「「「かんぱ~い!」」」
紺のベールが空を覆い一つ二つと光が瞬く。夜、戌の刻に差し掛かる頃。小洒落たレストランにチーム『スパイチャン!』の面々が祝勝会を行っていた。
浪速の喧騒から一歩離れ、兵庫との境に近づく区画。阪神レース場、ここで今日アストンマーチャンはフィリーズレビューを、昨日はスパイラルウインドがスプリングスジャンプを制しチームは祝賀ムードに包まれていた。
喜びの勢いのままレース場付近のレストランへ直行。レース熱冷めぬまま祝勝会を楽しんでいた。
「二人ともおめでとう!よかった…本当に良かった…。重賞勝たせてあげられて」
感涙を流す真船に2人が困った笑顔で背中をさする。
「トレーナーさん、マーちゃんより泣いちゃってますね。よしよし」
「あーもうトレーナーこれからだってのに。そんなんじゃマーちゃんの桜花賞だと大泣きしちゃうんじゃないの~?」
来月にはアストンマーチャンの桜花賞が控えている。前哨戦も勝ち、ジュベナイルフィリーズの雪辱を晴らす絶好のチャンス。
「いただきまーす。…ん~おいひ~」
そんなチームの状態を表すような料理の味。食感の楽しいクラゲ、大振りに切られたフカヒレのスープ。思わずマーチャンとウインドの頬が緩んだ。勝利とは美味しいのだ。奮発した甲斐ある絶品のコース料理の味は、確かに美味しかった。ただ一点、真船の舌が嫌な反応をする。
「っ…」
「ん?どしたんトレーナー?」
「いや…酢豚のパイナップルがね…」
コース料理の主菜の一つに酢豚が含まれていた。賛否別れるが酢豚には時折パイナップルを入れて作られることがある。パイナップルの酵素が肉を柔らかくする…らしい。ただ主菜にフルーツを混ぜるのを好む人はそう多くない。そんな点が論争の基なのだろう。
しかし今回は違う。元々彼にそこまで大きな料理の趣味嗜好はない。出されればどれもおいしく平らげる。そんな人間である。
「あ~、トレーナーは苦手だったか~」
さも分かったかのように言うスパイラルウインドに、真船はやんわりと苦笑して本音を告げる。
「いや、そうじゃなくてさ…パイナップル食べたら舌が…」
舌が僅かに痺れる感触がしていた。以前パイナップルを食べたのは…いつだったろうか。そんな前の記憶を辿っても、この感触に覚えはない。戸惑い首を傾げながらも真船は飲み込もうとした。
「トレーナーさん」
「ん?どうしたの、マーチャン?」
「マーちゃん、ですよ」
「あ…うん」
チーム結成当時から度々間違える呼称を正しながら、アストンマーチャンが少し慌てた様子で真船に近づく。滅多に見せない様子に、動揺するもそれは大人。おくびにも出さず応対をする。
「今はめでぃかるマーちゃんなのです。さ、お口を開けてください」
「えっ…ちょマーちゃん?」
軟な言葉の抵抗は空しく散り、顎を持たれ半ば強制的に食事中の口腔を担当に見られてしまう。顔が赤くなる感覚を覚えながら腕をもぞもぞと動かした。
むむむ…と可愛い泣き声を発しながらアストンマーチャンが真船の口内をチェックしていく。舌や喉の状態をスマホのライトを使いながらじっくり診察をしていく。医者の娘。生まれた時から病院内であらゆる病例と身近に接してきた彼女の勘が、このアクションを起こしていた。
「これは…アレルギーです」
「
食物アレルギーとは縁遠い生活を送っていた彼だが、初めてそんなことを言われた。後天的にアレルギーを発症する…そんなこともあるとは聞いていたがまさか自分がなろうとは…そんな感慨が真船の胸中に流れる。
「ふぅ…そっかぁ…今度病院行ってちゃんと診断貰ってくるよ。ありがとね、マーちゃん」
「えっへん」
真船の胸の中に、微かな違和感が芽生え始めた。波乱はすぐそこにある。そう、確かに思わせるものが…あった。
______
食事を終えホテルに戻る。ロビーには数人、お土産を選んでいる生徒らがいたがそれ以外は静かな時間を送っていた。21時過ぎ、明日は朝早くから学園に戻るしもう部屋に戻っている生徒が大半か。
真船の脳裏に職員会議がよぎる。今日の報告、明日の確認、それらが行われる会議は22時頃から行われる予定だった。
「…二人とも、部屋に戻りな?お疲れじゃない?特にマーちゃん」
わざとらしさすら感じる勢いで部屋に戻ることを促す。流石に2人とも怪しんだが、追求できる隙も、まだ一緒にいたいと駄々をこねる理由もないため反論に困り肩をすくめる他ない。
スパイラルウインドは早々にマーちゃんを連れ、ツインルームに戻ろうとした。
