あんな事があった翌日だ。今日は大事な決闘祭最後の日だと言うのに心ここにあらずだった。スマイルが私を起こしてくれる。いつもの様にとても愛らしい笑顔だ。
「おはよう、スマイル」
「おはよー!さ、行こう!行こう!」
「うん」
私は起き上がると着替えて部屋を出た。起きたタイミングが同じだったのかビジーも一緒に部屋を出る。ビジーの顔を見ると彼女は目をそらした。すぐ近くで料理を終えた師匠が机に料理を並べている。
ビジーは無言で外に向かって歩いて行く。
「おいビジー、朝ご飯が冷えるぞ」
「…ごめん、食欲がないんだ」
そう言って家を出て行った。師匠はため息をつく。
「心配だな。あいつ昨日からあんな調子なんだ。晩御飯も食べてないみたいだし…。イジー、何か知らないか?」
頭に浮かび上がったのやはりあの告白だ。私だって彼女の頼みとあれば快諾したかったけど、首を縦に振るにしては条件があまりに難儀だった。あの事は誰にも話さない様に言われている。私は首を横に振って席に座ると食事を始める。
「あいつの事は俺から後で聞いておこう。今日は決闘の事に集中するんだ。魔法について軽くおさらいをしておくか?」
「お願いします、師匠」
それから学校に登校するまでの間、師匠と魔法についての復習をした。後は支度をして早めに師匠の家を出る。私は敢えて遠回りして実家に寄ると両親に挨拶して行った。早出をしたのはこのためだけだ。どの道決闘祭には師匠も両親も来てくれるが、その前に顔を一度見ておきたかった。
ジフ達に会うと一緒に学校に向かう。途中でバズ達とも合流した。ジフ達はバズとタードが苦手な様子だったが、彼らも以前の様に高圧的な態度を取らず飽くまでフレンドリーに接する。わだかまりが解消する日が来るのはそう遠くないと信じてる。
やがて学校が見えて来た。辺りを見渡しながら歩いていると、遠くの公園でビジーがベンチに座って俯いてるのが見えた。
「ビジー…」
あの返事、どうしよう。今でもとても悩んでいる。決闘のために今しばらく忘れようとしても彼女の事が頭にちらついた。何せ、返事の期限は今日までになっている。
「どうしたイジー、心ここにあらずみたいだけど」
ジフが私に尋ねる。私は首を横に振った。
「ううん、何でもない。大丈夫だよ」
「しっかりしてくれよ。お前が優勝したら俺も城の中でご馳走を食べる予定なんだからよ」
バズが笑いながら言った。カウルみたいな事を言ってる…。カウルは肩をすくめて首を横に振った。
「ところが招かれるのは優勝した1人なんだよなぁ。調べたんだよ。頑張ってゴネて家族を呼べるかどうかって所だな」
「マジかよ…」
バズが肩を落とす。隣でタードが彼の背中を叩いて笑った。
「おこぼれ作戦失敗だな!」
皆で笑った。トードは呆れたようにため息をつく。
「捕らぬ狸の皮算用だなぁ。イジー、共闘した君なら分かるだろうけどリプ先輩もクレム先輩も強敵。油断しないでね」
「うん、ありがとう。皆のためにも精一杯頑張るよ」
「僕もついてるしね」
スマイルが私のローブから顔を出すとそう言った。私は力強く頷いて校門の中に入って行った。
校長の挨拶が済んでいよいよ決闘が始まると言う時、雲行きが怪しくなりくじを引く頃には雨が降り出した。小雨ではあるが明らかに決闘に支障を来たすもので学童も大人達も皆学校の中で晴れるのを待った。
あまりに長く振っている物で決闘室で決闘を行うのはどうかという意見も出た。校長は思う存分力を振るうには少し狭いのではないかと飽くまで外での決闘するべきだと主張した。時間と共に大人達の都合もあり諦めて決闘室で行う事を決定せざるを得なくなった頃、外が晴れた。
その頃には既に昼前になっていたので、先生達がグラウンドの水を抜いて戦いやすい環境を整えている間に皆昼食を取った。
昼過ぎになっていよいよ決闘が始まる。候補は3人。くじを引いて最初の戦いをやるのが誰と誰なのか決める。結果、最初はリプとクレムが戦う事になった。僕は勝ち残った相手と最後の決勝戦を挑む事になる。ここにきて連戦しなくて済んだのは強運と言える。
やがていよいよ最強の先輩2人が戦いを始めようとしたその時だった。
再び巨大な影が空を覆う。私達は顔を上げた。今度は雨雲ではなかった。
大樹の様な足。大船の碇の様な鉤爪。岩の様な肌。針葉樹の様に生え揃った鱗。柔軟にたわむ尻尾。現代に見えるその種には全く似て似つかない、教科書や幻によってのみ見る事が叶う古竜の頭。それは紛れもなくケネスィだった。
