みんなは一文字隼人という男を知っているだろうか。
柔道6段、空手5段の格闘技の達人で本業はフリーのカメラマンという青年。それは表向きの姿で、彼が業として背負ったのは"ショッカーの敵。そして、人類の味方"。そう、その名を"仮面ライダー"。
ヨーロッパに渡った仮面ライダー1号……本郷猛に代わって、日本のショッカーと死闘を繰り広げた男だ。時には1号と共闘し、1号が日本に戻ればアメリカやインドに渡ってショッカーやその後継組織であるゲルショッカーやデストロンといった悪の組織と戦い続けた。
それは彼が仮面ライダーだからという理由もあるだろう。けれど、彼は人類の味方であり、人類の自由のために戦うと決意した生粋のヒーローだったのだ。
性格は明るくて、子供が好きで、常に笑顔を絶やさないユーモラスさがあった。でも、心の底では普通の人とは違う改造人間の苦悩を抱えて、周囲にはそれをおくびにも出さない強い男だった。
俺もそんな男になりたいと少年時代に思ったものだが、人生はとても残酷だった。身体が弱く、一文字隼人のような格闘技を習うことも出来ずに俺は学生時代を終えた。それ故に頭だけでしか成り上がれなかった俺は、どうにか地元で評判のいい会社に入ることができた。
その頃には仮面ライダーや一文字隼人への憧れは薄れていて、大人になれば取りたいと願っていたバイクの免許も結局取らずしまいだった。
風見士郎のようにバイクに乗りながら変身ポーズを決めたいとか、本郷猛みたいにバイクで階段を駆け上がったり降りたりしたいという気持ちも社会に揉まれるうちに無くなっていたのだ。
童心を忘れ、結婚もしなかった俺は昭和仮面ライダーの良さを誰かに伝えることなくその生涯を終えた。けれど、平成、令和となって仮面ライダー2号から生まれた変身ポーズは着実に継承され、ライダーキックやライダーパンチといった技も受け継がれている。それなら俺は喜ばしい限りだと思った。
唯一心残りがあるとすればプレバンから発送されたであろうCSMタイフーンの受け取りが出来なかったことだろうか。
そんな心残りがあったからか、俺は次なる人生で"一文字隼人"という名を得た。こういうのを転生というのだろうか。いやあるいはただの偶然かもしれないが、生後3ヶ月で明瞭な意思を持っていたことからその線は消していた。
俺の知る特撮版か、漫画版かTHE FIRSTかSPIRITSか。どれになってもこの名前を誇りに生きていこうという覚悟があった。
一文字隼人という名前に生まれたからには、俺は彼のように陽気で明るくみんなの未来を照らし、人類の平和を脅かす悪を倒す正義の味方にならなければならない。いや、義務や使命ではなく、なりたいという願望が俺にはあったのだ。
だが、どうやらこの世界は俺のいた世界の延長線上でも仮面ライダーなるものが存在している世界でもなかった。そう判断できた理由はひとえに『個性』と呼ばれる代物の存在だ。
確かこれは俺が前いた世界でジャンプで連載していた"僕のヒーローアカデミア"という漫画に出てくる用語だ。
突如人類が得ることになった、先天性の超常能力。その原因は未だ謎に包まれているが、前世を知る俺からすればヒロアカ作者考案の要素だ。つまりはこれも作者の神の手か……?
