熊の魔物の剛腕が私に襲い掛かる。スマイルが身を盾にして攻撃を反らしたり受け止めたりしている。バズを安全な所に移動させたスマイルの半身が戻ると魔力を込めて炎の呪文でその毛を燃やそうとした。だが毛先ばかり焦がすだけで一向に火は点かない。雷の呪文は中々有効で当てるたびに僅かに怯んだ。雷の呪文のスペルはとても噛みやすいので、スマイルはよくあれをこんなに素早く詠唱できるものだと感心する。
ふと急に熊の魔物が私に向かって飛び掛かった。スマイルは咄嗟にバリアを張るが重すぎる体重を支えきれず割れてしまう。スマイルは急いで私の足元に体液を移し足を靴の様に覆うと滑るようにして後方に下がりのしかかりを避けた。
「ありがとう、スマイル。助かったよ」
「まだ助かってない。体を傾けた方に動くからイジーは戦う方に集中して」
「分かった」
私は体の傾き具合を調整して地面を滑りながら熊の魔物の攻撃を避ける。慣れると操縦は非常に快適で、あの図体からは想像できないほどの素早さで動く熊の魔物と戦うにあたって攻撃に集中できるのはありがたかった。
ふと、立ち回りを誤り背後の木にぶつかってしまった。熊の魔物が迫って来る。回避は非常に厳しくなる。そう思っているとこちらに向かって走って来る熊の魔物の頭上に大きな岩が出現して落下する。落下地点は頭からズレて背中に当たった。熊の魔物は体勢を崩してその場に倒れた。私はその隙に木から離れた。
今の魔法はスマイルじゃない。背後を見るとバーチの塔から膝立ちのバズが壁にもたれかかっていた。どうやら今の魔法は彼の物らしい。
「バズ!」
「イジー、そいつの身体は駄目だ!顔のあたりを狙って攻撃しろ!」
「分かった!」
熊の魔物はゆらりと起き上がる。今にも襲い掛かろうとした所をバズが水の呪文を唱えて土に水を含ませぬかるませる。足を取られた熊の魔物は身動きが自由にできなくなった。私は今のうちにリーチが長めの魔法の剣を作り雷のエンチャントを付与させる。
「でやあああああっ!!」
私は一気に駆けて跳び上がり額に一撃を入れた。非常に頑丈な全身に比べれば比較的に肉質は柔らかい方だ。熊の魔物は必死にもがきぬかるみから出て来る。私は出て来た先にまた鼻の先を狙って攻撃する。
熊の魔物はそのうち戦う意思をなくしたのか大きな図体を翻して逃げ去って行った。私は全身の力が抜けてその場にストンと座り込む。
「はあ…はあ…死ぬかと思った…」
「さすがだよイジー。でも、今はバズを助けてあげなきゃ」
「そうだった」
スマイルは足元の体液を私の下半身全体に薄く這わせると緊張が緩んで力が入りづらい体の歩行をサポートしてくれた。バズも気が付くとバーチの塔のすぐそばで倒れている。私は彼の傍に寄る。顔に付着した血はそのままだが傷はない様に見える。
「表面だけだけど応急処置はしておいたよ。でもちゃんと医者に診せた方がいい」
バズを避難させた時に分離した方のスマイルが、以前バズと決闘した時に私にそうしてくれた様に彼の傷口を塞いだらしい。私は彼の服を探り救難信号を発信するための銃を取り出した。彼は私の手を掴む。
「待て…何をする気だ」
「先生を呼ぶんだよ。さっきのスマイルの言葉は聞いたでしょ?」
「そんな事したら、失格になるだろ。俺の事は、構わず行けよ。エンブレムは…他を探す」
私はため息をつくと彼の銃を掴んで救難信号を発信した。
「お前…」
「私はバズを助けるために戦ったんだ。死なせるためじゃない」
バズはそれから黙った。救難信号を発信したからには先生もすぐに駆け付けるだろう。そう時間はかからない。だがもし今の彼に魔物が襲撃したら彼は自分の身を守れるとも限らない。だから私は先生が来るまでここにいるしかなかった。
