見習い魔法使いイジーは師匠が遠出する間、素材の採取や加工や調合を頼まれた。用事を済ませるために近所の妖精の森に出かけると、喋るスライムと出会った。犬に追いかけられたスライムはイジーに張り付いて難を逃れようとしたり、食料を要求したり、果てには魔力まで要求して来た。
これは、魔法の才能のない見習い魔法使いと変わったスライムの奇妙な出会いのお話…。
「いいかい、スマイル。君は人を殺すためじゃない、人を救うために生まれて来たんだ」
博士は僕にそう言った。知っている。僕は生まれた時からそう言われて育ってきた。ここ最近は繰り返しそう言うようになった。僕は力強くうなずいた。
「もちろんです、博士」
「人を憎んではいけない。人を恨んではいけない。人に危害を加えてはいけない。分かるね?」
「はい!」
生まれてまだそう長くない僕には分からない。どうして…。
「だが、私の事は恨んでくれていい。殺したっていい。君にはその権利がある。…君の手にかけられるのなら、それを甘んじて受け入れよう」
どうして博士はそんなに悲しそうに僕を見るんだろう?
朝だ。まだ眠気が尾を引いている。しかし私の師匠は寝坊は特にうるさいので、この微睡みに長く浸ってはいられない。私は気だるい体を起こして着替えを済ませる。それから…私のお気に入りの大きな帽子を頭からすっぽりかぶる。これが私のお気に入りだ。それから…眼鏡。
支度を済ませると居間にいる白髪のボサボサ頭の師匠に挨拶をした。
「おあよーございます」
「やる気のない挨拶だな。もっと元気よく挨拶できないのか」
「弟子は師匠に似るもんです」
「鼻穴に滋養強壮剤流し込むぞ」
これが私の師匠、アレン様だ。王様に絶大な信頼を置かれている偉大な魔法使いだ。師匠は大変変わり者だ。まず王に仕えながら王宮には住みたがらない。キラキラとした装飾具を好まず、金は持ってるが暮らしは質素でボロ家に住んでる。大変気分屋だが面倒見がいい。
更に、魔法の才能が全くない私を弟子に迎え入れてくれた。学校の先生も私の魔法の才能の無さには匙を投げるほどだった私をだ。学生は一定の年齢に達すると自分だけの師匠を持つ事になっている。師匠は弟子をこき使う事ができるが同時にちゃんと教育しなければならない。魔法の事で弟子が恥をかけば師も同じ様に馬鹿にされる。なので私を弟子に取りたがる魔法使いは全くいなかった。
だから、国の抱える大魔法使いであるアレン様が私を弟子にすると宣言した時は国中で話題になった。私も驚いた。アレン様は夜な夜な人体実験してるだとか、人の形をした化け物だとか恐ろしい噂が沢山あったので当時は生きた心地がしなかった。同じく弟子にされた親友ビジーと一緒じゃなきゃ家に入ることも躊躇ったに違いない。年齢は両親より上だが接してる分には年齢差はあまり感じず、まるで兄の様に思ってる。
アレン師匠はスープを自分の分と私の分を茶碗に注ぐと机に置いた。魔法使いの弟子になると雑務は大概やらされる事になると聞くが彼にはそれがあまりない。自宅にいる時は自分でやろうとする。研究や仕事に集中できる様に私とビジーは自発的に雑務をやる様にしてる。
こう言えばばただただ人格者に聞こえるが、服をその辺に脱ぎ散らかしたり、物を良く無くしてドタバタしたり、唐突に床にうつ伏せになったまま無気力になったり、私に師匠に変装して王に会ってくれと懇願したり、私やビジーに子供じみた悪戯をしたりする事もある。魔法学に関してはいつも真剣なのだが、時々理解不能な奇行に走る事が度々あった。たまにビジーに叱られている。そんな変人の一面もある。
師匠を持った後の暮らしについては特に指定はないが、私やビジーは殆ど実家を離れ師匠と一緒に暮らしている。国一番の魔法使いと、将来有望の魔法使いの同級生と、落ちこぼれの私が一つ屋根の下で暮らすのは何だか私だけ浮いてる気がする。師匠は私の魔法以外の才能に興味があるらしく弟子にしたらしい。
私は席に座ってキノコスープを飲む。塩味が効いてて美味しい。師匠も何も言わず食事を進めている。自分から口を開くかと思ったが何も言いたがらないので、私はついに自分から話を切り出した。
「いい加減話してくれたっていいんじゃないですか?」
「俺のスリーサイズか?上から…」
「んなこたぁ聞いてないんですよ」
今この家には親友のビジーはいない。師匠も食事を終えると出かける。しかしその用事を全く聞いていない。私は気になって仕方がなかった。
「ビジーを連れて行って私を連れて行かないなんてあります!?私だって連れて行ってくれれば師匠の役に立ちますよ!」
