外伝:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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骨と歌と笛吹きの少年 2

 少し話をしてみて、どうにも悪い人たちではないと判断したカバル少年は、その骨と女性に自分の名前を名乗り、そしてさらに雑談を続ける。

 話の中でわかったことだが、どうにもその二人組は、この島で開かれることになったイベントのために来ているらしい。

 つまりは観光客ということか、とカバルは一人納得した。

 そして彼らは観光客らしく、この島の見どころとか危険な場所とか、行くべき食事処について尋ねてきたが、カバルにはあまり答えられる問いはなかった。

 

「ほら、おれ孤児院暮らしだからさ……、だから、そういったところはあんまり詳しくないんだ」

「あ、そっか……」

 

 悪いことを聞いてしまった、という表情を浮かべて、ツートン髪の女──ウタは言葉を詰まらせた。

 気まずい空気が流れる──その前に、動く骸骨ことブルックが口を開く。

 

「それにしても、一人黙々と森の中で楽器の練習とは、カバルさんも凄い努力家、隅に置けませんねェ!」

 

 明るい調子で、ブルックが言う。

 努力を誉めるつもりだったのだろうが、しかし、カバルは逆に肩を落とした。

 

「……練習しても、全然うまくならないんだから、努力したことにならないよ」

 

 腹の奥の黒いものを吐き出すように、呟く。

 思ったよりも低く暗い声が出て、カバル自身もびっくりして、ぱっと顔を上げた。

 すると目の前で、ブルックとウタが顔を見合わせている。

 えっと、と先に声を上げたのはウタの方だった。

 

「カバルくんは、いつから練習をしているの?」

「? ついさっきだけど」

 

 練習をし始めた矢先に、二人が現れてこうやって話をしているのだから、今日の練習時間はまだほとんどない。

 その言葉に、ウタは質問の仕方を間違えたと謝ってから、もう一度訪ねなおした。

 

「ごめんごめん。今日の練習の話じゃなくって、初めてその楽器を吹いたのはいつかなってさ」

「……二年前だよ。……だけど、音が一つもまともに鳴らせないんだ。いっぱい練習したって、ムダだよ。──才能ないんだ、おれ」

 

 溜め息と一緒に吐きだした言葉に、ウタは不思議そうに首を傾げた。

 

「じゃあなんで練習してるの?」

 

 しゃがんだウタに真っ直ぐに目を覗き込まれて、カバルは思わず視線を逃がした。

 責めるような口調ではなかった。

 なじるような口調でもなかった。

 バカにするでもなく、あざけるわけでもなかった。

 ただ、わからないから知りたいと思っている。

 そんな口調だった。

 ──初対面の人に、どこまで話していいものか。

 カバルの頭に、そんな考えがぼんやりと浮かんだ瞬間には、すでに彼の口は動いていた。

 

「父さんの形見なんだ」

 

 その笛はカバルの父の物だった。

 音楽家だったカバルの父は、二年と少し前のある日、島外で行われる演奏会参加のために、船に乗って海へと繰り出した。

 カバルと母は、このマーリシーモ群島にある家(当時はキルエハには住んでいなかったのだが)で、父親の土産話を楽しみに待っていた。

 しかし、帰ってきたのは、父が亡くなったという訃報だけ。

 特に大きなドラマがあったわけではない。この世界ではありきたりな出来事だ。

 この〝偉大なる航路〟、気候は何ひとつ安定せず、海には船をも飲み込まんほどの海獣や海王類がひしめいている。

 そして、海賊も。この時代がその名を冠するように、いたるところにひしめいている。

 父親が遭遇してしまったのは、嵐だったらしい。

 運がなかったといえばそれまでだが、しかしそれで納得できるほど六歳のカバルは大人ではなかった。そして、納得できるほど大人だったカバルの母は、それ以降病に伏し、父が亡くなってほどなく、後を追うように亡くなった。

