【単話読み切り】幻想とじゃれ合って、時に傷付くのは無駄だろうか?   作:堪えきれぬ狂い火

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逃げようか、君の望むままに

これはメジロパーマーがダイタクヘリオスとも、ストリートレースとも出会わなかった世界線の話。

 

あり得たかもしれない。そんなお話。

 

 

 

 

 

屋上で出会ったウマ娘は飄々としていていかにも活路ありといった風貌であった。

 

メジロパーマー。メジロ家の一員であり、彼女もまたメジロ家の期待を背負っていた。

 

「おっ、君~!来てくれたんだ!応援しててよ?今日は頑張るから!」

 

~~~~~⏱~~~~~

 

そんな彼女の選抜レースの結果は5着。最高ではないが今後の走りに期待ができる。頭を下げないで走る特徴的なスタイルに魅せられたのか、将来性を期待してなのか、はたまたその人柄に惹かれてなのか、彼女をとても応援したくなった。つまり──専属トレーナーになった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それがパーマーと○○さんの馴れ初めですか…」

 

紺のスーツに身を包み、キッチリとした佇まいでメモを取りながら男の話を聞いていた。彼はメジロパーマーの父親である。職業はフリーライターなのだが、娘のトゥインクルシリーズ参戦に伴って記事を書くようだ。

 

「ええ…運命を感じた……と言っては言い過ぎですが、彼女には惹かれるものがありましたんで……」

 

「ふむふむなるほど……では最後に、次の宝塚記念に向けて意気込みの方はどうでしょうか?」

 

「気合い十分、といったところでしょうか。まだ若干の不安要素はありますが、一つ一つ潰していって勝利を手に入れます」

 

「ありがとうございます。こちらからの質問これで以上ですが、○○さんから、ファンの方々に向けて何かありますか?」

 

「今後とも、メジロパーマーをよろしくお願いします。ですかね」

 

「わかりました。本日はどうもありがとうございました」

 

「いえいえこちらこそ」

 

この調子ならきっと、このトレーナーならきっと、パーマーもGⅠを取れそうだ。と安心しつつ男は応接室を出ていく。メジロ家の血筋を引く者として多大なる期待がかけられていたが、一度GⅠを勝利してしまえば、その肩の荷が下りるだろう。娘を大切に思う親心として心配してるが、出来る事は応援する事だけだった。ひとまずは記事を書き上げる事が先決だ。と、彼は車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

一方、残された男、メジロパーマーのトレーナーの方はというと穏やかでない心境であった。

 

彼女は確かに強い。OPやGⅢでの戦いで勝利こそ出来なかったものの、十分GⅠでも通用するだろう。

 

不安要素は彼女の内面的な物だ。かけられる期待の大きさや注目がきっと重荷になっている。それだけでは無いだろう。自分の走りに自信が持てない。先行か差しかですら決めかねている。走ることの楽しさを忘れている。だから時々、彼女に悩み事を相談するようにと促してはみるものの、「大丈夫」と記号化され、「助けて」という言葉(Word)は出ないようだ。

 

メンタルケアも仕事の内だが、信用されていないのであればどうしようもない。彼に出来る事は、練習を見てやり、助言をし、戦術を組み立て、ターフの神に祈る。ただそれだけである。

 

 

 

 

その渦中の人物、メジロパーマーもまた悩んでいた。

 

自分の純情をスプーンで少しずつすくい、学園という怪物に食わせているんだと。実際はそうじゃないはずだけど、寒く深い闇を感じている。ただひたすら夢に向かっているようで、本当はボイルした時計の皮剥きに夢中になっているだけなのではないか。

 

例えそうだったとしても、私は前に進むしかない。藻掻き苦しんで這ってでも名を上げなければならない。しかして注目されるのはマックイーンやライアンばかり。ここで過ごすことは地下バ道で空気を奪い合っているようなもので、しまいには希望という名のアイデンティティが枯れてしまいそうになる。だから、枯らさないように大切に咲かせないと。

 

 

 

そんな中でも、希望を感じていた。OPではクビ差、GⅢではハナ差のウマ娘に続く形で1バ身差だった。たまたま少し負けてしまっただけ──そう、だからもっと練習して力を付ければ、もっと速くなれば勝てる……!絶対勝つんだ……!彼女はそう希望を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