ビジーが優秀なのは知ってる。私が魔法の才能がない不出来な弟子である事も。それでも、ビジーはお互いに認め合うライバルなのだ。私がライバルじゃ張り合いが無さそうだが彼女は何故か私を親友であると同時にライバルだと思ってる。私にそう話した。
ライバルである以上、彼女に遅れを取りたくはなかった。動機は幼稚かもしれないが私は彼女に追いつくべく必死だった。
『残念だったなイジー!とっても優秀な俺には行くべき所があるんでな!お前はお留守番だ!わっはっは!』
ビジーのあのツラを思い出すとむかっ腹が立つ。彼女は師匠よりも先にある場所へ出かけている。師匠も1日遅れで向かって合流する予定だ。どういう訳かどれだけ頼んでも連れて行ってくれない。
私はこの事が不満で不満でならなかった。
「勘違いしているようだが俺達は旅行へ行くわけじゃないよ。詳しい事は言えないが危険が伴う。今のお前では自分の身も守れない。厳しい事を言うようだがな」
この世界には怖い魔物がうろついている。確かに迂闊に1人で出歩けば死ぬかもしれない。師匠が言うほど危険な場所であれば猶更。分かってるけど…。
「なに、すぐに戻る。お前に頼みたい事をメモしておいた。大切な修行であり、頼み事だ。お前にしかできない事だ」
「分かりましたよぅ…でもちゃんと早く帰って来てくださいね」
「用事が済めばな。メモに書いてある必要な素材を採りに行くには妖精の森に行く必要がある。ある程度の魔法はお前に叩き込んだからその辺で死ぬ事はないと思うが…。まあ気は抜くな」
妖精の森になら既に1人で何度も行っている。師匠から素材を買いに行くように言われた時にその素材のある場所を知っていたので採取して、渡された金を自分のお小遣いにした事もある。そして多分バレてない。
師匠は食事を終えると口元を拭いていつものお説教臭い口調で私に言い始めた。
「いいか、魔物に同情してはいけない。分かり合えると思っちゃいけない。例え人間に近い形をしていて、話し合う事が出来たとしても。奴らは人の良心に付け込んで悪さをするんだ」
一概に全てがそうとは限らないと思うが、師匠はとにかく心配性なので私が騙されて殺されたりしない様にややオーバーに言っている。上手く事を運べば魔物だって頼れる力になったりする。それでも私のような未熟な魔法使いは魔物と下手に関わると多くの場合は裏切られ痛い目に遭うか最悪死ぬ。だから師匠はこうして私に口酸っぱく言い聞かせている。
「分かってますって。もう嫌と言うほど聞きました」
「お前に言って言い過ぎると言う事はないからな」
そうやってまた子ども扱いする…。まあ子供だけど。
「それより、早く行ってあげないとビジーも待ちくたびれてるんじゃないですか?」
「まあ、それもそうだな」
師匠はさっさと支度を済ませると家を出た。私はその背中を見送る。
「お土産を願いしま~す」
「修行スペシャルコースを期待して待ってろ」
「遠慮しまーす」
師匠は旅立っていった。この家は好きに使っていいとの事だが、師匠がいない間ぐらいは両親のいる実家にも帰りたい。メモに書いてある用事をさっさと済ませて自宅に帰る事に決めた。
私は魔法の扱いは苦手だが植物学や薬学は得意だ。本の虫だった私には妖精の森ぐらいならどの植物がどこにあって、どう調合すれば目的の薬を作る事が出来るのかが分からる。何もかも私より優秀なビジーでさえ、こればかりは私に敵わないのだ。
早速と書き残しのメモを見る。思わず笑った。
「なぁんだ、こんなのでいいのか。早けりゃ2日で終わっちゃうな―」
余りに楽勝だ。さっさと済ませて休暇を楽しむ事ができる。
「あの師匠の事だから倍ぐらいは書き残していくと思ったのに。明日から取り掛かっても余裕で終わるし、師匠からちょろまかした小遣いでお菓子買いに行こー」
「ほう…」
入り口に師匠が立っていた。
「うひゃあ!何で!?師匠なんで!?」
「忘れ物だよ馬鹿弟子が」
師匠は真っ二つに斬られたような三角帽子を頭に被る。それから紙に何かを書いて私に渡した。
「これも追加で採って来い」
3倍に増えた。
「んもう!師匠ってば冗談厳しいですよぉ♪」
「帰るまでにできてなかったらお前の恥ずかしい寝言ランキングトップ10をビジーに聞かせる」
「待って♡」
師匠は足早で家を出て行った。まずい。あの量になると私でも最低4、5日はかかる。天候次第ではまだまだ伸びる。師匠たちがどのぐらい出かけているのか具体的な日数は聞いていないが、これはヤバい。
