超次元ゲイム ネプテューヌ - 終界の新生(ヴィダークンフト) -   作:倉公

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千早ふる三神

 プラネテューヌの都市より、東に50里ほど離れた地点。

 周囲を山々に囲まれた、平野が広がっていた。

 

 ノワール、ベール、ブランの三者は、切り立った崖の上に佇んでいる。

 見晴らしは良好、しかし堆積平野という場所柄ゆえか、長閑と呼ぶにはいささか寂寥さが勝る。

 そしてそのような場所には、似合いとばかりに荒涼たる風が一陣吹き抜けた。

 

 まるで泣き声のようですわね、

 詩的な表現を好むブランやあいちゃんならば『黒い風が、慟哭している』などと表すのでしょうか――

 などと思いながら、ベールは傍らに佇むノワールとブランへと語りかけた。

 

 

「ここでいいんですわよね? 本当に待っているだけでいいのかしら」

「イストワールがそう言ってたんだもの、間違いないわよ」

 

 

 ネプテューヌが取り逃して以降、何処かへ離脱していた『パープルハート』は再び進攻を開始。

 イストワールによれば、真直ぐプラネテューヌの都市を目指して飛来しているという。

 ゲイムギョウ界に発生する全事象を実時間にて記録する彼女の弁である為に疑うべくも無い。

 かてて加えて、別次元の全シェアエナジーを一身に受けるかの女神は、この世界において異質さを放っているらしい。

 さながら、海中に泳ぐ魚の群れに一羽だけ鳥が混ざっているような。

 明らかな異物感として、この世界に存在しているのだという。

 

 そんな異形者の実力は、如何ほどのものか。

 彼方を空を眺めつつ、ブランは呟いた。

 

「変身したネプテューヌの攻撃が一切通らなかったと言っていたわね。気を引き締めてかかりましょう」

「別次元のプラネテューヌからやってきた、『パープルハート』……お二人はどう思われます?」

 

 

「まあ一言で言うなら、ありえないわね。ラステイションじゃなくて、プラネテューヌなのが気に入らないわ」

「そうね。ルウィーならともかく、プラネテューヌが世界でただ一つの国とか、正直無いと思うわ」

 

 プラネテューヌで統一された世界などありえない。

 両者共に、その点に関して一点の曇りなく意見が合一していた。

 

「ただ一つの国というなら、その世界で大人しくしていて欲しいわよね。なんでこっちの次元に来たのかしら」

「実際に会ったネプテューヌも同じ事を尋ねて、よく分からない返事をされただけだったらしいですわね」

 

 そういえば、と言葉を継ぎベールは続けた。

 

「わたくしたちも、かつては同じでしたわね。お互いのことをよく知りもしないまま、何百年と戦い続けていたでしょう?」

 

 

 自分たちもかつては他の女神を滅ぼさんと、いつ果てるとも知れぬ守護女神戦争に身を窶していた。

 いつ果てるとも知れぬ、数世紀に渡る闘争――守護女神戦争。

 他者の討滅を最終目的に、己こそが唯一人の勝利者にならんと争い続けてきた。

 その激闘に敗北し、記憶喪失となったネプテューヌの導きにより自分達はその泥沼より脱する事ができた。

 

 だが、もしも。

 

 その戦いが終わらずに継続していたならばどうだろう。

 四女神の内の誰か一人がその激争を制し、覇者となっていたとしたらどうだろう。

 

 唯一神となった者が、このゲイムギョウ界に君臨していたならば。

 

「ただ一人の女神によって世界が統治される……もしもそんな世界があるなら、そこはまさに平和な世界と言えるのでしょうけれど。それは、一概に恒久的な平穏とはいえないのかもしれないかもしれませんわね」

「どういう事よ?」

「争いと破壊があって、そして新しく創造されるモノがある……何事もそういうものですわよね? 必要が発明を生む、とも言えますわ。ですが」

「ふむん、平和がずっと続くだけの世界なら、何も生み出されない。って事よね?」

「そうですわ。そして安定した平穏の中で、緩やかに世界は腐敗してゆく。でしたら、ずっと戦いが続けばいい。そうすれば、世界は絶えず成長していける…………と、先日クリアした、とあるゲームのラスボスが言っていましたわ」