阪神レース場には多くの人が詰め掛けた。その人々の熱気とは裏腹にじわじわと冷ますような雨が降っていた。

 

「ついにこの日がやって来たね……パーマー!」

 

地下バ道の半ばで顔を合わせたのはメジロライアンだった。彼女もまたパーマーと同じようにメジロ家の重圧と期待を背負いここに立っている。

 

「うん……!どれだけこの日を待ち望んだことか……!この勝負、私が貰うよ!」

 

「それはこっちのセリフだよ!あたしだってこの日の為に練習してきたんだ!負けるつもりなんて無いよ!」

 

二人は固い握手をして

 

「結果はターフの上で、だね」

 

ゲートへ向かった

 

 

 

 

 

観客が見守る中レースは始まった。

 

ライアンはいつものように中団後方に陣取り差しの策を取った。対してパーマーは先頭のウマ娘に追いすがる形となった。つまり、彼女が選んだのは先行策だ。

 

大きな変化も無く順当にレースは運ばれていく、だが、たっぷりと雨水を含んだ土と芝は重く、そこを走る者の足に纏わり付いた。そして、体力を蝕んでいく。

 

最終コーナーに差し掛かった頃、全てのウマ娘が栄光に向けてスパートをかける。が、

 

ハァ!ハァ!キツ……!体が重い……!

 

パーマーは限界を感じていた。だが、心臓が張り裂けそうになっても、脚がちぎれそうになっても前に進む事だけは止めなかった。

 

それは他のウマ娘にも同じ事。目の前の逃げのウマ娘が失速し、先頭に躍り出る。

 

やった、あとはこのリードを維持すれば……!

 

希望が強く輝き始めた。だが、勝ちは確実ではない。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

ライアンが凄まじい勢いで上がってくるのを耳で感じた。その足音はだんだん強く、近くなる。

 

「負ける……ものかぁぁぁぁ!」

 

最後の力を振り絞って逃げる。

 

 

 

けれども、風が後ろから抜き去っていった。

 

 

 

 

 

 

宝塚記念はライアンが制した。これで、メジロ家でGⅠを取っていないのはパーマーだけとなった。

 

この大舞台で2着っていうのは本当に凄い事だ。多くのウマ娘はその前に散っていく。

 

だが、メジロ家にはそんな事は関係無い。盾を取れるか取れないかだ。

 

きっとそのような事を言われたのだろうか、パーマーは凄く落ち込んでいた。目に見えてだ。だから、声をかけずにはいられなかった。

 

 

 

「パーマー、最近元気無いじゃないか、何か悩み事があるならなんでも相談してね?」

 

「う…ううん。何でもない。大丈夫。大丈夫……」

 

「前もそう言っていたけど、今日は一段と思い詰めてるように感じるよ。少しでもいいから話してみて?話すだけでもきっと楽になるよ」

 

「そう…かな……?」

 

「そうだとも」

 

「…………」

 

少しの静寂が訪れた。迷っているのはわかる。だが話してくれるかどうかは彼女次第だ。話さないのであれば、ゆっくり休むように言おうと思った矢先である。

 

「トレーナー……私…もうどうしたらいいかわからないんだ……」

 

「わからないって……?」

 

「私はメジロ家に生まれて、走ることに生きてきた……けれど、実際に期待されてたのはマックイーンやライアンばかり……私はオマケみたいな扱いだった……でも、メジロ家に生まれたからには勝たなきゃいけない……!でも……でも!私は勝てなかった!おばあさまは応援してるんだかしてないんだかわかりゃしない!私は何!?なんなの!?どうしたらいいの!?」

 

「パーマー……」

 

「もう嫌なんだ……何もかもだよ……」

 

「そうか、そうだったんだな……辛いな……」

 

同情か慰めか、自然と彼女の頭に手が伸びて、優しく撫でる。

 

「うぅ……どうしたらいいの……?トレーナー……?」

 

張り巡らされた根は悲哀を吸い上げ、言葉として実を結んだ。その実を大切に摘み取ってしまいたい。彼女の為になるように。いや、少し悪い事なのだが、これも彼女の為になるのなら僕は喜んでオペラ座の怪人となろう。

 

「なぁ……パーマー……そんなに辛いなら……そんなに嫌なら……逃げちゃわないか?」

 

「逃げる……?逃げるって……?」

 

