仮面ライダーBLACKMOON   作:サルオ

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「いい?レイ。貴女は特別なの」

 

 事あるごとに、義母、赤木ナオコが綾波レイに言い聞かせてきた言葉。

 

「だから、貴女は隠れ続けなくてはならない。普通の人間を演じ続けなければならない。命の価値は皆、平等。人間も、ハイブリッドも、命の重さは地球以上。1mgだって変わらない。

 

 でもレイ。貴女は違う。貴女の命は、この地球全ての命より重い。だから、絶対に忘れないで」

 

 そう言われ続けてきたから、綾波レイはその言いつけを忘れた事はない。今も人畜無害を装い、繁華街のパニックを避けてきたところだ。

 

 なぜ、自分が特別なのか。レイがその事について義母に尋ねたことはなかった。ただ幼心に、とても大事な事なのだと感じとり、それを忠実に守ってきた。

 

 だというのに・・・・・・。

 

「やっと見つけましたよ。綾波レイ、ですね?」

 

 繁華街の外れ、工業地帯に入る間のわずかな空白の土地。

 

 綾波レイの前に、黒いスーツに身を包み、白い仮面を付けた男が立ち塞がった。

 

「だれ・・・?」

 

 レイが震える声で問う。目の前の人物からあり得ないほどの気配を感じる。敵意。殺意。そして、歓喜。それらが入り混じった気配がねっとりとレイに纏わりついてくる。

 

「まさか、こんな手を使っていたとはね。ゼーレも中々狡いマネをする・・・」

 

 男はゆっくりと、レイに近付いてくる。それに合わせてレイはジリジリと後ずさった。

 

「まぁ、とはいえ、これで我々は王手に一歩近づいた、と言ったところですが」

 

「こ、来ないで・・・」

 

「おや?感情がある?驚いた。ただの肉の塊かと思っていましたが」

 

 恐怖に震えるレイを、男は興味深げに眺めた。そんな男の挙動の一つ一つが恐ろしくて、レイの足から力が抜けていく。

 

「まぁ、私のやる事に変わりはありません」

 

 男は顔の仮面を撫でる。途端、男の身体が変化し始めた。

 バキバキと音を立てて肩が頭の上まで盛り上がり、顔が胴体に埋没する。それとは反対に手足は長く、細く伸びていき、肘からは棘が、指は3本にまとめられ、獣よりもなお鋭い爪を生やす。来ていたスーツが破れ、男の胸に赤い玉が出現した。

 既存の生物でも、ハイブリッドでもない。見たこともない異形を前に、とうとうレイは腰を抜かした。

 

 

 

 

 

「待ちなよ、サキエル」

 

 

 

 

 

 場にそぐわぬ、気の抜けた少年の声が二人の耳に届いた。

 

 レイが振り向くとそこには、黒い革ジャンにダメージドジーンズの中性的な少年が立っていた。鋭い風が駆け抜け、少年の髪を巻き上げる。憎しみが風に乗り、レイと、その背後にいる異形とを切り刻まんと吠えたてる。

 

「おや、おやおやおやおやおやおやおや。随分と懐かしい顔で・・・」

 

「白々しいよサキエル。どうせ僕のことなんて興味無いんだろ?」

 

「ええ。全く仰る通り。貴方には微塵も興味ありません。もはや(・・・)、ね」

 

 サキエルと呼ばれた異形は、膨れ上がった肩をすくませた。

 

「・・・・・・ん?もしかして、貴方ですか?私の仕事を受けて頂いたのは」

 

「だったら、どうする?」

 

「いや、別にどうもしません。ただ、あまりに仕事が遅いものですから私が出張ってきたワケでして」

 

「仕事はするよ。報酬も貰う」

 

「お好きなように。私はここで貴方の仕事ぶりを見学させていただきますので」

 

 そう言うと、サキエルは道の端に埋まっていた大きな石に腰をかけ、膝を組んだ。それを見た少年・碇シンジは少しだけ眉をひそめた後、ゆっくりと腰を抜かしたレイに近付いていく。レイの顔に恐怖が浮かんだ。

 

「大丈夫。なるべく痛くしないから。・・・死んだ事ないから、わからないけど」

 

 少年の目は全てを諦めているようにも見えた。彼が何に殺意を向けているのか、レイにはわからなかった。自分なのか。背後の怪人なのか。舞い上がった土埃の匂いが妙に鼻をついた。

 

(わたし、死ぬの・・・?)

 

 レイの首に、少年の手が伸びる。ガシッと掴まれた首に力が入れられる事はなかった。だがしかし、それでレイが死の運命から逃れられたわけではない。少年の手が抜き手の形を取り、レイの顔を貫かんと振り上げられた。

 その時だった。少年の顔が急に歪んだ。

 

「キミ・・・、まさか・・・・・・」

 

 突然だった。少年は少女を突き飛ばし、いきなり腹を押さえ始めた。少年の額に脂汗が浮かび、少年が苦鳴を上げる。

 

「そ、そんな・・・・・・そんなっ!こんな事って・・・!」

 

 突き飛ばされたレイには何が起きているのかはわからない。ただ、少年の押さえた腹の中から、僅かに紫色の光が発しているのだけが見てとれた。

 

「おやおやおやおや、まぁまぁまぁまぁ。まさか職務放棄ですか?それとも、知らなかったんですか?(・・・・・・・・・・・)

 

 後ろの怪人が実に愉快と笑う。それを睨みつけた少年の目は、先ほど以上の殺意が込められていた。

 

