最初の試練が終わって私達は短い間の日常に戻っていた。私はスマイルと共に戦かった日々を経て魔力の貯蔵量が増えていた様だ。それだけじゃない。私が好きで行っていた独学のおかげで魔法の単語への理解がそれなりに深まっていたらしく、簡単な魔法なら相手から聞いたスペルをそのまま唱えて魔法を発動できるレベルにまでなっていた。
私が今まで魔法が発動できない根本的な理由が魔力だった。スマイルのおかげでは魔力を得て、ちゃんと発動できるようになってからは少しずつ単語ごとに必要な発音や抑揚を理解できるようになった。
後日魔力の壺で自分の魔力の貯蔵量を計ってみたがやはりクラスメイトの平均より少なかった。扱える魔法の幅はそれなりに広いようだがコントロール技術も未熟なため調整が大味ですぐに魔力切れを起こしやすい。ピポとの戦いは相手の不意を突けばこそ撃退できただけで非常に危ない橋を渡っていた。
スマイルは私が魔法を扱えるようになった事を非常に喜んでいて、機会があれば次々に難しい魔法を教えてくれる。単語の意味を正しく理解できていない物、発音が良く分からない物、抑揚のつけかたが難しい物まである。私が扱うにはまだ修行が足りない。難なく発動できるスマイルはやはり凄い。
ピポは試練には失格になったがそれから私にしつこく嫌ガセしてくるようになったとか、そんな事は特になかった。気になって中級生に尋ねてみると特に何もなかった様に学生生活を送っているらしい。
食堂で見かけた時は窓から入って窓から出て行くなど相変わらず奇行が目立っていた。私と目が合った時は軽く手を上げて挨拶してくれたので私も会釈を返したりした。
それから私はバズの元へお見舞いに行った。検査した結果、次の試練までには回復は間に合うとの事。最初の数日は安静にしておかなければならなかったそうだ。
「まさかお見舞いにまで来てくれるとはな」
「1人じゃ寂しいだろうなって思ってね」
私は少しからかってやった。冗談も返せない程元気がないようには見えなかったからだ。
「ははは、そんな事はないぞ。昨日はタードが来たんだ。俺が怪我をした事を心配してたらしくてな。喧嘩してたから…来ないと思ったんだが」
試練の状況は魔法で操った虫を使って映像が学校で流されている。生徒はもちろん地域の人や親も見に来る。嬉しい事に両親も見てくれてたそうだ。ピポとの戦いも見られてた様でいつになく褒めちぎられた。
タードは怪我をして運ばれているバズの映像を見て病院へ向かったらしい。頭から血を流していたし、熊の魔物に殴られたと聞いたらいても立ってもいられなかったんだろう。それにしてもあの剛腕に殴られてすぐに復帰できるなんて、バズの身体はどれだけ頑丈なんだろう。
「仲直りできたたんだね、良かったじゃん」
スマイルが私のローブから身を乗り出してそう言った。
「ああ。お前からエンブレムを奪って逃げようとしてる所を熊の魔物に襲われたって言ったら呆れられたよ」
それはそうだろうな。私は苦笑した。彼はしばらく病院の窓の外を眺める。
「…また勉強頑張らなきゃな」
「応援してるよ、バズ」
ベッドの近くの机には花瓶と教科書が置いてあった。暇な時にはちゃんと勉強しているだろう。もうすぐ彼も退院だ。それからは学校生活の間でまた新しい関係が築けるのかもしれない。私は期待に胸を膨らませつつも席を立ち病室を去ろうとする。
ドアに手をかけたその時バズは私を呼び止めた。
「イジー。俺にできる事はきっと多くないと思う。だがもしこんな俺でいいなら困った時は頼ってくれ。力になりたい」
「うん。その時はお願いするね」
「じゃあ僕、燻製肉1kgほど食べたいな」
スマイルがまたローブから出て来てそう言った。
「俺はイジーに言ったんだよ。でも考えとく。じゃあな2人共」
私とスマイルは手を振ってこの場を後にした。
私は自宅に帰りながら前とは違って見える光景を楽しんでいた。以前は道なんて家との間を隔てる邪魔な距離でしかなかったのに。今は空に広がる青空を、頬を撫でる風を、心地よい暖かさを楽しむ心の余裕がある。
