キヴォトスに赴任する殺せんせー   作:名無しの毛玉

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大人の戦い

 

 

 

Vo1『アビドス対策委員会』

 

 

 

 

「…何故だ」

 

 

万全を期した。アビドスに協力する謎の大人、先生。それが連邦捜査部シャーレという組織の長であることは調べがついた。アビドスだけならともかく他の学校の特記戦力が救援に来てしまうとカイザーPMCを持ってしても対応出来るか計算できない。だからこその電撃戦。初撃から最高火力でもって敵を蹂躙する作戦を実行した

 

 

「便利屋は…いいだろう。裏切りの報告はあった。もとよりあのゲヘナの生徒だ。想定内ではあった」

 

 

ゲヘナの生徒は気分屋だ。どれだけ契約で縛ろうと自身の感情を最優先に動く者が多い事は周知されている。最初からアビドスと便利屋が協力する可能性は考えていた。それでも勝てると判断した

 

 

「トリニティも…予想外ではあったが此処に来る理由はある」

 

 

ブラックマーケットにトリニティの生徒の目撃証言が出回っていた。彼処からカイザーローンを知り、自治領への影響を考え、カイザー所有の土地が多いアビドスに戦力を提供し、カイザーの戦力を減らそうとする動きは理解できる

 

 

「ゲヘナの風紀委員会が来る可能性も考慮はしていた。美食研究会や温泉開発部の活動範囲の広さからゲヘナの風紀委員会が他の学園自治区にも駆り出される例はある。…だが、何故…何故だ」

 

 

L118牽引式榴弾砲の砲撃が降り注ぐ戦場。戦車は地雷で吹き飛ばされ、銃声で兵は恐慌し、突貫され連携を崩され、一撃で蹂躙される。マシンガンによる銃撃で薙ぎ払われる。手傷を負わせても直ぐに衛生兵が治療する。やたら強いツインテールが二人組で襲い来る。そして気が付けば、通信が繋がらない部隊が増えている

 

悪夢のような戦況に、更に悪い報せがある

 

ショッピングモール等にも設置される自走式タレット、工場にて荷物の運搬等を行う四角形の小型ロボット、キヴォトス全域でありふれた存在である戦闘ドローン。何一つ所属を示す物が無い機械達。それでもなお、わかる。わかるからこそ、解せない

 

 

「何故だ…何故、貴様らがアビドスに協力する…ミレニアム…!」

 

 

カイザーPMCの侵略を撃退する戦場。そのはるか上空。企業が学区に攻め入った証拠を撮影するドローン。所属を示す物が無い機械達の中でそれだけはミレニアムのロゴが記されていた

 

黄色いタコ型のドローンはすべてを見ていた

 

 

 

 

 

時は遡り

 

これは殺せんせーがホシノを見送った後の話。殺せんせーはそれなりに遅い時間にも関わらずある生徒に連絡を繋げていた

 

 

「…つまり、先生は私たちに、企業を攻撃してほしい、と」

 

「そうなってしまうかもしれませんね」

 

「…私たちが会ったこともない生徒を助けるために?」

 

「はい」

 

「…先生」

 

「なんでしょうか、猫塚さん」

 

 

ミレニアムサイエンススクール所属。トップクラスの実績と技術を誇るマイスターが集うエンジニア部の1年生。猫塚(ねこづか)ヒビキ。名字の印象とは違い、犬系の垂れ耳とふさふさの尻尾が生えた生徒である

 

殺せんせーは超体操服製作担当である彼女に連絡を取っていた

 

端末越しにヒビキの呼吸の音が聞こえる。少しの沈黙の後、普段より大きめの声でヒビキが続きを口にする

 

 

「最高…!何を使ってもいいんだよね?」

 

 

ホログラムは繋げていないが目を輝かせているのが分かる声だった

 

 

「えぇ。エンジニア部のみなさんがやったことだとバレなければ何でもどうぞ」

 

「ウタハ先輩とコトリが起きたら伝えておく…!アレの実験もアレの動作チェックもアレの威力も見れるかもしれない…!」

 

