FIRST TAKE of LIGHT   作:月の砂袋

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拙作は最初からウルトラハードで参ります。


A.P.238 02/20 『Don't Be a Hero』 - 2

 

 『ダーカー』は全宇宙の敵である。それは教科書や歴史書、子供向けの絵本にだって書いてある事だ。オラクル船団に属する人々は、イメージの差こそあれど全てその認識を持っている。

 それはアークスの卵である訓練兵達であればなおさらだ。特に、彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アフィンは肉親を失い、スゥとルピカは親代わりだった人を亡くした。故に、ダーカーに対して憎悪を抱いている者も多い――はずだった。

 

 それでも、なお。いざその『悪意(ダーカー)』に直面すると――心臓が締め付けられたように痛くなり、背骨に氷を差し込まれたような悪寒が走る。それほどまでに、眼前に現れたそれは異質であり、世界にとっての異物だった。

 

 紅と黒に覆われた四足の外骨格。関節の合間から覗く、鮮血を詰め込んだような朱の脈動。大人一人はありそうな体躯から、耳障りな軋んだ音が掻き鳴らされている。

 『ダガン』。蜘蛛を模したような肢体を持つ、かつて宇宙でもっとも多く観測されたダーカー。頭頂部の一対の鋭い(あか)の視線が訓練兵達を捉えた、その瞬間。

 

 

 ――その頭部が、イナビが投擲したグレネードによって、木端微塵に吹き飛ばされた。

 

 

「「「ッ!?」」」

「ボサッとするな!! 戦闘態勢を取れ、これはもう訓練では――!?」

 

 

 イナビの言葉は、最後まで続かなかった。それもそうだろう。1体だと思われたダガンが、イナビと訓練兵を取り囲むように、宙空から赤黒いフォトンを発しながら、次々と現れていったのだから。否、ダガンだけではない。

 

 

 ――空を滑空し、頭上を取り囲む蜂を模したようなダーカー、『エルアーダ』。

 

 

 ――怪音を掻き鳴らしながら、嘲笑うように空を浮遊する、巨大なダニ型のダーカー、『ブリアーダ』。

 

 

 ――人型のようでありながら、蟷螂(かまきり)のような鋭い両手の不揃いな刃をすり合わせ、火花をばら撒くダーカー、『ディカーダ』。

 

 

 瞬く間に、美しかった世界は眼の痛くなるような赤と黒に覆われた。もはや数えるのも馬鹿らしくなるほどに、視界を埋め尽くすダーカーの群れ。そして――

 

 

「■……■■■……」

 

 

 ――肉をこねるような粘着質な音を立てて、頭を吹き飛ばしたはずのダガンがもう再生を始めていた。

 そう。ダーカーの核たるコア。それを破壊しない限り、侵すべきフォトンがある限り、再生し続ける。それが『ダーカー』だ。イナビの投擲したグレネードは確かに命中したが、それでもそのダガンの腹部にあるコアまでは届いていなかった。

 

 

「く、くそっ!!」

 

 

 訓練兵の誰かがついた悪態。各々が武装を取り出し、構える。ロシェは身の丈程もある大剣を、ルピカはフォトンを想起させ現象を巻き起こす(テクニック)装具である杖を取り出し。

 

 

「ナベリウスにダーカーはいないって話じゃなかったのかよ……!」

「見かけるのが少ないってだけでしょ……!」

「はは、軽く見積もっても100はいるんだけどな……!」

 

 

 アフィンが乾いた笑いをあげながら、その長銃の照準をダーカーに合わせる。スゥは体勢を低く構え、その両手には小剣が握られていた。

 ジリジリと迫る、赤と黒の包囲網。誰かが息を呑む。誰かの頬を、冷や汗が伝う。

 

 

「――来るぞ!!」

「――ッ!!」

 

 

 イナビの声と同時に。悪意の群れは、訓練兵達を飲み込まんと、濁流のごとく迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 包囲戦における、包囲された側が助かる為の方法はシンプルだ。包囲の薄い箇所を見つけ、全戦力を用いて一点集中で突破する。包囲さえ抜けてしまえば、少なくとも現状よりは有利な状況で戦える。

 

 

「フンッッ!!」

 

 

 イナビが身の丈を超える突撃槍(パルチザン)を構え、一気呵成に突撃する。眼前に迫る獲物を狩ろうとしたダガンが前脚を持ち上げた、その隙を逃さず――腹部にあるコアへと突き刺した。

