外伝:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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骨と歌と笛吹きの少年 4

 X月XX日──。

 日差しはちょうど中天を通り過ぎ、しかしまだ傾いたとは言い難いお昼時。

 キルエハの町に構えたレストランは、本日のライブを楽しみにした客たちでごった返していた。

 もともと来訪客が多い島ではなかったから、店員も料理人も大忙しで慌ただしい。

 そんなレストランから、テイクアウトの商品を持って出てきた二人の人影。

 一人はかなりの長身、もう一人は女性。

 二人ともフードを目深に被り、しかしこそこそとしているわけではなく、のんびりと自然体で歩いている。

 ウタとブルック。

 本日のライブの主役のうちの二人である。

 

「へっへー。ここのスモークサーモンサンド、美味しいんだよね!」

 

 手提げ袋を覗き込みながら、ウタが上機嫌で言う。

 

「……楽しげなのは結構ですが、歩き食いはダメですよ。ゴードンさんに怒られてしまいます」

 

 淡々とした静かな口調で、ブルックがそんなウタをたしなめるように言う。

 しかしウタはテンションも高めに、大丈夫だって、とのたまった。

 

「ブルックが言わなきゃばれないって! わたしもうお腹ペコペコでさ!」

「……しかしですねェ、余分に買っていないサンドイッチの数が減っていて、ゴードンさんが気が付かないはずがないと思うのですが」

「うっ」

 

 真っ当な意見に、ウタは言葉を詰まらせ、そして恨めしそうな目でブルックを見つめる。

 

「……ダメ?」

「ウタさんが怒られていいのなら、私は特には止めませんが」

 

 そう言ってブルックがヨホホと笑い、ウタは拗ねたように口を尖らせた。

 そんな二人からは、ライブまで六時間を切っているというのに、変な緊張感は感じられない。

 あくまでも自然体だった。

 結局ウタの中では、欲望よりも理性が勝ったようで、食べ歩きはせずにゴードンと合流してから一緒に昼食を食べる決心を固めた。

 しかし、やはりいい香りと空腹はウタの精神を苛むようで、時折手提げ袋を開いては、サンドイッチを見て「うー」と恨めしそうな声を上げ、袋をぱたりと閉じるのを繰り返している。

 ブルックはそれを微笑ましそうに眺めていた。

 

「─────せんか!?」

 

 そんな彼らの耳に、不意に飛び込んできたのは、切羽詰まった女性の声。

「?」と頭にはてなマークを浮かべながら、二人がそちらを見てみると、修道服を着た女性が、道行く人を捕まえては何かを訪ねているようだった。

 

「まだ十歳くらいの──」

 

 必死の形相に、上ずった声色。不安と焦燥で圧し潰されてしまいそうな、そんな声。

 

「──カバルって男の子──」

 

 知っている名前が耳に飛び込んできて、ウタは黙っていられなかった。

 ずんずんと人込みをかき分けて、その修道女の許へと向かう。

 

「ねえ、カバルくんがどうしたの?」

「かっ、カバルを知っているのですか!?」

 

 今にも掴みかかってきそうなほどの勢いで、修道女がウタへと詰め寄る。

 ウタはその勢いに圧されるように、半歩下がってから首肯した。

 

「あの子、昨日から一度も孤児院に帰ってこないのです! 今まで、昼間に家を飛び出すようなことはあっても、家に帰ってこないことなんて……!!」

 

 ウタの顔色がさっと変わった。

 震える拳を、胸の前でぎゅっと握り締めながら、修道女が言う。

 

「最近は、人さらいの噂も絶えないですし、私、心配で──」

「ブルック!」

 

 ウタが鋭い声でブルックの名前を呼ぶ。

 なんでしょう、と応えたブルックの声色も、いつもののんびりとしたものではなくなっている。

 

「どう思う?」

「ムササビさんが絡んでいた以上、噂がただの噂であると考えない方がいいかもしれません。もちろん、確固たる証拠があるわけではないですし、ほかの可能性もありますが……」

「だよね。そうすると、もしかしたら、カバルが最後に会ったのがわたしたちの可能性もあるってことだよね」

「カバルを知ってるんですか!?」

 

 修道女がウタに詰め寄る。

 ウタは落ち着いて、と彼女をなだめてから、カバルに楽器を教えていたことを説明する。

 

「そんなことが……」

 

 震える唇で、修道女が言う。

 ねえ、と鋭い目線のままに、ウタが後ろに立つブルックに声をかけた。

 

