私達は歴史の授業を受けていた。ちょび髭に細身の副校長のルジット先生がうんちくを交えて話をしてくれる。私は熱心にノートに取りながら話を聞いていた。教科書で予習はしているが彼の話はその他に豊富な雑学やらその出来事にまつわるエピソードを教えてくれるのでとにかくノートにペンを走らせることになる。
しかし彼の語るうんちくがテストに出題される事はないので生徒たちは本当に大事な所だけをメモすると後は無駄話でも聞く様にやる気がなさそうにしていた。ルジット先生の授業はこんなにも面白いのに…。副校長とあって忙しいのでそう話す機会は少ないが、気になった事はできるだけ授業の後で質問をする様にしていた。
授業中に質問をしたりすると授業が遅れてしまったりして他の生徒達に睨まれてしまう。とても残念だ。
「しかしドラゴンの様にファウンテン教に仇なす人間達もいた訳ですね。彼らはドラゴンテイルと呼ばれていました。我々の祖先はチェルダー様の拳としてドラゴンやドラゴンテイル達と争い勝利したのです」
スマイルが手を上げる。
「ドラゴンとドラゴンテイルの子孫は今もいますが、これはファウンテン教徒と彼らが和解したからですか?」
「良い質問ですね。我々の祖先はドラゴンの頭領を討ち取りました。司令塔を失い戦力を大きく削がれた彼らは戦いを続ける事が困難になり降参したのです。ドラゴンは神様により力を奪われ、ドラゴンテイルはドラゴンより授かった物の一部を残して殆ど人間に戻りました。教科書にある様にドラゴンが小さいのはその名残なんです」
歴史によれば古代のドラゴンは見上げるほど大きかったらしい。しかし現在は先生の教える通り人間の身長よりわずかに高い程度だ。(折り曲げた骨を真っすぐ伸ばせば全長はそれなりの長さにはなるが)
今ではその硬い外殻や外皮を目当てに狩られる事が多くその数を減らしている。古代のドラゴンの事は誰も知る史実とされているが現在のドラゴンを見てまともに信じる人は多くない。
「スマイル君が言ったようにドラゴンテイルの子孫達は今でも生きています。彼らはある特徴を持っていますが…」
ルジット先生は頭を掻いた。
「授業では教える事になってるんですけどね。先生はあまり教えたくないんです…」
理由は分かっている。ドラゴンテイルは私達の信仰するチェルダー様と言う神様にに背いた人々だ。遠い祖先の事なので今更その事で子孫達にあれこれ言うのは筋違いと言う物だが、彼らにはかつてドラゴンテイルだった証が体に残っている。
しかしその証をきっかけにドラゴンテイルだった事がバレるといじめに発展する場合がある。これはミルジナのみならず様々な国で起こっている問題だった。現に祖先がドラゴンテイルと言う理由だけで出世できない事もある。
一個人の裁量で教える情報を選別すれば教育はやがて公平さを欠く事になるだろう。しかし事実をありのままに語ればこうした差別を助長しかねない。どうする事が正しいのか判断するのは簡単ではなかった。
「言っても言わなくてもあまり変わりありませんよ。すぐに噂になりますし」
トードが言った。事実だ。こういう情報は誰かが隠そうにも誰かが仕入れて来る。ここでルジット先生が黙秘する事が元ドラゴンテイル達のためになる事だとは思えない。
「まあそうだけど…。もしそうなら敢えて私が教える必要はないと思うんですけどね」
ルジット先生は難しい顔をする。スマイルが立ち上がる。
「お言葉ですがルジット先生、差別は向き合って初めて無くす様に努める事ができるものだと思います。腫れ物の様に扱い目を背け秘匿するのは臭いものに蓋。何の解決にもなりません。僕はこの通り魔物なので様々な先入観を持たれたり厳しい目を向けられる事と思います。でも、人間だと偽って生きていた方良かったと思った事はありません」
「スマイル君…そうだな。君の言う通りかもしれない」
そう言うとルジット先生は黒板に絵を描きだした。目を描いている。瞳の形を星にすると青色で塗った。