 

 無論そのラスボスも、それを良しとしない主人公達によって最後は倒されるのですが、とベールは付け加える。

 そしてノワールは被りを振り、反駁した。

 

「だけど、それも極端よ。そんなの、骨を強くする為にずっと骨折し続ける……って迷信みたいなものじゃない。人体そのものに良い筈が無いでしょ」

「同感ですわ。ようは、程度の問題という事ですわね」

 

 命のやり取りをするほどの大仰さなど必要無い。

 しかし互いを高め、磨き合える競争相手がいるというのは大事なこと、とベールは結論付けた。

 

 そして折りよく、会話には加わらず彼方を見つめていたブランが口を開く。

 

「二人とも、お喋りはそこまでみたい。見て」

 

 言いながら、すべらかな第二指を伸ばし、遠くの空を示す。

 促されるままにベールとノワールが瞳を凝らして。

 一目で、『それ』を見つけた。

 群青が広がる空。

 陽光にみちみちて、絵画的な美々しさを演出する全景の中で。

 その広大な景観を破壊するかの如き、異物が一点。

 彼方の空より、飛来してくるその何者か。

 三者共にその者の正体を考察する労を取らない。

 

 待ち人、来たり。

 

 今や遅しと待ち構えていた、異次元の女神が来たのだ。

 

 画布を彩る一点の墨でしかなかったそれは、秒ごとに大きさを伴いこちらに迫ってくる。

 その速度たるや、雷鳴の如くに疾い。疾すぎる。

 そこでふと、三人の脳裏に当然ともいえる思案が駆け巡った。

 即ち、そんな凄まじいばかりの飛翔体に対して、如何様に接触すべきか。という事。

 自分達はかの敵と接触、最終的には交戦を視野に入れてこの場所にいるのだ。

 決して観測が目的ではない。

 このままでは気づかれずに通過してしまうかもしれない。

 そう、誰もが考えたところで。

  

 

 超絶なる速度で飛来してくる、その存在。

 彼我の距離を極限まで零に縮め、今まさに頭上を通過しようとした折りに。

 突如としてその飛翔を止め、空中にて留まった。

 

 かくして、ベール達の懸念は、徒労に終わった。

   

 その女神と思しき、少女の方から接触を求めてきたからである。

 頤(おとがい)を僅かに下げ、崖の上に立つ三人を見下ろしてくる。

 

「あなた達は……この世界の、女神ですね」

 

 少女の唇より紡がれる言葉は、大気を伝いベールらの耳朶を強かに打つ。

 

「ええ、そうよ。あなたは、『パープルハート』ね」

「そしてその目的は、わたくしたちを滅ぼすこと、でしたかしら? 一体なぜなのでしょう。友好的な関係だって築けるはずでしょう?」

 

「友好的? そんな事はできません。私以外の女神が、別の次元に存在している……そんな事、認める訳にはいかない。だから」

「だから……やって来たというの? あなたの国、『プラネテューヌ』から」

「そうです。私はある時、あなた達の――この次元の、四人の女神の声の聞きました」

 

 三人は思わず息を呑む。

 イストワールの予想は、見事に本当だったのだ。

 

 

「なんでそれが私達を滅ぼす理由になるのよ?」

「私の世界を、守るためです」

 

「世界に女神はただひとり。女神は世界と人間達を護り、人間達は女神<私>に遍く信仰を捧げる……私はずっとそう思っていました。けれど、この世界は違う」

 

それを許せば、世界の法則が乱れてしまうからと、少女は続ける。

 

「複数の女神が存在するばかりか、共存までしている……あなた達は、いったい何なんですか。他の女神を、斃そうとは思わないんですか」

 

「耳が痛いですわね。わたくしたちも、かつてはその通りに争っていた……けれど、それは過去の話」

「そうね。あんないつ終わるとも分からない、馬鹿馬鹿しい戦争から抜け出せたのよ、私達は」

「ネプテューヌの導きによって、ね」

 