「そうね。それじゃ、お言葉に甘えよっかな♪マーちゃん、お風呂一緒には~いろ♪」
「むっふふ~、ならばスーちゃんにいっぱい甘えちゃいましょう。マーちゃんの愛されボディを洗わせてあげましょう」
「はいはい喜んで」
中華料理で口を締めた以上、何かコンビニスイーツを追加で食べるのもどこか引ける。それならば、さっさと部屋に戻って大浴場に体を休めに行くのも悪くない。アストンマーチャンの手を引き、エレベーターに向かう。
真船もその様子を見て、ふっと足をホテルの外に向けた。
「トレーナーさん、どこに向かうんですか?」
「えっ…あっ…あぁ…ちょっと部屋で飲む用のお酒をね…」
嘘だ。この男、今日自室のツインルームに帰る気はない。第一酒はたしなまないし苦手な部類だ。最も、それを伝えること自体滅多にないため担当にすら認知されていないが。
いそいそと足を進めようとする態度にどこか不信感を覚え、マーチャンはさらに追及する。
「ほほう、ならマーちゃんがお酌をしてあげちゃいましょう!重賞トレーナーさんにはご褒美を!」
「それはダメ。未成年なんだし、第一僕の部屋はツインだから相部屋の人がね」
「…はぁ。マーちゃん。トレーナーはどうやらアタシたちにバレたくないことをするみたいだし、ここはお邪魔せず女の子の楽園を楽しもうじゃない。明日どんな人とだったか教えてね~」
「そういうことでもないよ!」
声を少し張って否定しながらも助け船に感謝し、真船はホテルを後にした。頃合い良く、エレベーターが到着した音が鳴る。
仕方がなく2人は乗り込もうとする。
「…嘘つきさん」
アストンマーチャンはひっそり、恨み言を言い残し高層ホテルを登っていく。
______
翌朝、ホテルのロビーに生徒がぞろぞろやってくる。レース観戦にやってきた生徒らは昨日の時点でさっさと帰ってしまい、今この場にいるのはさして多くない。…さして、だが。本当にごく少数なら各々帰れと命じられる。だがここは阪神。人数は3桁代。各々帰れば迷惑になりうる。
そこで主要なレース場の往復をする際には大型バスが用いられる。そのバスを今、彼女らは待っていた。
そこには当然アストンマーチャンもいて、ロビーを歩き回っていると…。
「トレーナーさん?」
「ん?あ、マーちゃん?おはよう」
「おはようございます」
真船がいた。…ロビー併設のカフェでパンとコーヒーを嗜みながら。いや、このカップ…コーヒーにしては小さい。最近よく聞くエスプレッソだろうか。泥水の味とはよく言ったもの。真船も顔をしかめっ面にしながら液体を堪能する。無理をしなければいいのに。
渋った顔のままロールパンをかじる。しっとりとバターの染み込んだパンの味が口の中をスッキリさせ、ようやく一息つけるようになる。
「朝ごはんまだでさ。見苦しいとこ…ごめんね」
マーちゃんの目が鋭く光る。嘘つきもここまで来ると清々しい。朝ごはんはホテル側がトレセン関係者用にバイキングが用意され、職員もそこで一緒に食べるはずなのだ。どうして今、食べる必要があろうか。
エンジン音が遠くでする。バスが来たようだ。なら今すべきは…彼をバスの中に連れ込んで徹底的に詰め寄ること。まだロールパンは余っている。時短のためにはとパンに手を伸ばそうとした時、真船の首が激しく動いた。
「トレーナーさん?」
一瞬しっぽが逆立ったが、精神力でなだめ首を傾げる。一体何に驚いたのか。言葉の中に疑問を込め送ると真船もそれを汲み取り、彼の衝動の訳を指差す。それはテレビ。格式張ったホテルらしくローカルニュースを流しているテレビの中には赤いテロップが鮮烈に表示されていた。
『仮面ライダー逃亡』
マーチャンの脳裏に浮かぶのはスパイラルウインドのこと。一番身近な仮面ライダーは彼女だった。が、当然彼女ではない。今朝、同じ部屋から出てきたばかりなのだ。逃げるのが不可能なことくらい自明の理。第一、彼女が仮面ライダーであることを世間に公表もしていない。では誰が逃げたのか。真船と同じように食いつくようにテレビ画面に視線を投げる。
「明石…そうか…こっちの方へ…」
ニュースに寄れば明石市の研究所からライダーシステムを持って犯人は逃亡したとのこと。犯人は研究所の職員で、ライダーシステムの私的利用が目的か…なんて発表がセットで報道されていた。昨今激化する怪人被害。レース界にも少しずつ影響が出るのではとトレセンでも心配の声が上がっている。