「はい、なんでしょう?」

「どうしよっか?」

「……はァ。まったく、もうどうしたいのか顔に出ているじゃないですか」

 

 ブルックは経験から、今のような表情をしているウタが、非常に頑固なことを知っていた。やるといったら、やる。できないことがわかるまで、意地でもやる。

 ですが、とブルックはブレーキをかける。

 

「ライブはどうなさるおつもりです?」

「そんなことっ!!」

 

 目を吊り上げたウタは振り返って、唾を飛ばしながらブルックに詰め寄る。

 まあまあ、とブルックはそんな彼女をなだめながら、言葉を続ける。

 

「今回はありがたいことに、チケット二千五百枚は完売しています。もしカバル君の捜索に難航して、ライブに間に合わなかったらどうなるでしょう。観客たちの失望は、今後の私たちの活動にどう影響するでしょう。ある種、これはあなたの嫌いな、観客への〝裏切り〟行為に該当はしませんか?」

「それはっ──」

 

 思うところがあるようで、ウタは下唇を噛んだ。

 チケットを売るということは、契約を交わすということ。それを反故にするのは、ある意味で裏切りと言ってもいいのかもしれない。

 しかし、ウタはカバルのことを放っておけるほど、割り切ることはできなかった。

 何しろ、最後に会っているのは自分たちなのかもしれないのだ。あの時チケットを渡さなければ、いつも通り孤児院に帰っていて、今のように行方不明にならずに済んだかもしれないのだ。

 やれやれ、と言わんばかりに、ブルックが小さくため息を吐いて肩を竦めた。

 

「ウタさん、そう熱くなっては選択肢が見えなくなりますよ。少し深呼吸をして、いま私たちにできることを考えましょう」

 

 そう言ってブルックは、ヨホホ、と小さく笑った。

 

「さて、まずカバル君を探すのなら、ライブの方をどうにかしなくてはなりません。さて、今のこの状況で勝手にライブをすっぽかされて、一番困るのは誰でしょう?」

「えっと、観客のみんな……?」

 

 ヨホホ、とブルックが低く笑う。

 

「いいえ、観客は怒り、悲しみこそすれ、困ることはないでしょう。──本日、我々と一緒にステージに立つ人のことを、ウタさんは忘れていませんか?」

「あっ、ゴードン!」

 

 ウタの声に、そうです、とブルックが頷いた。

 

「まず彼に説明と、説得、そしてもし私たちが間に合わなかった際の場繋ぎをお願いしましょう。腰の関係で、歩き回るのは大変でしょうが、ステージに立つ分には問題ないはず。なにしろ、彼は元音楽王国の代表者だったのですから。あとは──」

 

 ブルックが言葉を続けようとすると、ウタがそうだ、と声を上げた。

 

「ムササビさん! 人さらいの事件を追ってたから、力になってくれるかも!」

 

 そうですね、とブルックが頷く。

 

「ウタさんもいつもの調子が戻ってきたようで何よりです。仰る通りに、海軍も巻き込んでしまいましょう。本来であれば、こういった事件はあちらの管轄です。それに、彼を巻き込んでおけば、我々がライブのために捜索を打ち切ったとしても、その後も捜索してくれるはずです」

 

 ですが、とブルックが言う。

 

「現段階だと、『人攫いに遭った可能性が高い』だけですからね。悩んでいるうちに眠ってしまって、あの森の中で眠りこけている可能性だってゼロじゃありません。ですから、ウタさんはまず、そちらの確認をしてから、ムササビさんを探してください。私はゴードンさんと話をつけてきますから」

「オーケイ!」

 

 話はまとまった、というように大きく頷いたウタの隣で、修道女がおずおずと声を上げた。

 

「その……、カバルを探してくださるんですか……?」

「当然!」

 

 何を当たり前のことを、と言わんばかりにウタが頷いた。

 

「音楽仲間が困っているかもしれないのに、黙ってられるわけがないでしょう」

 

 人さらいに対する怒りを滲ませながら言うウタに、ブルックが落ち着いた声色で続ける。

 

「少しだけですが、楽器を教えた身です。ご協力させていただければ。──時に修道女(シスター)さん、名前をうかがっても?」

 

 その言葉に目線を上げた修道女は、ようやくブルックが骸骨であることに気が付いたようだった。

 あっ、と声を上げそうになって、それを咄嗟に抑えてから、震える声で

 

「ニーナです……!」

 

 と名乗った。

 そうですか、と頷いたブルックが、騎士のように修道女の前にひざまずく。

 