バズはしばらく私の顔を見ていたがやがて俯く。
「…俺は馬鹿だから。こんな祭りなんかで成果を上げるしかなかった」
バズが小さな声で言う。
「一生懸命勉強してるのに同級生に追いつけなくて。魔法だって。親父は体を壊してる。母ちゃんだって無理してるのに…このままじゃ職にさえありつけないって」
「バズ、喋っちゃ駄目だ」
彼は私の言葉を聞かずに話を続ける。目には涙を浮かべていた。
「日に日に焦燥感が募るばかりだった。苛立って、荒んだ。お前には沢山酷い事をしたと思ってる。でも…分かっててやめられなかった」
私は彼にいじめられた日々を思い出す。最初に私に嫌がらせをして来たのは彼だった。ジフ達はその後に私にけしかけて来た。私物を隠された。落書きされた。才能がない事を散々からかわれた。理由を付けて私に魔法をぶつけたりもして来た。
ある事ない事噂して私を苦しめた。時には私を木に吊り下げたりした。できた怪我を親に転んだからだと嘘をついて呆れられた時は辛かった。
「謝ったって許せないよ。私はお前のせいで学校生活が辛くて仕方がなかったんだ。今更そんな話を聞かされたって気持ちは変わらないよ」
「…分かってる。許してくれるとは思ってない。俺はただ…お前が羨ましかったんだ。どんなじいじめてもお前はくじけなかった。不登校にならなかった。同じ境遇にいながら、お前は…」
彼は上級生からいじめられた時、タードと一緒に不登校になったらしい。学校に行く振りをしてどこかで時間を潰していた。やがて先生からの連絡でバレると怒られた。そこでようやくいじめられていて学校に行きたくないと相談したらしい。
いじめをしている連中の親は地元でそれなりに幅を利かせてる大企業の大役で、先生たちも迂闊には干渉できなかった。だからバズとタードは特別に個別授業を受けていたのだそうだ。彼らは魔法の才能もあまりなく頭も悪かった。授業してくれる先生も事務的に教科書を読むばかりでバズ達が理解してるかどうかは気にしてない様子だったと言う。
父親が体を壊してからはそれまでの遅れを取り戻すように勉強や魔法に打ち込んだがもう遅かった。
どこかバズと似ていて魔法ができなくて。友達もロクにいなくて。いじめられてもロクに仕返しできなくて。それなのに反抗的な目で睨み、優秀な師匠を持ち、そして優秀な魔物と契約までした私に対してどんどんコンプレックスを膨らませて行ったのだそうだ。
「イジー、本当にお前は強いな…」
「バズ…」
やがて彼の目元から涙が次々に流れ出た。そして自嘲気味に笑う。
「お前は俺を助けるべきじゃなかったんだ。あのまま見殺しにしていれば、お前の気も少しは晴れただろうに」
私は首を横に振る。
「バズが死んだってちっとも嬉しくないよ。お前は生きて苦しむべきなんだ。本当に反省してるなら、自分の罪と向き合って腐れず懸命に生きるんだ。そしたら…いつか私はバズを許す」
バズは笑った。
「そうするよ。はは…」
それから生物学のデール先生が駆けつけて来た。怪我自体は塞がっているもののその血を見れば只事じゃない事ぐらいはすぐに分かる。私は手短に状況を説明した。スマイルの治療は…スマイルが回復魔法を使ったと説明した。体液がどうとか説明しても分からないだろうし。
それから私はエンブレムを取り出すとそれをデール先生に渡した。
「大怪我を負っていたのを見て私が彼の銃を使って救難信号を発信しました。このエンブレムは彼が握っていたものです」
バズとスマイルが驚いた表情で私を見る。これでいいんだ。
「これでもバズ…あるいは私は失格になりますか?」
「いや、賢明な判断だったし2人共失格にはならないよ。話してくれてありがとう。バズは合格だ。次の試練までに回復できれば参加できるだろう」