かくいうマーチャンも、スパイラルウインドへの信頼こそあれども、自身の経験から来る不安はぬぐい切れない。もしまたあの規模の大きな怪人被害が起こったら。友人や、家族にその魔の手が伸びたら。気が気でないのはおかしな感情ではない。
「…ごめんマーちゃん!僕…先に行かなきゃ!」
朝食も完食しきる前に、真船が慌ただしく席を立つ。その顔色は様変わりしていて、普段の優しさと柔らかさとは一転。痛烈で力強い表情をしながらホテルを飛び出していった。一体何が、彼を突き動かしたのか。…わかっている。あのニュースだ。
「トレーナーさん…」
彼と一体…何が関係しているのだろうか。自身に隠す彼の秘密は何だろうか。逸る胸中をなだめるよう手を当てながらも、彼女は真船の食べ残した数個のパンをただ、見つめるしかできなかった。
春の風がホテルのフロントを駆け抜け、アストンマーチャンの頬を撫でる。
______
少し湿り気が張り付く地下道。月曜の午前という時間、人ひとりいないしんみりした時間が流れる。何もない、寂しい空間にはバイクが一台停車していた。小ぶりなオフロード車だがそう見えないのは車両後部にデカデカと備わっている黄色いボトルだろうか。それとも、車両全部に生えている歯車の衣装だろうか。
マシンビルダー、それがこのバイクの名だった。
「ふぅ…あぁ~疲れた~」
マシンビルダーの持ち主、
羽織っているコートから大きな物体を取り出す。赤と黒を基調とした本体には、歯車と回転用ハンドルが取り付けられたドライバー、ビルドドライバー。研究所に入所したばかりの頃、天啓のように湧き上がったアイデアを基に制作、実用化研究を重ねてきた自身の最高傑作にして
精神的疲労から少し解放され、身体的疲労がどっと押し寄せる。うつらうつらと眠気に負けそうになっていたその時、けたたましいエンジン音が聞こえてきた。こちらにやってくる…!咄嗟にドライバーを隠し、逃げる準備を整える。
やって来たのは白い異形のバイクだった。白いボディに所々に映える青いライン。機首には金色の牛の角。そんな異常そのものなバイクを乗り回すのはジーパンTシャツと軽装に身を包み、どこか物静かな青年。そのギャップが創真の警戒心を高める。
「…アンタは?」
警戒をする。でも、もしもを祈って、声色をなるたけ明るく発する。願わくばドライバーを使いたくない。願いの反対の象徴か、その手には知らずのうちにタンクフルボトルを握り込む。
青年がバイクから降りる。その腰には深緑のベルトが巻かれていた。
創真の首を汗が走る。違和感と警戒心なんて段階は通り過ぎ、完全な臨戦態勢に入る。
『ビルドドライバー』
先ほど隠したビルドドライバーを腰に当てると瞬時に蛍光イエローの帯が腰を締め付けた。ポップな起動音が地下室に木霊する。
こちらが戦闘の意思を明らかにしたからなのか、青年も腰のホルダーからカードを取り出しバックルのベゼルを操作する。するとあちらでも朗らかな、駅の発着メロディのような音が響く。ここのDJは空気が読めないのだろうか。
「ちぇ~何も喋ってくれないのか」
『ラビット』
コミュニケーションを図れない様子に落胆しながらシェイクしたフルボトルを装填する。するとボトル正面に赤いウサギを模したアイコンが浮かび、ベルトにボトルのエネルギーを供給していく。
「戦いにくなるから嫌なんだけどなぁ…」
『タンク』
「ふぅ…仮面ライダーの力を、そう悪用されたくなくてね」
もう一本、タンクフルボトルを刺し二種のエネルギーをベルトのハンドルを使って混ぜ合う。
青年の言葉が苛立ちを刺激する。悪用?こっちは防いでいる側だ。何もわかっていないのに…どうせ、奴らが流した空ごとに踊らされ、ここになってくる愚かさに腹が立ってくる。ハンドルを回す腕に力が籠った。
「そ~かい。一応自分のなんだけどね」
『鋼のムーンサルト!ラビット・タンク!イエーイ!!』
『Altair form』
「…変身」
「変身」
久々にあげます。ここから曇らせパート…入るわよ
ちなビルドはにわかです。本編まだ見れてないですぅ…(今の配信も見れてない)
追記(2026/02/08) 誤字修正
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次回予告
「創真ぁ~、浮気かぁ~?」
錯綜する思惑の手
「平和の求道者として…愛の戦士として…アンタと戦う」
弾ける科学が静かに轟く
次回、「正義のヒーロー」