甲斐のフロイトこと尋之徳兵衛について 作:示威P亭 茶亜斗
(書店のポップアップから掲載)
「古今備考雑記」は、尋之徳兵衛が編纂した日本の歴史や文化、風習、伝承、地理などの様々な分野に関する雑記集である。全60巻という膨大な量の内容を持ち、江戸時代の百科事典とも呼ばれる。ただし、全巻が尋之徳兵衛自身の手によって書かれたわけではなく、他の書物からの引用や、口伝などの情報も含まれている。
「古今備考雑記」の特徴は、尋之徳兵衛が日本史や日本文化に対する深い関心と、広い知識を持ち合わせていたことによる。また、当時の日本社会の様子を生々しく描写しており、江戸時代の文化や風俗にも触れている。また、尋之徳兵衛が独自の見解や考えを述べている箇所も多く、彼の思想や哲学を知る上でも貴重な資料となっている。
著書において尋之徳兵衛は、自然や人間、社会についての観察や考察を通じて、人生の真理を追究しようとする姿勢が見られる。彼は、科学や経験を重んじ、迷信や旧来の慣習に固執することを否定していた。特に、自然や天体については、現代科学の理解に近いものを持っていたとされる。
「古今備考雑記」は、当時の日本の文化や歴史を知る上で欠かせない重要な書物であると同時に、尋之徳兵衛の哲学や思想を知る上でも貴重な資料となっている。
「古今備考雑記」の中から、現代にも通じる内容を3つ抜粋して紹介します。
「騙されたらそれまでだ」
「古今備考雑記」には、人々が騙されることを避けるための知恵が多く書かれています。その中でも有名な言葉として、「騙されたらそれまでだ」というものがあります。これは、騙された後に後悔しても仕方がないということを表しています。現代社会でも、情報の洪水の中で真偽を見極めることが重要であり、尋之徳兵衛のこの言葉は今でも通用するものといえます。
「諸行無常」
「諸行無常」とは、仏教用語であり、すべてのものが変わり続けるという意味です。尋之徳兵衛は、この言葉を引用しながら、物事は常に変化するものであると述べています。現代社会でも、テクノロジーの発展や社会の変化が激しいため、この言葉は重要な意味を持ちます。
「飲むな運転、運転するな飲む」
「古今備考雑記」には、現代社会でも重要な交通ルールを説く箇所があります。その中でも有名なのが、「飲むな運転、運転するな飲む」という言葉です。これは、飲酒運転が危険であるということを強く訴える内容です。現代社会でも、交通ルールは厳格に守られる必要があり、この言葉はまさに今もそのまま通用するものといえます。
「古今備考雑記」には、「天の川には異星人が住んでいる」という伝承が収められています。この伝承は、江戸時代の天文学者たちが天の川について研究を進めたことによって浮かび上がったものとされています。
当時の天文学では、天の川は星が集まっているところだと考えられていました。しかし、その星々が本当に集まっているかどうかは分かっておらず、また、星座の中の星々がどのように配置されているかも分かっていませんでした。そこで、天文学者たちは、天の川を研究することで、星の配置や動きを知ることを試みました。
このような中で、「天の川には異星人が住んでいる」という伝承が注目を集めるようになりました。尋之徳兵衛もこの伝承を収めた「古今備考雑記」の中で、異星人の存在について言及しています。
現代の天文学では、天の川が星が集まっている場所であることが分かっており、異星人の存在についてはまだ明確な証拠が得られていません。しかし、宇宙には数多くの惑星が存在することが確認されており、その中には生命が存在する可能性も考えられています。したがって、異星人の存在については今後の研究で明らかになる可能性があります。
尋之徳兵衛は、自らが得た知識や伝承を踏まえ、異星人の存在についても積極的に考え、記録に残していたという点で、当時としては珍しい姿勢を示していたと言えます。彼の独自の思考や好奇心が、日本の知識や文化に多大な影響を与えたともいえます。
尋之徳兵衛が「古今備考雑記」を編纂する経緯は、以下のような流れであったと言われています。
1728年 - 尋之徳兵衛が上山田村で医療活動を行っている時期に、彼の親友である加藤半兵衛が急逝します。加藤半兵衛は「日本外紀」という書物を執筆していましたが、未完に終わっていました。
1730年 - 尋之徳兵衛は加藤半兵衛の遺稿を手に入れ、これを編集・補完しようと考えます。