 三人のいずれもが、一笑に付した。

 確かにその過去は認めよう。

 だが今は違う。

 因果は縁へと代わり、軋轢は確固たる絆へと変わったのだから。 

 

 

 しかし彼女らの誇らしさを、頭上の襲来者は嘲弄する。

 この者らは一体なにを言っているのだ、白痴なのか、と言わんばかりに。

 

「あなた達が何を言っているのか……私には理解ができません。自分の異常を理解していないのなら、これ以上の会話は無意味です」

 

「こっちの台詞よね」

「ええ。やはり、接遇とはいかなかったようね。けれど、だからといってわたし達が引き下がる訳にはいかない」

「わたくし達も、この世界を守る守護女神ですものね」

 

 言うや、ベールは自身を光へと包む。

 束ねた長髪は草原を吹き抜ける風を思わせる、翠なる色。

 一糸纏わぬ裸体を新たに包むのは、緑白の鎧である。

 女神グリーンハートと成ったベールは、空中の敵へ飛翔する。

 

「では、参りましょうか――!」

 

 一番槍。

 体現するかの如く、その手に恃むは櫓落(やぐらおとし)である。

 

 

「――――アクセス!」

 

 ノワールがその身に纏うのは、黒く光る射干玉のプロセッサユニット。

 黒とは、全ての波長の光を吸収する色をだという。

 光さえ逃げ出せぬ黒洞など、その超常性を物語る最たる例である。

 その色が想起させるものは、夜にして闇。

 しかしそれは、その色の邪悪さを言い表すものではない。

 黒とは、全ての光を内包した神秘の色なれば。

 解かれた伸びやかな長髪は、魔性を討つ刃の如くに銀色。

 銀と黒が織り成すモノクロは、相対する敵に生か死かを示す二元論を語るものか。

 その姿、漆黒麗烈。

 荒ぶる激神、ブラックハートが来臨する。

 

 

 

 

「ルウィーの女神の力、見せてあげるわ」

 

 続く形で、ブランもまたその姿を女神のものへと変える。

 

 朝の丘に降りつもった雪の路は、何者にも踏み荒らされていないという。

 その身に纏うは、そんな純潔さを想起させる白妙の外装である。

 その形を変じた御髪は、透きとおり澄んだ、蒼穹の色に飾られて。

 女神を彩る白と水縹の二重奏は、さながら玻璃の聖性か。

 白銀たる氷嵐の世界に住まう精霊の如く。

 楚々として可憐なる御伽の国の妖精の如く。

 静謐に見開かれた瞳の色彩は、赤。

 血結晶をも想わせるそれは、その姿を痛ましいまでに儚く物語るものなれど。

 

 

「速攻で終わらせてやるぜッッ」

 

 

 だが、その瞳の赤は。

 もの言わぬ死骸から流るる血潮ではなく、闘志の炎を宿したように燃えていた。

 女神ホワイトハートとして変生したブランの、荒御魂が爆裂する。

 

「わたし達を倒すだと? ――山戯(ざけ)ろ。ひよったネプテューヌに勝った程度で、調子に乗ってんじゃねェぞっ!」

 

 随分と舐められたものだ。増上慢も甚だしいと、咆哮を上げる。

 

「アイツと似たようなプロセッサを纏いやがって、パチモン野郎がッ!」

 

 至近距離で敵女神の姿を観察すると、ネプテューヌの発言がよく理解できた。

 別次元からやって来たというその少女が装着しているその鎧は、確かにかつて変身したネプテューヌが身に着けていたものと酷似している。

 各パーツの細部こそ違いは多々あれど、プロセッサユニットの中核を成すコアパーツ……胴を鎧う部位は、昔日のネプテューヌのそれを想起させる。

 

「喰らいやがれっ!!」

 

 いざ、その黒い衣を破壊してくれんと掲げた斧を振り下ろす。が。

 裂いたのは敵の身体では無く、虚空。

 戦斧の刃が直撃する直前に、回避されたのだ。

 空しくも初撃は、空振りに終わった。

 

