外伝:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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短~中編予定です。おそらく4話ほどかと思います。
ボチボチ書いていく予定ですので、お暇なときにでもお付き合いください。

時系列は本編(https://syosetu.org/novel/296857/)の13話と14話の間を想定しています。
それではお楽しみくださいませ



骨と歌と笛吹きの少年 1

 富、名声、力──。この世の全てを手に入れた男、ゴールド・ロジャーの死に際に放った一言は、世界を混沌の坩堝へと変貌させた。

 

『探してみろ、この世の全てをそこへ置いてきた』

 

 その言葉に感化された者、あるいは欲に眩んだ者たちは、皆こぞって海へと乗り出したのだった。

 世はまさに、〝大海賊時代〟────。

 そんな混迷の世の中においても、やはり当たり前の人の営みというものは残っている。

 ──いや、むしろ、この時代だからこそ、虐げられるばかりの無辜の民草は、身を寄せ合って生きていくしかないのだろう。

 ここは、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半、夏島で緑豊かな石と樹木の島々から成るマーリシーモ群島はキルエハの街。

 その島の一角には、シャハ孤児院という小さな孤児院が建っていた。

 錆びれた、ボロボロの印象のある孤児院だった。貴族が慈善事業で、あるいは道楽でやっている孤児院とは違う。ただ、一人の修道女が志を以って建てた孤児院だ。

 そんな孤児院の共同部屋で、ちょうど今、ケンカが勃発していた。

 右手に竹か何かでできた筒状のものを握りしめた少年を、ほかの子供が囲って囃し立てている。

 

「やーい、まァたカバルが吹けもしない楽器をいじってるぞー!」

「うるさい! 練習したら吹けるようになるんだよ!!」

 

 筒を持った少年が、顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

 しかし、その様子愉快だったのだろうか。あるいは、からかうことを楽しんでいるのだろうか。

 

「そう言って、もう二年も経ってるじゃない!」

「あはは、才能ねーんじゃないのー!」

「ヘタクソの音なんて聞きたくないね!」

 

 ……中には、その下手な音を迷惑だと、本気で辟易している人もいるのかもしれない。

 いくら懸命に言い返そうとも、事実として、少年はその楽器をうまく吹けないのだ

 少年もそれを自覚しているから、反論しようにも、言葉を紡げば紡ぐだけ、懸命に言い返せば言い返すだけ、自分の空々しさを露呈するようで、やる瀬なかった。

 だから少年は、言い争いも早々に、すぐに逃げ出した。

 

「あっ」

 

 誰かが、声を上げる。

 その時には、もう少年は孤児院の扉を開いて、外へと飛び出してしまった後だった。

 

「カバル、待ちなさい!!」

 

 異変に気が付いた修道女が、小さくなる少年の背に声をかけるが、少年が立ち止まることはない。

 気が付けば少年は、森の中へと姿を消してしまっていた。

────

───

──

 少年は、今日も今日とて森の中に来ていた。

 鬱蒼とした……というわけではない。

 ある程度の間隔をあけて、大きな木が立ち並んでいるおかげで、木漏れ日が地面の草を緑色に照らしている。

 いつもと同じように孤児院でバカにされ、いつもと同じように、そんな明るい森の中の特等席にやってくる。

 それは、地面から突き出した岩。ちょうど腰くらいの高さだろうか。

 その特等席に座って、楽器を吹く。

 それが彼のルーティーンだった。

 バカにされているのも、別にいじめられている──というわけではない。

 少なくとも、少年はいじめだとは思っていなかった。

 からかわれている、あるいは文字通り〝バカにされている〟。

 その原因は、少年が右手に持つ筒状の管楽器。

 楽器を両手で持ち唇に当てる。

 

ポヘー……

 

