FIRST TAKE of LIGHT   作:月の砂袋

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A.P.238 02/17 『Hello World』 - 2

 

 宇宙を巡り、星々を巡り、旅を続けるオラクル船団。そこに住まう人々は、大きく分けて2つに分類される。『Artificial Relict to Keep Species』――『A.R.K.S(アークス)』と、それ以外だ。

 オラクル船団全体で見れば、人口の約4割ほどがアークスに属している。更に言えば、その中でも惑星探査を主任務とする部隊であったり、アークスシップの治安維持を目的とした部隊であったりと、様々な部隊に分かれている。

 

 アークスは一言で説明するならば『惑星を探査し、残存種を保護する事を目的とした組織』だ。彼らはフォトン*1と呼ばれる粒子を外部から取り込む、あるいは内部より生み出し指向性を持たせる技術を会得している。

 それは例えるならば、こんな技術である。

 

 

「うわぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 人通りの多い市街地、その大通りに幼い泣き声が響き渡る。道行く人々が、声のする方向へ視線を送れば――小さな男の子が一人、大声で泣きじゃくっていた。

 

 

「らっぴーが……らっぴーがぁ~~!!」

 

 

 男の子がしゃくりあげながら、空を指出す。そこには、ふわふわと風に揺らめきながら浮上していく黄色い風船があって。その表面には、可愛らしいラッピーがプリントされていた。

 遠巻きに見ていた人々は、その男の子が風船を手放してしまったのだと気付いたが――風船はそんな彼らの思考など関係なく、ただ白い紐を尾のように揺らしながら昇っていくだけ。既に指先ほどの小ささになるまで遠ざかった風船に、あれはもう無理だなという感想を抱いていた、その瞬間に。

 

 その風船に目掛けて、一人の少女が地面を蹴ってジャンプした。当然、ただただジャンプしただけでは身長分も飛べないのだから、届くはずもないが――少女は、まるでトランポリンの上で跳ねたような高さまで一息で飛び上がり、更に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「よ、っと……」

 

 

 風船に追いつき、白い紐を軽々と掴み取った少女は、そのまま重力に従って落下していく。少女を見上げていた人々はその姿にどよめくが、とうの本人は慌てる事もなく。

 

 

「落下点の人ーちょっと離れてー」

 

 

 軽口を叩きながら少女は10メートル弱ほど上空から自由落下し――まるで羽が地面に舞い降りるように、軽い靴音だけ立てて着地した。誰もが呆気にとられてる中、視線を気にせず手に持った風船をアピールするようにゆらゆらと揺らして、男の子に歩み寄ると少女――ロシェはしゃがみ込む。

 男の子とロシェの視線の高さが合う。泣きじゃくって涙の痕が残った顔を、驚愕の表情に染めた男の子にニッコリと笑いかけながら、ロシェは風船を差し出した。

 

 

「はい、どーぞ」

 

 

 差し出された風船とロシェの顔を、男の子の目線が数度行き来して。おそるおそる風船の紐を手に取る。紐をしっかりと握り込んだのを確認すると、次から気をつけようねーと軽口を叩いて立ち上がり、そのまま踵を返して歩き去っていく。

 呆然としていた男の子は、段々と状況を飲み込めたのか、風船の紐を強く握り込んで、胸元に引き寄せて。

 

 

「おねーちゃん! ありがとー!!」

 

 

 少しだけ舌っ足らずな声色。その声に応えるように、ロシェはヒラヒラと手を振りながら歩いて行く――友人との待ち合わせ時間が迫っているので、少しだけ急ぎ足で。

 

 

 

 ……とまぁ、こんな風に。アークスはフォトンを自在に操る事で、様々な事象を引き起こす事ができる。

 

 

 何もない空間から武装や物質を取り出したり。

 

 

 とてつもない身体能力を発揮したり。

 

 

 空中にフォトンで足場を作って更に飛ぶ――なんてのも基本技術の一つだ。

 

 

 さて、では彼らアークスがなぜそのような技術を身につけるに至ったのか。それは彼らの目的でもある『残存種の保護』に由来する――保護、という言葉が指し示すように、種を脅かす『敵』がいるからだ。

 それが『ダーカー』。オラクル船団が『宇宙の敵』と称する敵性存在。ありとあらゆる生物、物質を侵食し宇宙を侵していく、世界の癌細胞(アノマリー)。その脅威から、星を、生命を、種を守るために身に着けた技術。

