【本編完結済みと言ったな、あれは嘘だ 本編改稿中】 混沌怪奇譚 夢幻に生きる者たちよ 作:ラットマンΣ
煌々と燃え盛る炎が
暫しの間、美影は宙に浮いたまま呆然としているしかできなかった。
目前の理解し難い現実をただ見ていることしかできない。
だが、不意に一つの思考が美影の脳裏を駆け巡る。
"あの中には、まだ
思考が駆けると同時に美影は燃え盛る呪楼に向かって全力で加速し、身体中に
まだ呪楼の中には雪奈がいる。
このままでは雪奈が焼け死んでしまう。
それだけは絶対にダメだ。
美影にとって呪楼はこの際どうでも良かった。
呪楼は焼け落ちてしまっても、また別の場所で咲かせれば良い。
けれど、"今"雪奈が死んでしまったら治せない。
呪楼が焼けてしまっている今のこの状況では美影は蘇生を行うのに必要な莫大な霊力を用意できない。
分厚い炎の壁が
式神を身代わりにして尚、痛くて、熱くて、苦しい。
それでも、雪奈の為なら構わない。
美影が炎の壁を抜け、アキルの一撃によって平坦になっていた呪楼の最上部に降り立つ。
纏っていた
そして、美影には炎に焼かれた
「まさか貴女がやったとはね……雪奈」
美影はそう言って視線を向ける、呪楼の中心で待ち構える様に佇んでいた雪奈に。
雪奈が身に纏っているのは白装束と剥き出しの刀だけ。
先程、呪楼の中にいた時と変わらない。
しかしその瞳は先ほどまでの絶望していたモノとは違う。
"覚悟"を決めた者の瞳だ。
「自暴自棄……って訳でもなさそうね、文字通り
美影の周囲からドス黒い霊気が溢れ出す。
今の美影に余裕は無い。
呪楼を焼き尽くさんとする炎、それを出しているのが雪奈なのは別に構わない。
だが、呪楼を焼き尽くすほどの熱量を出していると言う行為そのものが問題だ。
呪楼を燃やすのは普通の炎では不可能、呪楼を構成している物……霊力でなければ呪楼に影響を与える事はできない。
そして、現に呪楼は煌々と燃えている。
これ程までに莫大なエネルギーを出すには相応の対価がいる。
すなわち、"
「雪奈、悪いけど全力で止めさせてもらうわ。言っておくけど優しくなんてできないから、ワタシ」
美影は今出せる限りの霊力を全て戦闘の為に向ける。
美影には明確な勝算があった。
美影自身が雪奈に直接触れる事さえできれば、そのまま雪奈の肉体を一時的に侵食し、強制的に霊力を止められる。
そうすれば霊力によって形作られた炎は跡形もなく消える。
その為なら最悪、手足程度なら壊しても問題ない。
今は蘇生こそできないが強制的な延命程度なら問題なくできる。
壊した手足も後で直せば良い。
「蟲共、来たれ」
美影は冷徹に号令を出す。
その声に従い、彼女の腰のから鋼鉄のような外殻を持つ巨大で不気味な
その数九匹。
続くように美影の纏う黒の巫女装束から触手のように無数の蟲達が現れ、蠢く。
その姿は、蟲となった九尾の怪物といったところか。
「捕縛せよ」
美影は両手を雪奈の方に向け、主命を下す。
尾となる九匹以外の蟲達が一斉に雪奈に向かって襲い掛かる。
やることは至ってシンプル、圧倒的な物量で飲み込むだけ。
雪奈は回避するだろうが関係ない。
避けようが逃げようが何処までも蟲達は追い続け、飲み込むのだから。
しかし、美影の考えとは裏腹に雪奈は一歩たりとも動かない。
瞬時に蟲達が雪奈を飲み込み球状に包み込み捕縛する。
瞬間、美影に激痛が走る。
身体を傷つけられた痛みとは違う、まるで身体を焼かれるかの様な痛み。
状況を理解するより前に美影は即座に雪奈を捕縛した蟲達を自身から切り離す。
切り離された蟲達は即座に燃え上がる。
ギチギチと不快な音を立て、破裂しながら焼け付き、死に絶える。
「ッ……雪奈ッ!」
美影が声を上げるのとほぼ同時に雪奈が軽く一回、刀で空を斬る。
「なッ!」
美影は瞬時に九匹の大百足達を動かし即席の防護壁代わりにする。
同時に再外部に配置した二匹の大百足の鋼鉄にも匹敵する外殻が容易に焼け溶ける。
まるで極熱の熱波を浴びせられたかの様に。
自らを依代に大百足達を顕現させたがために美影にも激痛が走る。
いつもなら苦でもない、むしろ雪奈からの攻撃なのだから喜びさえ感じるはずの痛みが今はただただ痛く苦しい。
「くぅ……ッ!」
息を吐く間も無く熱波が浴びせ続けられる。
大百足達で防護壁を作っているが長くは持ちそうにない。
追い討ちをかける様に美影は気づく。
先程の突入時の傷、そして今焼かれた蟲達、その両方が再生できていないことに。
雪奈が繰り出す炎と熱波に触れた部分は再生しない。