更に、ビジーは未だに私の寝言でからかうぐらいに私はおかしな寝言を言う。それを聞かれるのが嫌で部屋を別にしてもらったほどだ。ビジーは意地悪にも私をからかうネタを仕入れるためだけに寝てる私の部屋の扉に耳をつけてたりする。
その寝言も小さな声から大きな声まであり、真ん中にいる師匠の部屋にはいろいろ聞こえてしまうらしい。師匠はからかったりしないが、それをビジーに話されるのは屈辱でしかない。
「師匠!ご慈悲を!」
私は扉の先の師匠にしがみついて懇願する。
「ダメだ」
必死の願いも聞き入れてもらえなかった。酷い。きっと師匠には男の子をいたぶって楽しむ趣味でもあるんだろう。
私は妖精の森まで出かけていた。師匠から頼まれた用事をさっさと済ませるためだ。よく見ると採取だけでなく素材の加工や調合も頼まれていたのでそうゆっくりはしていられない。とりあえず今日のノルマを自分で設けた。
1人で歩く妖精の森は怖い。私は基礎攻撃魔法の練習をしながら歩く。魔力を球状にして宙に浮かし、振り回し武器の様に扱う。これができる様になっただけでも大きな進歩だ。クラスメイトはもう何ステップも先に進んでいるけど。
学校へはあまり行きたくない。誰よりも魔法ができないので「こいつよりマシ」と言う基準にされている。上には上がいると向上心がある私が、下には下がいるからと自堕落な同級生に見下されるのは納得が行かない。
「あーあ。気持ち良くドカンと魔法を撃ってみたいなぁ」
そうボヤいていると何かに躓いた。
「あいった!!」
鼻を地面に打った。痛い。何につまづいたのか気になって振り返るとそこにスライムがいた。
「なんだスライムか。邪魔な所にいるなよな」
スライムは粘性のある液状の魔物だ。獲物を襲う時は集団で襲い掛かり、その液体で体を包むと肉をあっという間に溶かしてしまう恐ろしい魔物だ。その一方で非常に憶病な魔物として知られていて、必要に迫られなければ無暗に他者に襲い掛かる事はない。液体の真ん中ぐらいにあるコアを潰されるとすぐに死んでしまう弱い生き物だ。時に身を守るために身体を硬くする事がある。さっきのがそれだろう。
雷の魔法さえ使う事が出来れば敵ではないが、僕はまだ取得していないので下手に関わるのはよそう。さっさと通り過ぎる事にした。
そう思っていると道端から犬の魔物が飛び出して来た。身構えたが、襲い掛かるのは私ではなくスライムらしい。身構えて損した。犬の魔物はスライムに食らいついている。スライムは命懸けで逃げ回る。
「外の世界は弱肉強食だ」
犬の魔物の気が変わらないうちに遠く離れようとすると、スライムが僕の方に逃げて来た。そして飛びついて僕の背中にくっついた。
「うわっ!そうまでして助かりたいかスライム!」
「た、たひゅけて…!」
「人間の声!?」
スライムから聞こえた気がするけど…。背中に痛みはない。スライムは私を取り込むつもりじゃないらしい。犬の魔物が私の方へ駆け寄って来る。
「全く、やだなぁ…。私の実力を思い知れ!」
呪文を詠唱すると魔力を球状にし犬の魔物に殴りかかる。師匠から習った急所を狙って数発、動きは速いが的確に当てる事が出来た。敵わないと判断した犬の魔物は逃げて行った。私はため息をつく。
「し、死ぬかと思った…」
「どうもスライムが喋ってる様に聞こえてならない」
『ありがとう、命の恩人。おかげで助かったよ』
どうやら幻聴ではならしい。このスライムは確かに僕に語り掛けている。スライムが喋るなんて聞いた事がない。
「感謝してるなら離れてくれよ。スライムにくっつかれるなんて生きた心地しない」
「もう一つ頼まれてくれるなら、何か食べ物をください」
「げえっ、こいつ命助けてもらった上に食べ物まで要求してきやがった!」
「何卒…何卒お願いします…」
スライムが背中でうねうねと動く。ううん…雷の魔法は使えないしこの状況ではどうする事もできない。悔しいがこのスライムの食料にならないためには大人しく要求に従うしかないだろう。
僕は仕方なくこの変なスライムの食料を提供するために一度師匠の自宅に戻る事にした。
「僕、スライムのスマイルです。あなたは?」
「私は見習い魔法使いのイジー」
「あ、魔法使いさん?そう言えばさっき魔法使ってましたもんね!ちょっと魔力を分けて頂いていいですか?」
「うげー…面の皮の厚いスライムだなぁ…」
「何卒…何卒…!」
「分かったから背中でうねうねしないで…」
ただでさえ多くない魔力が吸われる。今日は収穫なし、トホホ…。そのうち僕の身体もくださいとか言い出さないよなこのスライム…。