超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) - 作:倉公
嗚咽のような喘ぎが響き渡る。
「ぐっ……ぁ……!!」
獲物を狙い、その肉を断ち斬るのが剣の本分であるならば。
その剣は、その役目を果たしたと言えよう。
鋭利な刃は機械的なまでに、肉を裂き血を滴らせたのだから。
そして。
最期の瞬間を待つ処刑囚の命に、終止符を打つのが処刑具の本分であるならば。
その剣は、その役目を果たせなかったと言うより無い。
疾走する凶刃が貫いたのは、唐突に乱入した第三者の肉体だったから。
「がはっ……」
はらり、はらりと。
流麗にのんだ銀色の髪が数本、宙を舞い地面へと堕ちる。
禍々しき刃の切先は彼女の丹田を貫いた。
引き裂かれた衣服の中で抉れた肉が、ずぶずぶと血を滴らせている。
そして殺戮に飢えた刃は肉体に飽き足らず、振り乱れた為に臍下まで来ていた髪をも諸共に断ち切ったのだ。
絹糸のように血に横たわる己の髪と、自身の体を傷める黒き剣を見下ろしながら。
ネプテューヌを庇う為に彼女の前に躍り出て、そして望みどおり身代わりとなった彼女――マジェコンヌは、問うのだった。
「無事、か。ネプ……テュ……ヌ」
「マジェっち……あなた……」
せなに聞くネプテューヌの呆然たる声に、彼女の健在を認めマジェコンヌは安堵する。
周辺地域の住民らの安全を確保した後、急ぎこの現場へ舞い戻った。
そこで目の当たりにしたものは、凶刃に貫かれんとするネプテューヌの姿とあれば、その身を挺して守るより他の選択肢などマジェコンヌには無かった。
「間に合った、よう……だな」
一言一句を発する度に、対価とばかりに口の端より血が零れる。
どうやら傷は浅くは無さそうだななどと、どこか他人事のように現実感を欠いて認識する。
そんな彼女の背を、ネプテューヌの叫びともつかぬ声が叩いた。
「逃げて、マジェっち! この敵……只者じゃないわ!」
「そのよう、だな……ならばなおさら、引き下がる訳にはいかん、だろう……」
勿怪の幸い、というべきか。
唐突に出現した乱入者によって、獲物を仕留め損ねた眼前の敵は柄を握ったまま不動。
想定外の事態に、ネプテューヌを刺し貫かんとした姿のまま硬直していた。
この時間の停止したほんの数秒に、マジェコンヌは脳裏で一つの企図と、ささやかな決意を完了した。
今、自分の目の前に立ち塞がり、手にした剣で自分を串刺しにしている敵は。
ネプテューヌ――パープルハートが苦戦を強いられるほどの強さを秘めた大敵である。
生身の人間に過ぎぬ、自分が勝てる筈も無いだろう。
しかし。
現状を打破する勝算が皆無という訳でもない。
太刀打ちし得る手段は一つだけある。
しかしマジェコンヌは、その手段を行使するにあたり一瞬の躊躇が脳裏を過った。
それを恃んだ為に、かつて道を踏み外した過去があるからだ。
だが。
今の自分が最も恐れているのは、再び半人半魔に堕ちることではなく、ネプテューヌを失う事に他ならないから。
何よりも今は、彼女の力になりたから。
その為ならば忌避も恐怖をも乗り越え己が力としてみせよう。
それらの、胸裏に去来する諸々の想いが、彼女を奮い立たせた。
深緑の瞳は、決然と謎の襲来者を俾倪し。
彼女は壊れそうな動作で、右手を敵へと伸ばすのだった。
「マジェっち……あなた、まさか」
「あぁ。まだ、この力は残って……いる」
一年前の天界での決戦の折に、ネプテューヌによって洗い清められたその身体。
されどその異能は、力は、今もマジェコンヌの身魂に残留していた。
「ふんっ……」
ゆえに今、口の端から吐血と共に思わず零れたのは微笑であった。
丹田を爆心地に全身を駆け巡る激痛。
烈火の如く走るそれと共にある、別の感情があった。
それは一抹の喜びだった。
倒錯的かもしれないが、火急の修羅場にありながら、ある種の誇らしささえ感じるのだ。
かつては女神らを討たんと振るった力。
自らの心身さえ歪め、異形に堕としてた忌むべきものなのかもしれない。
だが今は、この異能にて害するのではなく守護する為に行使できる。
今度こそ、その力に託した本来の使い道を過たず。
敵ではなく、同じ戦場に共に並ぶ『味方同士』として。
そう想えば、ああなるほど悪くは無かろう、とマジェコンヌは考えるのであった。
「ダメよ! それを使えばあなたは、また……! それに、その怪我じゃ――」
「心配するな。私はもう、堕ちん!」
このやりとりに用いられた時間は、ほんの数秒。
折りしも敵手は、マジェコンヌを貫いていた刃を引き抜き、後方へと下がろうとしている。
だが、もう遅い!
