超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) - 作:倉公
「あいちゃん、マジェっち。この場はわたしが引き受けるわ」
「何言ってるのよ、あんた一人を戦わせる訳にはいかないでしょ!」
「ダメよ、あいちゃん。さっきの子供のように、逃げ遅れた人がまだいるかもしれないでしょう。だから」
ネプテューヌの意図を汲むのは、アイエフよりもマジェコンヌが先んじた。彼女は続く言葉を引き取る形で、確認する。
「まずは住民の安全を確保、というわけだな」
「……分かったわ。念のため、この区画周辺の住民を避難させてくる」
次いでネプテューヌの意図を理解したアイエフは、駆け出しながら告げた。
「すぐに戻ってくるから、それまで絶対にやられるんじゃないわよ!」
「待っていてくれ」
続く形でこの場から離脱するマジェコンヌ。
彼女らの迅速な行動にネプテューヌは感謝しながら、ネプテューヌは眼前の敵を睥睨した。
「答えなさい。あなたは一体何者なの?」
凛然たる誰何が、変身したネプテューヌ――パープルハート――の唇より響く。
前を置かず問答無用で襲撃してきた敵手も、眼前で起きた守護女神化の光景に面食らってか攻撃の手を止めた。
ネプテューヌは青き海原の瞳を眇め、敵手を見つめる。
背に負う両翼。
身体の各部位を補い強化するように装備しているパーツ。
胴を覆う黒い衣。
いらえは、無い。
動きを止めてなお、襲撃者たるその少女からは感情を読み取る事が出来ない。
双眸に浮かぶ青空のような色を見開き、超然とした面持ちを絶えず貼っている。
否。
強いて言うならば、その表情には僅かながらに憂愁が感じられた。
それは極めて些細なもの。
地表に弾ける無数の雨粒の中にひとひらだけ粉雪が混ざっているような。
夜空を彩る満点の星空から、昨夜見たそれよりもたった一つだけ輝きを奪ったような。
その程度の微細な、あるかなきかの違和感めいた違いでしか無かったが。
ややあって、再び対手は武器を構えた。
無言で行われたその行為を、さきのネプテューヌへの返答と捉えるより無い。
即ち、戦闘の続行の所望。
それに続く形で、ネプテューヌもまた武器を手にその切っ先を襲撃者へと向ける。
「聞く耳持たず、ね」
会話らしい会話すらも成立しなかったものの、幾らかの情報を得る事は出来た。
であれば、それを以って有益な一合であったと言えなくもないだろう。
その事実を受け止めるネプテューヌにとって、新たな謎を呼ぶものではあったが。
即ち、眼前の彼女が何者なのかという事。
その答えを導き出すのに、熟考も考察も用を成さない。
一見すれば分かる事だった。
空を鳥の如く飛翔し、異相の鎧に身を包み、並ならぬ膂力で大型の得物を振るう存在。
寡黙なるその姿が、彼女自身の正体を雄弁に物語っているのだから。
(もしや、女神だというの……?)