 フォトンを流し込む。ダーカーを討滅する為の手段は、いわば上書きだ。ダーカーの因子というマイナスを、アークスのフォトンというプラスで上書きし、塗りつぶす。そうする事でダーカーはあるべき形を保てず崩壊する。そういうプロセスだ。

 

 

「ぬおおおおおおおおっっ!!」

 

 

 コアからひび割れ、崩壊していくダガンを持ち上げ――迫り来るダーカー達に投げつける。包囲網に開いた一点の空白。その一点に向かって、イナビは更に突撃を敢行した。

 迫りくるディカーダの鋸のような刃を柄で逸らし、返す柄尻でその顎を砕く。再生が開始される前に足を払い、体勢を崩した身体に蹴りを叩き込み、時にはグレネードを投げ。とにかく前へ、前へ。後ろに付いてくる訓練兵達を守るために、少しでも最大火力を前面へと注ぎ込む。

 

 

雷霆よ、迸れ(ゾンデ)ッ!!」

氷華よ、咲き狂え(バータ)ッ!!」

嵐よ、吹き荒べ(ザン)ッ!!」

 

 

 空間に漂うフォトンに指向性を与え、その法則を律する術を得意とするルピカを筆頭とする訓練兵が、矢継ぎ早にテクニックを唱える。雷撃が迸り、氷華が乱れ咲き、嵐が吹き荒ぶ。空から強襲を掛けてきたエルアーダを、ブリアーダを墜落させ――その無防備になったその体躯に迫る影。

 

 

「シィッッ!!」

 

 

 短く鋭く息を吐いた影――スゥが、次々とコアを貫いていく。フォトンを、時には崩壊していくダーカーの躯を足場に空を駆ける姿はまるで蝶のようであり――その姿に魅惑されるように、空を飛ぶダーカーはスゥへと群がっていく。

 空中という戦場は、三次元的な戦いが求められる。上下左右の全てから迫る敵に対応するには、人間の身体は文字通り手が足りない。故に、ただ一人空中に漂うスゥは格好の的だろう。

 

 その隙をカバーする仲間がいなければ、の話だが。

 

 

「アフィンッ!」

「応っ!」

 

 

 空中にいるスゥに群がるダーカーに向けて、地上からアフィンが弾丸をバラ撒くように撃ち尽くす。それは一射一射の威力は大した事はないだろうが――かといって無視出来る程ではない。スゥに向けて攻撃を仕掛けようとした手を緩め、アフィンに対して敵意を向けたその隙を――スゥは見逃さない。

 

 

「どこ見てんの……よっ!!」

 

 

 空中で唯一身体を制動させる術。フォトンを足場に横っ飛びに移動したスゥが、すれ違いざまに一体のエルアーダのコアを切り裂いて、アフィンの隣に着地した。

 

 

「は、何よ……やれるじゃない……!」

「言ってる場合かよ――ッ、リロードッ!!」

 

 

 命の遣り取り。生きるか死ぬか、食うか食われるか。極限状態の中で研ぎ澄まされた神経が、感覚が与える言いようのない高揚感に頬を紅潮させるスゥに対して、アフィンは毒づいた。

 元より小心者である自覚があったアフィンの心臓は、もう破裂するのではないかと言わんばかりに鼓動を刻んでいる――だが、その恐怖感を塗りつぶすような興奮は、ある種の人間の本能なのだろう。

 

 だが、その高揚感は注意を散漫にさせる。

 

 

「スゥ、アフィン、上ッ!」

 

 

 ルピカの鋭い声に、二人がハッと上を見る。そこには昆虫と人間を合体させたような、嫌悪感を感じさせるシルエット。『ゴルドラーダ』と呼ばれるダーカーが、まさに二人に向かって急降下しようとしているところだった。

 赤黒いフォトンを纏い、落星のように迫りくる紅。その気配を察知するまでに遅れた数コンマ秒が、判断を鈍らせた興奮が。避けるという一手を、一拍遅らせた、その時。

 

 

「どいて」

 

 

 ――その短い言葉と同時に、身の丈ほどもある大剣を大上段に構えたロシェが、二人を押しのけて前に進み出る。二人が驚く暇もなく、頭上から迫りくるゴルドラーダに対して。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 音にならぬ気迫の声と共に、タイミングを合わせて振り下ろした。その刃はたやすくゴルドラーダの硬い装甲を斬り潰し――火花を立てながら、コアすらも一刀両断にする。それだけではない。大剣に込められた異常なまでのフォトンが、切っ先から溢れ出し――前方を、蒼雷瞬く光で呑み込んだ。

