私は走って逃げた。後ろも振り向かず、追って来てるのかどうかも確認せずずっとずっと遠くに逃げた。師匠の家の前まで来て鍵を開けようとする。
「あっ…」
そうだ、私の荷物は全て実家の2階に置いて来た。このままじゃ入れない。
「はは…ははは、私…本当、何やってもダメだな…」
1人になりたい。誰にも会いたくない。こんな情けない自分を誰にも見せたくない。いっそ消えてなくなってしまいたい。気が付くと私は妖精の森に向かっていた。あそこは危険で一杯だ。だから好んで誰も近付きたがらない。1人になりたい私にはうってつけの場所だ。
私は森の中を歩いて行く。薬草を取る様なルートじゃスマイルに見つかってしまう。だからいつもは行かないような所を進んだ。どこまでもどこまでも遠くに。最悪、帰れなくなってもいい。
そうやってどこまで歩いたか。ふと、目の前に周りに生えている木とは種類の異なる木が見えた。その木はまるで周りに避けられているかの様な場所に生えている。それでもその立ち姿は堂々と真っすぐ伸びていた。私はその木に背もたれる様にして座る。
私もこの木みたいに独り立ちできる木だったなら…。そう考える。でも私は自分でも知っての通り、弱くて惨めな人間だ。
『最も信頼する親に否定され、卑屈で自分に自信がない子に育ってる事をご存じか?』
スマイルがそんな事を言っていたのを思い出した。私は膝を抱える様に座る。
「スマイルは私を過大評価してるだけなんだ。私なんか、何やってもダメなんだ。親だって生まれてすぐの頃の私には沢山期待してたはずなんだ」
師匠はなんで私なんかを弟子にしてくれたんだろう。ビジーはどうして私なんかをライバル視しているんだろう。ちっともわからない。
『イジー、立ち向かうんだ。君が意思表示さえすれば僕は君の矛となり盾となる。易い安心感のために誰かの傀儡になる様な人生でいいのか?』
またスマイルの言葉を反芻する。良くない。どうせ後悔するなら自分が自ら判断した結果でありたい。でも、現実の私はスマイルに自分が話を付けると言いながらロクに言い返せもせずに尻込みしてしまう臆病者の卑怯者だ。
私もスマイルみたいに両親に思った事を言えたなら…。そう思う。頭の中なら、想像の中なら何度だって親に言いたい事を言った。でも現実となると怖くて言えない。あれ以上親に失望されたくない。
そこまで考えて私はまた笑った。
「ははは…要らぬ心配じゃないか。失望されたよ。親にもスマイルにも」
辺りが段々と暗くなってきた。そろそろ帰らないと。夜の妖精の森は危険だ。
「どこに…?」
師匠の家は鍵を閉めた。壊して入るなんてありえない。鍵は自宅にある。家には帰りたくない。
「もう何もかも嫌だ」
私は顔を埋めてただただ時間が経つのを待つ。やがて日も暮れて来た。
『イジー。どうして妖精の森が妖精の森って言われてるか知ってるか?昼間は寝てるけどな、夜になると妖精達が起きるんだ。興味ない物にはまるで存在しないかの様に見向きもしないが、一度興味を持たれるとそれはもう酷い目に遭うらしいぜ。人間を縛り、生きたまま皮という皮を剥いでパズルでもする様にまた張り付ける。そんな遊びをやっていたのを目撃したと言う噂もある』
そう言えばビジーがそんな事を言っていた。考えるだけでも身震いするが、私が夢中で森の中を探索したりするもので下手に迷子になったりしないようにと気を遣って言ったでまかせかもしれない。
真偽の事はこのまま待ち続ければ分かる。
やがて辺りも少しずつ暗くなって来た。いよいよ夜になる。やがて各地でぼんやりと光が浮かび上がるのが見える様になった。よく見ると緑色に発行する人に蝶々の羽を生やしたような物が飛び回り出す。妖精の噂、本当だったんだ…。
感心していると少し離れた場所で狼の魔物が妖精に襲われているのが見えた。狼の魔物は左足を怪我している様で上手く走れず、妖精は掴んだり引っ張ったりして狼の魔物を転倒させたりしていた。負傷した体でなんとか妖精に噛みつこうとしているが全く当たらない。
「あの数じゃね…」
7体ぐらいほどいる。助けてあげたい気持ちはあったが、私は隠れてやり過ごす事にした。やがて狼の魔物が倒れた。もがいているが、もう立ち上がる力もないのかなすがままにされている。
「こんな所に来るべきじゃなかったんだ」
私は目をそらし耳を塞ぐ。そうだ。今助けようとする事こそ偽善なんじゃないか。私はスマイルと一緒に別の狼の魔物を殺している。あいつなら助けるのか?弱っているから??