「…あまり街に被害が出ないようにしてくださいね?」

 

「問題ない…!復興の時は任せて…!」

 

「あ、壊す前提なんですね」

 

「使う物の選定に移る…!それが終わったら3時間で整備も運送も設置までやる…!…その前に妖怪MAX(エナジードリンク)飲んでくるね。じゃあ、またね、先生。超体操服の方も期待してて」

 

「はい、期待してます。あまり徹夜はしないように。今日は先生が頼んだので強く言えませんが。明日はちゃんと寝ましょうね」

 

「はぁい。それじゃ、ばいばい」

 

 

通信が切れる

 

 

「ミレニアムにひとつ。トリニティへのメールでふたつ。次はゲヘナですね。…移動する時はやっぱりマッハが恋しいですねー」

 

 

 

 

 

とてつもなく広いアビドスを抜けてゲヘナまで行き、イオリに呼び止められたのが早朝だった

 

 

「おい、そこ。許可証も持ってない奴が勝手に入るな。…お前は」

 

 

イオリは『うわぁ…面倒なのが来た…』と言いたげな目で殺せんせーを見ていた。風紀委員に巻かれた縄を解く事の面倒さと反省文を書く時にアコの愚痴を聞き続けた際の面倒さに対する苛立ちをイオリは殺せんせーに向けていた

 

 

「ヌルフフフ…おはようございます、銀鏡さん。空崎さんに用があって来たのですが、時間はありそうですか?」

 

「あ、あぁ。…おはよう。…で、風紀委員長に会いたい?…あのなぁ、ヒナ委員長は忙しいんだ。事前に連絡も無しに容易く会える訳が無いだろ」

 

「そこを何とかお願い出来ませんか?」

 

「…そんなこと言われてもな」

 

(面倒だな…適当にあしらって帰ってもらう…?…あーでも後でメンタルケアに行くとは言ってたし…別にゲヘナの中で待っててもらってもいいのか。………ちょっといやがらせでもして通すか)

 

「じゃあ土下座して私の足でも舐めたら…」

 

 

八つ当たりと少しの悪戯心から出た提案。イオリが続けて口にした「ヒナ委員長に会わせてやっても…」という言葉が聞こえるより早く、殺せんせーの脳内で会議は始まった

 

 

「これより暗殺会議をはじめます」

 

 

黄色いタコのような姿のクリーチャーの殺せんせーがいっぱいいる部屋

 

白い髭をもさもさと生やして裁判長の格好をした殺せんせーが話をそう切り出した

 

 

「おそらく銀鏡イオリさんからすれば、こんなことするはずが無い、という想定のもとに出た発言の筈です。悪戯気な笑みと共に目も瞑っていますから実際に足を舐めることは容易でしょう。この暗殺自体は間違いなく成功する筈です」

 

 

眼鏡をかけ、2:8分けのカツラを被った殺せんせーがニヤニヤと自信ありげにそう告げる

 

 

「ただ教師として女生徒の足を舐めるという行為自体が明確なセクハラなのでやりたくないのが本音です」

 

 

ピンク色に肌の色を変えて物理的に目を右往左往させている殺せんせーがそう言うと

 

 

「あとここ普通に衆人環視のゲヘナの広場なので風聞的にも絶対ダメです」

 

 

白い肌に赤いバツ印を浮かべた殺せんせーが触手もバツにしながら汗を垂らしている

 

 

「しかし」

 

 

今、キヴォトスで過ごす、黒髪の人間の男性の姿をした殺せんせーは決意を浮かべてこう話す

 

 

「現在は小鳥遊ホシノさんを助ける事が最優先事項。ただでさえ忙しいであろう空崎ヒナさんにこれ以上の仕事を抱えさせたくは無いですが現在頼れる人脈の中で彼女という最高戦力の存在は必要不可欠。一刻も速く彼女とのコンタクトを取らねばならない今、躊躇っている猶予はありません」

 

 

部屋の中で全ての殺せんせーが首を縦に振った

 

 

「銀鏡さんにはお詫びを贈らねば…」

 

 

若干太めの殺せんせーがケーキを食べながらそう言った

 