「ニーナさん、我々で精一杯カバル君をお探しすることをお約束します。できれば──そう、ライブの時間までに。……そうだ」

 

 そう言ってブルックは、その体勢のまま、ズボンのポケットから紙片を取り出すと、そこにペンでさらさらと文字を書き、それをニーナ修道女に渡した。

 

「これ、カバル君に渡したチケットの代わりです。それで入れるように、スタッフに手配しておきますよ。孤児院のみんなで、私たちのライブを楽しんでください。きっと、そこにカバル君がいられるよう、努力しますから」

────

───

──

 森の中を、駆ける。

 岩場やがれきを駆けるのは慣れているけれど、この森というのは、実に走りづらい。

 まず色が暗いこと。

 木の根が不規則に生えており、そしてその根は丸く、踏ん張りを効かせづらい。

 さらに鬱蒼としているせいで、苔むしていたと来れば目も当てられない。

 この島の植生だろうか、根が大きく張り出している木が多いせいで、いつも走るようにうまくいかないのがもどかしい。

 わたしは今、ここ数日間通った森の道とは言い難い小路を走っていた。

 楽しみにしていたスモークサーモンサンドは、すでにお腹の中。

 食後に激しく動くと胃に良くないとは言うが、しかし悠長に食事をする余裕がないのだからそうも言っていられない。

 腹が減っては戦はできぬ。

 いつカバル君を見つけられるかわからない以上、食事はとっておける時にとって置かなくては。

 走りながら慌てて食べたせいで、味のほとんどがわからなかったのは誠に残念ではあるが。

 だが、それに恨み言を言ってはいられない。

 人一人の──未来のある子どもの、命が、これからの人生がかかっているかもしれないのだ。

 ──わたしは、〝救世主(ヒーロー)〟じゃない。

 わかってる。

 自分の身の程くらいは。

 ──海賊は、〝英雄(ヒーロー)〟じゃない。

 それも、わかっている。

 かつての憧れと、現実のすり合わせはもう済んでいる。

 それでも──。

 

(──見捨てることは、できない)

 

 そもそも、わたしの思い描いている海賊は〝自由〟なんだから。

 悪辣である必要はない。

 悪党である必要もない。

 ただ、自分の心が命じるままに。

 海賊になると決めてから、わたしが心がけていることだ。

 だから、わたしはカバル君を必死に探すし。

 もし、人攫いが本当にいるのなら、わたしはそいつらを赦さない。

 友達を、仲間を傷つけるような奴らを、わたしは決して赦さない。

 木の根をまたぎ、

 苔むした岩を踏み越え、

 背の低い枝をくぐり、

 速度を緩めずに駆けていく。

 そろそろ息が上がりそうになったころ。

 ようやく、いつもカバル君が練習をしていた場所に辿り着いた。

 

「カバル君──」

 

 岩の向こうへと声をかけてみるが、返事はない。

 ただ、風が木の葉を揺らすだけである。

 ぐるりと岩の周りをまわってみても、どこにもカバル君の姿は見当たらなかった。

 

「……やっぱり」

 

 ひざに手をついて、顔の汗をぬぐう。

 わかっていたことだった。

 その可能性が高いから、ここに確認に来たはずではなかったか。

 それでも──、無事でいて欲しいと思うのが、人の性なのだろう。

 唇を噛みながら、膝から手を離し、体を起こす──

 その、直前に。

 

「あ──」

 

 地面に落ちている、黄色の紙片が目に留まった。

 身をかがめ、ボロボロに汚れたそれを拾う。

 見間違えるはずがない。

 他ならないわたしが、見間違えるはずがない。

 今回は、ゴードンじゃなくて、わたしがデザインしたんだから。

 

『S&U&S Live Co── ORN〟』

 

 踏みつけられたのだろう、靴跡がくっきり残る、一枚のライブチケット。

 半券がちぎれかけて、ひしゃげてしまい、書いてある文字も、描いてあるデザインも良く見えない。

 カッ、と腹の底から頭のてっぺんまで湧き上がった怒りを、わたしは震えると息と一緒に吐きだした。

 つとめて、冷静に。

 よし、と呟いて、わたしは立ち上がる。

 頬を張って、踵を返した。

 戻りながら、ムササビさんを探す。そして、ブルックと合流しなくては。

 

「待ってなさいよ」

 

 ギリ、と奥歯が鳴る。

 拳を固めて、わたしは再び森の中を駆けだした。 

 




お読みいただきありがとうございます。
次回は水曜辺りに更新できればと思います。更新がなければ土曜更新です。よろしくお願いします。
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