一応個性に関する情報は俺の知識と概ね噛み合っており、通常4歳頃までに両親のどちらか、あるいは複合的な“個性”が発現するようだ。個性の持つ能力によって「発動型」「変形型」「異形型」の三系統に大別されているが、さて気になる俺の能力だが……。
「残念ながら隼人くんに個性はありませんねぇ……」
ということらしい。
まぁ、前世でなかったものなので、ありませんと言われても仕方ないかとしかならなかった。一文字隼人も元々は普通の人間だったしと割り切る俺に対して両親はそうでもなかった。今となっては人口の7割近くが個性を持っているのが当たり前の社会で、自分の子供が持っていないという事実は両親を大いに苦しめた。
俺がどんなに大丈夫だと言っても、親からは気丈に振舞っているようにしか思えなかったようだ。
ただ、前世でこの話の根幹にいるヤツの存在を知っていた俺は両親が個性学者の元を訪れたり、個性を与えてくれる人間がいる噂を聞くのを強く止めた。
「安心しろよ! 俺は個性なんてなくても大丈夫だからさ!」
俺が親ならこんな言葉だけでは簡単に安心できないものだが、両親は俺のことがよっぽど好きなのかしばらく顔を見合せた後で「わかった」と泣きそうになりながらも俺の事を笑顔で抱きしめてくれた。
そんな両親に俺は本当に大丈夫であることを示すために、個性が使えるからとイキっている同年のガキ共を力でねじ伏せた。
さすがにはじめは無理だった。無個性ながらも健康的で丈夫な身体のおかげで、柔道や合気道、空手を学んでからは俺のことをいじめてくるやつは減ってきて、中学になる頃には個性ありきでも俺に勝てるやつはいなくなっていた。
これが力……!
いや、ダメだダメだ。力に溺れるな。
一文字隼人は強い男。その強さは優しさから来るものだ。決して自らの力を驕ってはいけない。
そう戒めながら個性社会になってから衰退した格闘技の大会に出ては、俺と同じく無個性だったり、個性があっても強個性じゃないからと俺と同じ道に走ってきた猛者たちと力と技を高めあってきた。さすがに高校になれば馬鹿みたいに個性を使って他者を傷つけるやつは減っており(いなくなったとは言わない)、俺も"力の一文字"という異名をいただいてからは変に絡んで来るやつもいなかった。
ちなみに大会の方は高校の間に2回優勝したが、個性がないため大学からの推薦などはなかった。そのため普通に受験して大学に行ってからは、一文字隼人がやっていたカメラマンになろうかとそっちの勉強もはじめた。
幸いにして鍛え上げた肉体が役に立って、ヒーローとヴィランが入り乱れる戦場でもへっちゃらで撮影できた。おかげでフリーでも十分に食っていけるほどにヒーローの活躍シーンや必殺技の写真が撮れ、さらにはヒーローたちから宣材写真の撮影などを依頼されるようになった。
もしかしたら、仮面ライダーになれなかった一文字隼人はこうなってたのかもなと今の生活に充足感を得始めていた頃だった。
「……ん? ……ッ!?」
強烈な倦怠感と、上手く身動きの取れない不自由さから目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは白衣に身を包んだ覆面の男たちの姿だった。
「なんだ、お前たちは……ッ!?」
身を起こして問いかけようとした俺だが、手足は鉄輪と鎖に繋がれていた。しかも、見知らぬ天井で寝ていたベッドではなく悪の秘密結社が使うような手術台の上にいた。
『おはよう、一文字隼人』
俺の問いかけに応えるように目の前にいる科学者達とは異なる声が聞こえた。過去に聞き慣れた巨悪の声ではなく、加工された男の声に向かって俺は再び問いかけた。
「誰だお前は……!」
『我々は個性撲滅活動団体 IDENTITY CRYSIS、我々の悲願のために君の力を借りたいのだ』
「俺の……力……?」
『そうだ。格闘技の大会において2度の優勝と準優勝、さらにはヒーローやヴィランの攻撃を躱す動体視力に反射神経。そして、無個性。まさに我々が求めていた理想の器だ』
「目的はなんだ! 俺を、俺を自由にしろ!」
勝手にペラペラと話し始めるアイデンティティクライシスに向かって怒号をあげる。
『言った通りさ。我々は個性を持つものを敵視している。よって、個性を持つもの達への逆襲を行う。そのために君には我々の仲間として彼らと戦ってもらう』
「ハハッ、個性もない俺がどうやって?」
躱す事は出来ても、個性の力を高めて対人へと昇華させてきたヒーローやヴィランには格闘技一本じゃ勝てない。まさかとは思いつつ尋ねてみるとその答えは俺が期待していたものだった。
『安心したまえ。君が眠っている間に君の身体をいじらせてもらった。今の君は普通の人間では無い』
「……まさか個性を付与したとでも?」
念の為聞いておく。個性を他者に与えられるのなら、こいつらのバックについているやつが確定する。
『個性を持つものが後天的に個性を手に入れたものに滅ぼされるか。それも面白い。だが違う』
「……なに?」
否定されて俺は眉を顰める。あくまでフリだ。期待しているとバレれば、この後の展開が読めなくなってしまう。
『君にはとある生物の力を元に改造手術を施した』
「!?」
『さらにその力を扱えるように感覚器官から筋肉繊維、骨密度まで、あらゆる部分を改造した。そのため、君が一文字隼人たる所以はその見た目と人格しか残っていない』
「な、なにをぉ……ッ!」
最高なことしてくれてるじゃないかー!?