 

 ……その肝心のダーカーに、ロシェ自身は会敵した事は一度もないのだが。オラクル船団が、明確にダーカーと戦いを行ったのは()()()()()()()であり――それ以来、ダーカーはこの宇宙に影も形もない。それこそ、もはやダーカーに対するアークスの存在自体が、不要なのではと論じられるほどには、オラクル船団はこの10年間、平和を享受している。

 

 ダーカー相手に振るう機会に恵まれない事は構わない。変に戦いに使うより、先程のように困っている人を助けるのに使えたら、何よりも良い。

 

 ロシェは急ぎ足で街路を駆けていく。このペースなら、おそらく友人との待ち合わせ時間にはギリギリ間に合うだろう。ここでいうギリギリとは、ロシェ換算で30分ほどである。

 

 

 

 ……ただし、それはあくまでもスムーズに行った場合の話で。

 

 

「あータイヤが溝にハマっちまったよ……どうすっかなぁ……」

「はーいちょっとどいてねー」

「ん、なんだ嬢ちゃん……うおっ!? なんじゃそりゃ!?

 

 

 ハンドル操作を誤って、側溝にハマったトラックを持ち上げたり。

 

 

うわぁぁん!! パパ―!! ママ―!!

「この子のお父さんとお母さんどこー!?」

 

 

 迷子で泣きじゃくる幼女の両親を探したり。

 

 

「人質を離して大人しくしなさい! キミは完全に包囲されている、逃げられるものではないぞ!」

「うるせぇ!! これ以上近づくなら、人質がどうなっても知らねぇ――」

邪魔ァッ!!

ぶげらっ!?

 

 

 人質を盾に逃走を図る強盗犯と、治安維持部隊の間で繰り広げられてた大捕物に乱入して飛び膝蹴りを食らわしたり。

 

 

「……え、いや誰!?」

「あ、あれは……!」

「知ってるのか!?」

「……すごい綺麗な膝蹴りだ……あれなら全オラクルシャイニングニー協会でトップを狙える……!」

「何言ってるんだキミ!? と、とにかく……確保ー!」

 

 

 トラブルに巻き込まれやすい星の下に生まれたのか、あるいは自ら厄介事に首を突っ込む性分なのか。ロシェは行く先々でトラブルに遭遇し、放っておけずに解決に奔走してを繰り返し――友人との待ち合わせ場所である、船間転移施設(テレポーターターミナル)前にたどり着く頃には、約束の時間から35分ほど過ぎていた。

 最後の方はもう走ってきたのだろう。少し荒い呼吸を落ち着かせて、と大きく息を吸って、ふぅと吐いて、悔しそうに拳を握りしめて。

 

 

「……ギリギリ間に合わなかった」

大遅刻だよ馬鹿ヤロウ

いっだいっ!

 

 

 ロシェの後ろに現れた人影の掌が、綺麗な弧を描いてその後頭部を叩く。突然背後から飛び込んできた痛みに、前に数歩たたらを踏んで振り返ると――そこにいたのは、まさしく今日一緒に出掛ける約束をしていた友人の一人である少年が、立っていた。

 呆れを隠さず、何やってんだお前と言いたげな、ロシェより頭半個分ほど高い身長の少年。ちょっとクセのある金髪に、男性にしては線の細い体格、彼が好む色である青系統のチェックズボン、カジュアルな黒のコートに、白いシャツ。うん、よく知っている顔だ。

 

 

「や、アフィン」

「や、じゃねーよ大遅刻だよ」

「うん、ごめん」

 

 

 あっけらかんと言い放ったロシェに、少年――アフィンは、何か言いたげにぐぬぬと溜めて、ため息と共になんとか消化した。胃に落とし込んだのは、愚痴というなの文句の1つや2つである。

 

 

「はぁ……大方、またトラブルに首突っ込んだんだろ」

 

 

 カリカリと指先で後頭部を掻きながら、アフィンはそうロシェに問いかけた。眼の前で反省を示すように両手を掲げて頭を下げているポーズをしている少女が、何の訳もなく遅刻するような子でない事はわかっている。時間にはルーズだが。 

 困っている人を見過ごせない性分であるロシェが、本人に関係ないトラブルに突貫しては解決しているのを、()()()()()()()()()()()()として見てきているから、なんとか堪えることが出来たのだ……いや、文句は言いたいのだけれど。