 少年が息を吹き込むと同時に、スカスカと息が抜ける音と、間の抜けた音が鳴る。

 鳴るだけで、響かない。

 少年はすぐに息が切れてしまって、楽器から口を離して息を吸って、そして吐いた。

 楽器を吹くのがルーティーンである、というのは少し語弊があるのかもしれない。

 なにせ、少年──カバルは、二年の月日をかけて、未だ一つの曲、曲の一(フレーズ)すら吹けないのだから。

 もちろん、その不甲斐なさと惨めさと、それから滑稽さはカバルが一番わかっている。

 ──本当に、情けない。

 音楽家の息子に生まれたというのに、ただの一曲も吹けないなんて、まったく自分の才能のなさ加減が嫌になる。

 それでもカバルは眉間にしわを寄せて、もう一度吐こうとした溜め息をぐっと堪えた。

 そして、再び楽器を口元に構える。

 息を吸い、そして吹き込む。

 

 スポー……

 

 さっきよりも、息がちな掠れた音が、森の中に消えていく──

 

「ほら! ねえ聞こえたでしょ! やっぱり誰か練習してるんだって!!」

 

 不意に森の木々をすり抜けて聞こえた声に、カバルはびくりと体を竦めた。

 そこまで高くはない、大人の女性の声だろうか。

 少なくとも、カバルが聞いたことのある声ではなかった。

 

「いやァ、ですがこんな森の中ですよ? ……ほら、幽霊とかだったらどうします?」

「ゆゆ幽霊なわけないでしょ! まだ昼間だよ!!」

「昼間だから幽霊がいないという軟弱な考えは捨てた方がよろしいかと。もし昼に活動する幽霊に出会ったとしたら、心臓が飛び出してしまうかもしれません。まあ私は飛び出す心臓がないから大丈夫ですけど!」

「言ってることはもっともかもしれないけどさ、そう言うならそのへっぴり腰やめなよ。……でも確かにそう思っていたせいで、一回動く幽霊みたいな骸骨、思い切り殴っちゃったもんね」

「ヨホホ! あれはかなり効きましたねェ!」

 

 女性の声と一緒に聞こえるのは、豊かに響く男性の声。

 カバルは楽器を握りしめて、岩に座ったままどうしようか考える。

 ──自分を探しに来た人だろうか?

 いや、そうだとしたら幽霊の話になるのはおかしいだろうし、声を聞いた覚えがないのも引っかかる。

 では、たまたま来た外部の人間だろうか?

 そういえばこの町で、なにか大きなイベントがあると言っていたような気がするから、そのイベント目当てで来た人間の可能性はあるだろう。

 問題は、善人か、悪人か。

 例えばこの声の主が海賊だったとしたら──。

 

「あ」

 

 カバルが思考にけりをつける前に、その女性は森の木陰から顔をのぞかせ、そしてカバルを見つけると声を上げた。

 木陰から出てきた女性の姿に、カバルは目を丸くする。

 とても目立つ髪色だった。

 赤と白のツートンカラー。

 どこかで見ていたら、きっと忘れないだろうその印象的な髪色。

 キテレツなイラストの描かれた黒いティーシャツに、ベージュのカーゴパンツを履いている。

 

「…………」

 

 カバルは思わず押し黙ってしまった。

 あいさつをするべきなのだろうか。それとも黙ってその場を後にすべきだろうか。それとも黙々と練習を続けるべきだろうか。

 なかなか決めずにいると、女の方が先に口を開いた。

 

「ほら! やっぱり楽器を練習している人がいたじゃん!」

「ヨホホ! さすが耳がいいですねェ。私、耳がないのでどうにも……」

 

 そんな低い声が響いたかと思うと、ぬっと現れたのは、グレーのTシャツに赤いハーフパンツを履いた骨──。

 

「うわああ!?」

 

 そう骨だ、骸骨だ。

 ひょろりと背の高い骸骨が、愉快そうに笑いながら姿を現したのだ。

 それこそ、先ほど聞こえた会話にあった〝幽霊〟とはかくや。

 真っ黒のアフロヘアーを揺らしながら、骸骨が言う。

 