 フォトン総量、計測不可。その言葉が嘘偽りではないと証明する、尋常ではない量のフォトン。ゴルドラーダを塵に返し、その奥にいたダガンやディガーダすらも、纏めてに鏖殺する――たった一太刀で、10体を超えるダーカーが纏めて塵へと還った。

 

 

 その光景を目にした訓練兵達の士気が、にわかに向上した。訓練を続けてきた日々は無駄ではなかった、私達は、俺達は――ダーカーを倒せるのだ、と。

 その雰囲気を背で感じ取ったイナビが内心で笑う。いける。負ける、死ぬと分かっている戦いに挑むのと、勝てる、生き延びれると一縷の望みが持てる戦いに挑むのとでは、まるで意味が違う。

 

 

 だが、それはあくまでも小さな光だ。地獄の空から伸びた細い銀糸。

 

 

 

 

 

 ……そんなものは、より巨大な闇が迫れば、一瞬で塗り潰される、淡い希望だ。

 

 

 

 

 

「――――」

 

 チリ、とルピカの首筋に焼けるような感覚が走った。ダーカーが出現した時と同じ、それでいて更に強烈な悪寒。そしてそれは、彼女だけでは無くその場にいる全員が感じ取っていた。危機察知能力など関係ない、()()()()()()()()()()()()()()

 赤黒く染まっていた空に、赤雷が迸る。異常な力で扉をこじ開けるような、歪みと軋みの音。耳をつんざく悲鳴にも似た響きと共に――空に、穴が空いた。

 

 ……穴、というのは例えだ。そう例えるしかない光景だった。光の一切を呑み込むであろう闇。絵画の上でこぼされた墨。

 不定形のアメーバのように蠢く闇。怖気しか走らない光景に、イナビですら意識を割かれる異常事態。そしてその闇は、徐々に形を成していき――巨大な、四足の怪物が姿を表す。

 

 蜘蛛。そう形容するのが、おそらく一番正しいのだろう。ダガンと同じような赤黒い甲殻に全身を包み込んだ、もはや小さな山と見間違う程の躯体。アークスのデータベースに記載された中でも、数種類しかいない『超大型』と銘打たれるダーカー。

 

 

「『ダーク・ラグネ』、だと……!? 馬鹿な、一体どうやって――!」

 

 

 イナビの戦慄した声色。それは当然の反応だ。

 そも、ダーカーの出現というのは『予測可能』なものなのだ。ダーカーの持つダーカー因子――マイナスの性質を持つフォトンは、いわば世界における異物。少しであれば世界に漂うプラスのフォトンで上書きされる程の存在でしかないそれが、空間が許容できる限界値まで増殖する。

 その兆候を検知する事は、オラクル船団の技術であればいくらでも可能だ。それこそ、ルピカのような感知能力が高い者であれば個々人で可能なレベルの技術。

 

 にもかかわらず、その一切をすり抜けて、『ダーク・ラグネ』のような超大型のダーカーが出現する。しかも、『アークス修了試験』という目を向けられるシチュエーションで、かつ『ナベリウス』というダーカーの出現が最も少ないとされる惑星で。にわかには信じがたい現象が、今まさに巻き起こっている。

 

 

 

 だが、そんな惑いなどダーク・ラグネには何の関係もない。その巨大な体軀を揺り動かし、全身に赤雷が纏わりついていく。臓腑の底から湧き上がる根源的な恐怖が、全員の身体を震わせた。

 

 

「躱せェーーーーーッッ!!」

 

 

 焦り混じりのイナビの大声を掻き消すように。彼らを取り囲んでいたダーカー達も巻き込んで――赤雷が、全てを蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうもうと土煙が舞い上がっている。ロシェがそう知覚出来たのは、吸い込んだ空気がザラリとした感触を舌に与えたからだ。

 チカチカとする思考、覚束ない足取り。直撃は免れたはずなのに明滅する意識が、ダーク・ラグネの雷の威力がどれほどの物だったかを物語っていた。

 

 軽い痺れが残る手で、大剣を支えに立ち上がる。耳鳴りがする。視覚も聴覚も嗅覚も触感も。五感が麻痺したような感覚。数秒だったか、数分だったかも分からぬ時間間隔の狂いが直って、ようやく耳が聞こえるようになった。

 

 

 

 

 

ぎ、ああああっっ!!

