それから、あの調子で何匹か狩った。スマイルは動物を捕食していく毎に元気になって行く。一方で、私は走らされたり機敏に動かされたり魔法を使いまくったりでとても疲れた。私は思わず膝をついて肩で息をする。
「はぁ…はぁ…」
スマイルは捕食を終えるとこちらに戻って来る。
「そんなに疲れるかなぁ。僕の魔力を使ってるはずなのに」
「もう、気は済んだでしょ…?そろそろ私を解放してよ」
「ごめんね、色々付き合わせちゃって。家まで送るよ」
スマイルはまた私の服に纏わりついた。背負ってくれるとかならいいけど、結局歩くのは私の体だ。
「あ、忘れてた。借りた魔力分返すね」
「え?」
私の体の中に暖かい何かが流れて来る。お湯に浸かるみたいに気持ちがいい。
「あれ、おかしいな。魔力が溢れ出る。入れ方がおかしいのかな」
急に心臓のあたりが痛くなった。臓器ではない、何かが痛い。
「!??」
「えーっと、こう?」
「あがっ!」
例えようのない痛みが走る。私には分かる、もう魔力が入らないのだ。スマイルはまだ入るはずだと思って私の体に魔力を流し込み続けている。魔力を収めておく器が「これ以上は入らない」と痛みにして訴えている。
「待って、魔力はもういいから!」
「大丈夫。今の僕は元気だから魔力はまだまだあるよ。何で入らないんだろ」
「ふぎっ!」
魔力が無理矢理ねじ込まれていく。意識が飛びそうになった。
「…っ、スマイル…痛いからやめて…」
「えっ?!痛い??ご、ごめん…」
すぐに魔力の注入をやめてくれた。お互いに沈黙する。とにかくスマイルに悪意はない。用済みになったと私を殺そうともしない。帰り道もちゃんと師匠の家に向かっている。そこまで警戒しなくて…。
いや、駄目だ。師匠は魔物には心を許すなと言われた。スマイルだってまだ私に何か利用価値を見出しているだけかもしれない。私は気を引き締める。
「…怒った?」
「怒ってはいないよ。ただクタクタに疲れただけ」
「それじゃ、恩返しをさせてよ!君は僕の恩人!役に立ちたい!」
私は少し悩んだ。スマイルの存在はとても気になる。珍しい赤色のスライムで、喋る。とても興味深い。でも魔物はとても危険で狡猾だ。通ってる魔法学校の生徒だって下手に魔物と付き合って死んだという事例がいくつもある。先生だって魔物との交流がいかに危険か口を酸っぱくして言っている。この子との付き合いはこれきりにしないと。
「…家に着いたらお願い事しようかな」
「うん、何でも言ってよ!」
姿こそはスライムでも、こうして喋ってるとまるでビジーの様な同年代の子供の様だ。良心に付け込むみたいで少し心が痛んだ。
やがて師匠の家に到着した。やっと解放されると私はドアの前で待つ様に言って家の中に入り、ドアを閉めて施錠した。それからドアの向こうにいるスマイルに話しかける。
「スマイル、私のお願いはね。もう私に会わないで欲しいんだ。これきりにして欲しい」
「そんな!どうして!?」
「私は人間、君は魔物だからだよ。人間は魔物が怖いんだ。争いを望まないのなら、必要なのは相互理解じゃなくて適切な距離だと思う。新たな争いを生みたくないなら私達はこれ以上関わりあうべきじゃない」
スマイルの体液がドアの隙間から入り込んで来る。
「うわあああああ!!」
液体だもんね…。パニックになる一方でどこか冷静な私がいた。スマイルは飛びついて私の体に覆いかぶさる。頭に浮かぶのは溶かされていった野生動物達。ああ…私このまま死んじゃうのかな。
そう思ったけどいつまで経っても私の体は溶けない。やがてスマイルの体液が形を作った。髪の長い…女の子?スライムが敵から身を隠したり捕食するために擬態する話は聞いていたが、こんなに高度な擬態ができるなんて聞いてない。
スマイルは人間の姿のまま私に抱き着いている。体温が少しずつ上がって来た。まるで人間の様な体温になる。
「僕が怖い?僕も人間が怖いよ。人間に殺されそうになって命からがらで妖精の森に逃げ込んで来たんだ。でも僕は君を恐れない。だって僕には分かる、君はとてもいい人間だ。人間にも悪い人間、いい人間がいる。僕達だって同じだよ!」
「スマイル…」
スマイルは両手で私の両頬に触れる。
「恐怖は常に無知から来る。魔物と人間が争わなきゃいけなかったのはお互いがお互いを理解してこなかったからなんだ。向かい合って距離を縮めていたなら、止められた争いだってあったかもしれないんだ。僕達の間にある関係が、恐れや憎しみだけだなんて悲しすぎる…」
今にも泣きそうな顔をする。私の心はズキズキと痛む。師匠の言いつけを忘れるつもりじゃないけど、心が揺らぐ。スマイルのこの言葉は本当に私を言い包めるための嘘なんだろうか。そんな風には聞こえない。