「ぐっ……!!」
伸ばした右腕と、その先端にある五本の指をわずかに動かした。
それだけの動作が、狂おしいまでに苦しい。
体中が、痛いのだ。
相変わらず全身を凌辱する激痛は、秒針が進むごとにその烈しさを増してゆく。
感覚が失われるほどに体内が痺れるものの、それは無痛の心地に逃避させてくれる訳では無い。
ひと息の呼吸、身じろぎ一つさえも、体が砕け散るかと錯覚するほどに、痛い。
「もらうぞ、貴様の能力をなあっ……!」
そして己が内に眠っていたそれへと、呼びかける。
内に宿るこの異能よ。
我が救済者を助けんが為、今一度この身の力となれよ――と。
対象選定――目の前にいる、宙を漂いながら後退していたそれへ。
精神統一――激痛に苛まれる身と心に、全霊の集中力で鎮静を施す。
執行開始――選び結んだ対象の情報を、器と化した己の体内へと流し込む。
複写<コピー>と模倣操作<エミュレート>。
かつてと同じく、この力を揮う。
過たず、踏み外さず、正しく行使するという己に賭した誓約と共に。
「ぐぁっ……」
そして脳内に溢れる、敵手の情報。
情報の洪水として氾濫するそれは想像を絶するものであった。
なんだ、コレは――と忽ちに惑乱する。
目の前に立つ謎の敵……存在のあり方そのものが、決定的におかしい、間違っている。
さらなる苦痛に苛まれる己をしかし律する。
今は目の前の事態に注力しなけらばならない。
ほどなくして。
マジェコンヌの右手の中に、形成した武器が具現化する。
しかと握り締めた、剣とも銃ともつかぬ大型武装は、さきほどまで敵が振るっていたそれである。
即ち模造品<イミテーション>。
即ち複製品<ブートレグ>。
しかしそれは、決して劣化品ではない。
対手が構え持つそれと、寸分の違いも無いのだ。それはつまり、全くの同程度ということ。
「得物だけか……まあ、そんなところだろう」
掴んだ白い銃剣を一瞥する。
数百年前に宿した、先代女神の力。
余りに絶大すぎるその力は人間の肉体と魂には到底耐え切れるものではなく、自身を異形の魔人へと堕としたのは恥の記憶である。
であれば。
極めて限定的に、それを揮えばいい。
敵が持つ力の、極々一部。それを一度きりの使い切りとして。
その結果が此度の武器のみのコピーであった。
そしてマジェコンヌの異能は他者の姿、兵装の複写のみに留まらない。
対象が持つ能力、特技さえも変幻自在に我が物とできる。
そして奪った武器を、崩れ落ちそうになる両腕で抱える様に持ち構える。
狙うべき標的は、討つべき標的は、信じられぬといった面持ちを浮かべている。
――どんな気分なのだろうな。自分の力に倒されるというのは!