「おやおや、人の顔面を見て悲鳴を上げるとはご挨拶な。まあ私、顔面ないんですけど!」

 

 笑えない冗談を言って、骸骨は一人楽しそうに笑う。

 その隣で、ツートン髪の女が、呆れたように肩を竦めた。

 

「ねえブルック、初対面の人にスカルジョークするのやめなよ……。思い切り怖がってるよ?」

「おやこれは失敬! 大丈夫ですよー! 怖い骸骨じゃないですよー!」

 

 ブルックと呼ばれた骸骨が身を乗り出して、カバルを覗き込むようにそう言葉をかけて、

 

「だからそれをやめなさいって言ってるの!!」

 

 スコン! と女にアフロの頭をはたかれて、骸骨は地面に転がった。

 

「いやーウタさん、いきなりぶつのはひどくありませんか?」

「人を怖がらせてる! それ以外に理由がいる?」

「ヨホホ、いりませんねェ……」

 

 しおらしく怒られる骸骨に、ようやくカバルは彼が危険な存在ではないと認識したようだった。

 緊張で体を固めながらも、その警戒を解いたようだ。

 

「えっと、お姉さんと……骨? は誰?」

 

 おどおどしたカバルの声に、ツートン髪の女は怒っていた表情を緩めて、微笑みながら応えた。

 

「わたしの連れが怖がらせてごめんね! わたしはウタだよ」

「ヨホホ、そして私は〝死んで骨だけ〟ブルックです! 以後お見知りおきを!」

 

 何事もなかったかのように立ち上がって、ブルックと名乗った骸骨が笑い声をあげた。

 そしてそのままパンパンと骸骨の手で服をたたいて、土ぼこりを払っている。

 カバルが目をぱちくりさせて見ても、やはり彼は骸骨であり、タネもシカケもなく動いているようにしか見えなかった。

 

「ど、どうなっているの……?」

「私ですか? ヨホホ、こんな体をしていますが、ちゃんとウンコは──」

 

 出ますよ、と言おうとしたところでウタと名乗った女性が割り込んできた。

 

「悪魔の実、だよ。聞いたことない?」

「あく……あっ!」

 

 カバルはようやく思い至った。

 この広い海には、不思議な力を宿した〝悪魔の実〟と呼ばれる果実が存在している。

 曰く、それを食べたものは人外の力──それこそ悪魔の力を扱えるようになるらしい。

 

「……じゃあ、悪魔の実を食べた人は、死んでも生き返れるの……?」

 

 うつむき加減に、かすれ声で問いを放つカバルに、ウタは少しだけ首を傾げてから、「違うよ」と答えた。

 

「ごめん、言い方が悪かったね。この人──人?」

「ちょっとウタさん、そこは人で通してくださいよ」

「ごめんごめん。この人の食べた悪魔の実が特殊なんだよ」

 

 ええ、とブルックが頷いた。

 

「ヨミヨミの実と言いまして。一度死んでも復活できる! という悪魔の実なんですが、私の魂、ちょっと自分の体に戻る際に迷子になっちゃいまして」

「まさか、それで骨に……?」

 

 カバルが恐る恐る聞くと、ブルックはいかにも愉快そうにヨホホと笑った。

 

「ヨホホヨホホホ! ご明察!! 大正解ですよ!! ええ、それで今はこんな体です! まあ中途半端に残ってゾンビ状態だった可能性を考えると、これくらいすっきりしていた方が悪くないように思いますよ」

 

 冗談とも本気ともわからない発言をして、ブルックがカバルの前に膝をついた。

 今度は下から少年の顔を覗き込み、尋ねる。

 

「それでは、君のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 




お読みいただきありがとうございました。
ゆるゆると書いていくつもりですのでのんびりお楽しみいただけたら幸いです。
次回は一週間以内に更新出来たらいいな……と考えております。よろしくどうぞ。

PS.別のお話を書いていて更新遅れます。申し訳ありませんがしばしお待ちくださいませ
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