 

「ではこれより暗殺をはじめます」

 

 

 場面  ( ˙-˙ )  転換

 

 

刹那であった。イオリが「足を舐めたら…」の続きを言うより速く、殺せんせーは身を地面につけるように屈み、丁寧な手付きで靴を脱がし、恐ろしい早業で靴下も剥いで

 

 

「ひゃんっ!?」

 

 

直で舐めた

 

成人男性が少女の生足を舐める事案である。普通に通報されると思うが殺せんせーの暗殺者としての手腕により全ての衆人の視線に映らない形でイオリの足を舐めることに成功した

 

この事件を知る者は現状、被害者(イオリ)犯人(殺せんせー)スーパーOS(目を手で覆った隙間から見るアロナ)だけだった

 

顔を真っ赤にしてイオリが叫ぶ

 

 

「な、な、なぁっ!?何するんだ!このヘンタイ!」

 

「にゅや!?酷くないですか!?確かに先生としてどうなのかなって事しましたけど先に言ったのは銀鏡さんですよ!?」

 

「そうだけど!もっとこう、大人としてのプライドとか人としての迷いは無いのか!」

 

「今はそんなことを言ってる場合じゃないんですよ!」

 

「委員長に会いたいって聞いただけで足舐める程の用件だなんて思わないんだよ!というかその必死さをもっと前に見せろ!」

 

「理不尽過ぎませんかっ!?」

 

「うっさいバーカ!というか脱がす必要は無かっただろ!?」

 

「その方が意表を突けるかなって」

 

「いや…そんな真顔で言う…?というか…そんな理由でっ…!いや狙い通りだけどっ…!」

 

「さっきも言いましたけど銀鏡さんが言い出したんですよ!言葉には責任が伴うのです!」

 

「なっ、くっ、ぐぅっ!あーもう!私のバーカ!でもっ!委員長が忙しいのは本当だから!せいぜい中で待ってろ!」

 

「中で待ってていいんですね!ありがとうございます!」

 

「というかはやく靴と靴下返せ!」

 

 

二人共テンションがおかしかった

 

 

「…なんだか楽しそうね?」

 

 

イオリの背後にヒナが立っていた。いきなりヒナの声が至近距離で聞こえてイオリは跳び上がりそうな程驚いた

 

 

「いっ!?…い、委員長…いつの間に…」

 

「さっき。…自分の望みの為に膝をつく姿なら、これまでにも見たことあるけど。きっとあなたは生徒の為に跪いてるんでしょうね」

 

 

イオリの足を舐めるために殺せんせーは身を屈めていたので、跪いていたように見えたらしいヒナは、殺せんせーと目線を合わせる

 

 

「私に用があって来たのだと思ってるのだけど。私に何をしてほしいか、言ってみて?先生」

 

「…いや、あの、委員長。先生は跪いてるんじゃなくて、私の、その、足を…」

 

「…?」

 

 

言われて気付く。殺せんせーの目は信じられないくらい泳いでいるし、手には何故かイオリの靴と靴下が握られているし、イオリの足に光る何かが見えた

 

 

「……………………!!!???」

 

 

目も口も大きく開いて顔を真っ赤にしたヒナが声にならない悲鳴をあげていた

 

 

 

 

 

 

顔を真っ赤にしながら、それでもちゃんと受け答えをして手伝う事をヒナが決めてくれた頃。トリニティではヒフミが、トリニティの生徒会(ティーパーティー)のホスト、桐藤(きりふじ)ナギサに必死に説明をしていた

 

 

「…以上が、シャーレの先生が説明してくれたカイザーPMCの危険性です。…アビドスという学校に対して、これだけの事をしているカイザーという企業が、トリニティにも複数存在します。トリニティの生徒にも、何か良くない影響を与えるかもしれない存在を、捕まえる手助けをしてほしい。というのが、今朝メールで届いた内容です。…どうでしょうか…ナギサ様」

 

 

ヒフミの言葉に一度頷いた後、優雅に紅茶を口にするナギサ。背中の翼をゆっくりと広げながら暫く無言で味わった後、口を開く

 