リミッター解除。
空中を狙う砲身が、今こそ咆哮する。
出力最大で放射された極大のビームが、対象を目掛け雷撃の如く疾走。
虹もかくやと極彩色で飾られたその光線は、獲物を舐め尽くし喰らい尽くし蹂躙する破壊の光。
狙いは過たず、しかと敵に命中した。
飲み込まれた標的は、光の一部となり虚空を裂き雲にまで届いたのを見届ける。
そこに慈悲は無い。
一切無い。
ただ発動し、ただ撃滅する、一撃必殺砲<はかいこうせん>。
使用した技は、武器と共に読み取ったもの。
『プラネティックディーバ』。
敵より奪った情報によれば、そういう名称らしいが……今はそのような事はどうでもよかった。重要な事ではない。
渾身の一撃は命中し、敵は確かに虚空の彼方へと消え去った。
残された戦場に残るのは、荒涼とした静寂さのみである。
その沈黙を破り響いたのは、マジェコンヌが抱えていた武器が地面へと落ちる音。
一時的に具現化するに留めていたそれは、泡沫の夢とばかりに静かに消滅した。
次いで体勢を崩し倒れそうになるマジェコンヌの身体を、背後よりネプテューヌが抱きとめた。
「大丈夫!? しっかりして!」
「何をして……る。私のことはいい。アレを追え……」
「放っておけるわけないじゃない」
マジェコンヌはネプテューヌの腕の中で、息も絶え絶えに憔悴していた。
苦悶に歪む端正な顔は口の端から一筋の血を垂れ流している。
そして腹部からも、滔々と同じく流れる血潮。
まさしく彼女自身の生命力が失われているのだろうが、知ったことかとマジェコンヌは続けて告げる。
「お前は、この国の、女神だろう……アレを捨て置けばどうなる、か……想像もつかんぞ……」
その言葉を肯定するのは、街角より走りながらその姿を見せたアイエフであった。
「マジェコンヌの言うとおりよ。行きなさい、ネプ子!」
「あいちゃん! だけど……!」
「病院の手配をしたわ。この場は任せて。その傷じゃ、回復薬の出る幕はなさそうだしね」
その通りであった。
マジェコンヌが負った重傷は素人目に見ても危険域に達している。
これほどの深手であれば、瞬間体力回復飲料剤ネプビタンなどでは用を成さないだろう。
ゆえに、ネプテューヌは首肯せざるおえない。
「……ええ、わかったわ」
後ろ髪を引かれる様子のネプテューヌに対し、アイエフはフォローを忘れない。
「大丈夫。コンパが所属してる医療機関よ。だから安心しなさい?」
コンパ。
焦眉の急たるこの事態のただ中で、思いがけず耳にしたその名。
ネプテューヌは幾らか、心の緊縛が解けるのを禁じえなかった。
慈しみ深く温和な為人であり、誰よりも勇敢な少女。
かつて共に戦ってくれた誇り高き仲間の一人であり、何よりも掛け替えの無い友人である。
現在はプラネテューヌの新人看護師としての職務に従事する彼女が所属する病院ならば、託すに値しよう。
「そうね、それなら安心して任せられるわ」
「ネプ、テューヌ」
そしてアイエフの腕の中に引き取られたマジェコンヌの唇から、夜風のような喘鳴が漏れる。
「あの敵が持っていた黒い剣……あれに、気をつけろ……あれに、だけは」
うわごとの様に呟き、ほどなくしてマジェコンヌは瞼を閉ざした。
致命傷ほどの深手を負った上で、精神と身体を酷使し極大の一撃を敵に放ったのだ。
彼女の意識も限界が近かったのは当然のことだろう。
「ありがとう、マジェっち」
言うや、ネプテューヌは地を蹴り宙へ飛翔する。
目指すは、虚空の彼方へと消失した謎の――女神と思しき敵のもとへ。
マジェコンヌが忠告し、自身も不気味さを覚えた暗黒の剣を留意しながら。
どれだけ飛び続けただろうか。
ようやく追いついた。と、ネプテューヌは思った。
青々と広がる大空のさなか。
雲の隙間を縫って飛翔を続けた先で、ついにそれを見つけたのだ。
無限に続く群青の風景の中で、墨のような異物が、一点。
暗黒の鎧を纏い、超然たる面持ちを浮かべる少女。
何をするでも無くただ大気のただ中で、風を受け佇んでいた。
マジェコンヌの一撃を受けた後で再びプラネテューヌに飛来してこなかった事を考えるに、彼女の咄嗟の攻撃は想像以上に絶大だったようである。
――それはつまり、それだけの戦闘能力が敵に備わっている事の何よりの証左ではあるのだが。
そして幾許かの距離を残し、前を置かずにたネプテューヌは問うた。
「あなたは一体、何者なの。一体どこからやって来たの」
冷然とネプテューヌを睥睨する、少女の蒼穹色の瞳。
ややあって、口を開いた彼女の言葉は一点の迷いも無く確乎としたものであり。
それ故に、ネプテューヌの耳朶に雷鳴の如く鳴り響いた。
「私の名は、パープルハート」
