【本編完結済みと言ったな、あれは嘘だ 本編改稿中】 混沌怪奇譚 夢幻に生きる者たちよ 作:ラットマンΣ
ケイトさんが死んで数ヶ月が経ちました。
魔皇の領域はゆっくりとしかし着実に北へと拡大しつつあります。
人類は星の頂点から失墜しました。
魔皇と邪神の領域では星そのものが書き換わり、彼らの為のものへと変質しています。
影響は地獄や冥界にも及び、星の摂理は狂い始めていました。
星間航行生命態、魔界の王、人類最強の殺人鬼……その敗北は余りにも大きな影響を与えました。
あるものは自死を、あるものは従属を、あるものは享楽を求めました。
この星に未来はない。
あるのは絶望だけ、人類に未来はない。
誰もがそう思っていました。
……いえ、訂正します。
「研究資料届きましたよ。……少しは休んだらどうですかグレン?」
今にも生き絶えそうな1人の男に話しかける。
「大丈夫だ。兄貴、俺はアイツらを消さなきゃいけない。それまでは死なねえよ」
そう言ってグレンは自らの腕にアンプを刺す。
自身の延命のためだ。
「3ヶ月不眠不休で動いたら効率も落ちるでしょう? いい加減……」
「大丈夫だ。むしろ俺は兄貴の方がおかしく見えるぜ? なんで平然としていられるんだよ? 世の中人類終末まで見えておかしくなった奴らが大半なのになんで普通に過ごせるんだ?」
ふむ、確かにそう言われるとそうだ。
私は魔皇が降臨する前から何一つ変わらず生活している。
世の中はやれ犯罪率の爆増だの魔皇の領域への特攻作戦だの連日の核攻撃だの騒がしい。
第一、
ある意味で私が一番異端なのかもしれない。
「そうですねぇ……何か大切な事を思い出す為……ですかね」
そうだ。
今の私には決定的な欠落がある。
絶対に忘れてはいけないもの、無くしてはならないものを無くしたような感覚。
日常に染みついた当たり前の事を無くしてしまった感覚だけが今の私を動かしている。
「何だよ、その理由」
「私にも分かりませんよ。それより食事くらいは摂りなさい」
「後でな、今は新しく届いたデータの解析で忙しい」
そう言ってグレンは再び研究に没頭し始めた。
……私はいったい何を忘れているのだろうか?
どうして屋敷の一室の寂しい物置小屋に毎日足を運ぶのだろう?
どうして誰も使わない書斎に赴くのだろう?
どうして毎日魔皇の領域の紅い空を眺めるのだろう?
何故?
答えは出ない。
……けれど何かを無くしたことだけは確かだ。
それだけは明確にわかる。
私を構成する要素の内の重大な部分が欠落している。
大切な何かを忘れている。
あぁ、なんて不快なんだろうか。
私は……クリス・フォスターは大事な何かを失った。
けど、それが思い出せないのだ。
ただ、ぽっかりと空いた心の穴を埋めるために今までと同じ動きをしているだけだ。
ある夜、夢を見た。
ぼやけた1人の女性が紅い森で立っている夢だ。
それがどうしてか懐かしくて/どうしてか苦しくて。
ただ一心に会いたいと思った。
場所なんて知らない。
第一、紅い森とか心当たりはあるけど絶対に行ってはならない場所だ。
……魔皇の領域、邪神の巣窟だ。
けど、会いたい。
一目でいいから彼女を見たい。
会って抱きしめたい。
……そう思ってしまった。
時刻は深夜、何故か執事服を着て私は魔皇の領域へと向かっていった。
距離はそう遠くない、ここは最前線付近だから行こうと思えばいつでも行ける。
光美と美影が作った結界の外側から内側へと歩みを進める。
こうなってはもう帰れない。
死ぬか変質して生き地獄を味わうかの二択だ。
暗い森をただ歩む。
音はなく風もなく、ただ静寂だけが支配している空間。
暗い暗い闇の中を突き進む。
……けれど、あぁ、確信がある。
この先に彼女は居ると言う確信が。
そうして数時間、森を歩むと開けた場所に出た。
月光に照らされ妖しく輝くその広間に彼女は居た。
「———」
一目で彼女が人類が魔皇と呼ぶ存在だと認識させられる。
人と変わらぬ姿と似つかわぬ歪なツノが2本生えた頭。
けど、彼女は———
「……アキル」
あぁ、やっと思い出した。
私が失っていた大切な人、大切な大切な人。
瞬間、視界が流転する。
どうやら思っていたより限界だったらしい。
肉体は粒子になって空間に溶け出し始めた。
痛い。
苦しい。
あぁ、けど……
「忘れていてごめん。約束していたのに」
そう言って
肉体が散り散りになって行く。
痛みで神経が焼ける。
けど、これで良い。
約束を破った愚か者には相応しい末路だ。
「……クリ、ス」
アキルがそう呟く。
眼からは紅い涙が流れていた。
最悪だ。
最後の最後でアキルを泣かせてしまった。
どうにかして泣き止ませたいのに、もう身体がほとんど残っていない。
なら……
なら、せめてこの魂だけでも貴女の側に永遠と。
どうか悲しまないで、愛しい貴女。
貴女には笑顔の方が似合うのだから。