つまるところ改造人間でしょ? 無個性だと個性ありの人間倒せないから、個性ありにしたいけど、それだと組織の信念に反するから、無個性の人間をベースに科学技術をめちゃくちゃに詰め込んだ人間に改造したってことでしょ!?
『そして、その人格もこれから行う脳改造によって抹消され、我々のために戦う戦士となるのだ……!』
おおおおぉぉぉぉぉ!!!! 完璧だよ!
口では「くっ……!」って苦しんでるようにしか見せてないけど、内心大喜びだよ。それでこの後脳改造の寸前に仮面ライダー1号が助けに来てくれるんだろ! 俺は詳しいんだ!
「うっ! ぐぅっ…………ぅっ!」
『無駄だ。その状態では君は改造人間としての力を発揮できない。だが、安心したまえ。直ぐにその力を個性という名の暴力を盾にする愚か者たちへと向けさせてやる』
結局やってることはいたちごっこなんだよなぁ。けど、まぁ、いいか! とりあえずめちゃくちゃ暴れて1号が来るまでのお膳立てをしよう。えいっ! ふんっ! おらっ!
あっ、なんかチェンソーとかドリルの音聞こえてきた! てか、脳改造ってそんな粗雑な機械でやっていいもんなの!? 普通麻酔かけてメスとかで頭皮とか眼下からいくもんじゃないの!?
けど、大丈夫! 何故かって!
「ギッ!? な、なんだ!?」
けたたましく壁が崩れるような音ともに誰かがやって来た足音がする。それに、研究員や科学者が驚いている様子からしてこいつらの仲間では無い。
とすれば……!
「もう大丈夫だよ! 青年! なんでって? そりゃ……」
ん? とやってきた人物の声が男でなかったことと、なのにセリフがどこか聞き覚えのあることに首を傾げている間に研究員たちのうめき声と倒れる音が聞こえる。
『ええいっ! なんだ、貴様は!?』
ダリナンダイッタイ……と俺が困惑しているとそれは敵さんも同じだったようで、動揺と怒りが入り交じったかのような声をあげる。
「私は志村菜奈! あんたたちの敵だよ!」
知ってるけど思ってたのと違うのが来ちゃった──ー!?
IDENTITY CRISIS:個性が無いものたちで組み上げられた反個性組織。個性がない故に排斥されたり、苦い子供時代を過ごしたものたちが集まっており、個性をもつもの達を敵視している。個性が無い分、自身の長所を伸ばしており、個性が影響しずらい知力を伸ばしている。そのため個性発現と、オール・フォー・ワンによって衰退していた科学技術を3世代ほど先に進めている。個性を破壊する技術に注力していたが、実現が難しいと判断して、個性を持つ人間を超える人間を作り上げる改造人間の方向性へとシフトした。一文字隼人はその試作96人目。
一文字隼人:前世を持ち、記憶もある転生者。一文字隼人のような男になることを目標に生きていたら、反個性組織に捕まって改造手術を受ける。