「逃避行だよ!メジロ家もトレセン学園も忘れて自由気ままに旅をしようよ!君はメジロパーマーじゃなくて“パーマー”というただのウマ娘になるんだよ!好きな時に好きな事をして、色んな景色を見て、美味しい物を食べて……!」

 

「……!」

 

「行こうよ!逃げようよ!君が望むままに!過去か未来かわからないけど、何か輝かしいものを見つけに行こうじゃないか!きっと見つけられるハズさ!」

 

「あはは……!楽しそうだね……!わかった、行くよ。私も行く」

 

「ああ!楽しいぞ!そうと決まれば早速準備して行こう!」

 

 

 

 

 

それからお互いに軽く準備をして車に乗り込んだ。取り敢えず、頭に浮かんだ行き先に向かって車を進める。夢の中で生きていこうと気持ちを改めて深夜の高速を飛ばす。真っ暗な道を明確な目的地も無く走る。

 

静寂に包まれる中、ちらりと左を横目で見やる。キラリと一筋の光が見えた。

 

何か話題でも欲しいと思ってラジオをかける。

 

 

キ~ミが胸を焦がすから、夏が熱を帯びて~く~

 

 

如何にも夏らしい情熱の歌が、泣こうとしているキミへと寄り添う。

 

 

そ~して僕は渚へと、誘うナンバーを届けてあげる

 

 

「どうだい、イイ曲だろ?」

 

「うん…いい曲だね……」

 

耳が倒れて、落ち着いたようだ。何でもない普通の夏の歌だけど、彼女にとっては印象深いものになったのだろう。

 

そのまま、パーマーは眠ってしまった。急ぐ必要も無いが、彼女の代わりに全てを叫ぶように車を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

ふと、思いつきで車を走らせて、どこだか名前もわからない岬にやって来た。

 

人々の営みが輝き、町を彩る。その様を見ようと連れて来たのだ。

 

手摺に二人して寄りかかり、夜景を眺める。

 

「ねぇ……トレーナー。いつ帰るとか決めてる?」

 

「いつ帰るかって……君の気が済んだらだよ。最後まで付き合うよ。僕が果てるまで。最高のエンドに辿り着けるまでさ!」

 

顔は向けないが、心から答える。

 

「ははっ……!トレーナーらしいや……」

 

「まぁね。次は何処にいこうか?」

 

「次、次……ねぇ、トレーナー。」

 

「ん?何だい?」

 

「連れてってよ……最高のエンディングにさ……」

 

「勿論だとも……!きっと辿り着けるハズさ……!カッコつけて言う訳じゃないけど、僕らしかいない、僕らだけのゴールを目指そうじゃないか!」

 

「いいね!僕らだけのゴール!どこまでも行っちゃおうよ!」

 

先は見えないけど、いつかは辿り着けるハズだから。僕達は固く誓った。

 

 

 

 

 

それからというもの、パーマーを色んな所に連れていって、あらゆるレジャーで楽しんだ。海に、山にと遊ぶ場所はいくらでもある。

 

食事は適当に行き当たりばったりでお店に入って食べる。

 

「何食べようかな……?」

 

「いい加減何も考えずに入ってから決めるのやめない?」

 

「いいんだよ……これが旅の醍醐味ってもんよ!」

 

「ま、トレーナーがそう言うならいいけどさ」

 

「僕は……海鮮丼にしようか」

 

「お、トレーナーはそれにする?なら私はいくら丼にしようかな~」

 

「「すみませ~ん!」」

 

注文を終えて料理を待ってる間、ふとテレビが目に付いた。

 

『トレセン学園の生徒、メジロパーマーさんの失踪についてですが……』

 

どうやら僕たちが居なくなった事は世間ではひと騒ぎになっているらしい。

 

「「…………」」

 

「……戻りたいって思ったりしないのか?」

 

「ううん……ぜんぜん。いつかは戻んなきゃいけないのはわかってるけど、今はちっとも戻りたくない」

 

メジロパーマーに戻る気は無いらしい。まだパーマーでいたいという訳だ。

 

「そっか、戻りたくなったらいつでも言ってね?」

 

「ど~だか?このままずっと二人でふらふらするかもよ?」

 

僕はパーマーの望むままに手を引いて逃げるだけだ。進むも、戻るも。

 

「なら、仰せのままに」

 

「なーに気取ってんのさ?はははw」

 

「お待たせしました。海鮮丼といくら丼です」

 

「おっと、来たみたいだ。ちゃっちゃと食べようか」

 

「そーしましょ」

 

パーマーはメジロ家のお嬢様だから、それなりにいいものは食べている。それでもやっぱりご当地の新鮮な食材で出来た料理は美味いらしく、喜んで食べていた。

 

 

 

