赫い月が登っていた。
いや、それは月ではなく、太陽であった。
太陽の光を月が乱反射し、空を赫く染め上げていた。
月による太陽への侵食。即ち、日食。
今この時、月は太陽を超えた存在となっていた。
「時間がないぞ、碇・・・」
「・・・ああ」
その日光とも月光とも言えない赫い光が、廃れた病院の一室の窓から差し込んでいた。光が照らし出したのは、白衣を着た二人の初老の男。
そして、手術台の上で、腹を開かれ、苦悶の呻き声をあげながらも必死に痛みに耐える、二人の子供だった。
「シンジ君・・・!」
白い髪、白い肌、そしてアルビノ特有の赤い瞳。その少年が、隣で今まさに何かの施術を受けようとするもう一人の少年に手を伸ばす。
「か、カヲル、くん・・・・・・」
もう一人の少年は弱々しく、その顔を涙で汚しながら、痛みに耐えながら、友人へと手を伸ばした。
その横で、二人の白衣の男が小型のカプセルから黒い石を取り出した。だがそれを手にした男、碇ゲンドウは、その石と少年、今まさに自身の手で腹を開いた実の息子である碇シンジを、何度も見比べていた。
「碇・・・早くしろ・・・!でなければ・・・」
「わかってる冬月。大丈夫だ。問題ない」
男、碇ゲンドウは掛けた眼鏡の位置を直すと、シンジの開かれた腹へと手を伸ばす。その手が開かれた傷口を掴むと、それをさらに広げようと力任せに引っ張った。
「あああああああああああああああ・・・!」
「・・・許せ、シンジ」
碇ゲンドウはその手にした石を、開いた傷口に無理やりに押し込んでいく。途端、その石から黒く赫い光が漏れ出してくる。
「カヲルくんんんんんッ!!」
「シンジ君ッ!!」
二人の少年の手が交わる事は無く、赫い閃光が部屋中を満たしていった。
──二つの月の物語は、ここから始まる。
〜仮面ライダー BLACK MOON〜
〈5年後・・・・・・〉
時は2015年。場所は日本のかつての長野県松本市。現在は第二新東京市と呼ばれる、日本の首都である。
15年前、南極に堕ちた巨大隕石の影響で、南極の氷が溶けて、全世界の沿岸主要都市が水没した時代。また、地軸が傾いて、世界全体の気候がガラリと変わってしまった時代。
そのような逆境にあってもなお、人々の生きようとする意思は強く輝き、その輝きは『再建』という形となって顕現する。
この都市も、そんな大都市のうちの一つだった。
首都であるために娯楽施設は最低限しかないものの、商業施設を備えたオフィスビルが建ち並ぶ街の休日は、若者や家族連れで賑わっており、笑顔が絶えない。
そんな何気ない土曜の昼下がりだった。
突然の、爆発であった。
「な、なに・・・!?」
「おい、アレ・・・あっちで爆発が・・・!」
「きゃああああああああああ!!」
突然の出来事に若者達がパニックに陥る。火の手が上がるビルから少しでも遠ざかろうと、人を押し除け、我先にと逃げ出す。
「おいおい!アレって、まさか・・・・・・っ!」
「『
一般客の一人が叫ぶ。それを聞いた他の人間もまた、その異形の姿を捉えていた。
セカンドインパクトが世界中に撒き散らしたもの、その影響を受けた生物。動物や植物、果ては人間と『ナニか』が混ざった者。
『ハイブリッド』
理性を失ったそれの群れは、哀れな人の群れを見つけるや否や、我先にと獲物に飛び掛かっていった。
「うああああああああああああ!!?」
「ギャアアアああああああっ!!」
街はあっという間に、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。大人も子供も、老若男女関係なし。ただ新鮮な肉を求めて人々に襲い掛かる『ハイブリッド』共。
群れが一通りの獲物を得て食事に移行し始めた瞬間であった。
『撃て』
「ラジャー!」
その群れの一塊を吹き飛ばすだけの威力を備えた砲弾が、辛うじてまだ息のあった被害者も含めて根絶やしにせんと撃ち込まれた。
再びの爆発。吹き荒ぶ爆風。
『状況確認』
「
『了解。エヴァンゲリオン
「ラージャ♪」
砲弾を撃ち込んだ砲撃手を乗せた巨大な装甲車が、甲高いブレーキ音を立てて急停止する。その車の後方の扉がバタンッと音を立てて蹴り破られた。
「エヴァンゲリオン02部隊、惣流・アスカ・ラングレー!派手にやるわよ!!」
飛び出してきたのは赤いスーツに要所を守る装甲と変身ヒーローのようなヘルメットを被った女性。そしてその後に続く、同じような灰色のスーツに身を包んだ兵士、10名。皆が皆、その手に強化型アサルトライフルを装備している。
先頭を走る、少女を除いて。
「先頭はアタシが!間違っても当てないでよね!」
『ラージャ、お姫様』
『ハッハッハッハッ』
「笑うなっつーの!」
少女の要望を軽口で返す隊員達が、一斉に銃を乱射し始めた。銃弾の嵐にさらされた『ハイブリッド』共が次々と倒れていく中──、
「あはは!雑っ魚!」
赤いスーツの少女は手にしたナイフとハンドガンで的確に異形共を制圧していく。
ものの数分としないうちに、『ハイブリッド』の群れは1匹残らず駆除された。
「ハァイ!ミサト。制圧完了!」
『ご苦労様。でもアスカ。そういった報告は隊長である加持にやらせてね』
『おいおい勘弁してくれよ。せっかく優秀な人材が現場を指揮ってくれるんだぜ?もっと若い奴を信頼して任せてやればいいじゃない』