 

 

「ねぇアフィン、スゥとルピカは?」

いややっぱお前反省してないだろ

「うん、ごめん……痛い」

 

 

 反省もそこそこに遅刻をなかった事のように扱い始めたロシェに、指を揃えたアフィンのチョップが炸裂した。威力は先程の十分の一レベルだったが。

 

 

「昼時だから、ファミレスの席確保しにいったよ。ってかメッセージ送ったろ」

「あははー全然見てなかったや」

「見ろよ。いや、遅刻してんだからせめてそっちから送れよ」

 

 

 あははーと笑って誤魔化す気満々のロシェに、今度はアイアンクローでもカマしてやろうかと拳を暖め始めたその瞬間――ピロン、と軽い音を立てて通信端末に通知が届く。何事かと目を通してみれば、そこには「いつまでも駄弁ってないでさっさと来なさいよ」というメッセージ。険しい表情のラッピーの背景に、炎が舞い上がっているスタンプ付き。

 アフィンが端末に落としていた目線を上げて、施設前にほど近いファミリーレストランを見る。外からも見える窓際の席から、不機嫌そうな赤髪の少女と、ヒラヒラと手を振る黒髪の少女が、こちらを見ていた。

 

 

「……行くかぁ」

「はーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー……食べた食べたぁ……」

 

 

 ファミリーレストランで待ち合わせていた残りの二人の少女と合流したロシェは、少し遅くなった昼餉を完食していた。満足そうにお腹を撫でる彼女の前のテーブルには、積み上げられた空の皿が並んでいる。

 

 

「ほんとよく食べるねぇ……」

 

 

 ロシェの隣に座っていた、もこもこのセータを着た黒髪の少女が、感心したように呟く。少なくとも成人女性の食事量の数倍は食べているにも関わらず、お腹が膨れたりしているような様子もない。一体その細身のどこに消えているのか、と黒髪の少女の視線がまじまじとロシェの腹部に注がれた。

 

 

「えっとルピカ、流石にそんなに見られると恥ずかしい」

「……ほんとどこに消えてるんだろ……胸?」

「ルピカー?」

 

 

 じっと見つめられる羞恥からヘソを隠すように両手を重ねる。やがて危険な視線が胸部に集まり始めた辺りで、ロシェは身の危険から少し身体を仰け反らせた。なお、胸部のサイズではロシェが大であり、黒髪の少女――ルピカは小である。

 

 

「そんなに食ってたらその内ぶくぶくに太るわよ」

「いや、お前もステーキ食べてるじゃん」

何か言った? アフィン

「何も言ってませんスゥ様」

 

 

 ボーイッシュなシャツとジーパン姿の赤髪の少女――スゥの鋭い視線がアフィンを捉える。平伏するように机に額を擦りつけたアフィンは、女性に体重関連の話題で触れると酷い事になるのはよく知っていた。ちなみに、食べた量としてはルピカ、アフィン、スゥ、ロシェの順に多くなっている。エンゲル係数の高騰待ったなしだ。

 

 

 

 店員が少し引きながら空き皿を下げた後。ドリンクバーで駄弁る姿勢に入った4人は、この後どこに行くかを話し合っていた。元々「集まって遊びに行くか―」ぐらいの暇を持て余した大学生のようなノリで決めた事もあって、予定もスケジュールも何も決まってない。なら遅刻は無効じゃんと言い放ったロシェの主張は黙殺された。

 コーヒーにカフェオレ、お茶にオレンジジュースと飲み物をリレーしながらダラダラと駄弁っていると。

 

 

「んー…………」

 

 

 くしくしとロシェが目元を擦る。蕩けた瞳はまさしく眠気が最頂点に達しそうな子供のソレで――その様子を見たロシェ以外の3人が、お互いに目線をあわせて頷く。

 

 

()()()()か」

()()()()ね」

「はーいロシェ。お膝空いてるよー寝る?」

「うーん……うん……」

 

 

 ルピカの声に、うわ言のように返事を呟いたロシェが、ふらりと横に倒れる。ポテリ、とルピカの膝の上に頭を乗せたロシェは――ものの数秒もしない内に、寝息を立て始めた。

 昼餉を食べて満腹になったから眠くなったのではない。こうやって、ふとした瞬間にロシェが()()()()()()()()()()()()()()()現象は、それこそアークスの士官学校で行動を共にしている時にも発生していた。

