外伝:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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骨と歌と笛吹きの少年 7

 じりじりと、ろうそくの炎が空気を舐める。

 ゆらりと揺れた炎が、その場にいる者たちの影を揺らした。

 ブルック、ウタ、カバル。

 そして、人攫いを生業とする悪党どもの十一人。

 悪党どもはもれなく手足を縄で縛られ、床に転がされていた。

 ウタとブルックは、音楽や今日のライブについてなどの雑談をしながら、勝手気ままに時間を使っている。

 状況を上手く把握できていないカバルは、独り不安そうにポツリと座っていた。

 

「……くそっ、まったく、ドジったぜ」

 

 床に倒れながら、髭面の男が忌々し気に呟く。

 

「ドジったというなら、身の振り方自体でしょ。反省して観念しなよ」

 

 つっけんどんに、冷たい目をしてウタが言う。

 いやはやこれは手厳しい、とブルックが苦笑するように肩を竦めた。

 そんな二人の様子に、縛られているはずのその男──悪党たちの首領は、余裕のありそうな笑みを浮かべた。

 

「おい、お前たち。今おれたちを解放すれば、まだ間に合うぜ?」

「間に合う?」

 

 眉を顰めて、ウタがその台詞を復唱する。

 そうだ、と首領は唇を歪めて笑う。

 

「このままおれたちを縛っておくと、後悔するぜ、って言っているんだよ」

「後悔、ですか。この状況から、逆転する秘策があるとは思えませんけどねェ。あなた方、能力者も混じってないみたいでしょうし」

「そうなんだ?」

 

 そういえば、と言う口調のウタの声に、ブルックがええ、と頷いた。

 

「油断したところを能力者に──、という話はよくありますからね。外の海に一回沈めて確かめました」

「沈めて!?」

 

 一度驚いてから、ウタは道理で、と呆れ顔になった。

 

「なんかやけに濡れてるし潮の香りが強いと思ったら……」

「まあそういうことです」

 

 ヨホホ、とブルックが笑う。

 で、とウタはしゃがんで、首領に再び尋ねる。

 

「わたしたちが何に後悔するって? えーと、シ、セ、ジェンさん?」

「シエンだ」

「名前はどうでもいいですので、何か企みがあるなら、言っておいた方がいいですよ。拷問する手間が省けますから、エヌさん」

「シ、エ、ン、だ!!」

 

 シエンと名乗った首領は、苛立たし気にそう言うと、ぐいと体をひねって身を起こした。

 

「は、拷問ねェ。……例えばの話だ。おれが人攫いじゃなかったらどうする?」

「はァ? 何言ってんの?」

「何、だって?」

 

 にやり、とあくどい笑みを顔に貼り付けて、シエンが勝ち誇ったように言う。

 

「おれたちはただの人材斡旋業者だぜ? その会社に踏み入って、人をふん縛るやつらの方が、よっぽどの悪党だとは思わねェか?」

 

 シエンがその言葉を発するが早いか、建物の外で鳴る水音。

 複数の足音。

 ダン、と激しく扉が開く音。

 そして現れたのは──

 

「あー、こうも露骨だと、流石にあったま来るよね」

「ええ、怒髪天を突くというのはまさにこのこと。私のアフロもストレートになって逆立ってしまいそう」

 

 乱入者たちの顔を見て、ウタは露骨に嫌そうな、そしてブルックは呆れたような顔をした。

 入ってきた男たちが身に着けているのは、白を基調とした海兵服。

 つまり──

 

「ウチお得意の人材斡旋業者を荒らす悪党がいると聞いてみれば、おやおや! 不審な人物が二人、ちょうど現行犯だ」

 

 仰々しい物言いをしながら、海兵の隙間から出てきたのは、私腹を肥やしたのだろうか、でっぷりと太り、そして少し頭のハゲた、ネズミのような印象のある海兵だった。

 彼が噂に聞く、このマーリシーモ群島にある海軍支部の統括者、モーラット大佐なのだろう。

 もちろん、〝噂〟というのが、良い噂のはずがない。

 それは、この行為を見れば火を見るよりも明らかだろう。

 

「おい、海兵(グズ)ども。捕らえろ」

 

 低い声で、ビシ、と手を振り下ろす。

 その指示に沿って、海兵たちが動き出す。

 ウタは、そんな彼らのお様子を冷徹な目で眺めつつ、頭の片隅で考える。

 

(なんで、この人たちはこんな男の命令を聞くのだろう)

 

 命令だから?