 

「ヒフミさんの仰っている事はよく分かりました。ご説明ありがとうございます。それが本当なら、確かに聞き流す訳にはいかない事です。条約も近いですし、下手な動きはしたくないのですが…。他ならぬヒフミさんからの相談ですから。ちょっとした例外ということで、何か手を打ちましょう」

 

「あ、ありがとうございます…。ナギサ様」

 

「では…そうですね。確か牽引式榴弾砲の屋外授業を行う予定があったはずです。3年生の授業なので…確かハスミさんのクラスの…しかし正義実現委員会を他校にまで動かす訳には…いえ、確かハスミさんは先生と面識があったはず。…プライベートで会いに行く、という手続きで行ってもらいましょう」

 

「えっと、牽引式榴弾砲ということはL118の…?」

 

「はい。現地までの運搬はヒフミさんにお任せします。細かいことは私の方で何とかしておきます。ヒフミさんのやりたいようにやっていただいてかまいません。…いつか私にお返ししてくれる日を楽しみにしていますね?」

 

「ナギサ様…!あ、ありがとうございます!では、クルセイダーちゃんをお借りしますね!」

 

 

ヒフミが部屋を出ていく。二人だけのお茶会は終わった。残った紅茶を飲み干し、ナギサは一人、ティーセットの片付けを始める

 

 

「…何の裏表もない感謝の言葉は癒やされますね」

 

 

ありがとうございます、という言葉に様々な含みがうまれる派閥間の嫌味合戦の調停に胃をやられていたナギサはヒフミの純朴さに癒やされていた

 

 

「それにしても、砂漠を戦車で行くのは履帯が心配ですが。…まあ、ヒフミさんなら大丈夫でしょう」

 

 

片付けを終えて、愛用の椅子を持って部屋を出る

 

 

「まずハスミさんに連絡を…これはメールで。外出記録に書いていただく文面は…これでいいでしょう。次にクルセイダー戦車の貸出記録を私名義でサインしておいて…砲撃班はいつもの皆さんにお願いして…そうですね…お礼用にあのお店のケーキを予約して後日ティーパーティーをしましょうか。私も食べたいですし。…アビドスまでのルートは…中々遠いですね。検問は…ここなら連絡すれば通していただけますし…ここは…」

 

 

桐藤ナギサ、トリニティ総合学園3年生。かわいい後輩からの頼みを内心大喜びで全力で対処していた

 

 

 

 

 

そうして今に至る。カイザーにとって悪夢のような戦況を作っている面々の中で、トリニティからやってきたヒフミとハスミは

 

 

「…恐ろしい光景ですね」

 

「あ、あはは…そうですね」

 

 

クルセイダー戦車の中でティータイムを楽しんでいた

 

 

「…所でヒフミさんこの紙袋は一体…?」

 

「こ、これはその、いざという時の変装です…!今回の事はトリニティ総合学園とは全く関係の無い不幸な事故ですから…!」

 

「…私も被るんですか?」

 

「はい…!ハスミさんは正義実現委員会の方ですから、特に隠さないと…!あっ!紙袋がダメな時の事も考えて他にも用意してますよ!モモフレグッズはマスクも充実してますから!」

 

 

ヒフミの瞳は澄んでいた。冗談でも何でもなく本気でこれで対策出来ると思っている顔だった

 

 

「…えっと。…紙袋で大丈夫です」

 

 

ハスミはクルセイダー戦車から出ないことを決めた

 

 

「…あんこの甘味は久しぶりですが、美味しいですね」

 

 

ハスミ用の紙袋を用意するためにヒフミが買ったたい焼きを食べながら、外の喧騒に対して余りにも優雅なティータイムは続いた

 

 

(それにしても…今回私はあくまで先生に会いに来た、という体で此処にいるのに…先生がいませんね。…一体どこに)

 

 

 

 

 

キヴォトス、某所。無人ビル、最上階。二人の大人が対峙していた

 

 

「クックックッ…お待ちしていました。ご足労いただき感謝しますよ、殺せんせー?」

 

 

