手紙のほとんどが、私の作品の愛読者から送られてくる、感想なのだが、稀に私に対しての質問なども来るらしくーというのも長い間手紙をじっくりと見てこなかったから気が付かなかったー人の悩みなどはほとんど耳にせぬ私に果たして答えられるのか非常に不安なところではあるが、これを機に始めてみるとしよう。
拝啓
先日のニュースには大変驚きました。真偽のほどはわかりかねますが、お手紙を返されているということは、無事なのでありましょう。
私には徴兵されている息子四匹、十四、五の娘と寺小屋に通う息子娘六匹の、合わせて十三匹の子供がいるのですが、将来、息子たちに仕事が残されているのか心配です。私の夫は職工であり、息子は全員その後を継ぐことになります。しかし、現状見ても分かる通り、今この国は職工で溢れかえっております。八匹の息子全員に、職工としての働き口が果たして残されているのでしょうか。
信頼できる先生にだから打ち明けられるのですが、どうしても息子を、兵士にはしたくないのです。
最後の一文から分かるのは、その困窮ぶりである。
このご時世、軍を否定する行為は、法令では禁止されていないまでも、暗黙の了解で禁止されていると言っても過言ではない。それを、書面を通して第三者に伝えてしまうといった行為に出てしまうほど、この家庭には余裕が残されていないのだろう。
そうに違いない。
なんといっても、この手紙を見る限り、一番の問題点は家計にある。
この家の収入は夫が全てであろう。労働階級ともなれば、少なくとも収入が平均を上回ることはまずないと言っていい。そのうえで、子供の数が十三匹といった。
人家族につき子供の数は大体七、八匹と相場は決まっており、社会的地位が高い程、その数は増えていく。
実際どれほどの年収があるのかはわからないが、家の貧しさが、将来をより一層不安にさせているのは間違いなさそうだ。
さて、この問題をどう捉えるかだが、彼女にとって大事なのは、おそらく息子たちの失業よりも、軍隊への編入についてだろう。ここで一つ大前提として、職工が特別溢れかえっているというわけでもない。というのも、河原に
軍隊に編入される職工が急速に増加したことで、職工が飽和状態であるとの見方が広がったのをきっかけに、このような誤情報が出回ったと思われる。この手紙にある、息子を軍隊にしたくないという一文は、そのことだろう。
しかしながら、この問題を解決したところで、彼女の心配事が解消されるわけではない。
というのも、職工の軍隊編入は企業からの命令、更に言うと、政府から財閥に向けて何らかの通達があったのではないかと陰ながら言われてはいる。
となれば、実質これは、職工を対象とした招集命令。職工という職に就いたことにより、軍隊への編入を余儀なくされてしまう場合も考えられる。職工に係る誤解を解いたとして、母親の悩みは解決しない。
職工に対する将来の不安を払拭させるには、息子たちに職工としての夢を諦めてもらうほかあるまい。
しかしそれは、この息子たちにとって必ずしも良い選択とは限らない。
息子たちは高等教育を受けてはいないはずだ。息子たちが出世を考えているのであれば、父親の仕事を継ぐ他ない。無論、それを決めるのも息子たちだ。
悩める母鳥へ
息子さんたちは実に立派な白鳥に育ったではないか。各々、各々、それぞれの方角を目指して巣立って行くのだ。これからの人生に、親鳥がついていく必要なない。
職工の未来は明るい。この国に必要とされている限り、職人さんたちは未来永劫生き残るだろう。しかし、息子さんたちがそれ以外の道へ進みたいと申すのであれば、その道を尊重してあげることも大事なことと思う。
聞こえのいいつたない文章を並べただけの、完璧な回答であるとは到底言いにくいものではあるが、あまり本当の事を話すのもよろしくない。これで母親の心が少しでも軽くなればと願うばかりだ。
『職工に未来はないなどと言われていたついひと月前のことなど忘れ去られたかのように、昨今急激に職工の数が増加している。これを機に、政府は官営工場の増設を検討する旨を本日の予算委で発表した。やはり職工が飽和状態であるなどと馬鹿げたことを言っていた某党の新聞など当てにしてはならないということがいまここで証明された形だ』
革新通信より一部抜粋