オルコスに到着した。入国手続きを…やはりファーガスの人間を通して行った。何だか変な気分だ。それからまた馬車に乗って中まで入って行く。町中は最低限の明かりがついているばかりで殆ど暗いままだった。非常に気味が悪い。
ずっとずっと中まで進んで行くと馬車が途中で止まった。師匠が「行くぞ」と言うので俺も一緒に降りる。外にはいかつい軍服を着た男性がいた。
「おおお、アレン殿。いらしたか。調査は少し休まれてからでも結構ですぞ」
「いや、大丈夫だ将軍。早く調査しよう」
「将軍はやめてくだされ。私はクーフォで構わんですよ」
目の前の彼はクーフォと言うらしい。胸に付けた勲章からかなり高位の軍人である事が伺える。将軍と呼ばれているがそれは飽くまで愛称であり本当の階級などではならいしい。あの軍服はミルジナではないのでファーガスの軍人だ。髭を蓄えていて、筋骨隆々しく非常に恐ろしい目つきをしている。眼光だけで人を殺してしまえそうだ。
「この子はビジー。幼くも慧眼も持ち主で俺の弟子です」
「聞き及んでおります。何でも聡明な子なんでしょう?小さな賢者様だ。私はクーフォ。よろしく頼みます」
深々と頭を下げてにこやかに笑い握手を求めるクーフォ。図体がとてもでかいので少し怖かったが、俺は握手に応える。体温がとても高い。それに皮膚も厚い。俺も鍛えたらあんな風になるんだろうか。
「よろしくお願いします、将軍」
クーフォは自分の顔をパンと叩いた。
「クーフォで結構ですよビジー殿」
そのコミカルな仕草に笑ってしまった。まだ会って間もないが何となく彼とは仲良くやれそうな気がした。俺達はオルコスの応急に向かった。段々と魔力の濃度が濃くなっていく。何とも言い難い不思議な匂いがする。
それから見渡せども見渡せどもミルジナの魔法使いかファーガスの軍人ぐらいしか見かけず本当に町民らしい町民を見かけなかった。人は多いが何が起こるか分からないからと俺に細心の注意を払うように言った。
オルコスの王宮前にやって来た。城壁やら城やらがボロボロにいなっている。何か酷い襲撃を受けた様子だ。
「ここで一体何があったんです?」
「いたんですよ、この中にその件の化け物が。得体の知れないもので我々は先手必勝と言う事でありったけの兵器を外からぶつけたんです」
「それでこんなにボロボロに…」
しばらく歩いているとクーフォが師匠の前に立った。
「やっぱビジー殿は他の場所を調査させましょう。ここは大変危険です。それにあまり子供に見せる様な光景じゃありませんよアレン殿」
「分かってる。この子にとってトラウマになるかもしれない。それでもこの子の力が必要なんだ」
「……………」
クーフォは心配そうに俺の方を見る。俺は笑顔を見せた。
「危険は百も承知です。多少なら自分の身は自分で守れますし、そうでない物に限ってはお二方がいれば大丈夫でしょう。グロテスクな物なら魔法使いを志す者なら見慣れるもんです。さっさと行きましょう」
「…分かりました。でも無理はなされるな。頼めば気も休まる場所に案内しましょう」
クーフォはそう言って先に進んだ。俺達も後に続く。城門から先に進むとすぐに彼の言っていた意味が分かった。辺りには無造作に死体が転がっていた。死体の身体はどこかしら欠損していたり、皮膚が妙な場所につながっていたり、死体同士がくっついたりしていた。
俺は考えるよりも早く嘔吐してしまった。想像以上に精神に来た。膝をついたその場所の近くに目玉が転がっているのが見えた。
「大丈夫か、ビジー」
師匠が俺の背中をさすってくれた。
「大した事ありません。行きましょう」
「アレン殿、死体とかだけ見えなくする魔法とかないんですか?」
「そんな魔法ありません」
吐きそうなのを堪えながら城内に入った。調査と言うのもまずここにいた化け物が何なのか、生存者はいないのか、ここで一体何があったのか。その手掛かりを探すためのものだ。俺よりも何倍も優れた魔法使いが調査しているのを見ていると自分はどうも場違いな気がする。
城内も酷い有様で胃袋の中身がなくなるまで吐いた。さすがに体調も悪くなって来て強がる気力もなくなって来た。クーフォは俺を抱えてくれる。
「アレン殿、ビジー殿は私が休憩所へ送ります。調査は私と2人で続ける。それでよいでしょう?」
「駄目だ」
「そんなご無体な…」
「将軍、やらせてください。俺からもお願いします」
「…分かりました。でもビジー殿が気絶する様な事があれば問答無用で休憩所に連れて行きますからね!」