 この世界では、珍しくもない話だ。孤児院の中には、もっと悲惨な過去を持っている人だっている。

 ただ、それでもカバルにとっては家族がいなくなってしまったことだけが事実であり、そして、家に残されたこの笛だけが、亡くなった父と母を自分とつなげる(よすが)だと思っていたのだった。

 沈痛な面持ちのままに絞り出したカバルのかすれ声に、「そうでしたか」と、ブルックがとても暖かい声で言った。

 

「それでとても大切にしているんですね。……ええ、それも立派な才能じゃありませんか」

「は?」

 

 ブルックの言葉に、カバルは思わず顔を顰めてしまう。

 ──だから、おれには才能なんて──。

 その思考を遮るように、ブルックの隣で一人頷いていたウタがしみじみと口を開いた。

 

「そうだよね。練習しても上達を感じられないときって、すっごくつらいと思うんだけど、それよりも家族を大切に思って練習を続けていたんでしょ? しかも一人で」

「ま、まあそうだけど……」

「多分、普通の人だったらどこかでくじけてる。せめて一緒に頑張ってくれる仲間がいないとさ。だから、きみ才能あると思うよ」

 

 でも、とカバルは反駁する。

 

「それでも、吹けなかったら意味なんてない」

「それは、誰も正しい吹き方を教えてくれなかったから、じゃないですか? ……今まで誰かに、その笛の吹き方を教わったことは?」

 

 反駁を返す刀で切って落としたブルックが、さらに質問をかぶせる。

 図星だったのか、う、とカバルは一瞬言葉を詰まらせて、その視線を脇に逃がした。

 

「……仕方ないだろ。父さん以外でこの楽器をやっている人は、ここらにはいなかったし──」

 

 その父も、カバルに楽器を教える前に亡くなっているのだから、誰かから手ほどきを受けようもなかった。

 なるほど、とブルックは納得したように骨の人差し指を立てる。

 

「確かにその楽器、〝南海(サウスブルー)〟の一地方の民族楽器ですもんね。言い方は悪いですが、どちらかと言えばマイナーよりの楽器ですし、島に演奏者がいないのも頷けます」

「あ、そうなんだ?」

 

 楽器の知識に、ウタが興味を持ったように声を上げる。

 おや、とブルックが驚いたように首を傾げた。

 

「ウタさん、ご存じなかったんですか?」

「楽器より声楽の方を習ってた時期の方が圧倒的に長いし、わたし。メジャー楽器の歴史とかは本の知識をかじっていたりはするけど、民族楽器をはじめとする文化には疎くって」

 

 あはは、と力の抜けたように笑ったウタが、頬をかきながら言う。

 ちらりとカバルの表情をうかがってから、ブルックは軽く説明を始める。

 

「カバルさんの持っているこの楽器は、〝ケーナ〟という楽器です」

 

 ケーナとは、もともと葦を材料に作られた木管楽器の一種である。

 今カバルが持っているのは竹製の物であり、どこか哀愁を感じさせるような豊かな音が特徴になる。

 その原材料になる葦や竹の植生からもわかる通りに、比較的高温で多湿な夏島で作り出された楽器だということだ。

 民族楽器として嗜んでいる者は、その地域には多いだろうが、その地域を出て活動している演奏家は稀だというのがブルックの見解だった。

 

「昔、私が乗っていた船にも一人、演奏できる男がいましたねェ。彼はもともとフルート奏者でしたが、バンスリだとかシャクハチだとか、そういった民族楽器をこよなく愛する男でして」

 

 懐かしむように少しだけ目線を上げて、ブルックがしみじみと言った。

 ウタ同様に、興味深そうに話を聞いていたカバルは、少しだけ考え込んでから、思い切ったように口を開いた。

 

「その、その演奏できる男の人に教えてもらうとかは──」

「ああ、すみません」

 

 カバルの言葉を遮って、そしてバツが悪そうにブルックは言う。

 

「彼、もう死んでしまっているんです。……まあ何しろ、五十年以上前の話ですし!!」

 