宿は基本的に安いホテルを選び、部屋を分けている。お金の心配をして同じ部屋でいいと言う。信用されているからだろうか?とはいえ、彼女に何か間違いがあってはいけないので最低限宿を取る時は部屋を分けるのだ。

 

 

「トレーナー……ちょっと入れてもらえる……?」

 

ノックと共に声が聞こえる。

 

「ああ、いいぞ。どうしたんだ?」

 

拒む理由は…特に無いので部屋に入れてやる。

 

「なんだか…寂しくなっちゃってさ……」

 

「……そっか……」

 

おセンチな感情の年頃の女の子をあやすのは骨が折れる。どうしたものかと考えながら取り敢えずベッドに腰掛ける。

 

「よいしょっと…」

 

パーマーは自然に隣に座った。頭を撫でてあげたり、抱き締めてあげるべきなのだろうか?行き過ぎて嫌われても不味いだろう……

 

アクションは彼女の方からだった。

 

「ん……」

 

パーマーは寄りかかり、尻尾をこちらの手に絡める。だいぶ信頼されているらしい。

 

「ありがとう……トレーナー……私の為にいろいろしてくれて……」

 

「どういたしまして…」

 

「本当に感謝してるんだ……あそこから抜け出してきて、毎日が楽しいんだ……」

 

「なら良かったよ」

 

「でもさ……どうして…どうしてトレーナーは私の為にここまでしてくれるの……?」

 

「それは……パーマーを見てたら、居ても立っても居られなくなっちゃってね」

 

「……へぇ…じゃあ、それはさ……私の事が好きって事でいいんだよね?」

 

「………」

 

その言葉を言われると弱ってしまう。勿論僕はパーマーの事を大切に思っているし、大切にしたいと思う。だけど、恋愛感情という意味では違う気がするのだ。だから、

 

「……もちろん」

 

傷つけないような、逃げの答えだった。

 

「…すぐに肯定しないんだ…?…なにさ……なんか言わせたみたいじゃん」

 

「そんな事は無いよ」

 

「あるよ!」

 

しかし、その態度が気に入らなかったようで耳を立て感情を表わにした。

 

「トレーナーはさ!私の為にしてくれたんでしょ!?なのに!なのに私の事は好きじゃないの!?どうして!?わかんないよ!」

 

「パーマー……」

 

彼女のか細く弱った精神が奮い立たせているようだった。その勢いに気押される。

 

ただ、好きだという言葉は気安く口には出せない。それは脚を怪我した鹿を狩るような、弱った彼女の隙に付け入っているようで、非常に忌避感を感じた。

 

でも、それは彼女にとっては関係の無い話で。

 

パーマーは僕の体を強く抱き締めた。眼下には彼女の頭が。耳が伏せられて恐怖や不安を感じているのがあからさまにわかる。胸元に彼女の顔の凹凸を感じる。しばらくすると一部分が湿った。

 

「……トレーナー……愛してよ……私を愛して(助けて)よ!」

 

彼女のか細い、それでいて芯があって心から叫んでいるような叫び。その愛してが、僕に助けてと確かに聞こえた。

 

そのスクリームが僕に一歩を踏み出させた。

 

「愛してるよパーマー……!君が好きだ!僕からのアピールが足りなかったみたいだ!」

 

そう言って彼女を片腕で抱き締め返して、もう片方の手で顔を向けさせる。

 

そして、その唇を熱く奪った。

 

息の続く限り心を伝える。1秒、5秒、10秒、1分と。いくらたったか解らない。

 

「ぷはっ……トレーナー……ありがとう……」

 

僕は彼女の気が済むまで彼女を抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

それからまた数日が過ぎた。

 

たまたまストリートレースの会場を通りがかった時の事だ。パーマーが何か気にしたような様子だったので、聞いてみた。

 

「どうしたんだいパーマー?何か気になる事でも?」

 

「う、ううん!何でもないよ!」

 

「やっぱりアレ、気になる?」

 

レース場の方を指差す。小さな会場だが、外からでもわかる熱気と盛り上がりだった。

 

「まぁ……気にならないと言ったら噓になるかな……」

 

「じゃあ行ってみようよ。飛び入り参加もできるハズだし」

 

「そんな!練習も全然してないのに!」

 

「でも気になるんでしょ?一回ぐらいは何も気にせずに走ってきたらどう?きっと気分転換になるよ」

 

「……じゃあ、一回だけなら」

 