 

 

 

 

 

 始めに聞こえたのは、耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫び。それと同時に、土煙へ映った影がロシェの足元に転がった。

 

 

 

 男性の頭だ。頭だけだった。

 

 

 

 おそらく訓練兵の中の誰か。強引な力で首を断たれたのか、歪な接合面から絶えず血が流れている。

 

 

 

 嗅覚が回復した。むせ返るような血の匂いが、鼻をついた。

 視覚が回復した。土煙の中に紛れて血飛沫が散ったのが見えた。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■―――!!!!!!」

 

 

 地獄だった。この惨状を作り上げた悪意(ダーク・ラグネ)が、歓喜を表すような不快音を掻き鳴らす。

 

 ……今までは、ダーカーが宇宙の敵であり、滅ぼすべき悪意なのだと教えられても、ロシェという少女はピンと来ていなかった。

 だって彼女は、何も奪われていない。何も失っていない。ダーカーの悪意に曝されたことが無い。だから、言ってしまえば――単なる害獣とか、そういうレベルとしか認識していなかった。

 

 でも、今は違う。奪われた。壊された。誰に?

 

 

 ……眼の前で嘲るように嗤う、悪意(ダーク・ラグネ)にだ。

 

 

「オ、マエ……ッ!」

 

 

 視界が赤く染まっていく。腸が煮えくり返るような感覚が、全身を震わせる。怒りによって励起されていくフォトンが、蒼雷となって嘶いた。

 こいつは敵だ。滅ぼさなければならない存在だ。歯車が噛み合うようにガチリとハマった情動が、ロシェを突き動かしていく。

 

 高まっていくフォトンを感知したのか、ダーク・ラグネの視線がロシェへと向かった。フォトンが存在するのであれば、()()()()()()()()()()。それがダーカーという存在だ。彼らもまた、アークスという存在を『敵』だと認識している。

 

 蒼の視線と紅の視線が絡み合う。注ぎ込まれるフォトンの量に耐えられなくなってきたのか、バチリと大剣から火花が散った。それが合図だったのかもしれない。

 ダーク・ラグネが、一際大きな猿叫を上げると、ロシェを踏み潰さんとその巨大な四肢の一本を持ち上げる。サイズから考えられぬ程に機敏な動きに、ロシェが真っ向から打ち崩そうと、大剣を握る手に力を込めた、その瞬間。

 

 

 

 

 

――ドクリ、と心臓が脈打った。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()のが分かった。呼吸が浅くなる。指先の一本一本から力が抜けていく。自分が自分ではなくなっていく、悍ましい感覚。

 この感覚をロシェは良く知っていた。知りすぎていた。

 

 ――()()()()か。

 ――()()()()ね。

 

 唐突な眠気――否、意識の喪失。幾度となく味わい、その度になんでだろうと首を捻った体質。長年の付き合いであるソレは、もう一生折り合いをつけるしかないのだ、と諦めてすらいる、どうにもならない事象。だからって。だからといって。

 

 

(こんな、時に――)

 

 

 視界が暗くなっていく。音が消える。肌に触れる土煙の感触が消える。大剣が手から滑り落ちて、力の抜けていく四肢が崩れ落ちていく。

 膝をついた瞬間に、よりいっそう暗くなる視界。それが己を踏み潰さんとする、ダーク・ラグネの巨大な脚の影によるものだと、朧げな意識の中でどこか冷静に考えて。

 

 

 

 ――ドンッ、と。横合いから衝撃を感じた。

 

 

 僅かばかりに、途切れかけていた意識が舞い戻る。スローで流れていく視界に、自分の身体が浮いている事に気付き――視線を衝撃を感じた方向に向ける。

 

 

 

 黒髪が靡いていた。両手を突き出した状態で、先程までロシェが居た場所に、入れ替わるように()()はいた。

 

 微笑んでいるように見えた。今にも泣きそうな顔を、無理やり笑顔に変えているようにも見えた。その笑顔を――

 

 

 

 

 ――黒い柱が、無惨に踏み潰した。顔に、生暖かい何かが飛び散ってきた。

 

 

 

「……え」

 

 

 呆けた声が、無意識に喉から漏れ出した。赤く染まった自分の前髪が、視界で揺れている。それが血だという事に気付くのに、少しばかりの時間を要した。いや、気付きたくなかった。

 だってそれは、目の前にそびえ立つダーク・ラグネの脚の下にいる()()の物だと、理解してしまうから。

 

 

「……………………ルピカ?」

 

 

 ロシェの震えるその呼び声に、応える声は無い。代わりに返されたのは――勝ち誇るように、怪音を掻き鳴らすダーク・ラグネの咆哮だけだった。

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