むせかえるほどの血の匂いにフラフラするもので結局俺はクーフォに抱っこされたまま王宮内を回る事になった。非常に恥ずかしい思いをしたが、そんな思いをしてでも見て回りたいほどここにある物は興味深い。これだけの死体があり惨殺された事がわかるのに本当に何に襲撃されたのか皆目見当もつかないのだ。交戦時に魔法を使った形跡がある。
やがて王宮内の研究室に着いた。師匠は辺りの調査をしている。俺はついに顔色が優れず思考もまともに回らなくなってきたので書物をまともに読んだりもできなかった。クーフォは気を遣って風当たりのいい場所に俺を連れて来てくれる。バルコニーから月明かりが見えた。
「すみません、足手まといで。俺なんかほっといていいので調査に戻ってください」
「強がるんじゃありませんよ。魔物が出たらどうするんですか」
「ここまで一度も魔物なんて見てないじゃないですか。いませんよこの調子なら」
「君は優秀なんだろうが、魔物の怖さを分かっちゃいないな。魔物への注意はどこまでも用心深く。やり過ぎと言う事はない。ここは大人の言う事を信じなさい」
「そうやって子共扱いする」
「子供じゃないか」
そうしてしばらく一緒に風に当たっていた。王宮の中の興味は尽きないがあの中に戻るのは少し抵抗感がる。早く戻るべきなのはわかっていたが少しだけゆっくりしていく事にした。
数分ぐらいお互いに黙っていると沈黙に耐えかねたのかクーフォが話を始めた。
「実はね、私も苦手なんだあの匂いと光景。私も気分が悪いんだ。だから別に君は迷惑かけているだとか気に病む事はないんだ。私のためを思って休憩してやってると思って欲しい」
「死体だとか職柄見慣れてるんじゃないんですか?」
「まあそれなりに見て来たつもりだよ。でもこういうのはいつまで経っても慣れない。多分、生きてれば退役する時までずっとそうだ」
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんだよ」
顔つきが非常に恐ろしいもので何も感じていないものだと思っていた。嘔吐もしないし。師匠もそうだけど。私は辺りを見渡す。やはり死体が転がっている。ここからじゃ匂いもきつくないし死体の様子も詳しくは見えない。死体さえ見なければいい光景なのだが…。
少し前まではここにはいつも通りの暮らしがあって、誰もが遠い未来の事を考えて生活を営んでいたはずだった…。今じゃ他国の人間が好き放題踏み荒らして調査をしている。彼らの未来を全て奪った怪物が確かにここにいた証拠と言うが、この惨劇の痕しか残っていないだなんて。
「ここに怪物がいたって言いましたよね。師匠はどんな怪物なのか一切分からないと言ってました。ここで一体何を見たんですか?」
クーフォはしばらく黙っていた。
「…小さな海だ。小さな海を見た」
「海??」
「城門は開いていた。城門から中は全て水で埋まっていた。人が沢山浮かんでいた。訳が分からず城壁を魔法で登り覗いてみると、城の中はまるで桶一杯に溜めた水の様だった。ゆらゆらと水が揺らいでいて…」
海の様だったと言う訳か。それで揺蕩う夜…。
しかし俺達はこれまで歩いてきたが、この王宮ごと液体で満たされていたと言う割にはその液体はどこにも見当たらない。そこら中がいささか湿っている程度だ。これも兵器によるものなんだろうか。
「師匠は怪物は確かに倒したって言ってましたけど、本当なんですか?」
「離れた場所からありったけの兵器をぶつけると城壁の中の水は外に溢れ出た。私達は魔法使いにバリアをかけてもらい水をかき分けて前進し敵にトドメを刺すべく王宮へ攻め入ったが、水の中に浮かんでいた死体が大量に襲って来て…。アレン殿は私達が戦っている間に狭い廊下を空を飛んで王宮の奥へ進んで行った。それからしばらくすると死体は糸が切れたようにその場に倒れ、やがて彼が帰って来た。『怪物は倒した』と…」
水や死体が襲って来なくなった…?それが師匠が怪物を倒したから?死体が動いてのは何故?ゾンビ??じゃあ師匠のが倒したのはゾンビの王?いやゾンビが群れを率いるなんて聞いた事がない。それに城にあった水はゾンビとどう関係ある?謎は深まるばかりだ。彼らは一体どんな魔物と対峙していたというのか。
「もう大丈夫です。戻りましょう」
「もう?」
「分かりました。また気分が悪くなったら言ってくださいね」
俺達は一緒に師匠のいる研究所へ戻った。