「ドラゴンテイルの子孫は満月の光が目に入るとその瞳が青く星の形に光ります。満月の夜に人と会う様な機会と言うのはそう多くないのでバレる事はそう多くないでしょうが、それが彼らの特徴です」
私はその話を聞いて目を瞑る。その話は師匠に既に聞いていた。そして私の身近な人間にドラゴンテイルの子孫がいる。ビジーだ。最初は驚いた。彼女と親しくなって一緒に師匠の下で修業に励んでいる頃に知った。彼女は自分達がどういう血を継ぐ一族なのか私に説明してくれた。その事で軽蔑されるのであれば仕方ないとまで付け加えて。
それでも私は彼女を軽蔑したりはしなかった。血筋なんて関係ない。彼女の祖先がした事はこの時代の彼女には関係のない事だからだ。ビジーはビジー。それだけだ。私の友達。同じ師を持つ弟子だ。
「例え神に背いたとしても遠い昔の祖先の代のお話です。現代まで蔑まれるべき謂れはありません。彼らもまた我々と同じ人間です。決して血筋を理由に迫害したりいじめをしたりしない様に。先生との約束です」
ルジット先生は非常に真剣な目で私達に訴える。私達はそれぞれ返事をした。そこでチャイムが鳴る。久しぶりにちゃんとキリのいい所で授業が終わった。次は…学校行事についての説明がある。
私達は支度を済ませると多目的ホールへ向かった。
多目的ホールに到着すると私達は校長の到着を待った。定期的にここで集会をやっては連絡事項や挨拶をしたりする。あるいは行事の説明とか。慣れない雰囲気にスマイルが落ち着きなくキョロキョロしている。
「何?何?何が始まるの?」
興味津々のスマイルが私に尋ねて来た。
「スピーチがあるんだよ」
「どんな事を話すの?」
「それは聞いてからのお楽しみ」
スマイルはワクワクしながら落ち着かない様子だったので私はじっとしてるように注意した。あまりに待ち時間が長いのでうとうとし始めた。私が僅かに揺らすと「寝てない」と主張しながら起きた。
やがて10分前後が過ぎたころ、ようやくカンベール校長が登壇した。
「どうも皆さん。お変わらず元気そうで」
それからまず季節を交えた挨拶をする。それから校内やこの地区の近況について。それから生徒達の活躍を褒めたり、または素行の悪さを注意したりした。ここまではいつもの事だ。それからカンベール校長はこれからの催し事について説明を始めた。
それは学校で最も強い魔法使いを決める決闘祭だった。全員が参加するわけではなく腕に覚えのある学生達が学年などに関係なく出場してお題をこなし、最終的に残った学生達が争って一番を競う戦いだ。
「ねえねえ、優勝すると何がもらえるの?」
カンベール校長が話をしている途中で我慢できなくなってスマイルが私に尋ねて来る。
「栄誉として王様からバッジがもらえるんだ。王宮のパーティーに招待してもらえる。美味しい物も食べられる。それにそのバッジがあれば就職だって有利だ。噂によると店に出せば値引きだってしてもらえるらしいよ」
「凄い。僕達も参加しようよ」
「無理だよ。猛者揃いなのに」
スマイルは顔を膨らませた。それからまたカンベール校長のルール説明に耳を傾ける。話を聞いているとどうやら契約した魔物も一緒に参加できるらしい。クラスメイトの殆どが魔物と契約する事を考えていなのでこの事に関心を寄せたのは私達だけだった。
話が終わって解散になるとスマイルは早速と私に決闘祭にエントリーする様に頼み込む。後ろから来たジフ達にも勧められた。
「もう痛いのは勘弁だよ。ジフといい、バズといい。我慢してたけどかなり堪えてたんだよ?」
「ちぇっ、お前が優勝したら俺も一緒に王宮に呼んでもらおうと思ったのに」
カウルが露骨に残念そうにする。トードも笑った。全く、こいつらと来たら…。ただでさえ目立っているのにこれ以上注目を集めたくない。スマイルはそうでもないのかもしれないが。私は学生生活を平穏に過ごしたいのだ。
私は何とかジフ達やスマイルの誘いを断って午後の授業も受けた。さすがに帰りまではしつこく勧誘して来る事はなかった。