学校の倉庫の奥。ここはいつも静かだった。休み時間の時、昼休みの時。教室にずっといるといじめられるから私はよく倉庫に身を隠してた。ここなら誰も私に嫌がらせしない。誰も責めない。少ない安らぎの場所だった。
時々想像してしまう。いつも私をいじめてる奴らがここを発見したらどうしようって。奴らもわざわざ私をいじめに来るかもしれない。ここが安らぎの場所じゃなくなるかもしれない。
「もう嫌だ…」
私は両手で顔を覆う。才能がないのは私の罪じゃない。私だって好きで魔法が扱えないんじゃない。なのにどうして皆そうやってからかったり責めたりするんだろう。みじめだ。苦しい。悲しい。
泣いてしまいそうなその時、倉庫に誰かが入って来た。私はその場でじっと息をひそめる。静かな空間に足音だけ響く。何かを探している様だった。先生じゃない。生徒だ。私がいるのは行事の時にしか動かさない物ばかりしまってある場所。倉庫に物を取りに来たのならわざわざここへ来るとは思えなかった。
それでも、その誰かは私を探し当てた。
「こんな所にいたのか」
「何だよ…君も私を笑いに来たのか?」
現れたのはビジーだった。彼女はまさに天才。勉強もできる。魔法もできる。身体能力も高くて、私のクラスとは別だが人気者。まさに私と対照的な存在だった。彼女は苦笑いをする。
「そんなじゃないって」
そう言ってビジーは私の隣に座った。
「じゃあ何だよ」
「んー?嫌われ者どうし仲良くしに来たんだ」
私は嫌気がさした。彼女はクラスの人気者。明るくて元気で友達も沢山いる。こんな所に来てまで私に嫌味を言いに来たのか。私は怒ってこの場を去ろうとする。するとビジーは私の手首をつかんで止めた。
「まあ待てって。少しぐらい話を聞いてくれてもいいだろ?」
「話す事なんかないよ」
「はぁ…。そうかい。じゃあ行けよ」
ビジーはため息をつくとそのまま安座して頬杖を突いた。私は彼女の言う通りそのまま向こうに行ってしまおうかとも考えたが、倉庫を出て行こうとする私を止めたりしない所を見ると今までのいじめっ子とは少し訳が違うように思えた。
変な相談とかされなきゃいいけど、そう思いながら私は彼女の隣に座った。
「それで、何?」
「おお、聞いてくれるのか。さっきのあれ、自分で言うのも何だが今の俺は周りにちやほやされてるから嫌味に聞こえたんだよな?気分を害したなら謝るよ。でも近いうちに俺は一人ぼっちになるんだ」
「どうして?」
「親から聞いたんだけどさ。俺はどうもドラゴンテイルって言う連中の血を継いでるらしいんだ」
ドラゴンテイル…私も耳にした事がある。ドラゴンと一緒になって神に逆らった人間達だ。ドラゴンはその忠誠心を称え彼らに恩恵を与えた。やがて神に敗れたドラゴンテイルはドラゴンから与えられた能力を大幅に奪われてしまった。
かつてドラゴンに忠誠を誓った栄誉の証。それは満月の夜になると瞳が記号の星の様に青く輝くと言う物。反逆が失敗に終わってからはもう烙印の様になってしまっている。
ドラゴンテイルは誰がどう見ても普通の人間にしか見えない。言いふらして回らなければ多くがそうである事に気付かないだろう。しかし、満月の夜のふとした時にその素性がバレてしまったりする。
もう千年以上前の出来事なので余程敬虔なファウンテン教徒でもない限り彼らを本気で恨んだり嫌ったりしている人々は少ない。しかしそれを大義名分にからかったりいじめたりする人々は少なくないのだ。程度の差こそあれどの国でも抱えている問題だ。
「怖くて教科書を捲れないけど…いつかはドラゴンテイルの事を授業で知る事になる。それ以降、もし俺の目が光ってる所を見られでもしたら…。そう思うと怖い。だからさ、人の素性とか関係なく親しくなれる人が欲しかったんだよ」
「私がドラゴンテイルの血族を蔑視しないと?」
「お前はそんな人間には見えないし、一人ぼっちになる辛さを知ってるからな」
まあ…実際にドラゴンテイルかどうかなんて私には少しも関係ないしどうでもいいけど。
「それにしたって私なんかじゃなくてもいいじゃないか」
「そう卑屈になるなよ。お前の才能だって捨てたもんじゃないぜ」
「好き勝手言ってさ。ビジーに私の何が分かるんだよ」
ビジーは膝立ちになると私の目の前に来て、私の両肩を掴んで顔を思い切り近づける。
「!?」
誰かとこんなに近い距離にいた事なんて滅多にない。親でさえそうだ。彼女は私の帽子と眼鏡を外すと今にも口と口が触れ合いそうな距離まで顔を近付ける。
「分かるさ。初めて見た時からずっとそんな予感がしてた。こうしてこの距離でお前を見ているとより確信めいたものが湧いて来る」