「チッ――!」

 

 命中したと思ったんだがな――と、臍を噛みながら舌打ち。

  

 二合目を狙うのは、ブランではなくベールだった。

 一気呵成に攻め立てんと、長柄の槍を携えたベールが至近距離まで接近する。

 ブランとの交戦に気を取られた敵女神は、容易にそれを許してしまった。

 狙うのは、先の先。

 敵が攻撃を繰り出す直前の時機、である。

 

「そこですわ!」

 

 放たれた矢の如く穂先が疾走する。

 虚空を抉り馳走する一槍は、必殺必誅。

 ゆえに必ず中る。

 過たず敵を屠る。

 

 そう期した、一突きを。

 

「遅いです」

 

 こともなげに、避けてみせた。

 超常的な技芸を用いた訳では無い。

 視界の端に捕らえたその一突きを、身を翻して回避した。

 それだけである。

 想像を絶する即応。

 

「なっ……!」  

 

 ベールもこれには驚愕するより無い。

 必ずや敵の身体を穿つと確信があったのだ。 

 それが徒労に終わるなど、想像の埒外であった為に。

 

 しかしブランは、これを徒にはしない。

 敵女神が回避に用いた僅かな瞬間を、隙へと変える。

 即ち、必殺の一撃を見舞う絶好機へと。

 

「もらったぜ! 遅かりし由良之助、ってなあ!」

 

 

 織り成すは、絶対なる勝利を約す、窮極誅戮奥義<エグゼドライブ>。

 

 

 それは嵐である。

 

 自身の身体と直角になる形で、斧を持つ。

 そのままに、自身の体を回転させればどうなるか。

 独楽状に運動を続けるそれは、人間大の質量を伴い、

 女神を軸に神器たる戦斧を回転させ生じる暴旋風が生じる。

 人ならざる神域に坐す、女神の持つ膂力。

 それが、机上の空論たるそれを歴とした戦技として実現させる。

 

 正に疾風怒濤。

 

 見舞う超弩級の戦斧の一撃は、宣布と同時に対敵を量子レベルで爆砕する。

 その餌食となれば、喩え標的が女神であったとしても砕くとブランは自負している。

 さながら暴風。

 進路上に存在する悉くを飲み砕き壊す、狂嵐のジャガーノート。

 

 これより敵女神を貪り破壊するその技の名は、『ハードブレイク』と謂う。

 ブランが誇りとする最大最強の武威である。

 

 

 

「ぶっ潰す! くたばれ!」

 

 

 ブランは勝利を確信した。

 回転鋸と化した己の持つ斧、その刃が標的へと間違いなく着弾したのだ。

 直撃を受け、衝撃のままに彼方へ飛散してゆく敵女神。

 その光景と、斧の柄を握る手に感じる重厚な手応えが、雄弁に告げていた。

 己の、勝利を。

 

 だからこそ。

 

 白の女神は信じられない。

 その確かな手応えが、単なる早とちりであった、という事が。

 

 力尽き息絶えたと思われた、その少女は。

 無力にも空中を吹き飛ぶ最中、その中途にて体勢を立て直し、事も無げに言い放ったのである。

 

「まだまだです。痛くなんかありません」

「嘘だろっ……!?」

 

 ブランの喉より迸ったのは、率直なる感想。

 さきのベールと同じく、喫驚を演じる破目になる。

 

「ブラン! 今度は同時に」

「……おうっ!」

 

 緑白の女神はそれぞれ、驚嘆を胸裏に押し込める。

 今の自分達が負うべき役は敵の撃滅であり、狼狽に暮れる醜態ではないのだから。

 単独の攻撃が通用しないならば、連携にて仕留めるまで。

 瞬時に意志を疎通させる彼女らではあったが。

 しかし、それは。

 反撃に転じた敵女神にとって、獲物を仕留める手間の幾許かが省かれた――ただ、それだけのもの。

 

「ここは、私の距離です」

 