 何かの病気なのかとメディカルセンターで調べてもらっても、全くの異常なし。健康優良児と診断が下され、結局原因は分からぬまま。だから3人は「いつもの」と称して、よく眠気に誘われたロシェを介抱していた。

 

 

「んーどうする? 1時間は起きないぞ、こいつ」

「どうするも何も、もう1時間駄弁るしかないでしょ」

「だなぁ。ポテトでも頼むか……?」

 

 

 追加でポテトを頼む、ドリンクのお代わりに行く、すぅすぅと穏やかな寝息を立てるロシェの髪を撫でる――など、各々が思い思いに暇を潰しつつ。店内が閑散としている事を良いことに、ドリンクバーで粘り始めてから追加で30分ほど経った辺りで。

 店内に備え付けられている大型のテレビジョンが、お昼時を迎えて特集番組を流し始めた。軽快なBGMと共に流れ始めるのは、様々な企業を取材してインタビューする、いわゆるお仕事紹介のような番組だった。

 

 

はい、それでは今回はですね。()()()()()()()()()()()()()、今なおトップシェアを走り続ける企業――『Darkers Fall Corporation』さんへ取材に来ております

 

 

 ピクリ、と3人が反応する。『Darkers Fall Corporation』――通称『DFco.』。番組で紹介された通り、対ダーカー兵装のトップシェアを誇る企業の事は、流石に3人も知っている。というより、アークスが使用しているダーカーと戦う為の武装は、大型から個人用まで含めて()()()D()F()c()o()()と言っても過言ではない。

 そんな大企業の取材となれば、多少の興味は湧く。運ばれてきたポテトを摘みながら、アフィンがテレビジョンの映像に視線を向けていると――社長と思われる一人の男性が、その姿を現していた。

 

 

本日はよろしくお願いします

 

 

 映像に映る、紫銀の長髪を首裏で括った、かっちりとしたスーツに身を包んだ長身の男性。獣のように鋭い紫紺の瞳が映像越しでも分かった。

 

 ……もしロシェが起きていたのなら、そこでリアクションの一つでも起こしていただろう。何故なら、映像に映っていたのはロシェの後見人である男性――カージュ、その人だったのだから。

 

 

 流石に軍需企業である事もあって、機密になっている部分には触れず――あくまでも番組は『Darkers Fall Corporation』という企業がどうやって誕生したのか、といった始まりの話を深掘りしていった。

 例えば、会社の立ち上げは10年前である事。そのキッカケが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である事、など。

 

 つづがなく流れていく番組。それがそろそろ終盤に差し掛かろうとした時。インタビュアーが、少し意を決したような様子で――いや、単純に強面であるカージュが怖いだけかもしれないが――最後の質問です、と前振りをした。

 

 

10年前のダーカーの襲撃。あの地獄で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、平和が訪れた――というのが、現在の世論です

 

一部ではアークスはもはや不要だ、などと言われていますが――なぜ、まだ対ダーカーの兵装の研究を続けられているのですか?

 

 

 ……それは、平和を信じたいが故の質問だったのかもしれない。そうだ。10年前のダーカー――否、ダーカーを生み出す首魁であるダークファルスによるオラクル船団襲撃で、アークスは辛くも勝利した。多大なる犠牲を払いながら、ダークファルスの討滅という最高の結果で。

 もう、それで戦いは終わったのだと。平和が訪れるのだと、信じたいが故の質問。もう武器を取る必要もないのだ、という願望。だが、それを――カージュは、真っ向から否定する。

 

 

10年間平和が続いたかと言って、それが永久に続くなんて保証はない

 

 

 重苦しく言い放ったその言葉は、まるでそれが確定事項である、と言わんばかりに確信に満ちた声色で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たまたま10年間平和だっただけで、明日には崩れるかもしれないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ…………」

「あ、ロシェ起きた」

「よし、んじゃ会計するか。後どこ行く?」

「座りっぱなしで身体固まっちゃったわ。ボーリングでも行きましょ」

「えー……お前ダブルスコア付けて大勝するじゃん……」

「何? アフィン」

「なんでもないですスゥ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの運命が定まる「アークス修了試験」まで、あと3日。

 

 

*1
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