そして、敵が纏っている装束にも見覚えがある。
黒と紫のコントラストで彩られた、暗澹としたその――仮にあれがプロセッサユニットであるならば、そう呼ぶべきだろう――プロセッサユニットは、かつてネプテューヌが纏っていたものと酷似していた。
即ち、プロセッサユニット「パープル」と。
それが一体どういう事なのかと考えた所で、瞬時にネプテューヌはその思考を遮断した。
今は眼前の状況に注力しなければいけない。
正体さえ知れぬ敵の実力は、疑うべく無く精強。
であれば、一瞬の油断と逡巡が命取りとなるだろうから。
手にした剛刀(だんびら)を、正眼に構えた。
「はあっ!!」
裂帛の気炎と共に、地を蹴り跳躍。
敵との距離を瞬く間に縮地する。
女神の持つ力は、人間の力を大きく上回る。
脆弱な人間の肉体。
霊験灼然たる女神の膂力や瞬発力はそれを凌駕し、隔絶たるまでの水をあける。
かてて加え、女神を戦場の絶対者足らしめる優位性が存在する。
それがプロセッサユニットである。
全身を包み護り力を授ける、女神のみが纏う事を許されたその鎧は、その防御をより堅牢に、見舞う一撃を必殺のものとするのだ。
そして現在、パープルハートが身に纏い恃むのは、「ロストパープル」。
一年と少し前、プラネテューヌ国民の純然たる信仰を受けて得た、ネプテューヌ――パープルハートの新たなる力。
紛れも無き国民達とネプテューヌの絆の証である。
そしてそれを己の力とし身に纏えるのは、女神としての矜持。
不敗の意志を以って対敵を討たんと戦闘に臨む。
……だが。
「くっ! 強い――!」
ネプテューヌの唇から零れるのは、勝利を確信した快哉では無く苦鳴であった。
膂力も俊敏さも、変身前の状態とは比較にならないほど向上している。
事実、先程とは打って変わり変身した今は十二分に眼前の襲来者に太刀打ちできている。
己の背丈ほどもある刃を自在に振るい、敵手へと斬りつける。
一度のみならず、二度三度と絶え間なく攻撃の手を緩めずに。
さきほどは為す術なく一撃で吹き飛ばされ、隙間無く襲い来る猛攻に防戦のみを強いられた。
それを鑑みれば、向上したネプテューヌの戦闘能力が如何ほどかが伺えるだろう。
だか、足りないのだ。
今も都合十回目の斬撃を見舞ったものの、悉くが想像を絶する反射で躱され、あるいは敵が持つ武器によって防がれる為にまるで通用しない。
そしてその間に敵手が放った攻撃は十三回。
敵が手にするのは、銃とも剣ともつかぬ白き大型武装。
その白刃の織り成す嵐の如き斬撃は、疾い。
無論のこと防御は試みたものの、数撃は防ぎきれずにそのままダメージとなった。
その一撃一撃は致命傷ではないものの、確実に蓄積されてネプテューヌの心身を侵蝕する。
「この姿で、こうも苦戦するなんて……!」
敵は一分の隙も無く、強い。
今しがた、ネプテューヌ自信が語った通りに。
体力が枯渇寸前ではあるが、それでも女神化すれば謎の襲撃者に対して拮抗し果てに勝利を掴めるだろうと目算があった。
だが現状は、その想定を無慈悲に爆砕している。
予定外の事が起きている。
臍を噛まずにはいられない。
そこで、ネプテューヌの脳裏に思い至るものがあった。
それは先刻、勝負時には無用と遮断した一つの推測。
それが、退っ引きならぬ現状と重なりその現実性に拍車をかける。
つまり、敵はやはり『女神』なのではないか、という事。
人間にとってはどれだけの脅威である凶暴なモンスターとて、守護女神の敵ではない。
故に、女神に拮抗しえるのは女神に他ならず。
守護女神戦争が数百年に渡り終局をせず膠着状態と化していたのもその所以である。
ならば、と。
現実味を増していく予想から、次に己が取るべき行動の指針を打ち立てた。
もしも敵が自分と同じ女神であるというのなら。
変哲の無い攻撃では通用しない。
決定打となる、必殺の一撃を唸らせなければいけない。
「はっ!」
そしてネプテューヌは敵の攻撃の一瞬の間隙を突き、地を蹴り大きく後退した。
無論、戦場からの退転の為ではない。
必要な動作だったのだ。
これより行使する技芸に。