 無感動に呟かれたその言葉が、それを物語っていた。

 

 白く巨大な剣を、構えたかと思いきや次ぎの動作へと移っている。

 

 さながらそれは、太刀筋の見えぬ光速の剣舞。

 一連の流麗なる斬撃は、正しく一合であった。

 蜃気楼のように茫洋と、踊るように間合いの標的を狙う。

 その白い銃剣は、二柱の女神を、まるで羽虫を叩き落すかの如く襲った。

 

 そして。

 羽を捥がれた蝶のごとく落下する。

 

 

「ぐっ」

「クソがっ」

 

 

「ベール、ブラン!」

 

 一刀にて御された二人の名を呼ぶも、無意味であった。

 既に彼女らは、遥か足下の地表。

 叩きつけられた地面は落下物の衝撃から土煙を上げているために、その様子は判然としない。

 だが今は、二人の無事を信ずるよりなかった。

 それはノワールの二人への信頼の証であったが、それだけではない。

 自分もまた彼女らと同じ轍を踏む訳にはいかぬゆえに。

 

「はぁ!」

 

 ノワールは己の武器を掲げた。

 守護女神ブラックハートへと変身した彼女が恃むのは、変身したネプテューヌが持つ剛刀にも劣らぬほどの大剣。

 機械的な意匠と刀身を覆う刃が、孤高の威容を物語る。

 

「逃がさない、真っ二つよ!」

 

 全力を持って打ち下ろしたその刃は、パープルハートに攻撃を回避させる隙を与えない。 

 そこで、両者は鍔迫りあう構図となる。

 

 この一合を制するは自分。

 対敵を凌駕するのは自分。

 

 

 この瞬間のノワールの脳裏に走るのはそういった確信と矜持であった。

 しかしそれは合わせ鏡のように刃を押し込んでくる、目の前の敵も同じなのだろう――そう思いながら、ノワールは敵の身体を走査する。

 

 外見は自分達とさほど変わらぬ少女然とした女神。

 その身体の一部に傷が、身に纏っているプロセッサユニットに瑕が散見された。

 ノワールに対峙するそのかんばせが苦悶を訴えている――ように見えるのは、恐らくは錯覚などではない。

 敵は外見通り、各部を損傷している。

 

 なぜか。

 知れたこと。

 

 ベールによって訪れた好機を狙った先ほどのブランの猛攻は、無意味では無かったのだ。

 一見すれば徒に終わったそれは、その実パープルハートに確固たる負傷を齎していた。

 

 ならば、撃破まであと数手で届くのかもしれない。

 

 光明を得たノワールの内心とは裏腹に、軍配はパープルハートに上がる。

 互いを喰い殺さんと拮抗していた両者の刃だったが、ノワールのそれが押し負けたのだ。

 

「ッ……!」

 

 弾かれたノワールは瞬間に無防備を晒してしまう。

 即座に防御に転じなければ――と、考えたが。

 ノワールが選定した、現状で必要とされる行動は異なっていた。

 

 攻撃の権利を得た敵の剣が、間合いのノワールを狙い躍る。

 落とされたそれを寸でのところで避け、その刃の背を大きく蹴り上げて――跳躍。

 

「レイシーズダンス!」 

 

 飛翔する燕のごとき蹴撃は舞踏もかくやと流麗に。

 その勢いは一度のみに留まらず、幾度も敵を襲う。

 そしてその絢爛たる踊りは、奔る一閃、剣の舞にて完成する。 

 

 勝った。

 と、ノワールは確信した。

 ちょうど、先ほど奥義を命中させたブランと同じく。 

 だから、というべきか。

 直後にノワールを見舞う驚愕もまた、先のブランをなぞるものであった。

 

 

「!?」

 

 

 思わず息を呑む。

 攻撃は完全に命中した。

 期待でも楽観でもなく、厳然たる現実として。

 事実、ブランの猛攻を受けて負った損傷に、ノワールの奇襲による傷をその身に加えている。

 

 ならばなぜ。

 敵は未だ健在なのか。

 

「耐えて、みせます」

 