それは蜘蛛の巣に捕まった蝶を助ける様なものだ。蜘蛛は本来捕れたはずの食料を理不尽にも取り上げられ、蝶々は一時的に助かったって羽破損してれば上手く飛べないかもしれない。助かっても短命かもしれない。それと同じ。自己満足かもしれない。
結局、余計な事とは関わり合いにならない方がお互いのためなんだ。
細めで狼の魔物の方を見る。目が合った。助けを求めてはいない。ただただ諦めに満ちていた。
「うわあああああああっ!!!」
草むらから飛び出すと魔力で球体を作り、それを振り回して妖精達に襲い掛かる。奇襲に驚いて妖精達が飛び退く。私はそれを振り回して彼らを少しでも遠ざけた。
「逃げるんだ、早く!!」
魔物は皆スマイルの様に知能が高い訳じゃない。言葉が通じるとは限らない。それでも狼の魔物はまるで言葉に応えるかの様に傷ついた体を起こして草むらへと姿を消す。
偽善だ。自己満足だ。いい事したって思いたいだけだ。ここで逃がしたって、他の妖精達に殺されるだけだ。私まで犬死にだ。頭で分かってたのにじっとしていられなかった。それでも、草むらに隠れてるよりはいい気分だった。
妖精達だって魔法を使う。火を噴きかけて来たり、水を浴びせて来たり。風で足を取られたりする。帽子を奪われ、眼鏡も奪われた。
「うう…」
学校で習った通り魔法を唱えてみる。やっぱり失敗した。妖精達が群がって襲い掛かって来る。それは狼の魔物を相手にしていた時よりも増えている。10体以上はいる。髪を引っ張られる。靴を取られる。耳を引っ張られる。
その時、さっきの狼の魔物が妖精達に食らいついた。フラフラの体で妖精達に襲い掛かる。
「何で…何で戻って来たんだ!!」
これじゃ、皆犬死にじゃないか…。狼の魔物は満身創痍の体を振るって私に纏わりつく妖精達を相手にする。私も魔法で応戦する。手負いの狼の魔物と未熟な見習い魔法使いじゃどうする事も出来ず、妖精達の数は増える一方。涙があふれ出ない様に一生懸命にこらえた。
やがて魔法の弾に当たった狼が倒れる。虫の息だ。私はその体に覆いかぶさって庇う。私、本当何やってるんだろう…。
複数の妖精が狼の魔物から私を引き剥がそうと髪の毛を引っ張る。千切れてでも動くものか…。そう歯を食いしばっていると、妖精の放つ光とは異なる赤色の光が頭の上を通った。妖精達の扱う魔法よりも強力な呪文が飛んでくる。それは次々に妖精達を襲う。
そのうちの一発が近くの木の枝に当たった。それが私に向かって落ちて来る。すると私を中心としてまるで巨大なしゃぼん玉の様な物が現れて枝から私を守った。シャボン玉の様なものは弾けると、地面から赤色の液体が湧いて出て来た。それは人の形に変わる。
「やっと見つけたよ、イジー」
スマイルだった。じゃあ、遠くからの魔法は…?
「イジー!!」
母が駆け寄って来る。スマイルが私から距離を取ると、母は私の前で膝をついて力強く私を抱きしめた。遅れて父もやって来る。木の根に躓いて、それでも私の方へ走って来る。父も母ごと私を抱きしめる。
「無事で良かった…。本当に良かった…」
母もそうだったが、父も泣いていた。つられて私まで泣きそうになる。スマイルは魔法で妖精達を追い払っている。帽子やら眼鏡やら靴やらも取り返して自分の身につけていた。
「さ、そろそろ僕達もお暇しようか」
父は私を抱え上げる。
「モル、頼めるか」
「任せて」
父は私を抱えて走りだした。さっきの狼の魔物を置いて行くわけには…。そう思ったが、いつの間にか姿を消していた。家族で抱き合ってる間に逃げたんだろうか。…ちゃんと、逃げ果せてるといいけど……。
「じゃ、しんがりは僕が務める」
私を抱えて走る父の姿はまるで猛獣の様だった。かなりのスピードで走っているが、隣で走る母も涼し気な表情でついて来て襲って来る妖精達を払う。背後にはスマイルが守りを固めている。
まるで夢の様だった。また生きて会えるなんて思っても見なかった。私は久しぶりに家族の温かみに触れた気がした。
やっぱ不定期にしよう。マイペースが1番!ラブ&ピース!