スマイルはニュルリとローブから出ると人の形を作って隣を歩く。
「ここ最近はずっと私のローブについてるけど気に入ったの?」
「外でイジーに抱き着くと文句を言うだろ?でもああやって服に付着する事に関して君は文句を言わない。だからだよ」
「スマイルの考えは良く分からないな。私ってそんなに抱き心地がいいの?」
「イジーにくっついてると凄く安らぐんだ。癒されると言うか。そうだなぁ、いつでも寝られるベッドがいつでもすぐ隣にあったら最高じゃない?」
歩いて付いて来るベッド…魅力的かもしれない。スマイルは寝るのがとても好きだ。それなりのこだわりがあるようで魔物なのにベッドで寝たがる。そのスマイルが私に抱き着く事をベッドで寝るのと同じ事と例えるのを聞くと抱き心地はかなりのものらしい。
世間体を気にするから私も外では抱き着かない様に言っているが、彼は私に合わせて体温調整してくれるのでとても暖かい。ローブについている時は寒い時は温かく、熱い時は冷やしてくれる。とっても便利な布団の中にいるようだった。
言葉に出して言うのが恥ずかしいだけでスマイルに抱き着かれるのは私も好きだ。
病院を出てしばらく進んだ先、道が分からず困っているおじいさんがいた。口上で説明がしづらい所だったので一緒に道案内した。余程お金持ちだったらしく札束を出してお礼を言って来て驚いたが断った。
どうしてもお礼がしたいおじいさんはバッグから瓶詰めのゼリービンズを取り出すと私達にプレゼントしてくれた。少しだけ帰り道から遠くなってしまったが私達はおじいさんと別れるとそれを食べながら一緒に帰る。
やがて川が見えて来た。スマイルは川の方へ走って行った。私は歩いて彼の後を追う。彼は川に足を漬けると水分を補給して戻って来る。近くの橋の上を渡ると途中で立ち止まって川の流れを一緒に眺めた。魚が泳いでるのが見える。
「この川を辿って行くと海に着くんだよね?」
「うん。川を伝って北にずっとずっと進む海に着くよ」
「ふふふ。川ってまるで人間関係みたいな…縁みたいだ」
「どうして?」
「沢山水源があって、道があって。別れたり合流したり。そうして最後には海に辿り着く。どんなに離れ離れになっても、行き着く先はきっと同じだ」
「スマイル…」
スマイルがこちらを向いた。驚く事に彼は笑顔で泣いていた。
「僕達の関係も同じだといいな」
「涙…」
私の呟いた一言にスマイルは自分の目から零れ落ちている涙に気付いた。意図して涙をこぼしていた訳ではないらしく、スマイルは動揺していた。涙は止まらないのだそうだ。
やがて彼の笑顔が悲しみの表情に染まる。彼は泣き続ける。私は傍に寄ってスマイルを抱きしめて背中をさすった。
「初めての経験だ。分からない、どうして涙がでるんだろう。変だ。スライムは涙なんか流さないのに」
彼の涙が私の肩に流れて来る。涙が服に染みて僅かな湿りを感じた時、私の脳裏にある映像が過った。牢屋の中、やせ細った少年。スマイリー。夢で見た光景だ。今思い出した。そうだ、どうして忘れていたんだろう。どうして思い出したんだろう。
ずっとスマイルに聞こうと思ってた。夢の中で見るよく似た少年の話。そして更にある事を思い出した。それは約束。スマイリーとの約束。外の世界に連れ出す約束。
「スマイリー…」
気が付くと私はそう呟いていた。まだ泣いているスマイルが私の肩に乗せていた顔を離してこちらを向いた。
「僕、ずっとずっと会わなきゃいけない人がいた気がしたんだ。やっと、やっと思い出せたんだ。それが何故だったかは思い出せないけど…確かにその人物で間違いない」
ああ…今なら分かる。きっとそうだ。スマイルが会いたがってた人物。
「イジー。間違いなく君だよ」
「…………………」
私は返事が出来なかった。どう返事していいか分からなかった。
日が傾きだし、空に赤みがかってくる。少しだけ冷たくなった風が私達の間を吹き抜けた。
スマイルの涙が止まると、一緒に手を繋いで帰った。きっと…いや、間違いなくそうだ。私が夢に見ていた人物。確かに人間だった人物。スマイルは、スマイリーだった。