 その声を聞き終わるか否かといったうちに、敵は己の武器を掲げて。

 間合いに存在していたノワールに振り下ろし。

 意表を突かれたノワールは、反応に遅れて。

 結果、まともに攻撃を許して、衝撃のままに落下させられてしまう。

 

 堕ちた場所は、ブランとベールが先んじて落下していた地点の間近。

 無念にもノワールは彼女らと同じ轍を踏んでしまった。

 

 見上げる空が異様に、広い。

 仰向けに倒れてしまっているのだ。

 

「痛っ――」

 

 立ち上がらねば、と半身を上げたところで、ノワールの喉から短い苦鳴が漏れる。

 そんな事をしている場合ではないのに。

 全身を襲った衝撃に、思いがけず女神化が解けてしまっているというのに。

 自分を追って来た敵女神が、とどめを刺そうと目の前に立っているというのに。

 

「負けるもんですか……この程度で……!」

 

 立ち上がり、剣を構える。

 その程度の動作が、狂おしいまでに苦痛であった。

 悲鳴を上げる我が身を叱責し、敵へと己の健在を知らしめるも。 

 

 華奢に強がるノワールの剣は、恐らくは勝利を確信している敵の銃剣にて弾き飛ばされてしまう。

 

「これでも、まだ戦うつもりですか?」

「く……」

 

 綴る言葉だけは慇懃な敵女神の勝利宣言に、ノワールは返答しない。

 ならば散れよ、とばかりに。

 パープルハートはその手に、新たなる武器を握る。

 今しがたまで手にしていた白い銃剣と相反する、暗澹と腐り果てた菫色の刃。

 その切先が、自分の胸を狙っている。

 一突きに、この命を奪おうと走る邪悪なる刃。

 

 だが。

 その疾走は、思いがけず停止する。

 

「……?」

 

 一体どうしたというのか。

 空中で留まる刃を握る主の顔を伺うも、その表情から読み取れるものは何一つとして無い。

 ただ強いて言い表すなら、パープルハートは恐らく、『躊躇って』いたのではあるまいか。

 

 どのような理由があったのかは判然としないが、まさしく九死に一生を得たと考えていいだろう。

 惜しむらくは、この隙を反撃に転ずる為の力が今のノワールには残されていなかった事ではあったが。

 さりとて、ノワールの命運が尽きた訳では無い事は、次の瞬間に彼方から聞こえてくる声が告げてくれた。

 

「ちょっおっと待った~~~~~!」

 

 どこか間の抜けた、しかし当人にとっては至って真剣なその叫び声。

 回転する車輪の音と、爆音を上げる自動二輪車のエンジンの駆動音を伴って、ノワールの耳朶を強かに打つ。

 そのバイクを運転するアイエフとタンデム走行したネプテューヌが発したものである。

 

 駆けつけた二輪車は、大地に弧を描きながらノワールの元へ。

 

 

「お待たせっ、ノワール!」

「ネプテューヌ!? なんで!?」

「いやあ、主人公として、仲間達のピンチのひとつやふたつ、颯爽と駆けつけないとね」

「もう! 動けないあなたの代わりに私達が戦ってたのに、あなたが来ちゃったら意味ないでしょ!」

「どうしても、いてもたってもいられなくてさ~」

「だからって……」

「でもでも、間に合ってよかったよ。いーすんとあいちゃんに無理を言った甲斐があったってものだね!」

「ネプテューヌ……あなた……」

 

 瞬く間に緊迫した空気を爆砕したネプテューヌに驚いたのは、ノワールだけでは無い。

 この戦場の覇者であった少女もまた、彼女の出現は予想の埒外であったようである。

 

「あなたは……なぜ、邪魔をするのですか」

 

 虚を衝かれた様子のパープルハートへ、ネプテューヌは応えた。

 