「パープルハートですって?」
ネプテューヌは耳を疑わざるお得ない。
然もありなん。
対敵が僭称した名は、紛れも無く自分の、プラネテューヌの女神たるネプテューヌ――パープルハートのものである。
「馬鹿なことを言わないで。パープルハートは、わたしよ。わたしの名前を騙るなんて、何が目的なの」
「あなたを、倒すことです」
「わたしを……!?」
少女……パープルハートはその口調こそ穏かなものである。
しかしその言葉を彩る声は厳然たる音色であり。
その旋律が告げるのは処刑の宣言であった。
「あなただけじゃ、ありません。あなたの他にいる、三人の女神達。全員を討ちます」
「馬鹿なことを言わないで、どうしてそんな事を」
「一体なんなんですか、この世界は。なぜ私以外に、女神がいるんですか。それも、複数の」
「……何を言っているの」
少女の唇から零れる言葉はどれも理解の及ばぬものばかりであるが。
次の瞬間の言葉は、就中ネプテューヌには受け入れ難いものであった。
「許せません、認められません。だから私はやって来たんです。ゲイムギョウ界唯一国――プラネテューヌから」
「!?」
プラネテューヌが唯一の国とはどういう事か。
全くもって解らない。
だがプラネテューヌを治めるのならば確かに、パープルハートを名乗るのも頷ける。
などと。
思考が背反する。
「あなたのような、あなた達のような、得体の知れない存在を滅ぼし尽くす為に」
「わたし達<四女神>が得体の知れない? それに、プラネテューヌが唯一国? 一体何を言っているの?」
まるで話が見えない。
何より、通じない。
まるで自分とは存在そのものを決定的に違えた存在と――事実、その通りであった――会話をしている心地であった。
やはりこの敵とは戦うしかないのか。
問答も無く、パープルハートを名乗る彼女が自分に襲い掛かってきた様に。
「あなたの様な存在は、ゲイムギョウ界にはいらないんです」
その言葉を残し、瞬く間に彼方へ飛び去ってしまう。
「待ちなさ……く」
一秒ごとに彼我の距離に決定的な差を開けていくそれを、黙して見送る事しかできなかった。
鞭を打ち続けてきたネプテューヌの身体に、ついに限界の時が訪れた為に。
だから僥倖と思うよりない。
追撃が目的であったが、今しばらくは危機が去った事を確認できただけでよしとしよう。
遺憾ながら、快復までに今しばらくの時間が必要だろう。
雲を裂きながら、パープルハートはそう自己分析した。
飛翔する為に必要な両翼――羽衣が損傷している。
先ほど受けた、不意打ちが原因だ。
自分の武器を技を模倣してきたあの人間――
恥も知らず他者の能力を盗み、己が力とする、その醜い悪性に覚えがある。
深遠なる記憶の海を探り、それに辿り着いた。
数百年前。
かつて世界を滅ぼさんと降臨した、犯罪神なる大悪神と戦った折のことである。
その犯罪神の化身たる、マジェコンヌ四天王などと名乗る薄汚い四匹の物の怪ども。
そのうちの一匹の、彼岸花を思わせる姿のバケモノがそれに似た能力を有していた気がする。
無論、そんな小細工ごと、犯罪神ごと滅ぼし尽くしたが。
実に理解出来ない。
自分以外の女神たる、異神達もさることながら、なぜあのような存在が跋扈しているのか。
しかも先ほどのパープルハートを名乗った女神はあの人間と協力関係にあったと見受けられる。
女神がそんな邪な存在と並び立っているなど、やはり異常だ。
存在そのものが間違っているのだ。
やはり滅ぼさねば。
そう思いながら。
明瞭な目的を得て澄み渡っている己の心の片隅で、揺らぎのようなものも感じる。
決意と意志が傾いている、という訳では決して無い。
ただ巌のように思っていた自分の中で何か、揺蕩うものがある。
この心に、漣を立てるのは何なのだろう。
それは確かなる波紋でもあった。
あの女神を見て、声を聴いた事で、筆舌に尽くしがたい何かが想起されるようで――
そこまで考えた所で、中断した。
敵は倒すのみ。
それだけであるが故に。
そして胸中で語りかける。
もとの世界に残してきた、自分の帰りを今や遅しと待ち焦がれる、愛児たちへ。
(大丈夫です。皆は私が守ります)
人間達も世界も、この手で必ずや守護してみせる。
四人の女神により統治されると思しきこの国。
そのあり方は、紫の女神一色により統治される自分の世界とは理を違えるものだから。
だからこそ、彼女らを討滅するのだ。
自分がこの世界に訪れたように、放置を許せば、女神達が自分の世界の法と理に触れてしまうかもしれないから。
万が一にもそれだけは許せない。
もしもそうなってしまえば。
きっと、私の――
「ゲイムギョウ界が、壊れちゃうよ」