胸がドキドキする。
「な…何が?」
「魔法の才能だよ。お前は信じないだろうけどね。お前の奥、深く深く…その先。宝石の様に輝く才能が眠ってる。そこに辿り着くまでに気の触れるほど気の遠くなる道のりだろうが…」
「本当に…?」
「ああ。いつも思うんだよ。俺は天才だ。この学校で一番になる日もそう遠くないだろう。だがもし俺に追いつける奴がいるとしたら、お前しかいないって」
ビジーの瞳をじっと眺めていると不思議な気持ちになって来た。同じ黒い瞳なのに…どこか吸い込まれてしまいそう。そんな神秘があった。満月の夜でなくても妖しい光がそこにあるかのような。
私は彼女の言葉を信じた。今日会ったばかりなのに。からかってるだけかもしれないのに。彼女の言う通り気の触れるほど気の遠くなる様な途方もない努力が必要かもしれなくても。
「び、ビジー…」
「ん?」
「近い」
「おう」
ビジーは笑って私から離れた。
彼女と仲良くなったのはこの日からだ。ビジーはクラスが別だけど休み時間に会えたら会いに来る。いじめの現場に居合わせれば止めてくれる。修学旅行の日にドラゴンテイルの事がクラスメイト達に知られても彼女の人気は不動だった。それはさすがビジーと言える。
学校の外で会ったり、時々どこかに出かけてお菓子を食べたり。私に魔法を教えてくれたり同じ師匠を持つ事になったり。こんなに仲良くなるとは当時思ってもいなかった。ビジーの事、師匠の事、スマイルの事。思えば私の人生はあり得ない程不運で、あり得ない程幸運だった。
何故今なのか分からない。ビジーと初めて会った頃の思い出が蘇る。世界の全てがスローモーションに見えた。勝ち誇ったピポの顔。急いで私の方へ戻ろうとしている液状のスマイル。私の頭の中は自分でも驚くほど冴えていた。
私は瞬時にスマイルの唱えていた呪文のスペルを頭に思い浮かべ高速詠唱すると魔法の剣を取り出してピポの詠唱が終わる前に剣の腹で彼の側頭部を殴る。
「んぬぇ!?」
彼は驚いて一端距離を置いた。私は逃さず距離を詰め左手の親指と人差し指で小さな丸を作るとピポが先ほど私に向かって唱えた呪文を同じように唱えて眩い光を放つ。
「ヴぇっ!???」
ゴーグル越しでも至近距離の発光には対処できない様子だ。私は続けて剣の腹で前頭葉を殴る。
「ヴううううん!?!?!?」
更に魔力を込めた魔法弾を高速で飛ばして鳩尾に当てた。そピポはその場に尻餅を搗くとポカンと口を開いたままこちらを見ている。
「けほっ…。はれ??イジーはスマイルが一緒じゃなきゃ魔法もロクに扱えない雑魚じゃなかったのか…?」
スマイルが私と合流する。私はスマイルから魔力を補充した。
「かかって来い!私に挑んだ事、後悔させてやる!」
ピポは跳ね起きると魔法を唱えた。辺りに黒い煙をまき散らす。私は四方にバリアを張りながら辺りを警戒する。しかしどこからも魔法はとんど来ない。どこから来る?どこを見渡しても近くにいる気配すらない。
やがて黒い煙が晴れて来ると、ピポが全力で逃げている後ろ姿が見えた。
「待て!自分から戦いを挑んでおいて逃げる気か!」
「対戦ありがとうございました!」
凄まじい逃げ足の早さだ。走っても走っても差が開くばかりで追いつけない。
彼が大木を蹴って次の木に移ろうとする時、木の根が急に伸びて彼の足に巻き付いた。そして巻き付いた根が彼を地面に叩きつける。木陰から何者かが現れうつ伏せになっているピポを仰向けにし、エンブレムを拾った。
その影はこちらに優雅な足取りでやって来る。リプだった。
「あーすっきりした。イジー君もスマイルちゃんも凄いね。中級生のピポを逃亡するまでに追い込むなんて」
「トドメは持って行かれましたけどね」
私は笑った。彼女も笑う。
「ごめんねー。これ以上にない復讐の機会が来ちゃったからつい」
そう言うとリプは私のすぐ傍まで来てエンブレムを渡してくれた。
「あの…いいんですか?」
「ええ。もう自分の分は手に入れたし後はピポをぶちのめすだけだったもの」
そう言ってリプは袖からエンブレムを取り出して私に見せる。さすがだ。リプはピポから救難信号の銃を取り出すとそれを上空に向かって発砲する。恨んでるとは言え気絶したままのピポをこのまま捨て置くわけにはいかなかった。先生の方から来てくれるので後は待っているだけでいい。
それまでの間、彼女と一緒に学校生活についてお喋りしながら過ごしていた。これで私も第二の試練に参加できる。例えケネスィの幻に勝つことはできなくても戦った事だけでもビジーにいいお土産話になるはずだ。早く帰って来ないかなぁ…。