それを聞いてホッとした。それからバズの事は先生に任せて再びエンブレム探しに戻る。スマイルは落ち着かない様子で私の顔を眺めていた。
「本当に良かったの?」
「いいんだ。スマイルだって言ってただろ?相互理解を促してバズやタードと仲良くなろうって。私なりにやってみたつもりだよ」
「イジー…」
私はバズとタードを許せない。今では仲良くしているジフ達だってそうだ。例え許す事はできなくても新しい関係を築く事はできる。きっとそうだ。
ひょっとしたら同情を誘ってこうするように仕向けただけかもしれない。また日を跨げばタードと一緒に私に嫌がらせしてくるかもしれない。仮にそうなったとしてもこの日は後悔しないつもりだ。
ただ争うだけじゃなく、いがみ合うだけじゃなく。スマイルの言うような相互理解のために私は勇気ある一歩を踏み出せたのだから。
「私達が力を合わせれば後1つエンブレムをゲットするぐらい訳ないよね、スマイル」
「もちろんだ。僕達にならできる」
そうして歩いているとふと物陰が動くのが見えた。
「スマイル!」
スマイルは私の指差した先を見るとすぐにローブと同化して私の体を後ろに引っ張り飛んできた魔法を回避する。どす黒く蛇の様に這って動く魔法弾だった。これは…闇魔法!案の定あの男が飛び出して来た。
「対戦よろしくお願いします!」
「で、出た…」
ピポだった。どうやらリプとは会わなかったらしい。よく見ると彼は胸にバッジみたいにエンブレムを付けているのが見えた。ィエアらしい人物が描かれている。彼は私に向かって闇魔法をとにかく放って来る。
さっき会った時もこの調子だったが魔力切れを起こさないんだろうか。普通の魔法使いが空いてなら消耗を待つべきだがこんな奴が相手じゃその戦略はあまり意味がないように思える。
「理解に苦しみますね!何でエンブレムを持ってるあなたがエンブレムを持ってない私を襲うのか!」
「戦うのに理由なんていらないんだよーーーーん!!!!!」
ピポは奇声をあげながら3方向にばらける暗雲を飛ばしてくる。バリアを張って対応しようとするが、どういう魔法なのかバリアを貫通してくる。スマイルはさっきの熊の魔物と戦った時の様に体液の一部を私の足に移す。スライム・シューズと名付けたソレで滑るように移動しながら暗雲から逃げ続ける。
私を追跡し続ける暗雲の魔法と別に魔法弾を速射してくる。攻撃は激しいが極めて直情的な動きしかしないのでバリアで何とか防いだ。
「はあ、はあ…何なのあいつ。何であの調子で魔法を撃って魔力切れを起こさないの?」
「つけてるアクセサリーで魔力を補充してるみたいだ。信じられないけどお手製だね。イジー、僕から見てもあいつ普通じゃないよ」
ピポが呪文を唱えると足元が光る。すると木から木に蹴って跳び移って私に攻撃を仕掛けて来る。余りに早い。スマイルが私の指示とは別に呪文を唱えて私の隙を補って追加攻撃を行う。こちらの体力の消耗が激しい。使用してくる魔法の量も運動量も相手の方が圧倒的に多いはずなのに全く疲れる様子がない。
ようやくピポにまともに魔法弾を当てたかと思うと黒い煙になって消えた。死角から現れるとニッコリと笑う。
「はい、笑って―」
彼は両手の人差し指と親指で大きな輪っかを作るとその中心から激しい光を放った。どうやら光魔法だった様で、直撃したスマイルは私から引き剥がされてしまった。
「い、イジー!!」
スマイルが叫ぶ。非常にまずい、スマイルがいなければ私はロクに魔法も扱えない。ピポは変顔しながら闇のオーラを纏いこちらに駆け寄って来る。
「ゲエエエエエエエムセエエエエット!!!!」
ピポが私に触れると闇魔法を唱えた。
間違って22話より先に23話を投稿してしまった。本当に申し訳ない(メタルマン)