 ヨホホ、と笑う彼の声は、こちらに気を使わせないためか、それともただの空元気か。

 結果として気まずい空気が流れてしまい、「ヨホ……」とブルックが肩を落とす。

 

「言葉を間違えましたかねー……」

 

 呆れたように、ウタが「そりゃそうでしょ」と言う。

 

「というか、ブルックは吹けないの? 楽器全般、大体はなんでもいけるクチでしょ?」

「え? それはもちろん吹けますよ?」

 

 あっけらかんとしてブルックが言う。

 カバルがぽかんと口を開けて、ブルックの隣でウタががっくりと肩を落とした。

 

「教えてあげればいいじゃん……。どうせ時間には余裕があるんだしさ」

「ええー、どうしましょう?」

 

 わざとらしく意地の悪い口調で言って、ブルックはちらりとカバルの方へと首を傾けた。まるで、あなたはどうなんですか、と言わんばかりに。

 間髪を入れずに、カバルは口を開いていた。

 

「教えて!」

 

 目を輝かしたその言葉に、ブルックは静かに頷いた。

 

「ええ、もちろんですとも」

 

 白面のその顔からはよくわからないが、彼が微笑んでいるように感じるような、そんな暖かな声だった。

 ぱあっ、と弾けるように目を輝かせたカバルに向かって、ブルックが骨の手を差し出した。

 

「では、その宝物を少しお借りしても?」

「あ、うん」

 

 ブルックの手に握られると、カバルの手には大きかったその楽器も、どうしても小さく見えてしまう。

 さて、とブルックが背筋を伸ばして講釈を始めた。

 

「さてカバルくん。君がうまくこの楽器を鳴らせないのには、三つ理由があるんですが──、いかがです? 心当たりは?」

 

 カバルは首を横に振った。

 わかっていれば、もっと早く上達しているはずだ。

 わからないからこそ、ずっとずっと、ヘタクソのまま苦渋の時を過ごさねばならなかったのだから。

 ブルックはヨホホ、と小さく笑って「ではその基礎から始めましょうか」と言った。

 

「まず、管楽器を吹くのには、大切な要素が三つあります。さてウタさん、その三つとは?」

「うえ!? わたし!?」

 

 まさか自分もまきこまれるとは思っていなかったウタが、自らを指差して素っ頓狂な声を上げる。

 ええ、どうぞ、というブルックの促しに、ウタは「油断していたよ」と両手を上げて首を振る。

 しかし彼女もただ者ではない。

 

「えーっと……そうそう。管楽器を扱うにあたって重要な基礎は、楽器のポジショニング、息の調節(ブレスコントロール)、それから口の形(アンブシュア)だったっけ?」

「ヨホホ! さすがウタさん!! ご名答正解です!!」

 

 楽しそうに笑ってから、少し真面目な口調になって、「ではカバルくん」とブルックが続ける。

 

「正しい姿勢、正しい位置で楽器を持つことは重要です。音を鳴らすところにうまく息を当てられなくなりますから。そして、管楽器は呼吸で音を鳴らすもの。息の向きや速度で音を変えられるのが管楽器の強みです。そしてその息の出し方として重要なのが、アンブシュア──口の形です」

 

 では実践してみましょう、とブルックがケーナを両手で持つ。

 

「まずは持ち方。この楽器、上に六つ、下に一つ穴がありますね? 下の穴から指を離すこともあるので、きちんと固定する必要があります。ですので、左右からこう、小指で押さえつけるように持つのが正解です」

 

 そう言いながら、ブルックはカバルに良く見えるように持ち方を見せ、そしてそれを口元に持ってきた。

 

「さて、そして姿勢としては、脇は締めすぎず、かといって広げ過ぎず。肘が下がり過ぎないようにするのもポイントです」

 

 骨の体のおかげで、腕の広げ方などが見てわかりやすいのは、ブルックの体の利点なのかもしれない。

 カバルは楽器ではなく。そこら辺に落ちていた手ごろな枝を拾い、真剣な面持ちでブルックの格好を真似する。

 ヨホホ、とブルックが小さく笑い、そして「そうです。まったく筋がいい」と褒めてから、構えを解いた。

 