~~~~~⏱~~~~~

 

乗り気じゃなかったけど、レースを観戦してみたらその気持ちは一気に吹き飛んだ。トレセン学園とは、中央のレースとは全然違う、自由気ままにがむしゃらに走るウマ娘達はとても楽しそうだった。

 

それから私はシューズも体操服も借りてレースに出た。

 

「アンタが乱入者?ふーん?案外イイ体してんじゃん?アンタの名前は?」

 

「め、メジロパーマー」

 

つい、言ってしまった。やらかしたと思ったけど。

 

「メジロ……有名なとこだっけ?ま、長いからパーマーでいいよね!ヨロシク!」

 

「う、うん、よろしくね!」

 

そして、ゲートが開いた。

 

みんなは何某よりも、走ること、勝つことに夢中だった。そして、何も気にせずに走ってきたらというトレーナーの言葉と、勝ちたいという思いから。何も考えずに最初から全力で走った(逃げの戦略を取った)

 

風を切ってガムシャラにむちゃくちゃに走ると気持ちがよくて、楽しかった。後ろから追ってくる他のウマ娘達の熱気に押されて負けじと走るのも悪くなかった。

 

何が言いたいかって言うと、私はまた走りたくなった。

 

 

 

「って訳なんだトレーナー。だから、そろそろトレセン学園に戻ろうかなって思う。いいよね?トレーナー?」

 

「……あ、ああ!いいよ!もちろんだとも!それなら早速目標レースを決めて練習メニューの作成もしなきゃだな!」

 

一瞬驚いてしまったけど、僕は嬉しかった。パーマーがまたレースをしようという気持ちになってくれた。この旅で何かを見つけられたようで何よりだ。

 

「もー、トレーナーったら急ぎすぎ!私はもうちょっとだけなら続けてもいいと思ってるよ?」

 

「はは、パーマー……まだ二人で一緒に旅したいんだね?いいよ」

 

「へへ……」

 

少し恥ずかしいのか顔を赤らめて鼻をこすっていた。

 

「にしてもここは凄い場所だねぇ」

 

「いやぁ、そうだねぇ」

 

二人は断崖絶壁の岩場に立っていた。何故かというと観光なのだが。

 

東尋坊。巨大な柱状の岩が立ち並ぶ。世界でも有数の柱状節理──マグマが冷えて六角形の柱状に固まったもの──で出来た地形。崖が観光名所になるという珍しい場所だが、それには理由がある。美しい日本海を眺められるだけでなく、その荒々しい波を空気で肌で感じる事ができる点も魅力だからだろう。

 

たまたま近くに来ていたので寄ってみたが、なかなかに恐ろしく、美しい。

 