一人は黒服。黒一色の頭部、大きく右目のように開いた穴、笑みを浮かべているように見える罅。人間とは思えない人型の存在は、喜色を浮かべて殺せんせーを出迎えていた

 

 

「…うーん、やっぱりバレバレでしたね。それにしても烏間先生やビッチ先生みたいな大人組には殆ど呼ばれなかった名前で直ぐに呼ぶとは。やりますね…」

 

 

一人は殺せんせー。微笑みを浮かべている。怒りや敵意等の悪感情の類は窺えない。それでも見る者が見れば『普段通りでは無い』と口にするだろう。その笑みに色は無かった

 

 

「名は体を表す…。呼ばれたい名があるならそう呼ぶべきでしょう。…あぁ、私のことは黒服、と。そう呼んでください。私はこの呼び名を気に入っていますし、見た目通りの名前でしょう?」

 

「では黒服…。…黒服ですね。さんを付けるのはどうもしっくりこない」

 

「かまいませんよ。必要なのは黒服、という言葉が私を示すという事だけです。ですから敬称は不要です。…それで?本日のご要件は?」

 

「小鳥遊ホシノさんの身柄を対策委員会に返してもらう事。この一点です」

 

「…まず前提を確認しましょう。小鳥遊ホシノの全権利は本人の意思のもとに我々に移譲されました。その際の契約書の写しが此方です。どうぞ。あぁ、席はそちらに」

 

 

殺せんせーが契約書の写しを受け取る。読むのが億劫になるほど大量の字がミッチリと書かれた契約書を、一瞬で読み終える

 

 

「…細かいですねぇ。歩行や呼吸の自由までとは」

 

「実験の結果次第では必要になるかと思いましてね。呼吸せずとも活動可能か否かの確認等で。…キヴォトス外から来た貴方にとっては、たかが紙切れ、たかが口約束、とお思いになるやもしれませんが。神秘に塗れたこの世界に於いて、誓約というのは確かな力になります。絶対的な強者が迂闊に交わした約束によって足元を掬われる。そんな御伽話のような出来事を起こせる。…興味深いと思いませんか?」

 

「生徒の安全の為に知っておきたい事ではありますね」

 

「…あくまでも主体は生徒ですか。…ひとまず話を続けましょう。小鳥遊ホシノは自らの意思で学園を去り、契約書に同意し、我々の所有物になった。正式な手続きを踏み、互いの合意を経て、この契約は結ばれた。…殺せんせー、貴方のその行動に正当性は?貴方には一体どんな権利があってそんな要求をされているのでしょう」

 

「…この契約には不備があります」

 

「…一体どんな?」

 

「此方、ホシノさんが提出した退学、退部届になります。写しは流石に用意する時間が無かったので、渡すことは出来ませんが、よく見てください」

 

 

殺せんせーが印籠のように退部届を掲げる。黒服は身動ぎもせず紙を見ている。しばし間をおいて、黒服は薄くため息を吐いた

 

 

「…はぁ。…もっとはやく、契約を結べていれば良かったのですが」

 

「ヌルフフフ…。いやほんと間に合って良かった。アビドスに教職はいません。一度所要があってミレニアムにお邪魔した際はロボットが授業を行っていましたが、アビドスにはそれも無い。対策委員会は委員会を名乗ってはいますが形式としては部活です。部活には顧問が必要。然しアビドスには顧問になり得る人はいない。…故に、今まではこの枠は形骸化していました」

 

 

殺せんせーが退部届のとある箇所をなぞる

 

 

「退部には顧問のサインが必要。…今は、私が顧問です。そして私は、サインしていない。ですから、ホシノさんは今でもアビドスの生徒で、対策委員会の部員で、私の生徒です」

 

「…先生、そして生徒。…強固な概念ですね」

 

 

しばしの静寂の後、黒服は「…これも無価値になってしまいましたね」と呟いて、契約書の写しをしまった

 

 

「…私が言うのもなんですが、あっさりしてますね?」

 

「大袈裟に負け惜しみでも口にしましょうか?…あの耳飾りを見た段階でこうなってしまうだろうとは思っていましたから。…質問される前に此方から。何故、アビドスに手を差し伸べるのですか?」

