「……うん……もう、慣れてきたぞ…気絶するの……」
特に嬉しくもない体の慣れを実感しながら目を覚ます。辺りを見渡してみるが、灯りも小さく薄暗い部屋の中らしく、自分が横になっていた寝台以外に特に物は置かれていない。
これといった拘束も無いため、部屋を歩き回って発見した扉を開けてみようかと視線を向けると、そこから自身を連れ去った女の姿が現れる。
「うん?目覚めていたのか……もうしばらくかかると思ったのだが」
「…アンタは……」
「そういえば名乗っていなかったな……我が名はオイフェ……不本意ながら、現在影の国を治める女王である」
オイフェ、とそう名乗った彼女はクー・フーリンと戦っていた時の激情は嘘の様に穏やかだ。というか
「こうなってしまった以上、お前には事情を知っておく権利がある」
そう言ってオイフェは何言か真純には理解できない言語で呟くと真純の額に指を当てる。
「お前に私の記憶を見せる………信じずとも良いが、嘘偽りは無いと誓おう。お前を巻き込んでしまった、せめてもの詫びだ」
(あぁ、また意識飛ぶ奴ですか………)
真純はホワイトアウトする視界と意識に身を委ね、その体を再び寝台へと傾ける。
前提として元々この特異点となっている影の国は並行世界、あり得たかもしれないIFの世界線である。
真純達がいる世界線においてはるか昔、まだ人の範疇にあったスカサハと戦争をしていたオイフェは一進一退の攻防を繰り広げ戦いは膠着していた。そんな時、スカサハの元を訪れたのがクー・フーリンという若い男だった。詳細は省くが、クー・フーリンの弄した策とその武力によって敗れたオイフェは、クー・フーリンの子を産むこと、スカサハと永久に和睦する事、産まれてきた子が成長したらとある指輪を持たせ、クー・フーリンの元へ連れてくる事、という三つの制約を課される。
こうして産まれてきた息子をこれまた紆余曲折あってクー・フーリンはすれ違いの末に殺めてしまう。彼はこの事をひどく後悔していたようだが、オイフェはクー・フーリンへの憎悪を募らせ、幾度となく彼の命を奪おうと謀略を企てる事になった様だ。
幾つも枝分かれし、並行する世界の一つ、更にその裏側に
スカサハとの戦争の最中であったオイフェは、自身の領土に現れた不快な気配を察知してその地へ向かう。
侵入者達は、オイフェにとっては降って湧いた蛆虫程度の強さしかなかったが、最後の足掻きと聖杯から召喚された、未来の自分と名乗る女にはそこそこ苦戦した。
とはいえサーヴァントと今を生きる者、それが両者共に同一人物であるのなら軍配はほぼほぼ後者に傾く。
だが惜しいかな、力では勝てずとも知識と経験においては未来を知るサーヴァントの方が多く持っていた。サーヴァントのオイフェは、過去の己にとどめを刺される寸前で自身の霊基を記憶と共に過去のオイフェへ埋め込んだ。
「分かるか!?この屈辱が!?貴様は未来でこうなる運命なのだ!あの男を殺すまでで良い!その体を貸せ!」
自分に対してこれから起こる事全てを、存在しないはずの記憶として脳裏に刻まれ衰弱したオイフェは一時、最早思念体となった未来の自分に身体を乗っ取られる事になる。
その後、持ち込まれた三つの聖杯を取り込み、人の範疇を一時的に超越したオイフェはその力を持ってスカサハへ戦いを挑む。しかし、その戦いの中でスカサハは成長を遂げ、もはや自身の力では負けずとも殺すことができぬと悟った未来のオイフェは聖杯の力を利用してスカサハの肉体までも取り込んだ。
意識を取り戻した今を生きるオイフェは全てを知って憤慨した。自身と同格であり、敵対こそしていたものの、互いに全力をぶつけられる対等な存在であったスカサハを己の身に付けた力ではなく、聖杯に頼って斃してしまった事をひどく嘆き、また取り込んだスカサハの肉体を使う事を強く拒んだ。
それ以来、未来のオイフェが体を操るときは、肉体はスカサハのものへと変じるようになってしまった。
この世界では未だクー・フーリンは影の国の門を叩いていない。まだ産まれていないのか、それとももう影の国へ向かっているのかは定かでは無い。影の国を我が物としたオイフェはいつか訪れるであろう男を待つ事になる。
ある日、いつもの様に門の外で暴れる魔獣どもを殺して回っている時についに記憶の中にあるクー・フーリンによく似た男を見つけた。その瞬間、瞬く間に身体の主導権を未来の自分に奪われ、あれよあれよとクー・フーリンのマスターと思わしき男を連れ去っていた。
「あの行動に私の意思は無い………ともすれば、私はあの記憶の中の私の様に無様を晒す事になるのかもしれぬ……だが、それは
「……」
オイフェの記憶と独白を見聞きした真純は彼女に対してかける言葉も見つからず、ただ寝台に腰掛ける自分の横で同じ様に座るオイフェの横顔を眺めるだけだった。
「ッフ……お前に言っても仕方がない事だ……何にせよ、お前たちには悪い事をした。本来ならお前たちの言う特異点とやらの核となっている私の中に眠る聖杯を差し出してやりたいところだが、生憎今の私にはそこまでの自由がないのだ……クー・フーリンを目にしてからと言うもの、未来の私の力が私の中で大きくなっている故な、許せ」
自嘲する様に鼻で嗤ったオイフェは自身の話をただ黙って聞く真純に、自分では力になれない事を伝えた。
「いや、その辺は元々あんまり期待してなかったですし、別に……正直殺されるか痛ぶられるかされると思ってたんで、何もしないでくれるだけで儲け物というか」
「……ふむ、いやこのままではお前に申し訳が立たぬな……よし」
そう言ってオイフェは隣に腰掛ける真純の上半身を押し倒して寝台へと押さえつけ、馬乗りになる。
「お前を抱いてやろう」
「いや!?今の話の流れで何でそうなるんですか!?」
「顔を見れば分かる……お前、女を知らぬな?」
「ど、童貞ちゃうわ」
馬乗りの状態のまま更にオイフェは上半身を真純の方へ倒し、その身体を密着させ、耳元で囁かれる。体に触れる柔らかな感触に顔を真っ赤にする真純の見苦しい否定など信じてもらえるわけも無かった。
「ほう、相手は誰だ?竜の小娘か、それとももう一人のマスターか、或いは両方か………ん?」
「……嘘です。経験ありません………」
殆ど真純の答えなど分かっていたオイフェからの追及に真純は情けなく頷く。
「なぁに、構わん………経験のない若い男を自分好みにというのも興味があった……丁度良いな……」
「…ぇ……マジで………」
真純の頬に手を添えて真っ直ぐに眼を見つめるオイフェの顔がだんだんと近づいてくる。唇がくっつきそうなほどに近づいて、あわやキスをするといった直前で、オイフェの動きが止まり、体が小刻みに震える。
「…ふっ……ふふっ……あはははは!……冗談だ……お前が望んでいないのならこの話は無しにしよう………お前は私と褥を共にする勇士でも無いしな」
「…勇士って、例えばどんな」
貞操の危機を乗り越えた真純だが、オイフェの示す勇士とやらに興味が湧いたので何と無く聞いてみる。
「そうさな………
私を打ち倒し、この支配から解放できる様な奴…だな
そんな者は今まで一度も現れなかったがな……」