 そんなはずはないだろう。なにせ海軍は基本的に〝正義〟の元に集った者たちなのだから。

 中には、このモーラットのようなあくどいことを考える者もいる。

 しかしそれは果たして、〝元から〟だったのか、〝堕落してしまった〟のか。

 堕落した者たちが集まっている?

 それとも、何か、逆らえない事情があるのだろうか?

 すっ、とウタの目つきが細くなる。

 ここで考えたって、答えが出るはずもない。

 そのまま目を閉じて溜め息を吐き、

 ウタとブルックの背後の扉が、けたたましい音を立てて蹴破られた。

 びくり──

 いきなりのことに、海兵たちが身を竦める。

 ひるまなかったのは、腐っても大佐だからだろうか。モーラットただ一人だった。

 

「おい」

 

 ドスの利いた声。

 

「ひるむな、行け」

 

 モーラットのその声に、ウタたちの背後の暗闇が、掴んだ柱を握りつぶさんばかりに拳に力を込めて返した。

 

「下衆が。手前ェが海兵に命令するんじゃァねェよ」

 

 モーラットよりも、さらに半オクターヴ低い声。

 ゆらりと闇が揺らぎ、その影から、背の高い男が姿を現した。

 毛髪のない頭に、傷痕だらけの相貌。さらに左側頭部には槍を模ったような入れ墨がある大男。

 その容貌は、今ここにいる音楽家たちよりも、マーリシーモの海軍よりも、そして人さらいどもよりも誰より、悪党に見える、悪人面。

 

「お、お前は──っ」

 

 初めて、モーラットの顔に動揺がはしる。

 分厚い唇の方端を、かぎ針でひっかけたように吊り上げて、男が笑った。

 

「よォ、久しいな、何年ぶりだァ? ──堕ちたなァ、モーラット大佐?」

 

 鋭く射貫くような目つきに、心臓をえぐるような鋭い声。

 

「む、むむむ、ムササビ──! 何故ここに……!?」

 

 モーラットが男──ムササビの名を呼び、じりと後ずさる。

 彼は知っているのだ。

 ムササビという男が、貧民上がりのせいで階級こそ低いものの、その実力は中将にも劣らない傑物であるということを。

 滝のような冷汗が、モーラットの肌を濡らす。

 

「あ、知り合いなんだ?」

 

 この場の緊迫感にそぐわない声で、ウタがムササビに声をかける。

 まァな、とムササビは吐き捨てるように是と答える。

 

「新兵の時に、少しなァ。まだその時は、腐ってなかったと思うんだがなァ──」

 

 なァ、とムササビは、モーラットを睨めつける。

 ひい、とモーラットは裏返った声を上げて後ずさろうとして、足をもつれさせて尻餅をついた。

 指揮官の醜態と、それに相対する男の山を想起させる威圧感に、海兵たちは武器を構えたまま立ちすくむ。

 ムササビはそんな海兵たちの間を、モーラットに向かって大股で歩み寄る。

 床板が軋みを上げるたびに、モーラットは抜けた重い腰を引きずって、必死の表情で後ずさる。

 

「ま、待て──」

「あァ?」

 

 モーラットへの忠義か、それともムササビの雰囲気に呑まれたのか──。

 ずいと鼻先に出てきた海兵のカトラスを、ムササビはまるで意に介さないように、素手でその刀身を掴み、そしてそのままカトラスの刀身を握りつぶした。

 

「え? あ──」

 

 掌の形に圧し潰されたカトラスを取り落とし、その海兵も腰が抜けたように尻餅をつく。

 ムササビはそんな彼には一瞥もくれずに、震える小ネズミのようになってしまったモーラットの胸倉をつかんで持ち上げた。

 

「む、ムササビ、待て! こ、この島の全権はおれの下にある! 階級は同じ大佐だろう!? いろいろと問題だ! い、今なら全てなかったことにしてやろうじゃないか! なあ、昔馴染みのよしみだ! なあ!」

 

 顔を引きつらせながら喚き散らすモーラットに、ムササビは冷ややかな目を向ける。

 

「なァ、()()()()()。まさかお前ェ、そんな文句で、おれを懐柔できるたァ思っちゃいねェよな?」

「ひっ!」

 

 モーラットの歯の根がカチカチと鳴る。

 

「……歯ァ、食いしばんな」

 

 言うが早いか、ムササビの黒い拳が、モーラットのたるんだ頬に食い込んだ。

 

「ぶげばっ!!?」

 

 血の混じった唾液を口からまき散らして、家の壁をぶち破って、モーラットが吹っ飛ぶ。

 意識を失い地面に倒れ伏したモーラットには一瞥もくれずに、ムササビが呟く。

 