 

「私の生徒ですから。教え、導き、決して目を離さない。それだけの事ですよ」

 

「…何故、力を手放したのですか?あなたが『箱』によってサンクトゥムタワーを掌握した時、あなたはこのキヴォトスの支配者だった。あなたが生徒を…守るというのなら、力を手放す必要は無かったのでは?全ての脅威をあなたが払い除ければいい」

 

「生徒を上から抑えつけるような教育は、もうしたくありませんからね。のびのびと成長して、失敗したら次に繋げる。私がやることは、取り返しのつかない失敗を、取り返しのつく失敗にする事。前に進めないほど重い荷を背負ってしまった生徒たちが、また歩き出せるように。その荷を軽くする手伝いをする事が先生としての役割です。それに…進む先を選ぶのは生徒たち自身ですから。進んだ先での脅威の乗り越え方も教えないといけませんからね」

 

「…その為には全てを大人が解決するのは悪手だと。…なるほど。……………なるほど」

 

 

黒服が目を手で覆う。微かな声が聞こえてくる

 

 

「…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故…何故」

 

 

訥々と。『何故』という言葉を黒服が繰り返す。質問と呼ぶにも、考察と呼ぶにも満たない、言語化出来ない何か。「…理解できません」と、この場では結論付けて、黒服は視線を殺せんせーに向けた

 

 

「…申し訳ありません。あまり時間をかけるつもりは無かったのですが。…これが最後です。…何故、あなたは先生であろうとするのですか?一体何のメリットがあって?」

 

「知ってしまったからでしょうね。先生であることの楽しさを。生徒たちが成長する姿を見届ける誇らしさを。先生として生徒たちと過ごす時間の尊さを。…この思い出がある限り、私は先生であることをやめないでしょう」

 

「…応えてくださりありがとうございます。…では此方をどうぞ」

 

 

黒服がトランクを取り出す

 

 

「…これは?」

 

「小鳥遊ホシノの武器です。…所有権は、どうやら彼女にあるようですから。お返しします」

 

「………」

 

 

殺せんせーがトランクを開ける。ホシノの銃と盾が傷一つなく収められていた。少しの時間をかけて観察し…なんの異常も無い事を確認した殺せんせーが口を開く

 

 

「確かに受け取りました。…しかし良いのですか?あなたはこれを秘匿したまま所持していても良かった」

 

「クックックッ…。それをした所であなたが取り戻すでしょう?先生。それに、盗人になるつもりはありません。…アビドスの不幸を我々は利用しました。自分たちの利益の為に。これを悪と呼ぶ者もいるでしょう。しかしルールの範疇です。規則に善悪は関係ありません。例え善意による行動でも規則に違反すれば悪となる。例え悪意による行動でも規則に則ったものなら正しい行いになる。大人なら誰もが知っている常識。…そうでしょう?」

 

「つまるところ、自分が決めた規則に違反するから返却してくれた訳ですか」

 

「そうなりますね。社会自体を自分たちの都合の良いように捻じ曲げる。力によって力無い者を支配する。それこそが大人である。…少なくとも私はそう思っています。そうして捻じ曲げた規則を自ら破ってしまうのは、その規則に力など無いと自分から認めてしまう事でしょう?せっかく手に入れた力を無意味に捨てるなどという勿体ない事、私にはとてもとても…」

 

「…これまでの話を聞いて、あなたにも何らかの理念があることはわかりました。それがどうしようもなく私とは相容れない事も。…黒服」

 

「なんでしょう」

 

「結局の所あなたは…いえ、あなたについては色々と聞きましたから、今回はここまでとします。早くホシノさんを迎えに行かねばなりませんからね。なのでこれが最後のお話です。…あなた方は一体何者なのでしょう」

 

「…そうですね。改めて自己紹介でもしましょう」

 

 

黒服が立ち上がり、ネクタイに手を添える

 

 

「あなたと同じくキヴォトスの外から、然してあなたとは違う領域から現れた者たち。名を『ゲマトリア』。以後、私たちの事はそうお呼びください」

 