「そっちこそ、なんでいきなり襲ってくるのさ! 普通もっと、前置きがあるんじゃないかな。色んなイベントをすっ飛ばしてるよ」

「そんなもの、必要ありません。私はあなた達、異次元の女神を滅ぼす……それだけです」

「またそれー? 相変わらず何を言ってるのかわからないよ。大体、なんでわたしたちが、あなたの世界を滅ぼすって思っちゃってるの?」

「私の世界以外の別の次元には、私以外の女神いて、国がある……それが異常だからです。ましてやこの世界にはもうひとつのプラネテューヌがあり、パープルハートが守護している」

 

 だから、と目の前のパープルハートは言葉を継いだ。

 

「私はあなた達を認めません。私が統べる、無謬の世界を守る為に。あなた達女神の存在は、それを脅かすから」

「わたしたちはそんなことしないよー。勝手に勘違いしないでもらいたいなあ。だいたい、あなたの世界には最初から他の国は無かったの?」

 

 パープルハートはこくり、と首肯した。

 

「ええ。当然です。なのにどうして、この世界は間違っているんですか」

「またそれ?」

「一体どうして、なんで。なぜ。ラステイションも、リーンボックスも、ルウィーも『まだ』存在しているんですか」

「え?」

 

 ぱちくりと、ネプテューヌの瞳が瞬く。

 『まだ』とは? 

 パープルハートの言葉の微妙な違和感に、思わず首を傾げてしまう。

 

「それなのに、あなた達はどうして、他の女神と共存できるんですか? 間違っているとは思えないんですか?」

「思わないよ。わたしたちは仲間だもん」

「仲間? 同じ女神同士で並び立てる、と? 何を言っているんですか。そんな世界が長続きできるはずがありません」

 

 ネプテューヌの闖入によって混迷した戦場だったが、更に状況は変化を見せる。

 先ほど空中から失墜いたブランとベールが、物陰より現れたのである。

 

「いてて……って、ネプテューヌ! お前どうして、ここに!」

 

 プラネテューヌで療養している筈のネプテューヌの姿を見咎め、ブランは素っ頓狂な声を上げた。

 ブランもベールも共に、地面に叩きつけられた衝撃で体の自由を失っていたようだが、ノワールとは異なり女神化した姿は健在である。

 

「あいちゃん! お久しぶり、ですわね」

「ベール様! ご無事でよかった……ネプ子、ここで引くわよ!」

 

 崇敬してやまぬベールとの再会に喜ぶも、アイエフは己の役目を忘却しない。

 パープルハート討伐へ赴いた三女神の助太刀に行きたいと申し出た、ネプテューヌの送迎。

 無論それは、他の女神らも同様である。

 到着した時の状況を見るに、かの異次元のパープルハートを相手にこれ以上の戦闘続行は不可能であろう。

 かくなる上は、全員無事に帰還するのみ。

 

「ベール様! 他のみんなも、今のうちに!」

 

 言うや否や、アイエフは懐から取り出した丸い玉――以前、餞別代りとマーベラスAQLより譲渡された煙幕弾――を、地面へと叩き付けた。

 たちまち周囲を、眩いばかりの灰色の煙が覆ってゆく。

 濃霧とも思しきそれは、さながら白き闇と言ったところか。

 この場にいる者全ての視界を奪うも、パープルハート以外の全員がアイエフの意図するところを悟った。

 

「あいちゃんの言うとおりですわね。ブラン、ここは」

「三十六計逃げるに如かず、かよ。畜生が」

「ノワールはこっち! あいちゃん良いよ、行って!」

「いたっ! ちょっとネプテューヌ、強く引っ張らないで!」

 

 強引に身体を引かれたノワールは、アイエフがとネプテューヌが跨るバイクに乗せられた。

 トリプレット(三人乗り)は流石に無茶かとも思われたが、事態が事態だけにアイエフは無茶を通す決意を瞬時に固めた。

 

「飛ばすわよ、二人ともしっかり掴まってなさい!」

 

 フルスロットルで発進したバイクは爆音を上げ、白濁たる煙の中で更なる土煙を巻き上げて去った。

 目指すはプラネテューヌの都市。

 帰還を果たす為に。

 伴う形で、ブランとベールもまた飛翔して空中を往く。

 