「でもさ、海っていいよね。眺めてるだけでも気持ちが穏やかになるね。なんか心が洗われるって感じ」

 

「パーマーも海の良さに気づいてくれたか、嬉しいな」

 

「だいだい海に連れてくのによく言うよ。ははは」

 

平日だからか観光客は少なく、気づけば他に人影は見当たらなかった。

 

「なんだかここには僕らしかいないみたいだ」

 

広い空、青い海、荒々しい岩場。

 

「ねぇパーマー、いい景色だね。もし君が旅を終わらせるっていうなら、ゴールにふさわしい場所じゃないかな?」

 

「……そうだね」

 

「カッコつけて言う訳じゃないけどさ、やっと僕らは輝かしいものを見つけられたんだよ。そしてそれはきっと未来にあるんだ」

 

「だからパーマー!これからも二人で頑張ろうな!」

 

「うん、頑張ろっか、トレーナー……!」

 

二人でお互いに笑みを交わし、海を眺めた。

 

この荒れた大地で希望の花が咲いた。

 

 

 

突如、背中に激しい痛みが襲った。鋭く焼けるような痛み。

 

「あ……がぁ……!痛……!」

 

「と、トレーナー!」

 

背中に何かを刺されたようだ。傷口から血が流れ、シャツを汚していく。

 

「パーマーを誑かしやがって……!許さねぇ!」

 

聞き覚えのある声が聞こえた。痛みで視界も思考もぼやけていく中、肩越しにその顔が見えた。メジロパーマーの父親だった。

 

「ぁ……!あぁ!」

 

筋肉が痙攣し呼吸もままらならくなる。吐き出した息は血塊として口から噴き出た。

 

「娘を返せ……!このクソ野郎……!」

 

二度、三度と痛みの場所が増える。

 

「やめて!やめてよパパ!トレーナーが死んじゃう!」

 

「何を言うんだパーマー!お前は騙されてるんだぞ!」

 

「やめてったらパパ!」

 

パーマーは父親を突き飛ばした。

 

血を吸いきれなくなったシャツとズボンから血が滴り、血だまりとなる。僕は痛みと失血と酸欠で立っていられなくなった。それをパーマーが抱きかかえる。

 

「トレーナー!だ、大丈夫!?あぁひどい血!どうしよう!?止血!?救急車も呼ばないと!」

 

「パーマー!なぜソイツを助ける!」

 

その瞬間にも血は流れていく。その量は素人目でも明らかに死んでしまうとわかる量に達していた。

 

そして、僕の視界は暗くなっていく。

 

「うそ、噓!やだ!トレーナー!しっかりしてよ!トレーナー!」

 

ああ、そうか、咲こうが摘まれる君の絶望こそ、こんな時代のメロドラマなのだ。若い娘を誑かし、手中に収めようとした悪者の末路には相応しいが、その娘にとってはこの上ない悲劇だろう。

 

「やだ!やだ……!トレーナー……!う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

最後に見えたのはパーマーの泣き顔だった。僕の頬に雫が落ちるのを感じて、意識が落ちた。

 

 

 

 

 

「か、帰ろう、パーマー。家へ帰ろう」

 

「あぁぁぁぁぁ!うわあああああああん!」

 

彼女は大声で泣き叫ぶ。無理もない。最大の理解者であり、愛する者を失ったのだ。

 

「パーマー!帰るぞ!」

 

父親は彼女の肩を揺さぶる。

 

「ぐすっ……はぁ……はぁ……やだ……!」

 

彼女は抜け殻となった魂の入れ物にすがりつく。

 

「お前は騙されてたんだぞ!」

 

「何も……!何も知らないくせに!トレーナーは私の大切な人だったんだ!なのに話もせずに刺し殺した!最低!パパなんて大っ嫌い!」

 

「パーマー……そんな……………俺はお前の為を思って……」

 

「うるさい!」

 

「そうか……そうだったんだな……」

 

一時の感情に流されてやってしまった事の大きさと、取り返しのつかなさを男は痛感し、項垂れた。

 

そして、彼女は大切な物を失った。血溜まりだけがそれを伝えていた。

 

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