「サキエルぅ・・・!」

 

「おお!怖い怖い!・・・・・・なんてね。出来損ないの貴方がどんな顔をしようが、私は何も感じませんがね」

 

「気が変わったよ。報酬を貰ってからにしようと思ったけど、お前から殺す」

 

「ふはっ!!随分と強気なセリフ!この数年でだいぶ変わられたようですね!」

 

 怪人が立ち上がる。少年もまた、怪人と対峙するために背筋を伸ばした。腹から溢れ出る光はどんどんと強くなっていく。両者の間で腰を抜かしていたレイは、巻き込まれないようにとズリズリと地面を張って二人から距離を取った。

 

 

 

「うぅ・・・うぅああああああうッ!!」

 

 

 

 少年の全身に紫色の帯のような物が巻き付いていく。それは全身を装甲で覆い、肩から細長い板のようなツノが生えてくる。少年の顔は一本角の鬼面に覆われて、紫色の鬼が姿を現した。

 

「前よりもだいぶスムーズ。使いこなせるようになりましたね・・・」

 

「ゔおぉおおおおおおおおおおッッ!」

 

 鬼が、雄叫びと共に大地を駆けた。肩の板から刃を取り出し、鬼は怪人の胸にそれを突き立てた。

 

 だが──、

 

「無駄」

 

 怪人の前に、赤い光が障壁となって展開された。それは迫っていた刃を受け止め、鬼を弾き飛ばす。

 

「ぐっ!」

 

「ショボい。それ以外の言葉が思い浮かびません」

 

「がっ!!?」

 

 鬼の顔に、怪人の手が伸びる。3本の鉤爪が鬼の顔をがっしりと掴み、ギギギと音を立てて持ち上げる。

 

「なめ、るなぁッ!」

「!?」

 

 鬼の手が掴んでいた怪人の腕を掴み、満身の力を込めて捻り折った。

 

「ぐああっ!!」

「離せ・・・ッ」

「そちらこそ、舐めないで頂きたいッ!」

 

 しかし怪人の手は離れず。怪人の肘から生えていた棘が瞬時に腕へと埋没すると同時に、鬼の顔を掴んでいた掌からソレが飛び出した。鬼の顔に棘が撃ち込まれる。

 

「ぎゃぅ!」

「このまま、頭蓋を貫いてあげます!」

「ぎぃああああうッ!」

 

 鬼は苦鳴を上げながらも、怪人の腕を絡みとり、背負い投げのように怪人を地面へと叩きつけた。怪人が呻き声を上げる間もなく、鬼がその上に馬乗りになると、両の拳で怪人の胸の赤い玉を殴りつけた。

 

「ぎゃあああっ!?」

「死ねぇッ!」

「は、離れろ!」

 

 怪人の前に再び光の障壁が展開される。それは先ほどのように鬼を弾き飛ばそうとして──、

 

「舐めるな、って言っただろ?」

 

 鬼も同様の光を放つ。その光同士がぶつかり合い、光の壁が少しずつ消え始めていく。

 

「まさか!?ATフィールドを!?」

「うがあッッ!!」

 

 鬼の手が、怪人の光を両手で引きちぎった。鬼面の口がバキバキと音を立てて割れると、そこから獣のような牙が現れた。無防備にさらされた怪人の胸、その中心にある赤い玉に向かって鬼は渾身の力で噛み付いた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!」

 

 ぶちぶちと音を立てながら、赤い玉が鬼の口に噛まれながら引きちぎられていく。鬼は渾身の力で、その玉を噛み砕こうとしていた。

 

「あ、貴方如きに、貴方如きぃ〜ッ!」

 

 怪人の四肢が、鬼に絡みついた。

 

「渡すくらいなら、一緒に死ねッ!!」

 

 怪人の身体が発光する。瞬間、怪人は鬼を巻き込んでその身を爆ぜた。

 

「きゃああああッ!!」

 

 血と肉の焼ける匂いを孕んだ爆風が、レイを吹き飛ばした。地面に頭を強く打ちつけたレイは、そのまま気を失ってしまう。

 

 血を含んだ爆煙が晴れればそこには、全身に返り血を浴びた紫色の鬼の姿。鬼は口の中に僅かに残った肉片をベッと地面に吐き出すと、その身を覆っていた装甲を解いていく。

 鬼面の下からは、虚げな少年の顔。装甲を解くと同時、彼が浴びていた返り血も霧散していた。

 

「・・・・・・・・・ちぇ」

 

 忌々しげに少年が、爆散した怪人の肉片を見遣る。その目が、道端に倒れたレイを捉えた。

 

「・・・放っておくわけには、いかないよね」

 

 少年、碇シンジは苦々しげに呟く。自分の復讐、その一つを果たした。だというのにシンジの心は一向に晴れない。

 なぜ、こんな業を背負ったのだろう。なぜ、こんな少女に関わってしまったのだろう。様々な感情が胸に去来する一方で、この巻き込まれた少女に対する同情がシンジの胸にはあった。

 バカバカしい。自分のような小さな人間が同情などと。そんな事を感じる価値など自分にはないのに。一人の少女を救ったなどと、烏滸がましい。自分は金の為に、この少女を殺そうとしたのだから。

 

 声にならないため息を漏らし、シンジはレイを背負って、その場を去る。乾いた風が、血生臭い戦闘の臭いを拭い去っていった。

 

 

 

 

 

つづく

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