「あいちゃーん! もっとスピード上げて! これじゃ追いつかれるよっ」

「無理言わないの! これ以上速くはならないわよ!」

 

 ――妙ね、と。

 ネプテューヌの腹部に手を回して掴まりながら、ノワールは疑問に思った。

 不意打ちの煙幕を放ったとはいえ、敵が追ってくる様子が無いのだ。

 どのような意図があるのか。

 分からないが、逃走中の全員にとって好都合である事に変わりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 取り残された異次元のパープルハートは、何をするでも無く佇んでいた。

 未だ晴れぬ煙は視界を奪い続けているが、この次元の女神らが何処の方角へ逃走したかは解る。

  

「女神は、仲間……」

 先ほど、こちらのパープルハートが語っていた言葉を反芻する。

 理解さえできぬその言葉はしかし、棘となり自分の胸裏へと刺さっていたのである。

 

 なぜ?

 唯一の女神たる自分こそが、無二の存在であるというのに。

 なぜ得体のしれぬ存在の言葉に、言いよれぬ、影と響きを受けているのか。

 

 思えば今しがたの自分は、どこか様子に異変を来たしていた。

 

 ラステイション、リーンボックス、ルウィー。

 思わず口を衝いた、この次元に存在する国の名前を、自分はなぜ知っていたのだろう。

 あげくに、『まだ』存在しているのか、などと口走った。

 まるで、その三国は今は亡くなってしまっているかのような。

 

 それもさることながら、異常は他にもある。

 例えばそう、今しがたの戦闘中のこと。

 

 ノワール、と呼ばれていた黒の女神を刺し殺そうとした瞬間に、思わずその手を止めてしまった。

 なぜかは自分でも分からない。

 この次元の女神達を討ち滅ぼす為にやって来たというのに、それが叶おうとしたあの時、思わず躊躇ってしまったのだ。

 

 彼女の纏う豪奢なドレスごと、その肉体を貫き命を奪う。

 まるでそれは、『あの日の再現』のようだったから。 

 今は遠き、あのときあの瞬間の……待て。

 

「あの日……?」

 

 とは、一体なんだろうか。

 まるで自分は、かつてあの女神を同じように殺めたような言いようだ。

 この、女神殺しの剣で。

 

  

 そう考えたところで、思考が完全に凍てついた。

 女神殺しの剣とは、どういう事か。

 

「わたしの世界には、女神は私しかいないはずなのに……」

 

 なぜ、女神殺しの剣なのか。 

 誰を、殺したというのか。

 そも、自分はなぜそのような物を持っている?

 握り締めたそれに目を落とすも、物言わぬ暗黒剣は答えを示さない。

 

 気づけば、煙は大気に溶け視界は晴れていた。

 逃走を図った女神達の姿は、もはや地平線の彼方である。

 

 今は姿無き彼女ら……就中、先日も対峙した、ネプテューヌなるこの次元のプラネテューヌの女神へと、心中で語りかける。

 

 待って、いかないで……と。

 己を置き去りいずこかへと消える、母親の背に懇願する幼子のような心地で。

 

 この次元を守護する、四柱の女神。

 彼女らと対峙すると、巌の如き己の存在が漣を立てて揺れる。

 まるで、自分の知らぬ自分が目を覚ましたようで。

 まるで、封印されていた記憶の断片が解き放たれたようで。

 もし、そうだとしたら。

 

 いったい私は誰なのだろう。

 いったいどうして、私は彼女らの許へ来たのだろう。

 

「行かないと……」

 

 傷ついた翼を広げて、羽ばたく。

 先日と今日の戦闘で負った損傷により、ひらひらと舞う蝶の様なはやさでしか飛べないけれど。

 

 小柄で溌剌とした、彼女。

 ネプテューヌ、と呼ばれていた、あの少女に。

 

 

 

 はやく会いたい、また逢いたい。

 

 

 

 その切望は、彼女らを滅ぼさねばならぬ使命からか、否か。

 もはや、パープルハート自身にさえその判断はつかなくなっていた。




べる×あいは正義。
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