「さて、次は息の吹き方ですが……、これは実践で感覚を覚えた方が早いでしょうね。知識として知っておいていただきたいのは、この竹が薄くなっている部分が音を出す要だということ。ですから、それを意識して息を吹くと良いと思います。口の形も実践あるのみですね。ただ、今からお手本を見せますので、それを参考にしてみてください」

 

 そう言うとブルックは、自分の歯の辺りにケーナを押し当てて、そして息を吐いた。

 

ポーゥ……

 

 豊かで暖かな音が、森の中に響く。

 うわあ、とカバルが感激したように声を上げた。

 久々に、ケーナの音を聞いた。だって自分では、その音を出すことができなかったから。

 それと同時に、安堵してもいた。

 自分の才能がなくて、音が出ないなら、いい。

 しかし──、もし、このケーナが壊れてしまっていたとしたら?

 父の形見が、二度と音が出ないものだったとしたら?

 その疑念は、ブルックの出した音によって軽々と払拭されてしまった。

 だが、それに水を差すように、あるいは正論を振りかざすように、ウタが呆れたように言った。

 

「ねえブルック……、その、常人にはその口の形は真似できないと思うけど」

 

 ヨホ? と音を止めて、ブルックが首を傾げる。

 

「? そんなに難しい口をしているつもりはないのですが……」

「じゃなくて」

 

 ウタは呆れたように右手で頭を抱えた。

 

「ブルック、そもそも唇どころか、皮も肉もないじゃん。参考にしようがないよ」

 

 あ、と思い出したように口をぽかんと開けてから、ブルックは堰が切れたように笑いだした。

 

「ヨホホホ!! 私としたことが!! しかし……、困りましたね。ウタさん吹けます?」

「へ? わたし?」

 

 急に白羽の矢が立ったウタは、自らの顔を指してキョトンと目を見開く。

 少しだけ考えてから、鼻から息を吐いて、まあやってみるけどさ、とブルックから受け取ったケーナを、先ほど彼が言っていた通りに構える。

 すう、と息を吸い──。

 

 ぽへー……

 

 マヌケな音が、楽器から漏れ出た。

 

「えーっと……」

 

 気まずそうにカバルが何か声をかけようと、気の利いたことを言おうと口を開く。

 しかし、ウタの耳にはその言葉の欠片も入っていないようだった。

 

「──あーそうか。これ、唇が息を逃がさないフタの役割にもなってるのかァ。あと、今の抜けた音の高さ的に、息の速度と……角度が甘いかな」

 

 真剣な表情で、ぶつぶつと呟きながら試行錯誤をし、そして五分と経たずに

 

ポォー……

 

 ウタは音を鳴らすことができるようになっていた。

 凄い、と感心しながらも、カバルは少し嫉妬心を感じていた。

 自分は、何年練習してもダメだったのに、この人は──。

 それが表情に出ていたのだろうか。

 ウタがニヤリと笑って、うつむくカバルの顔を覗き込んだ。

 

「あ、もしかして落ち込んでる?」

「そ、そんなこと──」

 

 ない、と言う言葉を遮って、ウタが言葉を重ねる。

 

「あはは! でも、わたしがすぐ吹けるようになったのは、今吹き方を教えてもらったからだよ。きみも今、一緒に教えてもらって、吹き方わかったでしょ?」

「まあ……うん……」

「じゃあさ」

 

 そう言って、彼女は太陽よりもまぶしい笑みを浮かべた。

 

「やり方わかったなら、あとはいつも通り努力するだけ。きみにとっては、簡単でしょ?」

 

 いつものことなんだから、と彼女は言うのだった。

 




お読みいただきありがとうございます
事件が起こらず低空飛行の物語って難しいですね
次回も土曜日までに更新できればいいなと思っています。遅れる場合はTwitterにて呟いてますのでよろしくお願いいたします
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