「それになァ、今は准将だ。おれの方が立場も上なんだよ、モーラット」

 

 ふう、と息を吐いてから、ムササビは「おい」と低い声を上げる。

 

「お前ェら、さっさと悪党どもを船に積み込め。悪徳行為についちゃあ、戻って精査してから処分を下す」

 

 上の者には逆らえない軍隊気質からか、あるいはムササビの威圧感に屈したのか。

 海兵たちがバタバタと動き、絶望した顔をする悪党と、そして地に伏したモーラットを、アジトの外に停めてあった海軍の船へと積み込み始めた。

 

「ほー、しかしムササビさんの仰った通りでしたねェ。海軍が絡んでいるとは」

 

 顎骨を撫でながら、ブルックがヨホホと笑う。

 は、と鼻で笑って、ムササビが肩を竦めた。

 

「嫌味か?」

「いえいえ。嫌味なんて口が裂けても言いません! あ、もう私の口、裂けるだけの余地が──」

「……」

 

 じろりと睨まれて、ブルックはしぶしぶといった体でスカルジョークを辞めた。

 

「まあ、私も長く生きて……いえ、半分以上隔絶されて死んでますけど。ともあれ、大きな組織というものは、えてして一枚岩とはいきませんからねェ。その上、上は上で別の思惑を持っていたりしますし。ええ、組織勤めとは難儀なものです」

「は、気遣いどうも」

 

 ブルックの言葉に、ムササビは苦笑して応える。

 そして、ブルックとウタ、そしてその後ろで小さくなっているカバルの方へと向き直り、大きな掌でその毛のない頭を押さえて言う。

 

「まあ、なんだ。……身内が迷惑をかけた。すまなかったなァ、音楽家と、この島の住民よ」

 

 謝罪の言葉と共に、その大男はウタたちとカバルに向かって頭を下げた。

 

「いや、別にそれはあんたが謝ることじゃあ──」

 

 そう言いかけたウタの言葉を、ブルックが骨の手で遮る。

 

「謹んで謝罪をお受けいたしますよ海兵さん。ところでですねェ、よろしければ謝罪ついでに一つ、お願いが」

「……なんだ?」

 

 いえね、とブルックはいつもの調子で続ける。

 

「どうせなので、キルエハの町まで船に乗っけていただけないかなァと思いまして! ほら、私たち、この後ライブも控えてますし」

 

 毒気を抜かれたような表情を浮かべて、ムササビは溜め息を吐いた。

 

「まったく、やっぱり食えない男だなァ、あんたは」

「ヨホホ! なにせ肉はないですからねェ!」

「くだらない戯言は置いておいて、だ」

 

 ムササビの言葉に、「戯言!?」とショックを受けて、ブルックはがっくりとうなだれる。

 そんなブルックは意にも介さず、ムササビは言葉を続けた。

 

「もとよりそのつもりだ。そこのガキを連れて、夜の森を歩けとも言えねェだろォがよ」

 

 乗りな、とムササビが背後の船を指差す。

 しかし──

 

「でもそれ、あいつらが乗ってきた船だよね? ……大丈夫なの?」

 

 怪訝そうな顔で、ウタが尋ねる。

 それはそうだろう。

 何しろ、ムササビがここに来たのは陸路。今外にある船は、モーラット大佐が乗ってきた船なのだ。乗組員も、マーリシーモ群島の海軍の海兵たち。信頼しろというのは、いささか無防備に過ぎる。

 だが、その心配すらも、ムササビは鼻で笑い飛ばした。

 

「は。おれが乗るんだ、粗相はさせねェよ。安心しな」

 

 そう言って、ムササビはゆらりとウタの方へと近づき、

 そして彼女の横を通り過ぎて、その後ろで小さくなっていたカバルの下へ歩き、そして目線を合わせるようにしゃがんだ。

 

「坊主も、怖かったろう。よく耐えたな」

 

 そう言って、ムササビはその大きな掌で、カバルの頭を乱暴に撫でると、直ぐに立ち上がり、船の方へと歩き出した。

 

「へえー」

 

 意外だった、と驚いたような顔をしてウタはムササビの後ろ姿を眺めてから、カバルに手を差し伸べる。

 

「じゃ、わたしたちも行こうか」

「……うん」

 

 カバルは小さく頷いて、その手を取った。

 

 




お読みいただきありがとうございます
次回、「骨と歌と笛吹きの少年」の最終話です。土曜投稿予定となります。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
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