それどころか触れた部分からゆっくりと侵食するかの様に周囲に焼け広がり、最後には灰へと還していく。
今の美影がどれだけ傷を再生しようと、焼け広がるのを遅らせるのが関の山だ。
美影は思考を回す。
雪奈の攻撃が自身に直撃するのは絶対に避けなければならない。
しかし、このまま戦いが長引けば先に雪奈が死んでしまう。
それは一番ダメだ。
「う……」
無意識に美影が後ろに数歩下がる。
熱波は止まない、大百足は九匹居たうちの二匹が完全に溶け落ち、残る七匹のうち四匹も既に使い物にならなくなっていた。
延焼を防ぐために四匹を切り離し雪奈を捕縛させようとするが、雪奈に触れる寸前で溶け落ちた。
あまりにも想定外すぎる状況に陥り、美影の中で何かがプツリと切れた。
「あぁぁあ!!! もう、何なのよ! 結局、誰もワタシを認めてくれない! 愛してくれない! 雪奈も他の奴らみたいにワタシを認めてくれないの⁈そんなの嫌よ……嫌ぁぁあ!」
美影は感情のままに泣き崩れ、叫ぶ。
美影の感情に呼応するかの様に残った三匹の大百足達が暴れ始める。
まるで、主である美影を守る様に。
三匹が一斉に雪奈に襲い掛かる、焼溶けようと関係ない美影を悲しませる雪奈を排する為にその身を焦がしてなお襲い掛かる。
だが、その牙が雪奈に届くことは終ぞなかった。
雪奈が静かに刀を振るう。
同時に大百足達は細切れになり燃え溶ける。
それでも、三匹は主を守るために焼け溶けるその身を強引に繋ぎ合わせ雪奈に襲い掛かる。
「お前たちは優しいんだね。けれど、もうお休み」
雪奈は大百足に優しい声色で語りかける。
本来、式神は術者の命令以外の動きを行う事はない。
あくまでも命令のみを遂行するロボットのような存在、それが『式神』だ。
だが、彼らは自らの主を守る為に命令されていない……本来あり得ないはずの行動に出た。
主を守りたいという本来なら彼らが持ち得ないはずの『感情』を持っての行動。
だからこそ、最大の敬意を持って一撃の下に終わらせる。
痛みすら感じることのない最大熱量を込めた一撃を持って蟲達は灰へと還り消えていく。
「美影」
美影に雪奈が語りかける。
その声は酷く優しいものだった。
美影は涙でぐしゃぐしゃの顔で雪奈の方を見る。
そして、ポツリポツリと言葉をこぼす。
「ワタシはあなたの為に……いや、それは違うわね……ワタシのただの自己満足だったのだものね……」
「……」
「ワタシは雪奈が『
「……」
雪奈が刀を振るう。
一刀の下に美影は斬り伏せられ、その肉体はゆっくりと灰になっていく。
しかし、不思議と痛みはない。
間違いなく致命の一撃だ、美影は死へと向かっていく。
しかし、それは陽の光の様な暖かさと温もりを感じる穏やかな終わりだった。
「私は美影のこと、嫌いなわけじゃないよ。けど、貴女のやった事は許さない」
言い切ると同時に雪奈は膝から崩れ落ちる。
同時に呪楼を燃やす炎が消えていく。
美影は直感する、雪奈の命が終わりつつあることに。
「くっ……雪、奈」
美影は崩れかけの身体を無理やり動かして雪奈に近づき抱きつく形で支える。
雪奈の瞳から光が失われていく、身体がゆっくりと冷たくなっていく。
違う、こんな事が美影が求めた結末ではない。
「ほんとバカねぇ……思い違いも甚だしいわ……雪奈が死んじゃったら意味ないじゃない……」
「そう……でもない、よ……これで、美影はもう、ひとりぼっちじゃない……から」
美影は涙を流しながら雪奈を抱きしめる。
もう温もりはほとんどない。
「雪奈、ワタシは貴女の為ならどんなことでもする悪い子よ? そのワタシに同情するなんてほんとうにバカよ……」
「……」
雪奈からの答えが返ってこない。
美影の瞳から溢れ出る涙が止まらない。
それでも美影は精一杯いつもの声色で話す。
「ワタシと一緒に地獄にでも行くつもりなのかしら? そんなの許さないから……!」
美影の身体から光が溢れ出る。
同時に美影の身体の崩れる速度がどんどん早まっていく。
「ワタシからの最後の嫌がらせよ、ワタシの魂を貴女にあげるわ。だから……どうか末永く長生きしてよね、雪奈。それがワタシからの
美影の身体から溢れ出た光が雪奈に移り包み込む。
冷たくなった雪奈の身体にまた
「ふふ、初めてやったけど上手くいった様ね……雪奈、ワタシ、地獄の底でずっと貴女を見てるから。だから……どうか直ぐに来ないでよね?」
既に美影の身体のほとんどは雪奈の腕の中で灰になり崩れつつある。
けれど、美影の表情は穏やかなものだった。
「さよなら、ワタシの
そう言い残すと美影の身体は完全に灰となり、風と共に消え去った。