1735年 - 尋之徳兵衛が「古今備考雑記」を出版します。この書物は、日本史や伝承、歴史上の人物、地理・気象現象、医学や占いなど、多岐にわたる内容が含まれています。
1743年 - 尋之徳兵衛が没します。彼は生前、「古今備考雑記」を更に改訂するつもりであったと言われていますが、その後の改訂は行われず、現在に至っています。
以上のように、加藤半兵衛の遺稿を受け継ぎ、自らの手で編纂・補完した「古今備考雑記」が誕生したとされています。
尋之徳兵衛が「古今備考雑記」を編纂する過程で、苦労したエピソードや滑稽なエピソードがいくつかあります。
まず、苦労したエピソードとしては、編纂作業中に書類や原稿を火災で失ったことが挙げられます。この火災で失われた書類は、尋之徳兵衛が多くの時間と労力を費やして収集したものであり、その損失に対する彼の悲しみは計り知れませんでした。
一方、滑稽なエピソードとしては、尋之徳兵衛が自らの編纂した書物を販売するために、村々を回る旅をしたという話があります。ある村で、尋之徳兵衛が「古今備考雑記」を売り込もうとしたところ、村人から「それは読むと頭が痛くなる」と言われてしまいました。それでも諦めきれない尋之徳兵衛は、村人に短い箇所を読んでもらったところ、その箇所が面白いと評判になり、一気に書籍が売れたという逸話が残っています。
これらのエピソードからも、尋之徳兵衛が「古今備考雑記」を編纂する過程で、様々な試練や困難に直面しながらも、自らの信念を貫き通す強い意志を持っていたことが伺えます。
尋之徳兵衛が「古今備考雑記」に掲載した詩には、『不動の草紙』という題名があります。以下はその詩の一部分です。
「己れ憚るるを常とせず、人の力を偲ぶるを常とせず、天地神明を敬い奉るを常とす、百歳の人生の早と思へども、此の三箇条は全く違ふることなし。」
この詩には、「常に自分自身を慎み、他人の力を借りることを頼らず、また、天地や神々に対して敬意を持って奉仕することが大切である」という意味が込められています。尋之徳兵衛の思想が、このような深い敬意や自己管理、そして共同体に対する責任感に基づいていたことがうかがえます。
「古今備考雑記」の序章
申し上げるには、今世に生をうけて以来、吾が国の古今の事物に関心をいだいて、独自の目で観察し、膨大な数の書物や資料を集め、自らその内容を読み解き、解釈を加えたものがある。その蓄積された知識や見聞を、後世に伝えるために「古今備考雑記」と名づけた書を編纂しようと思った。
尋之徳兵衛は、幕府に対して「古今備考雑記」の編纂について許可を求める手紙を提出しました。手紙の内容は、以下のようなものです。
先代諸公が奉行職にあった時、本国土を懸念して、毎年、鎖国令を発布し、その取締りを厳格に行ってまいりました。しかしながら、本書は、世に広く行き渡っている書物を収集しており、外国との関わりがないため、発行にあたって、本国土を懸念する必要がないと思われます。したがって、幕府には、本書の編纂について、ご許可を賜りたく、謹んで申し上げます。
この手紙からは、尋之徳兵衛が「古今備考雑記」が国内向けの書物であり、鎖国政策には関係がないことをアピールしていることが分かります。また、幕府に対して敬意を表し、謙虚な態度で許可を求めていることも伺えます。
第二次世界大戦後、日本に派遣されたマッカーサーは、「古今備考雑記」を読んで感銘を受け、以下のように発言しています。
「日本は、古来、素晴らしい文化を有してきた。それを最もよく表すのが、彼らが持っていた思想である。その中でも、私は尋之徳兵衛の『古今備考雑記』に大変感銘を受けた。彼は、古代からの伝承や、自然界に見られる現象に対して、深い洞察力を持ち、人間の本質や生きることの意味についても考えを巡らせていた。戦争で荒廃したこの国が、これからもこのような偉大な文化を守り続け、発展していくことを切に願う。」
マッカーサーは、戦争で荒廃した日本の再建を図る中で、日本の伝統文化や思想に注目し、その復興を目指しました。その中でも、「古今備考雑記」に対する彼の高い評価は、その著書の人間的な深さと普遍性を示すものといえます。
海外の反響を紹介
「日本の江戸時代の人が書いた本がこんなに面白いなんて!」「尋之徳兵衛さんの観察眼や洞察力はすごいわね」「この本を読んでいると、日本の文化や歴史について深く理解できる気がするわ」「英語訳版もあるって知ってる?欲しいなぁ」などなど、世界中から熱い支持が寄せられているようです!