何やら自分達の身に理不尽な危機が迫っており、そしてそれを齎すのは目前まで迫っている、あの謎の存在。

 辛うじて自分達が置かれている状況を理解するならば、そんなところであった。

 

「わわわわわっ! どどどど、どーしよ!? 絶対こっち狙ってるよ、アレ!? なんか知らないけどぉ!!」

 

 劈くようなネプテューヌの驚声に耳朶を打たれ、アイエフとマジェコンヌはようやく我に返る……が、完全に手遅れであった。

 

 速い、いや、疾い。 

 その速度たるや、音にも光にも至るのではないかと思えるほどに。

 

 そして。

 激突する勢いで遂に地表へ迫ったそれは、携えた武器にて惑乱するネプテューヌに一閃を見舞った。

 

「あいだぁっ!」

 短い悲鳴を上げ、後方へと吹き飛ぶネプテューヌ。

 その勢いたるや、まさに爆撃に晒された紙屑さながらに。

 

「ネプ子!」

「ネプテューヌ!」

 

 アイエフとマジェコンヌが咄嗟に叫んだのは寸毫も違わぬ同時。

 そして空中にて受身を取り、立ち上がったネプテューヌの姿に安堵を覚えたのもまた同じであった。

 

「うぅ~、ビックリしたぁ。なになに、なんなの、この人ぉ!?」

 既の所で敵の一撃を愛刀で防げたのはネプテューヌにとり僥倖だった。

 代償として尋常ではなく両腕を痺れが襲っているが、支払金としては些細なものだろう。

 

「私が知る訳ないでしょ、馬鹿ネプ子!」

 そんな彼女の姿に、アイエフは悪態をつきつつも胸を撫で下ろさずにはいられない。

 が、事態が理不尽なまでに切迫のは誰の目にも明らかであった。

 

「ねえ! ねえってば! あなた誰!? わたしに恨みでもあるのぉ!? わわっ」

 

 ネプテューヌの誰何も、突然の襲撃者には届いていない。

 黒い衣の敵は、黙して冷然たる機械さながらにネプテューヌの肉体が存在する空間に斬撃を撃ち下ろすのみである。

 あわや命中する所で、それら全ての猛攻を回避し徒労に変えるネプテューヌの即応能力たるや、実に瞠目すべきものがあった。

 

 しかし、忘れてはいけない。

 

 三人はつい今まで、モンスターの大群を相手に激闘を繰り広げていたのだ。

 とうに体力の限界など底を突いている。

 振り絞ったところで、出涸らし同然の総身の力など高が知れていよう。

 ネプテューヌの回避技は幾らも持つまい。

 

 ゆえに。

 

 ネプ子を援護するわよ、と傍らのマジェコンヌを促しつつ、檄を飛ばす。

 

「ネプ子、『変身』しなさい!」

「えー。もう体力が限界だよぉ~」

「そんなの分かってるわよ! でも言ってる場合じゃないでしょ!!」

「うう、仕方ないなあ」

 

 眦に雨粒のような涙さえ浮かべ、ネプテューヌは折れた。

 『変身』は実に膨大な体力を必要とする。

 全身の力が枯渇直前の今の自分がそれを行えばどうなるのか。

 もはや想像できない、したくない。

 だが、致し方なしとついに意を決し、右手を掲げた。

 

「ええーい、南無三! 刮目せよっ……って気分でもないけど!」

 

 そして。

 

 

 赫灼たる光の柱が立ち上り、ネプテューヌを包む。

 

 それは聖瑞である。

 

 女神の力の源である、人々の信仰の証――シェアエナジー。

 ネプテューヌの満腔で、その力が高まり、高鳴り、昂ぶり、そして。

 

 澎湃たる祈りの力が、少女を變える。

 

 年端もゆかぬ少女然とした四肢は、成熟たる伸びやかなものへと。

 両脚は、勇壮に大地を馳せる牝鹿のしなやかさを得て。

 華奢な両腕は、遍く全てを抱擁せんばかりの慈愛を示す。 

 

 弦にも似た蛾眉の下、見開かれし瞳が湛える色は青。

 果てなく無窮に澄める海神(わたつみ)の強さ。

 その蒼に宿るのは、統べての命の原初たる杳乎たる滄溟。

 宿るのは、遍く統べての命の源を育んだ海王に他ならないから。

 決然と見開かれた瞳は、揺ぎ無き想いを秘めていた。

 

 流麗にのんだ御髪は踊る三つ編み(ブレイズ)。ただ一筋のほつれも無く。

 全てを守る堅牢なる砦を想起させる、力強き背(そびら)。

 

 麗絶たる全身が鎧うのは、黒を基調とした紫の衣。

 黒と紫の二重奏は、ただひとえに高く、貴く、尊く。

 その肉体を構成する全ての要素が、完成された究極無二の黄金比。

 

 溌剌な少女は、今ぞ斎み清められた稜威たる戦乙女へと変生した。

 婀娜めいてはいるが、しかしまだどこかうら若き少女らしさをも窺わせる。

 何より凛々しく、その玉体が内包する誇り高さを物語っている。 

 

 艶冶たる敦美しさはあれど、淫猥さなど欠片も存在しない。

 彼女の姿を麗美たる御像として完成させるのは、神聖さに他ならない。

 

 

 

 かくして今。

 プラネテューヌが守護女神、パープルハートがここに来臨した。

 そしてその唇から零れる玲瓏たる音色の名乗りが、それを告げる。

 

「変身、完了。ここからは、私のターンよ」

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