「イジー、僕は人間と魔物の間の架け橋になりたい。その第一歩として君と友達になりたいんだ」
スマイルの瞳の奥に悲し気な覚悟が見える。あるいはそう見せてるだけかもしれない。そんな事、一介の見習い魔法使いに言われたって…。
「僕達、分かり合えないのかな…」
「わ、分かったよ。友達になるよ。全く、要求ばかりだな君は…」
そう答えるとスマイルの表情がパァーッと明るくなる。さっきより強く私を抱きしめる。
「イジー!僕の友達!イジー!イジー!」
「や、やめてよ…この距離は友達じゃないって。少し離れて」
「スライムなら普通の距離なのに」
「人間には対人距離があるんだスマイル。異文化交流をするならとても大切な事だよ。相互理解?の一歩」
「カルチャーショック…」
スマイルは私から離れた。今日はとても疲れた。師匠から渡されたメモの頼み事の進捗も全くなし。1日目からこれとは…。でも犯人が傍に居るので事情を説明すれば…いや、そもそもスライムを連れ込んだとあればどんな叱りを受けるか分からない。頭が痛い。
今はその事を忘れる事にして、私は自分の食事を取った。スマイルはニコニコしながら私を観察している。
「そんなに見られちゃ食事が進まないよ」
スマイルは眉をハの字にして困った様な顔をする。
「人間って難しいなぁ」
それからスマイルは私の後ろにやって来ると抱き着く。そうやってまた…。
「ねえねえ、この距離はどんな関係でやるの?友達の範囲?」
「どちらかと言うと恋人とかそんなじゃないかな」
「僕、こうしてるの好き。恋人になろうよ」
唐突な告白に驚いた。まだ出会って1日しか経っていないのに。
「そ、そういうのは友達として交流を深めて…!」
「えー、随分と気の長い話だよ。人間はいつ種を残すの?」
「し、知らないよ!」
スマイルは私の機嫌を損ねたと思って慌てて距離を取る。机に座るとやはり私の顔を眺めている。さっきあまり見ないでって言ったばかりなのに。やがてふと何か思いついた様な表情をすると、スマイルの頬に赤みが増した。
疑問に思ってスマイルの顔を見つめる。スマイルはますますニッコリ笑った。
「何さ」
「イジーの真似」
どうやら私は赤面しているらしい。スライム相手に。
今日はとても疲れた。私は木と動物の毛で作った歯ブラシと薬草で作った歯磨き粉を使って歯を磨くとそのままベッドに倒れる様に寝転んだ。スマイルも一緒にやって来てベッドに潜り込む。
「スマイル、言ったよね?この距離は?」
「恋人…」
しょんぼりしてベッドから出るスマイル。
「でも、でも僕もベッドで寝たい!」
「スライムの癖に」
「あーっ!そう言う事言う!ヘイトスピーチ!」
「分かったよ、隣の部屋にベッドがあるからそこで寝なよ」
「あーい♪」
そう言ってスマイルは隣の部屋に向かった。待てよ、隣の部屋は師匠の部屋じゃないか!まずい、今は人間の姿をしているがスライム。ベッドが濡れて湿っているとあれば急遽帰ってきたりしたら非常にまずい!私はベッドを飛び出してスマイルを止めた。
それからビジーの部屋にしようかと考えたが、彼女のベッドが濡れていたとあれば彼女も怒るだろう。となると私の部屋しかない。でも、ベッドは1つだし…。
「私がソファで寝るから私のベッドで寝ていいよ」
スマイルは私の手を両手で包む。
「一緒に寝よ!」
「私達はまだ友達!!」
スマイルは頬を膨らませる。そういう仕草はどこで覚えたんだか。ふと何か思いついた様な顔をするとスマイルは顔を赤くして見せる。
「じゃあ、恋人になろうよ」
「会話がループしてる!!!」
ついに折れた私はスマイルと一緒に寝る事になった。1人用のベッドだけど、元々広いベッドなので窮屈ではない。目の前に人がいる。いつもと違う景色に少しドキドキした。
「…ちょっと興味本位で聞きたいんだけど、スマイルはその…性別はどっち?」
「難しい事を聞くね」
「どういう事?」
「基本的に僕は分裂で仲間を増やすんだ。だから無性生殖だと思ったんだけど、スライムは病で絶滅しないために他のスライムと交わる事ができる様に進化しだみたいなんだ。結合したり再分裂したり。交配や交雑ができるからたぶん単為生殖で有性生殖になるから…。えー、でも結合できないスライムの個体なんていないと思うけどな。それ雌雄がある事になるの?えー、どっち?僕性別あるの?分からなくなってきた」
「ぐう…ぐう…」
「あーっ!ちょっと寝ないでよ!君のせいで気になって眠れなくなったじゃないか!ねえ、起きてよ、ねってば!」
そんなの私が知る訳ない。私は今度ばかりは意地でも寝たふりをした。そのうちスマイルも諦めて眠った。
いざ書き始めると設定の練りの甘さを実感するのだ!へけっ!