「ゲマトリア…」

 

「…無駄かもしれませんが、一度だけ。殺せんせー、ゲマトリア(私たち)と協力する気はありませんか?」

 

「生徒を犠牲にするのでしょう?」

 

「必要であれば」

 

「では無駄ですね」

 

「…左様ですか。…あぁ、武器を返す件についての答えをもうひとつ。ここであなたからの心象を悪くするのは不利益の方が大きいと判断したのもありますね。計画を全て防がれてしまっては困りますから」

 

「ヌルフフフ…私は力を手放したんですよぉ?そんな全て防げる訳が、ねぇ?」

 

「クックックッ…。この場であなたが力を振るう事態にならなかったことに安堵していますよ、殺せんせー。…その力を多用しないように。あなたには守るべきものがあるのでしょう?」

 

「…そうですね。ご忠告感謝します。…では、ホシノさんを迎えに行きますね」

 

 

ホシノの武器が入ったトランクを手に持ち、殺せんせーが黒服に背を向ける。エレベーターに入り、扉が閉まる直前、黒服が声をかけた

 

 

「殺せんせー。ホシノさんに伝えておいてください。契約は不履行となりましたが…約束は守る、と」

 

「…律儀ですねぇ」

 

「クックックッ…では、また。殺せんせー。ゲマトリアはいつでもあなたを歓迎いたしますよ」

 

 

扉が閉じる。再び扉を開けた所で、もうそこに黒服はいないだろう

 

 

「…なんであんなに仲間に引き入れようとするんでしょう」

 

 

流石にそれを本人に聞くのは憚られたので聞かなかった。黒服の謎の好感度の高さに身に覚えがなかった殺せんせーは少し怯えていた

 

 

「…機会があったら調べられるといいのですが、今はホシノさんです。…ナビゲート、お願いしますね、アロナさん」

 

『任せてください!今日中にぜーんぶ終わらせちゃいましょうね!』

 

「うーん、ハードスケジュール。…やっぱりラーメン代経費で落ちませんかねー。祝賀会でいっぱい食べたいです」

 

 

普段通りのニヤケた顔で、殺せんせーは目的地に向かう。ホシノと「また明日」と言葉を交わしてから、今に至るまで。殺せんせーの歩みに迷いは無かった

 

 

 

to be continued in 『その手を繋ぐもの』

 

 

 




私にとって初の配布キャラはヒビキ(チア)です。つまりはそういう事です(生徒が最初本当にいなかったからあの広範囲EXにめちゃくちゃ助けられた)
あとシンプルにミレニアムの使い勝手が良すぎる(他の学園はどんぐらいファンタジーしていいのか分からないけどミレニアムのSFは人が想像しうる範疇なら割となんとかなる気がしている)

イオリの足は舐めます(避けようのない運命)

愛用の椅子を持って(とある方が描いていた『椅子を片手で引きずって歩くナギちゃん』の一コマが面白すぎて入れた一文)
なんでシャーレの1周年記念パーティーで自前の椅子を会場に持ち込んでるんですか?

私のこの黒服に対する謎の好感度の高さは何なんだろう…(めちゃくちゃ悪役なんだけど何故だろう。黒服が限定実装されたら流石に引く自信がある)
なんでシャーレの1周年記念パーティーに誰よりも早く来て年賀状をテーブルに置いていってるんですか?


2023/8/6/12:23予約投稿ポチー(予約投稿ポチってから何やってるかというと何度も読者として読み直しながら違和感ある所探して修正してを繰り返してます。プレビューとはなんか気分違うんですよね)

ホシノのメンタルケアしっかりしてるし援軍も楽勝レベルに呼んで万全な状態なのでこの後の展開どうしようと思ってるのが現在です。取り敢えずVo2に繋がる展開に出来そうな構図は思い浮かんでます
Vo1からVo3に一気に行くか順当にVo2挟むかずっと悩んでて、どっちに行っても良いように書こうとは思ってます。まぁ実際にどっちに進むかはその時の私がどちらを読みたいかですが
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