ケネスィはミルジナ国内に建物を破壊しながら着地すると雄たけびを上げた。私達は耳を塞いでその大音響から鼓膜を守る。ケネスィは洪水の様に炎を吐くと町を次々に燃やしていく。
「わ、私は…何を見ているの?」
リプが戸惑い声を震わせた。
「俺はまだ夢を見ているのか…?」
バズが顔を真っ青にしながら言った。
「夢は町を焼き払ったりしない。残念ながらこれは現実だ」
クレムがそう言うとケネスィのいる方へ飛んで行った。
「ちょ、クレム!?無茶だよ!!」
リプがそう言いながら彼の後を追う。そうだ。これは決闘祭のイベントじゃない。本物だ、本物が襲って来たんだ。先生達がこちらに走って来る。イルチェ先生が大声で皆に声をかけている。
「皆さん、クレセント学校の第2多目的ホールの倉庫から地下に行けます!そこへ避難してください!決して慌てず押したりせず、速やかに避難をお願いします!!」
バーグ先生が誘導している。
「イルチェ先生も早く!」
「バーグ先生…。僕、クレムとリプを連れて帰らなければなりません」
そう言うと彼は飛んでケネスィの方へ向かった。スティル先生が駆け寄って来ると私の手を掴んだ。
「イジー君、逃げないと!!」
「で、でも町が…人が…」
スティル先生が無理矢理引っ張って私を連れて行く。スマイルがローブから飛び出した。スティル先生はスマイルの手を掴もうとしたがすり抜ける。
「スマイル君、お願いだから一緒に逃げて!!」
「スティル先生、イジーを頼みます」
そう言うと彼は空に向かって飛んで行った。スティル先生は何度もスマイルの名を叫んで戻る様に言うが、彼の耳には届かなかった。スティル先生は私を掴んで避難場所に向かう。
人が混んでいて中々前に進まない。スティル先生は周りの生徒に声をかける。
「大丈夫!皆避難できるから!押さないで、ゆっくり進んで!」
その時、遠くから何かが飛んできた。それはすぐ隣にいるスティル先生の頭にぶつかった。スティル先生は目の前で倒れる。先生にぶつかったそれは勢いを失わず先にいる生徒達にぶつかって行った。悲鳴があちこちから聞こえる。
私は恐る恐るスティル先生の方を向いた。つい先ほどまで私を励まし生徒を避難させようとしていた優しい先生は、肩から上が陥没して潰れていた。
「うわあああああああああっ!!!!!!」
叫んでスティル先生を掴んでいた手を放した。人が死んだ。目の前で死んだ。守る暇もなかった。私はただ立ち尽くす。生徒達が我先にと押すように多目的ホールへ向かおうとする。時折生徒や先生の怒号がした。
私はスティル先生の死体を見つめたまま硬直していた。
「あ…ああ…」
ふと、唐突に公園で座っていたビジーの姿が思い浮かんだ。私はいても立ってもいられなくなって駆ける。
「行くな!こっちに戻って来い、イジー!」
バズの声が聞こえた。私は構わず駆ける。師匠は自分の身ぐらい自分で守れる。ビジーは?ひょっとしたら怖がって動けなくなってるかもしれない。助けなきゃ。助けなきゃ。
飛んでくる魔法の流れ弾。建物の破片。私は構わずビジーのいた方に駆ける。やがてビジーが見えた。彼女も私の方へ向かっていたらしい。
「ビジー、ビジー!」
「イジー!!良かった、生きてた…」
風を切る音が聞こえる。ビジーと私はすぐに音のする方を向くと魔法の盾で飛んできた物を防いだ。
「イジー、こっちだ!」
ビジーは私の手首を掴んで駆ける。
「ち、違うよビジー!こっちじゃない!クレセント魔法学校に地下があるんだ!そこに避難すれば大丈夫だって…」
「いいから!!」
ビジーは私の手首を掴んでどこまでも走って行く。彼女の進む先に身を隠したり守ったりするのにとても最適な場所があるとは思えない。一体どこまで行くつもりなんだろう。少しずつ師匠の家が見えて来る。ついにこんな所まで逃げて来た。
ひょっとして妖精の森に身を隠すつもりなんだろうか。それなら無意味だ。身を守れる様な遮蔽物なんてどこにもないし、ケネスィは意図的でなくともここを焼き払うかもしれない。
「どこに行くんだよ、ビジー!!」
「いいからついて来いって!安全な場所だよ!!」
私はビジーの手を振り払う。お互いに肩で息をしながら呼吸を整えた。私は首を横に振る。
「そうだ…逃げちゃ駄目だ。あそこには私の大切な人が沢山いる。家族も、友達も、師匠も、スマイルも…。私ならやれる、私なら戦える…戻らなきゃ!」
私はビジーを置いて戻ろうとする。するとビジーは呪文を唱え足元に蔦を生やすと私を転倒させて妨害した。すぐに体を起こそうとしたが蔦が動いて私を仰向けにすると両手両足を拘束した。ビジーは私の所へ来ると私に馬乗りになった。
そして彼女は私の胸倉を掴む。
