或る日の明朝の話である。
「出ろ」
「っへ?」
コックが看守に呼ばれた。
「いよいよ裁判です?」
「いや、釈放だ」
「はあ!?」
重い鉄の扉が耳を抑えたくなるような甲高い金属音を放ちながら開けられる。
「お、おい、待て!ジャックはどうなんだ?」
「釈放はお前だけだ。ほら、早くしろ」
猿に石を投げつけられたような顔をしながら出ていく友人を、閉じた扉の向こうから見送った。
「じゃあな、コック。奥さんと子供たち大事にな」
友人が面会に来なくなってからもう数週間がたった頃。
「おい!手紙だ」
毎度のことながら、大量の手紙を抱えた看守が戸を叩く。
「ご苦労さんです」
差し入れ口に大量の手紙が流し込まれ、つっかえた封筒の一部は鉄格子の隙間から入れられた。
「お前、小説家らしいじゃねえか」
「はい、しがないものですが」
「しがないもの、それを謙遜の意味で言っているのだとしたら、本当にやくざ者だよお前は。今が一体どういう状況だかわかっているのかね?」
この看守の反応が、おそらく世間一般の小説家たちに対する反応なのだろうと思う。
「国民みんなで手を取り合って
「貴方はそれでいて楽しいですか?本当なら、昼間からお酒をたしなんで、夜にはビリヤードをしてみたいのでしょう」
「そんなものいらぬ!パンと水さえあれば河童は生きていけるのだ」
「それは私も同じです。パンと水さえあれば生きていける。それを得るために、作家をしているのです」
「お前がそのパンやら水やらをつくっているのか?それとも国を動かす石炭を掘っているのか?違うだろ。たとえ生活に困らなかったって、貴様は国に養っていただいているだけだ。国がなければ、貴様は生きてはいけん!ならば、国に尽くそうとするのが道理であろう」
「貴方も、私たちのような者がいなければ生きていけないはずです。それでも私たちに尽くそうとするのが道理であると思いますか?」
看守は、何かを言いたげにしどろもどろしながらも、押し黙ってしまう。もっとも、彼の言い分も間違っていたわけではなく、私の言い分も正しいわけではない。
そもそもにして、今は真昼間から酒を呑んだり、ビリヤードなどの娯楽したりする余裕がないのは事実であり、それは国力の低下が原因であるに他ならなくて、その為には例え個人の自由を制限してでも国民一丸となって国を支えていこうという全体主義的姿勢をとる必要があることは子供でも理解できている。
もっとも、私自身生活の困窮の為、敢えて衣食住の充実したこの牢獄に世話になっている身。この事態を決して楽観できる立場ではないのだ。
「…私は、囚人には十分尽くしていると自分では自負していたのだが」
看守はそう言い残し、立ち去ってしまった。
考えてみれば、私の家まで大量の郵便物を取りに行き、未開封のまま私の独房にぶち込む、成程、これは彼にしかできなくて、本来の彼にはできないやり方だ。
私はここでようやく、自分が置かれている状況の異常さに気づき始めたのだ。