『その前にアンタは隊長としての責任感を持ちなさい!これは遊びじゃないのよ!?』
『イェス、マム。わかってるって、怒鳴るなよ』
「あのさ、オープンチャンネルで怒鳴り出すのホント勘弁してよね。耳が痛いっつの・・・」
爆煙が晴れ、状況が終了した現場には化け物と、それと同数か下手したらそれ以上の人間の屍が転がっている。
『状況確認!生存者の保護を最優先!感染してる可能性もあるわ。救護班は細心の注意を払って!』
『ラジャー!』
装甲車の後ろに何台もの救急車と消防車が乗り付けてくる。
それを見届けた赤いスーツの少女はヘルメットのうなじ部分にあるボタンを押した。プシューという排気音のあと、カチカチカチと音を立てながらヘルメットの後頭部が折りたたまれ、そこから赤に近い綺麗な金髪がバサッと出てくる。
ヘルメットを脱いだその下の顔は、金髪碧眼の活発そうな少女であった。
「活動限界5分に対して、今回は2分33秒・・・。まずまずね」
少女、惣流・アスカ・ラングレーは左手首に備え付けられていた端末で何やら操作すると、ふうと一息、天を仰いだ。
「にしても、もう少し歯応えがあっても良かったのに・・・・・・ん?」
その綺麗な青い瞳が、視界の端に何かをとらえた。
それは商業施設の地下に繋がる階段。そこを登ってきた、黒髪の、線の細い少年の姿だった。
少年は目元にかかるかかからないかといった中途半端な長さの前髪をしており、その髪のボサボサ加減からいってほとんど手入れをされてないことが一目でわかる。少し大きめのダメージの入った黒い革ジャンを羽織っており、下半身も自然に出来上がったダメージドジーンズといった出立ちだ。靴も使い込まれた登山靴を履いており、遠目にはライダーかなんかに見えた。
その少年はごく自然な動作でポケットからタバコを取り出すと、一本を口に咥えて火をつけた。
「ちょちょちょ!ちょっと!そこのアンタッ!!」
「・・・・・・?」
咄嗟に声を掛けたアスカを胡乱げに振り返る少年。その目は死んだ魚のようであり、濁り切っている。アスカはそんな事気にも止めず、ずんずんと少年に近づいていった。
「あんた、アタシとおんなじくらいの歳よね!?そんな歳でタバコなんか吸っていいと思ってるわけぇ!?」
「・・・・・・別に。君に関係あるの?」
ふぅっと、少年は少女の前で煙を吹いた。アスカはその匂いに思わずゲホゲホと咳き込んでしまう。
「ちょっと!!・・・・・・あんた、名前は?」
「・・・・・・はぁ?」
「名前よ名前!これは職務質問よ。あんたの名前を教えなさい!」
「・・・え?君、なんなの?警察?」
「NERVよ!対ハイブリッド特務機関NERV!知らないってこたぁないでしょ!?」
「・・・・・・君みたいのが?」
少年は訝しげに眉をしかめて、アスカを上から下までさっと眺める。
「失礼ね!これでもエースなんだから!それより名前!早く教えなさい!出ないと公務執行妨害でしょっぴくわよ?」
少年は、はぁとため息を吐くと、タバコの火を靴底の裏に押し当てて消しながら答えた。
「南・・・・・・」
「へ?」
「名前。南。南光太郎。これでいい?」
そういうと少年は踵を返し、この場を後にしようとする。
「あ、ちょっと!質問はまだ・・・」
「アスカぁ!」
少年を引き止めようとしたアスカだったが、それをさらに止めたのはエヴァンゲリオン02部隊隊長である加持。
「まだこっちの仕事は終わってないぞ、早く戻れ!」
「あ、加持さんごめん!でもアイツが・・・」
「ほっとけ。おおかたチルドレンだ。お前と同じくらいの年頃の奴はごまんといる。時間の無駄だ」
「だけど・・・・・・」
「それじゃ、僕はこれで。何かあれば役所で連絡先調べてよ。そしたら対応でもなんでもするからさ・・・」
そう言うと、今度こそ少年はその場を後にした。なんとなく釈然としない、アスカを残して。
「馬鹿な子、だなぁ・・・」
少年のつぶやきは、アスカには届かなかった。
◇
繁華街の裏通り。そこに、古びた公衆電話があった。南光太郎と名乗った少年は無造作にその受話器を手に取ると耳に当てて、どこかの番号を素早く押した。
「・・・・・・・・・・・・」
きっちり7回のコールの後、電話の向こうでガチャっという音が聞こえた。
「次の仕事をちょうだい」
少年がぶっきらぼうに喋る。
「うん・・・、うん・・・・・・その娘を殺ればいいんだね?わかった。・・・でもなんで皆んなやりたがらないんだい?かなりいい値段だと思うけど」
電話の向こうの相手が何かを喋る。
「ああ、そういう事。くだらない・・・・・・まぁいいや。写真とかある?」
そう言うが早いか、公衆電話のテレホンカード用の差し込み口から、小さな写真が出てくる。映っているのは青いショートカットで赤い瞳をした少女。
「『綾波レイ』ね・・・わかった。ちなみに依頼主は?」
電話口の相手がまた何かを喋る。それを聞いた瞬間、今まで気怠るそうにしていた少年の顔が険しくなった。
「・・・・・・・・・なんでもないよ。じゃあ。終わったら連絡する」
そう言うと少年は受話器を戻した。その目には明らかに憎しみが宿っている。
「サキエル・・・・・・・・・ッ」
公衆電話を離れ、険しい顔で少年、碇シンジは裏通りへと消えて行く。
「今度こそ殺してやる」と、呟きながら。
つづく