「どこへ何しに行くんだよ」
「ケネスィの所に!皆を守るために戦うんだよ!!」
ビジーは私の横面を引っ叩いた。一度だけじゃなく、二度も三度も。彼女は顔を歪めて涙をこぼしだした。
「死んでんだよおおおっ!!クレセント魔法学校の生徒も!先生も!お前の両親も!俺の両親も!師匠も!!とっっっくの昔に!!!」
「どういう…事…?死んでるって…」
「まだ分からねえのかよ…。決闘祭の時、目の前で確かに死んだはずのスマイルが現れた事を何も不思議に思わなかったのか???」
私は驚いた。ムヘンの揺り籠での偽ステンシーとの戦いの仔細はビジーに話していない。知っているはずがない。しかし、考えてみるとあの視線が交差したときのあの目…。
「ステンシーを名乗って私達を襲ったのはビジーだったのか…!」
あの時の膨大な不安、恐怖。その正体がわかった。私は危うく変装したビジーを殺害する所だったのだ。
「そうとも。師匠の代わりに始末しようとしたんだ。オルコスを亡ぼした怪物を殺すために。だが俺じゃ力及ばずだった。だからここへケネスィを差し向けた。師匠はとっくに殺されてて手遅れだったよ」
彼女はこぼれる涙を拭う。言ってる事の意味がわからない。ビジーは私が見て来たものを幻覚や幻聴だと言いたいのか?いや、師匠とはビジーだって会話したはず。そうだ、彼女は旅先で疲れてしまっているんだ。そうに違いない。
私はできるだけ穏やかな声色で彼女をなだめる。
「…ビジー、君は疲れてるんだ。少し休んだ方がいい。大丈夫。この戦いが終わったら私はずっと君の傍にいるから…」
ビジーは顔をくしゃくしゃにしながら痛々しい笑顔を作る。
「ははは…ははははは!もういい、もういい…。だがお前は無理矢理にでも連れて行く」
彼女は何かを取り出した。キャンディ?それも、師匠が保健室で休んでる私にお土産だと言ってくれたブルーベリー味の…。ビジーはそれを私の口の中に押し込むと水の魔法を使って私の口に水を流し込む。無理にでも飲ませる気だ。
「頼む…大人しく飲んでくれ…イジー、俺はお前を助け…」
そこまで言うと急にビジーの胸元を何かが貫いた。魔法の剣だ。私は水を吐き出して咳き込む。
「ビジー、ビジー!!ああ、ああ…」
彼女は私に向かって倒れる。私の身体がビジーの血で湿って行く。彼女は苦痛に歪めた顔で私を見る。
「イジー、逃げ」
言葉を言いきる前に首が刎ね飛ばされた。血が噴き出た。目に入らない様にきつく目を瞑る。体が軽くなった。ビジーの身体が隣に退けられた。私はゆっくりと目を開ける。そこにいたのは魔法の剣を握ったスマイルだった。
「イジー、もう大丈夫だよ」
私はビジーの身体を仰向けにした。そして近くに転がっている彼女の頭を運んで胴体にくっつけようとする。
「スマイル、力を貸して!ビジーが、ビジーが死んじゃう!!!」
「うん、いいよ」
スマイルがビジーの方を向くとそこから赤い液体が湧いてビジーの全身を覆った。おかしい、いつもなら傷口の所だけを体液で覆って治すのに。私は慌ててスマイルの方を向いて彼を説得する。
「ち、違うよ。私は傷口だけ治して欲しいんだ!」
「大丈夫、僕に任せて。ほら」
スマイルが指を差した。目の前にあるのは液体ばかりだ。その液体が吹きあがる様に空に向かって伸びるとそれは人の形状になる。やがてその形状がビジーへと変わる。
「心配をかけたなイジー。もう大丈夫だ。スマイル、ここから最寄りの避難場所はどこだ?」
「その心配はないよビジー。もうすぐ片付くから」
スマイルが指を差した。私達もスマイルの指差す方を見る。町中で急に赤い水が噴き出した。それは大きなドーム状になってケネスィを覆い閉じ込めた。ケネスィは空へ逃げようとしたが、羽ばたけども空へは飛べない。炎を吐いて穴を空けたりして抵抗していたが、その力も徐々に弱って行く。やがて身動きをしなくなった。
スマイルがニッコリ笑った。
「さ、一緒に帰ろうイジー。ミルジナに」
「……………………………………」
ビジーが私の肩を叩き手を差し伸べる。
「腰でも抜かしたか?手を貸してやるから立てよ」
私はビジーの顔を眺める。彼女は首を傾げた。
「どうした?私の顔に何かついてるか?」
私は1人でゆっくり立ち上がる。スマイルもビジーも笑顔でミルジナに向かって歩き出した。私はその場に魔法の剣を出すとありったけの力を込めて自分の首を刎ねた。
ここまでご愛読いただきありがとうございました。
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