着地と同時に強く踏みしめ、即座に体勢を立て直す。
正眼に構えなおした剛刀の柄、握る両手にあらん限りの力を込めて。
再び前方へ突進を試みながら、言い放った。
「クロスコンビネーション!」
凛然たる鬨の声は、宣戦と必勝の予告である。
光の速度も斯くやという踏み込みにて
敵手の懐へ飛び込み
天元に定めた対手の心窩を
間断なき滑らかな刀運びにて
斜め十字(サルタイアー)に斬り伏せる
――――クロスコンビネーション
敵へ向けて発動したそれは、ネプテューヌの得意とする剣技の一つである。
技を受けた数多のモンスター達がその刀の露と消えた。
その身に残る最後の力。
それを振り絞り放ったクロスコンビネーションは、必ずやこの戦闘でも自分に勝利を齎すだろう。
そう確信していた。
まさに全てを託した乾坤一擲の一撃だったから。
故に。
ネプテューヌは直後の光景に驚きを隠せない。
クロスコンビネーションは確かに発動した。
敵の身体を切り裂かんと輝いた剣閃はしかし、その刀運びが技の完成を果たす中途にて阻まれてしまった。
その刃を真っ向から受け止める、敵の刃の中ほどによって。
「そんなっ」
これでもまだ届かないというの、と、ネプテューヌは驚愕に瞠目する。
そして次の瞬間。
更なる驚きにその身を窶すこととなる。
「効きません。耐えてみせます」
「――!」
この戦闘において、初めて。
襲撃者たる眼前の敵が、言葉を発したのだ。
零れた声は、その姿と相俟って澄んだもの。
一点の曇りなく晴れ渡る、青空さながらの明瞭さであった。
そしてその清廉なる音色は、終極の開始を告げた。
「今度はこちらの番ですね」
互いを喰らいあわんと火刃鳴を散らしていた両者の刃が、その均衡を破る。
徐々に、徐々に。
ネプテューヌの刀が後退りを始めたのだ。
負けじと反撃を試みるものの。
一度怯んだ刃は、もはや戦う力を宿してはいなかった。
(押し負ける……!)
ネプテューヌは歯軋りをしながらそう悟った。
もはや自分は死に体。
全身に残っていた精力を掻き集めて放ったクロスコンビネーションさえ通用しなかったのだ。
これ以上、目の前の強敵に対して何が為せるというのか。
無いのだ。
もはや、何も。
もしそれがあるとするならば。
制圧者に跪いた者として、その敗北を享受することだけである。
「ああうっ!」
そしてついに、完全に押し負けるネプテューヌ。
防ぎきれなかった敵の斬撃の勢いそのままに、吹き飛ばされてしまう。
それでも、ネプテューヌは。
よろよろと悲鳴を上げる全身を叱咤し、なお立ち上がるのだった。
「クロスコンビネーションが完全に入ったのに……」
口の端から零れるのは、そんな一抹の悔恨。
戦闘は終わった。
これより始まるのは、一方的な蹂躙劇である。
そこに鎬を削る刃も、血風吹き荒ぶ剣技は無いから。
そんなものを誰も戦いとは呼ばぬ。
名が必要ならば、それを処刑と呼ぼう。
それゆえ、ここはもはや戦場ではなく。
ただの、刑場であった。
であるならば。
「終わりです。覚悟してください」
襲撃者――異次元から飛来した女神パープルハート。
彼女こそ、この処刑場を支配する、厳然たる処刑者に他ならず。
息を切らしただ立ち竦むネプテューヌの目の前に佇み。
剣とも銃ともつかぬその白い大型武装の代わりに、『それ』を手元に出現させた。
何を取り出したというのか。
知れた事である。
ここは処刑場、パープルハートは首切り人。
であれば、これより始まる刑戮には刑具が必要であった為に。
それは一振りの剣であった。
黔(くろ)きその刃は、穢れきった紫色をも帯びて妖しく光っている。
その黒さたるや、さながら暗澹たる夜である。
だがその夜は。
月も星座も滅びし、一切の光灯らぬ晦冥たる死の夜。
そしてその闇黒が、自分の胸元を狙っていると知ったから。
なんて禍々しい剣なの……と。
ネプテューヌは、ただ震慴した。
「さようなら」
告死は無感動に、無機質に放たれた。
処刑者が握る、その剣は。
処刑具たる己の存在意義を全力で果たさんと、
死刑囚の心の臓を目掛けて。
空中を疾走した。